業界動向
奥谷海人のAccess Accepted / 第284回:ゲームが社会の一部として活用される時代
これまでは何度も紙に書いて必死に覚えるしかなかった英単語や漢字が,ニンテンドーDS向けのソフトを使うことで,楽しく学習できるようになった。また当初,ゲームと距離を置いていたソーシャルネットワーキングサービスが,ゲームの要素を取り入れることで成功したというケースも増えている。今回は,ゲームの要素を取り入れることでユーザーの興味を惹いたり,サービスへのアクセスを増やすといったトレンド,「ゲーミフィケーション」について紹介したい。
最近,アメリカで話題になっている「Mindbloom」は,「水を毎日8杯のむ」「子供の目を見て話を聞く」といった小さな目標を達成していくことで,良い人生を育てていこうというモバイル向けのサービス。ゲーム要素を取り入れたことで,人気を得ている
最近の欧米ゲーム業界のバズワード(専門用語のように使われるが,実はあいまいで,明確な定義などがない言葉のこと)として,「ゲーミフィケーション」(Gamification/ゲーム化)というものがある。これは,ゲームとは直接関係のないサービスにゲーム的な要素を加えることで,ユーザーの興味を惹き,利用者数を増やそうというアプローチ全般を指す言葉だ。
ネット上でよく見るのが,ある回数利用した人に対するご褒美としてバッジやトロフィーを与えるというもので,Xbox LIVEの実績解除を思わせる。
こうした,ゲーミフィケーションと呼ばれる試みの先駆けと言われるのが,アメリカで2009年にサービスが開始された「Foursquare」だ。
モバイルを対象にしたFoursquareは,自分が利用しているショップやレストランなどについて書き込みを行い,ほかのユーザーに情報を役立ててもらうというもの。知り合いが書き込んでいる状況もリアルタイムで分かるので,「おや,今近くにいますね」という感じの交流も可能だ。
数多くの書き込みを行ったり,誰も行ったことのない場所の情報を提供することで,さまざまな種類のバッジや,ショップのクーポン券がもらえたりするというあたりが,ゲーム的といえる。
位置情報とゲームを結びつけたサービスは,後発のGowallaやYelpでも踏襲され,ショップやレストランの有用なレビューを残したりすることで,さまざまなバッジがもらえる仕組みは一般的なものになった。
2010年になるとゲーミフィケーションの動きはさらに加速し,いささか妙な方向に多様化していく。例えば,ニュースサイトのHuffPostは,特定のブログを読むことで,Campusfoodはレストランにオンラインオーダーすることでバッジを提供。Googleにいたっては,個人の電力消費量を定期的に入力し,節電に成功した人に報償を与える「Google Powermeter」というサービスを開始した。
きわめつけは「Mindbloom」で,使用者は,自分の健康管理や人生を向上させるためにやるべきことをリストアップし,書き込んだ目標を達成することでレベルアップする。そして,レベルが上がった報償としてもらえるバーチャルな種や花で,サイト上の緑を保つというものだ。
報償をもらうために人生の目標を達成するというのも,なんだか妙な話だが,Mindbloomはこれを「ライフゲーム」と呼び,ゲーミフィケーションによって目標を達成しやすいような環境作りを行っているとしている。
これに対して,例えばElectronic Artsの「Need for Speed: Hot Pursuit」のAuto Log機能のように,ソーシャルネットワークサービスのシステムをゲームに利用するといった試みも数多くなされており,ソーシャルネットワークサービスがゲームのエッセンスを取り入れてユーザーの興味を持続させるゲーミフィケーションの動きと一対を成している。もともと,ゲームの持つ「プレイヤーを熱中させる要素」と,ソーシャルネットワークサービスの「仲間と長く楽しむ要素」は相性がよかったのだ。
こうした「プレイヤーを熱中させる」というゲームの特性を以前から活用していたのが,教育現場だろう。「教育ゲーム」というジャンルは,1990年代中頃に盛んになり,タイピングゲームなど,数多くのタイトルがリリースされた。日本でも,ニンテンドーDSで一世を風靡した脳トレ系のゲームが学校の授業に取り入れられ,英単語や漢字の学習などで一定の効果を見せているという。何度も紙に書いて必死で暗記するより,ゲーム感覚で勉強したほうが楽しいのは,まあ当然だろう。
インディアナ大学のテレコミュニケーション学科では,一風変わったゲーミフィケーションが取り入れられている。Lee Sheldon(リー・シェルドン)助教授が担当する講義では,学生一人一人が“経験値”を獲得していくシステムになっているのだ。
「チャーリーズ・エンジェル」や「スタートレック」といったテレビシリーズの脚本にも関わった経験を持つシェルドン氏は,The Adventure Companyというゲーム開発会社で仕事をしたこともある,アメリカのゲーム業界ではそれなりに知られた人物。彼のゲーム開発の経験が,このようなアイデアへつながったのだろう。
彼のクラスでは,学生はまずレベル1(経験値ゼロ)からスタートする。そして,授業中のクイズやレポートといった「クエスト」をクリアすることで経験値を稼ぎ,最終的に貯まった経験値がAからFまでの,トラディショナルな評価へと置き換えられるのだ。
実際にやっていることは通常の授業とそんなに変わらないが,用語をゲームっぽいものに変え,クエストと経験値の関係を明確にすることで,学生の興味を引き出すことに成功している。
シェルドン氏は,オーストラリアのメディア,IT News誌のインタビューに答えて,「現代の若者は,ゲームをしたことのない人などいないくらいのゲーム世代です。そんな彼らにとって身近な“経験値”というコンセプトを導入することで,彼らの向上心に訴えかけようという試みなのです」と語っている。
また,ニューヨークのマンハッタンにある4Foodというレストランの公式サイトでは,バーガーの素材をさまざまな食材の中から選べるようになっており,それをインターネットで注文して実際に店で作ってもらえるようになっている。さらに,このレシピをオンライン上で公開し,一定数の注文が入ると,4Foodポイントという“ゲーム内通貨”が得られるのだ。こうして稼いだポイントで注文することが可能になっており,これもまたゲーミフィケーションの一例といえるだろう。
シェルドン助教授が話すように,ゲームやソーシャルネットワークサービスが日常生活の一部という世代が増えており,ゲーミフィケーションは,今後もさまざまな分野で取り入られていくだろう。サイトのゲーミフィケーションを手助けするというサービスも登場し始めており,競争はますます過熱しそうだ。
もっとも,今のところ,はやらないサービスの救世主のようにも言われるゲーミフィケーションも,多数のサイトが採用すればもはやウリではなくなる。もしかすると,IT業界に浮かんでは沈む多数のトレンドと同様,あっという間に過去の言葉になってしまうのかもしれない。
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