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印刷2010/02/05 13:08

業界動向

奥谷海人のAccess Accepted / 第251回:10周年を迎えた,The Simsシリーズを振り返る

奥谷海人のAccess Accepted

 欧米PCゲームの代表格である,The Simsシリーズ。第1作「The Sims」(邦題,シムピープル)PC版のリリースは2000年のことだから,今年でちょうど10周年を迎えるわけだ。それを記念したさまざまなイベントが,オンラインコミュニティなどで行われているが,今回は,そんなThe Simsシリーズの歴史を振り返りつつ,このシリーズが欧米ゲーム業界に与えた影響なども併せて考えたい。

第251回:10周年を迎えた,The Simsシリーズを振り返る

 

災難の中から生まれた黄金のアイデア
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シリーズ第1作「The Sims」がリリースされたのが,ちょうど10年前の2000年2月のこと。以来10年間,本編や拡張パックが常にセールスランキングトップ10に顔を出し続けてきた,欧米PCゲームの代表選手だ。The Simsシリーズほどビジネス的に成功し,欧米ゲーム業界に大きな影響を与え続けた作品もないだろう

 サンフランシスコ湾の東の丘陵地帯には,「オークランドヒルズ」と呼ばれる住宅地が広がっている。1991年,ここで大きな火災が発生し,4000軒以上の家屋を焼き尽くす大惨事となった。被害に遭ったうちの一軒に住んでいたのが,1989年に「SimCity」で大成功を収めたゲーム開発者,ウィル・ライト(Will Wright)氏だった。
 当時のライト氏は,自身が設立したゲーム会社であるMaxisを率いて「SimEarth」(1990年),「SimAnts」(1991年)といったタイトルを次々にリリース。スーパーファミコンにSimCityが移植されるなど,飛ぶ鳥を落とす勢いのクリエイターだった。
 そんなライト氏の家が,数々の思い出の品と共に炎に飲まれてしまったのである。

 だが,この災難が新たな出発点となる。焼け跡に家を建て直し,間取りを考えたり,家具を選んだり,いわば人生を再構築しているうちに,ライト氏は「SimCityの世界に住んで,人生を送るのは面白いのではないか」と考え始めたのである。
 被災の体験は,1993年に発売された「SimCity 2000」の「天災シナリオ」という形で反映されたが,同作の制作中にも,この体験を生かした新しいシミュレーションゲームのアイデアが沸いてきたという。2000年代最大のブロックバスター,「The Sims」シリーズのアイデアは,このようにして生まれたのだ。

 もっとも,「人の欲求や行動をシミュレートする」というアイデアはあっても,それを具現化できるだけの技術が当時はなかったため,プロトタイプ作りが実際に始まったのは,1997年になってからだった。あまりにも奇抜なアイデアだったため,それが実際にどんなゲームになるのかということを把握していたMaxis社員は,ほとんどいなかったらしい。
 1997年といえば, MaxisがElectronic Artsに買収された年でもある。その結果,まず利益が出そうな「SimCity 3000」(1999年)の開発が優先されることになり,The Simsはしばらく後回しになった。

 ライト氏は,自分のアイデアを書類にまとめて提出するようなタイプではなく,プロトタイプを作ったり,周囲の人々と話し合ったりして制作を進めていく。
 筆者は,以前インタビューしたアーティストが,笑いながらこんなことを話していたのを記憶している。「(Maxisに)雇われて,まず最初に指示されたのが,“シム人が時間内にトイレに行けなかったときに出す排泄物のグラフィックス作れ”というもの。ところが,それがElectronic Arts本社に伝わり,問題となったようです。Maxisでは,いったい何が起きているんだ? ってね」。
 ライト氏の頭にあったThe Simsがどのようなゲームになるのかは,ほとんど誰にも分からず,開発のプライオリティが低かった理由もそのあたりにあったのだろう。

 

