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バンダイ 元社長の山科 誠氏をゲストに迎えた「黒川塾七十七(77)」をレポート。ガンプラや海外進出,セガバンダイ合併解消の理由などが語られる
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印刷2020/08/04 13:44

イベント

バンダイ 元社長の山科 誠氏をゲストに迎えた「黒川塾七十七(77)」をレポート。ガンプラや海外進出,セガバンダイ合併解消の理由などが語られる

 2020年7月31日,トークイベント「エンタテインメントの未来を考える会 黒川塾 七十七(77)」が,OPENREC.tvの黒川塾チャンネルにて配信された。このイベントは,メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏がホストを務め,招いたゲストとともに,ゲームを含むエンターテイメントのあるべき姿をポジティブに考えるというものである。

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 今回のテーマは「バンダイ創立70周年を迎えて バンダイ元社長 山科誠がクールジャパンコンテンツの源流を初めて語る マルチメディア・エンタテインメントの過去,現在,未来」
 ゲストにバンダイ(当時)の元代表取締役社長である山科 誠氏を迎え,エンターテイメントコンテンツの多角化と国際化を推進した当時の同社の取り組みを振り返った。

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黒川文雄氏
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山科 誠氏

 バンダイは,1950年7月に玩具問屋・萬代屋として創業した。同社では,創業当初からBandai Companyの頭文字を使った通称「ビーシー・ロゴ」をブランドロゴとして使用していたが,山科氏の入社後,一目で玩具会社だと分かるように人形をフィーチャーしたロゴに変更。ただそのロゴも,幼児向けのイメージが強いため,より抽象的にしてさまざまな年齢層に向けた玩具も扱っていることをアピールした。コーポレート・アイデンティティという概念がまだ一般的ではなかった当時,これだけブランドロゴにこだわる会社はほとんどなかったという。

 さらにバンダイが事業を多角化し玩具以外も扱うようになると,赤い四角の中にBANDAIと白抜きで書かれたシンプルなロゴに変更。このロゴは今なお使われているが,山科氏は事業を多角化する中で,いつまでもバンダイという社名のままでいいのかという疑問を抱いていたことを明かす。「これは結果論だが」と前置きした上で,「今やバンダイはアパレル事業もやっており,スポーツシューズなども出しているが,そのメーカーがバンダイかどうかなんて誰も気にしていない。私の悩みは無用だった」と話していた。

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 バンダイの先進性は,ロゴに限った話だけではない。1955年11月に発売された「1956年型トヨペットクラウン」には玩具業界初の品質保証制度を採用し,1963年12月には初のテレビキャラクター玩具「鉄腕アトム」を発売した。
 とくに前者に関しては,当時は今のように権利関係が厳しくなく,バンダイの社員がトヨタにうかがいを立てに行ったところ,先方は非常に喜び,資料などを提供してくれたという。さらにはロイヤリティもなかったそうで,山科氏は「ある面では,いい時代だったかもしれない」とコメントした。

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 山科氏は大学卒業後,小学館に入社している。これは,父親でありバンダイ創業者の山科直治氏の「会社は潰れるものだから,親子兄弟はそれぞれ違う職に就くべき」という持論に基づくもので,山科氏自身もバンダイを継ぐつもりは毛頭なかったとのこと。

 一方,その当時のバンダイは,テレビ番組「サンダーバード」のプラモデルが大ヒット。その後継となるテレビ番組「キャプテン・スカーレット」のプラモデルのセールスにも大きな期待がかかったが,こちらはまったく売れず「バンダイは潰れるのではないか」という噂が立つほどの事態となった。そこで1969年,山科氏は直治氏を手伝うべく,バンダイに入社することを決めたそうだ。

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 山科氏は「テレビ番組がヒットしていても,キャラクター商品がヒットするとは限らない」とし,「サンダーバード」と「キャプテン・スカーレット」の事例から「バンダイは早くにヒットするキャラクター商品とヒットしないキャラクター商品の違いを学んだことで,今まで存続できているのではないか」と振り返っていた。

