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ゲーム作りと料理は似ている? ゲーム研究者・井上明人によるセッション「ゲーミフィケーションとは何か」聴講レポート
本稿では,その中から国際大学 グローバル・コミュニケーション・センター 客員研究員 井上明人氏によるセッション「ゲーミフィケーションとは何か」の模様をレポートする。
井上氏は最初にゲーミフィケーションの定義を「ゲーム以外の文脈に,ゲームの要素を展開すること」と紹介した。しかし必ずしも本当のゲームのように目的とルールが明確化されている必要はなく,何かしらゲームの要素を含む内容であれば広い意味でゲーミフィケーションと捉えられているという。学術研究と言うよりは学問と社会運動の中間に位置するような存在であり,「ゲーミフィケーション運動」と呼んだほうがより近いと説明していた。
2011年頃にシリコンバレーで台頭したゲーミフィケーションは,日本でも話題となったが,現在では下火となったと捉えている人もいるかもしれない。実際,Google Trendsでカタカナの「ゲーミフィケーション」を検索すると,そのとおりの結果が出る。しかし英語の「Gamification」で検索すると,世界的には依然関心が高いことがうかがえる。
それではゲーミフィケーションにおけるゲームとは何だろうか。井上氏は「小説」と「物語」の関係を引き合いに出して,「小説とは物語を具現化する在り方の1つに過ぎない」とし,例えば「桃太郎」の物語であれば,絵本で表現してもいいし,大長編の映画にすることもできると指摘する。
ゲームにもそれに近い部分があり,ビデオゲームという形を取ることもあれば,トランプのようなカードゲームになることもある。場合によっては,学生時代の勉強で何かを1つ1つ達成していく過程にゲームをプレイしている感覚を得ることもある。井上氏によれば,そのゲームをプレイしている感覚を得られる部分こそが,ゲーミフィケーションにおけるゲームなのだという。
以上を踏まえたうえで井上氏は,ゲーミフィケーションによってゲームの要素を現実に応用するとはどういうことなのかを説明していく。それによると,ゲーム作りはいくつかの点で料理と似ているそうだ。
例えば料理には「何をやったら料理なのか」「どこまでやったら料理なのか」という側面が付きまとう。つまり,食材に塩をかけたら料理なのか,食材を焼くなど加工したら料理なのか,という問題である。
井上氏は,ゲームにおける「行動したらポイントを付ける」「ゴールを明確化する」「フィードバックを明確化する」といった要素が,料理における塩をかけたり焼いたりすることに近いとする。すなわち,同じ食材であっても調理方法やほかの食材との組み合わせにより味や食感が変わるように,元のアイデアが同じでもゲーム要素のバランスによってのんびりした雰囲気のゲームになることもあれば,緊張感のあるゲームになることもあるというわけである。これらを井上氏は,「同じ要素を入れたからといって,必ず同じ体験ができるとは限らない点において,ゲーム作りと料理は似ている」と改めてまとめた。
話題は,ゲームや遊びの効用が人類史上いつ頃から論じられてきたかにもおよんだ。それによると「よく遊び,よく学べ」といった意味の格言は紀元前2400年のエジプトにすでに存在していたそうで,井上氏は「ある程度物事を考える人達は,ゲームなどの楽しいものが,人の学びや日々の生活にとって極めて有効であると気づいていた」と表現した。
それではなぜ,近年になって再びゲームの要素を応用することが,ゲームフィケーションとして改めて注目されているのだろうか。井上氏は,類似する歴史的な社会運動として,19世紀のイギリスの詩人であるウィリアム・モリスが主導した「アーツ・アンド・クラフツ運動」を紹介した。この運動は,当時の産業革命によって台頭した大量生産という社会的な背景から「生活と芸術の一致」を主張したもので,近代デザインの源流とされている。
一方ゲームでは,時間や行動に応じた条件分岐に加え,2010年前後にはスマートフォンの登場と爆発的な普及によって,さまざまなセンサー技術が低コスト化し,「実空間に応じた条件分岐」を扱えるようになった。そうやって日常生活の中にデジタルデバイスが入り込むことに加え,SNSの台頭などが重なり,「生活とゲームの一致」,すなわちゲーミフィケーションが注目される土壌が整ったというわけである。
会場では,そうした生活とゲームの一致を示す事例として,ゲームが選挙活動に使われた2つのケースが紹介された。1つは,2004年にハワード・ディーン氏が民主党大統領予備選に立候補した際に,選挙活動の一環として開発されたシリアスゲーム「Howard Dean for Iowa」だ。意欲的な取り組みではあるが,この事例ではプレイヤーが実際に支援活動に取り組んだかどうかが不明である。
一方,アメリカのオバマ前大統領が2008年の選挙活動に使ったSNS「myBarackObama.com」では,ブログに記事を投稿するなどオバマ前大統領を支持するネット上の活動をすると,項目ごとにポイントが加算されていき,それらを総合したレベル(最大10)が表示される。これぞ,まさにゲーミフィケーションという事例だ。
また,企業向けゲーミフィケーションサービスのパイオニアである「BadgeVille」が紹介された。同社のサービスは,Googleアナリティクスのログをそのままゲームにしてしまうという発想で作られているとのことで,あるユーザーがある会社のWebサイトに訪れる,WebサイトをSNSで共有するなどネット上の行動を取るごとにポイントを付与し,それに応じた報酬を提供していくという内容だ。そしてコミュニティ内のランキングを表示してユーザー同士を競わせ,モチベーションを高めていくのである。
ただ,これはゲームと呼ぶにはシンプル過ぎるために批判されることもあるそうで,井上氏は「料理であれば,とりあえず醤油をかけるという感じに近い」と話していた。
セッションの終盤には,ゲーミフィケーションの今後を変える技術が紹介された。まず情報をインプットするという部分では,スマートフォンやウェアラブルデバイスの進化と普及に伴い,各種のセンサー技術が進化・低コスト化が見込まれ,扱えるデータが増えることが挙げられた。
またそれらのデジタル化されたデータと,ディープラーニングなどAIや関連技術の進化によって,よりファジーな情報判断が可能になると井上氏は予想する。加えて各データのフォーマットが標準化されることにより,さらなる普及も見込まれるとのこと。
一方,情報をアウトプットする部分では,IOTの進化やスマートグラスの登場により,日常生活をゲームとして切り取れることができる場面が増えてくるのではないかという。
最後に井上氏は,「技術が進化していく過程のどこかのタイミングで,またゲーミフィケーションの大きなイノベーションが起きる」とし,「課題もあるが,それを社会としてどう解決していくかも含めて,ゲーミフィケーションは今考えるべき重要なテーマの1つ」と述べて,セッションを締めくくった。
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