プレイヤーの創造性と想像力を刺激した,不朽の作品
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2004年9月にリリースされた「The Sims 2」は,1年間で1300万本(拡張パックを含まず)を販売するモンスターヒットとなった。これは,前作の倍に相当する本数で,The Simsシリーズの地位を盤石のものにしたのはThe Sims 2だといえる。3Dになったグラフィックスや幼児から老人まで年齢を重ねていくゲームシステム,そしてMODのサポートなどが特徴だ

 ライト氏の作り出すゲームの特徴は,あらかじめプレイヤーが通るべき道筋を決めていないこと。単にプレイヤーに道具を与え,砂場のようなゲーム世界で好き勝手に遊ばせるという雰囲気から,「サンドボックス型」と呼ばれる。
 ライト氏は以前,筆者に対して,「決してすたれることのない遊び,例えばトランプや粘土や積み木などでは,それ自身は道具でしかなく,遊び方はプレイヤーが決める」と語っており,彼は自分の作品をゲームではなく,“プレイヤーのクリエイティビティを刺激する道具”として捉えていたのだ。

 会社買収による混乱をようやく乗り越え,試行錯誤が繰り返されながら開発が続けられたThe Sims。問題が発生したときや,開発メンバーの意見が別れたときのために用意された企画書も,文章ではなく写真や雑誌の切り抜きが貼られたスクラップブックになっていたというから,それもライト氏らしい。Maxisの社内会議もかしこまったものではなく,全員でガヤガヤ討論していくといった調子で行われていたようだ。
 そのようにして,ゲームが完成に近づいていくにつれ,Electronic Artsの関係者などが「これは面白い」と感じるようになり,プロジェクトは俄然注目を集めるようになってきた。

 The Simsがプレイヤーの手に届いたのは,2000年2月4日のこと。Electronic Artsのプレスリリースやウィキペディアなどでは「2000年1月31日発売」となっているが,これはElectronic Artsが小売店に向けてThe Simsを出荷した日であり,店頭に並んだのは2月4日。広大な国土を持つアメリカだけに,すべての店舗に行き届くには時間がかかり,こうした時間差が生じることはよくある。
 The Simsシリーズは拡張パックの豊富さでも知られており,現在までに登場したタイトルは,「スタッフパック」と呼ばれる,家具や衣装だけを追加するアドオンや,複数本をまとめたバンドル版などを含め,80種類以上に達する。
 2009年3月にリリースされた「The Sims 3」も初週だけで140万本,現在まで450万本程度の販売を記録していると推定されており,その進撃は終わりそうもない。まさに,この10年を代表するPCゲームであり,これからもその座は長く続きそうだ。

 

The Simsがゲーム業界に与えた影響とは
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ご近所を自由に移動でき,広くて生き生きとした世界を体験できるようになったのが「The Sims 3」。発売から1週間で140万本というのは,Electronic Artsが販売するPCゲームとしては記録的な数字であるという。写真は,2009年11月にリリースされたThe Sims 3用拡張パックの第1弾「The Sims 3: World Adventures」

 The Sims 3がリリースされる前の話だが,Electronic Artsは「The Simsシリーズの販売本数の総計が,1億本に達した」と発表している(関連記事。最新のリリースでは1億2500万本)。これは,任天堂のマリオシリーズの2億本(推定値)という記録には遠く及ばないものの,ものすごい数であることに間違いはない。Electronic Artsはまた「The Simsは最速(9年)で1億本に達したソフト」ともアピールしており,マリオの初登場が1981年の「ドンキーコング」だとすれば(「マリオ」という名前はまだなかったが),納得できる。ちょっと微妙なアピールだとは思うが。
 参考までに調べてみたところ,Grand Theft Autoシリーズが13年間で8600万本の販売実績を持ち,またCall of Dutyシリーズは7年間で5500万本を売り上げている。
 いずれも,現在の欧米ゲーム業界を代表する作品だが,縮小傾向にあるPCゲーム市場をメインターゲットにしてることを考慮すれば,The Simsシリーズの際立った存在感はこのような数字からもよく分かるはずだ。