 1980年,山科氏はバンダイの代表取締役社長に就任。1983年にはグループ企業を吸収合併しバンダイ本社に集約,1986年には玩具メーカーとして初の株式上場を果たした。
 日本における出生率の低下に伴い,玩具のセールスも下がると考えた山科氏は,それをカバーするために3つの方策を考えた。1つは玩具の海外進出,もう1つは事業の多角化,そして玩具事業のキャラクター玩具への特化である。
 このうち玩具事業をキャラクター玩具に特化することはかなりの冒険だったそうで,山科氏は「今でこそ売れているのはキャラクター玩具ばかりになったが,当時はまだこうなると予想できなかった。先見の明があるとか,そういうことではない」と話していた。

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 玩具の海外進出は,それまでにも取り組んできたが,なかなかうまくいっていなかったという。山科氏は,日本のスーパー戦隊シリーズをベースにした1993年の「パワーレンジャー」のヒットについて「日本の玩具が初めてアメリカの玩具市場に参入できたと感じた」「スーパーマンやスパイダーマンなどアメリカのスーパーヒーローの中に,パワーレンジャーが入るというのは画期的だった」と語った。

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 事業の多角化という点では,バンダイは出版事業も手がけていたが,出版は歴史のある文化事業であることから新規参入のハードルが非常に高かったとのこと。

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 また映像事業は,まずビデオデッキが普及してきたことに着目し,アメリカから買い付けたビデオソフトを売ったりレンタルしたりする事業を始めた。ただこの事業はグレーゾーンだったため,アメリカの映画協会からクレームが入ることに。しかし怪我の功名で,このときのやり取りがきっかけとなり,バンダイは莫大なロイヤリティと引き替えに,ディズニーの映像コンテンツパッケージを日本で2年間販売できる契約を結んだ。何とかロイヤリティを支払ったバンダイだったが,2年後,ディズニーはバンダイと契約更新することなく,自分達自身で日本展開することを告げたという。

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 このとき開拓した販路や経験を活かし,バンダイは日本の映画会社各社の映像コンテンツのパッケージ販売権を獲得し,ビジネスにつなげていく。しかし,これも映画会社側がビジネスになると気づき,各社が自前でやるようになってしまった。
 そこでバンダイ自身で映像コンテンツを作ろうと,バンダイビジュアルとともに「デジタルエンジン」構想を発表。山科氏は「映像事業は,もともと映像コンテンツの販売権を得るために始めたものだった」と説明した。

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映画「その男,凶暴につき」の監督交代時,山科氏が北野 武さんを後任に推薦したエピソードも披露された
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山科氏と縁のある映画・映像業界の人物が紹介

 バンダイは早くからデジタルゲーム事業にも取り組んでいるが,その原点は山科氏自身が1976年に登場したマテルのハンドヘルドゲームに衝撃を受けたことにある。さっそく日本での販売権を得た山科氏は,社内で「これは種子島銃だ」「好き嫌いはともかく,これをマスターできないと,今後やっていけなくなる」と説明したという。その予想は見事に当たり,1978年にはアーケードゲーム「スペースインベーダー」が一世を風靡し,現在に至っている。

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 そして1996年には,バンダイ・デジタル・エンタテイメントからピピンアットマークを発売するが,このプロジェクトの発端は,当時一般に知られるようになったインターネットに山科氏が着目したことにあった。しかしバンダイにはインターネットを扱える技術もなく,人材もいなかったため,コンセプトをまとめてアップルコンピュータ(当時)に持っていったところ,興味を持ってもらえたとのこと。

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 なお“ピピン”という言葉には小さな青リンゴという意味があり,アップルと対をなしている。一方“アットマーク”は,今でこそ多くの人が知っているが,当時はほとんど知られておらず,山科氏は「命名者には先見性があった」と感想を述べた。

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 結局,ピピンアットマークは“世界で最も売れなかったゲーム機”という不名誉な二つ名を得る結果となるのだが,それは「作っていた我々自身,インターネットがどう使われるのかよくわかっていなかったから」と山科氏。ただ,アップルコンピュータ社内での体験は非常に貴重なものだったそうだ。

