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[GDC 2017]謎の人面魚はどのようにして生まれたのか。斎藤由多加氏のセッションで「シーマン」の成り立ちを聴いてきた
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印刷2017/03/03 19:39

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[GDC 2017]謎の人面魚はどのようにして生まれたのか。斎藤由多加氏のセッションで「シーマン」の成り立ちを聴いてきた

 ドリームキャスト版が1999年に発売された「シーマン 〜禁断のペット〜」(以下,シーマン)は,カルト的なヒットとなった育成シミュレーションゲームだ。プレイヤーは,古代エジプトから伝説になっているという不気味な人面魚である(その名も)“シーマン”の卵をかえし,育成する。シーマンは知恵を持ち,しゃべるので,プレイヤーはコントローラに取り付けたマイクデバイスを使って,シーマンとのコミュニケーションをとることができる。最初は大した話はできないが,育つにつれてふてぶてしくなり,さらに知恵をつけると,さまざまな話を聞かせてくれる。そんな内容の,ゲームとも言い切れないゲームだ。

斎藤由多加氏
 そんなシーマンを振り返るセッション「Classic Game Postmortem: 'Seaman'」が,サンフランシスコで開催中のGDC 2017で行われた。
 スピーカーは,シーマンを開発した斎藤由多加氏。斎藤氏は,MAXISが1995年に発売したエレベーターマネジメントゲーム「Sim Tower」(邦題:ザ・タワー)や,戦国時代の合戦とピンボールを融合した「Odama」(邦題:大玉)など,ユニークなタイトルを開発した経歴を持つほか,ゲーム産業にさまざまな貢献をしてきたことでも知られている。

[GDC 2017]謎の人面魚はどのようにして生まれたのか。斎藤由多加氏のセッションで「シーマン」の成り立ちを聴いてきた
 冒頭で過去に手がけた作品を紹介したあと,斎藤氏は「もし上司があなたの部屋にやってきて,確実にヒットするゲームを作れと命じたら,そこには3つのオプションがある」とセッションの本題に入った。
 その一つ目は,ゲーム市場で人気のドラゴンやダンジョンの出てくる作品に新しい要素を用意して続編を作ること。二つ目は,ハリウッドの有名なキャラクターをライセンスしたアドベンチャーゲームを作ること。そして最後が,珍しい動物を使ったこれまでにないゲームを作ることだという。
 自分の作品でさえ続編を作るのが苦手だという斎藤氏は,このオプションのうち,悩むことなく最後のものを選んだという。

[GDC 2017]謎の人面魚はどのようにして生まれたのか。斎藤由多加氏のセッションで「シーマン」の成り立ちを聴いてきた
 アイデアが生まれたのは1997年のことだそうだ。
 当時,斎藤氏と彼のスタッフはSim Towerを制作しており,社内のもう一つのチームは,Mac向けタイトルの開発を計画していた。それは,スクリーンを水槽に見たて,Macのハイレベルなグラフィックスを使って熱帯魚を飼うというもので,そのために,六本木にあった会社に水槽を置くなどしてリサーチが行われていたという。
 そしてある日,スタッフと一緒にランチを取っていた斎藤氏は,必要なグラフィックスのためにはMacのパワーが足りないという話を聞く。調査に手間がかかりすぎていると思った斎藤氏は冗談で「何か架空の生き物を飼って育てるほうが,もっと面白いんじゃないか」と言った。周りにいたスタッフは笑いながら,どんな生き物かと聞いたが,その時に思い出したのが,テレビのお笑い番組で出演者が最後にカメラに向かって「何見てんだよ」という場面だったという。
 スクリーンの中の生き物が「何見てんだよ」と聞く。PCをシャットダウンすると,その生き物も眠る。シーマンのアイデアはその時に芽生えたのである。

[GDC 2017]謎の人面魚はどのようにして生まれたのか。斎藤由多加氏のセッションで「シーマン」の成り立ちを聴いてきた
 シーマンの名前は,愛玩用・観賞用として知られる小型の甲殻類「シーモンキー」に由来している。シーモンキーという名称がひどく奇妙だと思っていた斎藤氏は,自分のアイデアの中にある架空の生き物にシーマンという名を与え,コンセプトアートを描いた。そして,それを奥さんに見せたところ,あまり色よい反応は得られなかった。「なにこれグロい」というわけだ。

[GDC 2017]謎の人面魚はどのようにして生まれたのか。斎藤由多加氏のセッションで「シーマン」の成り立ちを聴いてきた

 しかし後日,奥さんに,あのコンセプトはどうなっかたと聞かれ,斎藤氏は,あれは嫌いじゃないかったのかと聞き返した。嫌いだけど,興味がないわけではないと答えた奥さんを見た斎藤氏は,本当はあれが気に入っているのではないかと感じた。
 そこでまた思い出したのが,斎藤氏の知人の部下の一組の男女だ。知人によれば,その男女はしょっちゅう喧嘩を繰り返していたが,結婚したのだという。驚く斎藤氏にその知人は,嫌い嫌いも好きのうちなのだと言ったそうだ。

