業界動向
Access Accepted第549回:e-Sportsはオリンピックの競技種目になり得るか
ソフトメーカーやハードメーカー,さらにゲーム配信サイトやスポーツマネジメント会社など,さまざまなゲーム関連企業を巻き込みながら急成長をとげているe-Sports市場。欧米では優勝者に高額の賞金が授与されるイベントも少なくはなく,プロのアスリートにも負けない環境が整いつつあるようだ。そして,東京大会の後には,e-Sportsがオリンピックの正式種目として採用されるなどという話も浮上しているが,実際のところはどうなのだろうか?
2024年のパリ・オリンピックにe-Sports種目が登場?
ゲーム産業の市場動向を専門とするリサーチ会社,Newzooが2017年2月に発表したレポートによると,2016年のe-Sports市場の規模は4億9300万ドル(約536億円)で,前年比で51.7%上昇したという。2017年は前年比で41.3%の拡大が見込まれ,2020年の市場規模は14億8800万ドル(約1620億円)に達すると予測されている。
e-SportsをTwitchなどのライブ配信で視聴するファンも,2016年が1億6100万人ほどだったのに対して,2020年には倍近い3億300万人に増えるとしている。
よくプレイされるタイトルとしては,「Team Fortress 2」や「League of Legends」「World of Tanks」といった古なじみの面々に加えて,「FIFA」「ストリートファイター」など,定期的に新作が登場して新陳代謝を繰り返すシリーズ作品も高い支持を得ている。
さらに,「Rocket League」や「Overwatch」など,リリースされた途端に大人気を得るような作品もあり,「PLAYERUNKNOWN’S BATTLEGROUNDS」に至っては,アーリーアクセス版にしてすでに1000万アカウントを記録しており,e-Sportsが欧米ゲーム市場で急成長の新興市場であることは間違いない。
そんなe-Sportsが,2024年のスポーツの祭典,パリ・オリンピックに正式種目,または参考種目として追加される可能性が現実味を帯びてきた。パリ・オリンピック誘致委員会の副会長であるトニー・エスタンゲ(Tony Estanguet)氏がAP Newsのインタビューで,「若い人達は,e-Sportsのようなものに関心を持っている。それなら,実際に考慮して関係者と話し合い,何かの架け橋を作ってもいいのではないか」と話したのだ。
一時期,不人気スポーツを削減する方向に動いていた国際オリンピック委員会(IOC)だが,最近は再び拡大路線に舵を切っており,2020年の東京オリンピックでは,「野球/ソフトボール」「空手」「サーフィン」「ローラースポーツ」,そして「スポーツクライミング」の5種目が一気に追加される。
パリ・オリンピックは,9月にペルーで開催される会合でようやく関係者が顔を合わせるという,スタートラインについたばかりの状況だが,今後,「e-Sports」のオリンピック競技化の是非が話し合われることになるようだ。
ちなみに,組織のデジタル化を推し進めるIOCは,クラウドサーバー導入などの入札でAmazonに競り勝った中国の巨大IT企業アリババと,2020年から2028年までの3大会にわたる契約を結んでおり,パリ・オリンピックの関係者には,アリババグループを率いるジャック・マー(Jack Ma)氏が含まれているようだ。
そのアリババは,オリンピックと同じくスポンサー契約を結んでいる2022年アジア競技大会(開催地は中国の杭州市)で,e-Sportsを競技イベントとして追加することを訴え,正式種目としての認定に成功している。e-Sportsのオリンピック競技化とはまるで夢のような話だったが,こうしたことを考えると,あながち妄想とは言えなくなってきたようだ。
オリンピック種目への道のりは長い
8月28日,アリババ傘下の中国メディアであるサウスチャイナ・モーニング・ポスト (南華早報)英語版に,IOCのトーマス・バッハ(Thomas Bach)会長への単独インタビューが掲載された。その中でバッハ氏は,e-Sportsのオリンピック競技への追加の可能性について言及しつつも,かなり慎重な姿勢を示している。
ゲームを暴力や爆発,殺害であふれるものだと断定するバッハ会長の意見は,あまりにも皮相的で,簡単に納得することはできない人も多いと思うが,百歩譲って,武器や爆発の出てこないゲームタイトルを考えるとすれば「FIFA」シリーズのようなスポーツタイトルが思い浮かぶ。とはいえ,実際にオリンピックで行われている競技をディスプレイの中でプレイすることに,どれほどの意味があるのかよく分からない。
毎月のようにパッチが導入されてバランスが変化し,10年もすればほとんどが過去の存在になってしまうデジタルコンテンツが,4年に1度しか開催されないオリンピックの競技種目にふさわしいのかも疑問だ。各オリンピックごとに違うタイトルがプレイされるのでは,オリンピック種目にする意味もないだろう。
バッハ会長は組織化の必要性も述べていたが,現在のe-Sportsではメーカーやスポンサーごとにさまざまな団体が存在し,多くのトーナメントやイベントが個別に行われている状況だ。国や地域レベルで統一的な組織を作るのは現段階ではかなり難しそうだし,無理にそのようなものを作った場合,自由な競争が阻害され,かえってゲーム産業の成長に悪影響を与えることも考えられる。
e-Sportsがオリンピック種目として認められるかどうかは,2020年の東京大会以降,少しずつハッキリしてくると思われるが,述べてきたように,その道はきわめて険しいだろう。
スポンサーを持つ欧米のプロゲーマー達の環境は,マイナー競技のアスリート達に比べて良好であり,社会的認知度も高い。したがって,個人的にはe-Sportsをわざわざオリンピックの種目にする必要性は少ないと考えているのだが,若者のテレビ離れを懸念するIOCにとって,e-Sports人気を何とか利用したいという思惑もあるようで,果たして,どのような結論に落ち着くことになるのだろうか。我々はいつか,オリンピックの中継で特殊部隊員達の華麗な撃ち合いを見るのだろうか。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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