業界動向
Access Accepted第308回:ネットワークをめぐる大手パブリッシャの戦略
Electronic Artsの「Origin」や,Activision Blizzardの「Call of Duty: Elite」など,これまで他社に任せてきた分野に,欧米の大手パブリッシャが進出するという発表が続いている。Xbox LIVEやSteamなどが得意としているジャンルに,なぜ彼らが注目し始めたのか。今回は,そんな欧米ゲーム業界のトレンドを追ってみよう。
Electronic Artsが始めるオンラインサービス「Origin」
3000万を超えるアカウントと,1250作におよぶタイトルラインナップを誇るSteamは,ゲーム配信ビジネスを切り開き,現在その最先端を独走している。だが,その状況にいつまでもパブリッシャが甘んじているわけでもないようだ。
Electronic Artsは2011年6月初旬,新しいサービスである「Origin」β版の運営を開始した。これは,従来のEA Storeや,EA Downloaderなどのオンラインサービスを1つに統合したもので,今後はEAアカウントもOriginアカウントと呼ばれることになるようだ。Steamや「Xbox LIVE」などのサービスと競合するものではなく,今後もコンテンツを提供していくことが強調されているが,特価サービスなどでユーザーを優遇することも考えられるので,Electronic Artsタイトルのプレイヤーであれば,利用する機会も増えてくるかもしれない。
もっとも,Electronic Artsは,少なくとも現時点ではSteamなどとの競合は望んでいないはずだ。Origin発表後,「Crysis 2」がSteamのライブラリから削除されるという出来事が起きたが,これは契約上の問題だったとフォローされている。
実際問題として,EA Downloaderは必ずしも洗練されたサービスとは言えず,Originに名称を変更したからといって,すぐにPCユーザーの支持が得られるものではない。したがって今後,時間をかけてサービスを拡充していくことになるだろう。
しかし,Electronic ArtsがOriginの本当の狙いは,単なるデジタル配信サービスの構築ではなく,自社製品を基盤としたソーシャルネットワーク型のコミュニティ作りにあるようだ。Originが実装を予定している機能には,ユーザーが自分のプロフィールを作成したり,ゲーム中でフレンドとコミュニケーションを可能にするといったものが含まれており,さらに携帯ゲーム機やモバイル端末などでも利用できるようになるという。
「Need for Speed」シリーズのAutoLog機能や,「Tiger Woods: PGA Tour」「Madden」シリーズのオートアップデート機能,さらには「Medal of Honor」でサポートされた「Gun Club」など,Electronic Artsは以前から自社タイトルにオンラインを使ったサービスを取り込んでおり,これまで単独で存在していたこれらのシステムが統合されれば,さらに強力なユーザーネットワークが構築される可能性がある。
Electronic Artsは,現在BioWareが開発中のMMORPG「Star Wars: The Old Republic」をOriginアカウント専用タイトルにすると発表しており,Originの成否は,Star Wars: The Old Republicの成功にかかっている。また,「Battlefield 3」でも,「BattleLog」というソーシャル機能がサポートされる予定になっており,Originの今後の展開には注目していく必要があるだろう。
大手パブリッシャが,ゲーマーの囲い込みをする理由
Call of Dutyのマルチプレイのハブとして作られたこの新たなサービスは,CoDプレイヤーなら誰でも無料で利用でき,さらに一定のプレミア料金を払うことで,DLCの格安ダウンロードなどのサービスが受けられるようになる。プレイヤーの対戦成績といった基本情報だけでなく,フレンドやクラン仲間とのソーシャルネットワーク機能を重視しているのは,Originと同じ発想だが,こちらはSteamではなく,Xbox LIVEに対抗しうるサービスを目指しているといえそうだ。
Activision BlizzardのCEOであるBobby Kotick氏は,「Xbox LIVEを使うゲーマーの半分が,毎日『Call of Duty: Modern Warfare 2』で遊んでいるのに,1セントも我々には入ってこない」と不満を口にしたことがある。オンラインゲームを無料で楽しめるPCやPlayStation Networkと異なり,北米のユーザーがXbox LIVEを利用するためには,月額9.99ドル(約806円)もしくは年間59.99ドル(約4840円)の費用が必要になる。3000万アカウントを誇るXbox LIVEユーザーの半分がCall of Dutyをプレイしているのであれば,Kotick氏が悔しがるの無理もない話だ。
最近のヒットタイトルはシリーズものに集中しており,ヒットシリーズを抱えるパブリッシャがネットを使った「囲い込み戦略」を指向するのは当然の流れといえそうだ。ゲームを「商品」ではなく「サービス」としてとらえるようになった欧米の各メーカーは,SteamやXbox LIVEなどを利用するだけでなく,それらを独自に展開ようとしているのである。
E3 2011では,Nintendo of AmericaのReggie Fils-Aime氏が「Wii Uのネットワーク機能は,Xbox LIVEやPlayStation Networkを超えるものになる」と発言して,開発者やゲーマーの注目を集めた。次世代ゲーム機のネット環境がどういうものになるのか,現時点では分からないが,Electronic ArtsやActivision Blizzardの一連の動きは,将来のネットワーク環境がよりオープンなものになると予想したからかもしれない。ネットワークサービスをめぐる欧米の大手メーカー間の競争は,今後ますます過熱していくはずだ。
著者紹介:奥谷海人
本誌海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,北米ゲーム業界に知り合いも多い。この「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年に連載が開始された,4Gamerで最も長く続く連載だ。バックナンバーを読むと,移り変わりの激しい欧米ゲーム業界の現状が良く理解できるはず。
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