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「おもちゃのまちバンダイミュージアム」の外観は,アップル本社の外観にインスパイアされているという
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任天堂の元代表取締役社長 山内 溥氏とのエピソードも披露。山科氏は,孫 正義氏やセガの中山隼雄氏とともにファミコンに対抗できるゲーム機を作ろうとしたがコスト面で頓挫し,任天堂と山内氏のすごさを再確認したという
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 山科氏がバンダイの社長を務めていた時代に大ヒットし,今なお人気の高い商品といえば「ガンプラ」である。しかしテレビアニメ「機動戦士ガンダム」が初回放映された1979年から1980年当時,山科氏はガンダムを知らず,「プラモデル化してほしい」という要望が多く寄せられることを不思議に思い,興味を持ったそうだ。
 そんな経緯で始まったガンプラだが,いざ売り出してみるとあっという間に完売。小売店では開店前から行列ができるなど,大ヒット商品となった。

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 そのヒットが今なお続いているわけだが,この事態は当時の関係者の誰もまったく予想していなかったとのこと。山科氏は「ガンダムには人智を超えた何かがあった」「ファンの皆さんには申し訳ないけれども,よく40年もやってこられたと思う」と語った。また「おそらくだが」と前置きして,テレビアニメシリーズの1作めである「機動戦士ガンダム」の尋常ならざる完成度の高さが,多くの人の心に訴えかけたことが理由ではないかとも分析していた。

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 またバンダイは,1994年にガンダムのテレビアニメシリーズの制作を手がけるサンライズを同社傘下に置いた。山科氏によるとこれは買収ではなく,サンライズ側からの「もはや自分達だけではガンダムというIPの可能性を育てきれない。ぜひバンダイに預けたい」という申し出によるものだったという。バンダイ社内には反対意見もあったが,山科氏はサンライズが自社IPの権利を100%持っていることに着目し,傘下に置くことを決めたそうだ。

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 ガンダム関連の事業は現在,「世界のガンダム」になるべくチャレンジしており,東南アジアではかなり受け入れられているとのこと。また中国でも人気があるのだが,権利関係のハードルがあるため展開が難しいという。
 今後は,アメリカやヨーロッパで受け入れられるどうかがカギになると山科氏は話す。とくにアメリカでは,ロボットとは人間の代わりに何かをするというイメージが強く,映画「パシフィック・リム」や「レディ・プレイヤー1」のような例が出てきたとはいえ,人間がモビルスーツに乗り込んで戦うことが理解できない人もまだまだ多いのではないかとの見解を示した。

 話題は1997年1月,バンダイとセガ(当時)の合併が発表され,日経新聞を初め主要新聞の1面記事を飾ったことにもおよんだ。結局この話は同年5月に解消されたのだが,その理由は公表されず,さまざまな憶測を呼んだ。
 今回,山科氏は「もう時効だから」として,このときの合併解消の理由がバンダイの創業者である山科直治氏の「これ以上,会社を大きくしたくない」という意向にあったことを初めて明かした。

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 山科氏は日本のクールジャパン戦略にも言及し,日本のコンテンツのグローバル展開を「野球で言えば,まだマイナーリーグ。メジャーリーグに入っていない」と表現。「申し訳ないけれど,経済産業省はメジャーリーグにいると勘違いしている。メジャーリーグとのギャップを埋める努力をしなければならない」「欧米で評価されるものも一部にはあるが,主食じゃない。日本は日本で独自路線で行くというのならそれでいいと思うが,メジャーリーグに入るには,かなり努力しなければ難しい」と苦言を呈した。

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 また最近の新型コロナウイルス感染拡大が,日本の社会において明治維新や第二次世界大戦の敗戦並みの大きな影響を及ぼすと山科氏。実際,大企業であっても大きく業績を落としたり,逆に目立たなかった事業でも業績を伸ばして急成長したりと今まででは思いも寄らない状況となっているが,山科氏は「どのタイミングで手法を変えていくか。それができる会社や人材が,次の時代を担っていく。ピンチだけれど,最大のチャンス」と語った。

山科氏(茶屋二郎名義)の著作も紹介された
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 さらに山科氏は夢を叶える,成功するにはタイミングが重要だという持論を述べ,「成功した人は皆,運が良かったと言う。自分が考えていることは,誰かも考えている。その中で実現するにはタイミングが重要で,早すぎても遅すぎてもダメ。ちょうどいいタイミングを図るのは難しく,運と言うほかない」とまとめていた。
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