 かくして,当時カリフォルニアのバークレーにいた斎藤氏は,2人のプログラマーと一緒にプロジェクトをスタートさせた。
 同じ頃,セガの重役が斎藤氏のもとを訪れ,開発中の次世代コンシューマ機の話を聞かせてくれたという。当時のセガはソニーとの熾烈な戦いを繰り広げており,投入予定の「ドリームキャスト」に向けた,キラータイトルとなるゲームが欲しいというのだ。

 そこで斎藤氏は,持っていたPowerBookを開いてシーマンのコンセプトアートを見せる。「なんて不気味な」と言われるが,結局,シーマンのプロジェクトはセガというバックアップを得て,さらに前進したと斎藤氏は述べた。

 シーマンのコンセプトは固まりつつあった。シーマンは可愛くなく,むしろ人に嫌われるようなキャラクターだ。ファンタジーではなく,まるで実在するような存在にして,そのことでプレイヤーの気持ちをさらに不安にする。しかも,ゲームのキャラクターが絶対にしない行為,つまり水槽に見たてたテレビ画面の向こうからこちらをのぞき込んでくるようなことをする。

 これまでなかったようなゲームを作ることは,無数の判断の繰り返しで,自分の中で戦っているようなものだと斎藤氏は言った。これまでは,自分の興味や好奇心からゲームを作ってきたが,今回はセオリーというか方針というか仮説というか,そういうものを立てる必要があった,と。

 まずは説得力のあるテーマが必要だ。シーマンとの会話をとおして語られるテーマ,それは「プレイヤーの日々の暮らし」である。なぜなら,良かれ悪しかれ,自分にまったく興味のない人はいないからだ。日々の会話によってシーマンへの共感が生まれ,シーマンもまた,成長するにつれて個性が出てくる。

 次は,セガの名前さえ知らない人にゲームを買ってもらうにはどうするべきかという点だが,これにはプレイヤーの保育本能を利用する。シーマンは割と弱い存在で,世話をおこたるとすぐに死んでしまうことにしたのだ。これはうまくいき,発売後の話になるが,会社から戻るとすぐにシーマンにエサをやるのが日課になった人や,休暇を取って旅行に出かける時,ドリームキャストを持っていくという人まで出てきたという。

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 どのようにプロモーションを進めるかという点については,テーマや技術を強調することなく,単純に「飼う」という言葉でまとめることにした。新たな技術はクールだが,例えば“リアルタイムチームコンバットシステム”などというジャーゴンは,とくにノンゲーマーにはアピールしないだろう。その点“ペットを飼う”というアプローチは,誰にとっても分かりやすいはずだ。

 ここで斎藤氏が最も頭を悩ませたのが,「シーマンの声は誰にするか」ということだった。やはり有名人にするべきだろうか。映画のようなゲームなら,有名人を使うべきだろう。
 しかし,最終的にシーマンの声は,これまで多くの人がその声を聞いたことのない声優が務めることになった。つまり,斎藤氏自身だ。究極の選択だったが,この声優は何より一銭も金がかからない,と斎藤氏は述べた。制作者の望みどおりの演技をするし,リテイクも出し放題だ。さらに「あれは誰の声だ?」と人々に思わせることにより,シーマンのミステリアスな雰囲気がさらに増すという効果もある。2年後にリリースされたPlayStation 2版まで,その効果は持続したという。

[GDC 2017]謎の人面魚はどのようにして生まれたのか。斎藤由多加氏のセッションで「シーマン」の成り立ちを聴いてきた
スポックを演じたレナード・ニモイさん
 次はゲームのサポート,つまりナレーションを誰に任せるかということだが,ここでは有名人を採用することにして,スタートレックシリーズでお馴染みのレナード・ニモイさんを考えた。セガも承諾して,契約が結ばれたという。日本でも有名人(細川俊之さん)が起用されている。

 シーマンがリリースされたのは,1999年7月のことだった。シーマンは,同じ年にソニーが発売したロボット「AIBO」と並んで日本のメディアに大々的に取り上げられた。どちらも同じ,デジタルペットというわけだ。その後のことは,知っている読者も多いはずだが,シーマンは予想を超えたヒット作となり,台湾で作られていたドリームキャスト向けのマイクデバイスには,膨大な追加オーダーが出された。

 最後に斎藤氏は,予定した通りにことが進み,自分はラッキーだったと述べた。そして,フランシス・フォード・コッポラの本にあった「もしリーダーが自信を失ったら,プロジェクトはダメになる」という言葉を引用し,会場に集まったゲーム開発者達に向かって,自分の信念を持ち続けるべきだとした。重要なのは実行することであり,作品を完成させることだ。ありきたりのゲームから逸脱することを恐れず,未来は予想するだけでなく,作っていくべきだと訴えて,セッションを終えた。

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