 ユニークなゲーム内容や,セールス面での偉業に目が行きがちなThe Simsシリーズだが,改めて考えてみると,それ以外にも欧米ゲーム業界に与えた影響は少なくない。以下,ちょっと並べてみよう。

新たなプレイヤー層の獲得

 もともとMaxisのSim系作品はエデュテイメントの要素も多く持っていたため,女性プレイヤーの数は多かった。The Simsシリーズは,そうしたカジュアル層をさらに押し広げることに成功した。「自分で作るソープオペラ(アメリカの昼メロ)」というムードが受け入れられただけでなく,折からアメリカでブームになっていたリアリティ・ショウを思わせる,他人の生活を覗き見るような感覚が,多くのカジュアルなファンを惹きつけたのではないだろうか。
 いずれにせよ,コアなゲーマー層に向けてPCタイトルを制作していたほかのメーカーに,新たなプレイヤー層の可能性を見せたのが,The Simsだった。

 

オンラインコミュニティの育成

 シム人の生活を日記にしたり,ドラマを作って公開したりと,The Simsシリーズをテーマにした個人サイトは,膨大な数にのぼる。最近では,The Sims 3のキャラクターが,家をもたない浮浪者としての生活を綴る「Alive and Kev」というブログが話題になったりもしており,The Simsシリーズは(シングルプレイ専用ゲームでありながら)オンラインコミュニティの育成に最も成功したPCタイトルであるともいえるだろう。
 The Simsシリーズの持つゲーム性が,プレイヤーの創造意欲を刺激したという理由が大きいが,それ以外にも,公式サイトで家屋や衣装の配布をしたり,Fan Site Kitを用意したりと,手篤いサポートを重ねてきたことも功を奏している。
 オンラインコミュニティの育成に成功し,プレイヤーがほかのプレイヤーを呼ぶという良循環を実現した,初めてのPCゲームではないだろうか。

 

新たなビジネスモデルの確立

 The Simsのリリースから半年後には,もう拡張パック第一弾となる「The Sims: Livin' Large」が登場している。その後,「The Sims 2」「The Sims 3」でも変わらず,ほぼ半年に一本の間隔で拡張パック(もしくは追加データ集)が投入されており,素早いアップデートでファンを飽きさせることがない。
 わざと細切れにして売っているようにも見えるが,それにしても,これほど長期間にわたってサービスが続けられるシリーズも珍しいといえるだろう。
 自分の作ったゲームを少しでも長く遊んでほしいという,最近の欧米のゲーム開発者に共通する意識も,このThe Simsあたりに影響を受けて形成されたといえそうだ。
 こうしたビジネスモデルは,現在,コンシューマー機のDLC(ダウンロードコンテンツ)という形で応用されている。例えば,Bethesda Softworksの「Fallout 3」は,発売から2年間で5種類のDLCを販売。2K Gamesの「Borderlands」は発売後半年ですでに二つのDLCがリリースされている。とはいえ,乱発気味でもあり,ファンの中にはDLCモデルを毛嫌いする人も出てきている。

 


 違法レースに参加したり,旧ソ連の宇宙船の部品を集めたりなど,型破りな趣味でも有名なライト氏だが,なによりロボット作りに夢中なのは有名な話。
 もうゲーム作りには飽きてしまったのか,ライト氏はElectronic Artsを2009年に退社し,今後はロボット制作の仲間達と結成したStupid Fun Clubを母体に,さまざまな活動を行っていくという。
 確かに,「Spore」の完成によって,ゲームでやりたいことはやり尽くしたのかもしれないが,彼の作るゲームファンにとっては,少し淋しい話である。ライト氏がいなくなったThe SimsやSimCityは,今後どのように発展していくのだろうか……。

 

■■奥谷海人(ライター)■■
サンフランシスコ在住の4Gamer海外特派員。ゲームジャーナリストとして長いキャリアを持ち,多様な視点から欧米ゲーム業界をウォッチし続けてきた。業界に知己も多い。本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,連載開始から200回以上を数える,4Gamerの最長寿連載だ。
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