業界動向
Access Accepted第528回:一般参加者を受け入れるE3。ゲームの祭典はどう変わるのか
1万5000人の一般来場者を受け入れるという,驚くべき決定を下したE3。新作タイトルや新しいハードウェアを広く紹介したいパブリッシャやメーカーと,それらを流通・販売する市場関係者,そして,新情報を少しでも早く伝えたいメディアが,それぞれに恩恵を得られるイベントとして成立していたE3だったが,「業界関係者オンリー」の大規模ショーは,大きく変化しつつあるようだ。それにしても,東京ゲームショウやgamescomのように,一般客をうまく受け入れることができるのだろうか。
業界関係者オンリーのイベントが持つ価値
任天堂,ソニー・インタラクティブエンタテインメント,そしてマイクロソフトという3大プラットフォームホルダーが一堂に会し,ハードウェアのほか,その年から翌年にかけて発売される期待のソフトを大々的に発表するE3は,ゲーマーを自称する人なら,その存在を知らない人はいないだろう,年に1度のゲームの祭典だ。プラットフォームホルダーや大手パブリッシャがこぞってプレスカンファレンスを実施し,発表された最新情報を少しでも早く報じようとメディアが走り回る姿は,過去20年の伝統と言える。
ゲーム開発者達は,このイベントに合わせてデモやトレイラーを作り,また広報やマーケティング担当者は,発売までのプロモーション活動を組み立てるスタート地点として,E3は欧米ゲーム産業の年間スケジュールにしっかり組み込まれている。
しかし,そんなE3ではここ数年,存在意義が問われるほどさまざまな問題が出てきており,以上の姿は過去のものになるかもしれない。詳しくは,昨年のE3終了直後に掲載した本連載の第502回「欧米ゲーム業界最大のイベント,E3 2016に思う」で詳しく書いたが,簡単に言うと,パブリッシャがライブストリーミングを使って,“インフルエンサー”と呼ばれる影響力の高いブロガーや映像配信者,そして一般ユーザーに直接語りかけることができる現在,もはやイベントの重要性は失われているということだ。開催前に行われる各社のプレスカンファレンスが終われば,それでイベントは終わったも同然で,ショーフロアの意味はほとんどない。
何億円もかけてブースを準備したり,多くのスタッフを海外やアメリカのほかの都市から派遣しなければならないゲームメーカーにとって,E3という「業界関係者オンリー」イベントの価値は揺らいでいる。それゆえ,Electronic ArtsやActivisionといった大手パブリッシャがブースの設置を取りやめ,プラットフォームホルダーのブースを使う形でのゲーム出展に切り替えているのだ。
E3公式サイト
筆者の経験では,一般客がE3に入場している場面には,これまで何度も遭遇した。以前から,ゲームパブリッシャやハードウェアメーカーが,一部のファンやプレイヤーに特典として自社のパスを発行し,E3を体験してもらうといったことは,普通に行われており,もちろん,それに目くじらを立てる必要はない。
実際,特定のメーカーのブースで列を作ったり,ゲームのロゴが大きく入ったかぶり物やバッグなどを持って会場を歩き回り,あたかもそのゲームが注目されているかのように見せる,どう見ても業界関係者と思えないサクラも増えた。
ちなみにE3では,例えば,我々のようなメディアは「赤」,ゲーム企業関係者やブースの説明担当は「緑」,招待された業界トップや政府関係者などVIPは「青」というように,入場者が首に下げるパスの色(年によって色の意味は異なる)で区別されており,それぞれに,入れる場所などに制限がある。サクラとおぼしき人達は「イグジビットオンリー」のバッチを下げていることが多く,これはショーフロア,つまりウェストホールとサウスホールへの入場のみが許可されるという意味だ。言うまでもないが,これもまた文句を言うような筋合いのものではなく,ESAも承知しているだろう。
果たして,一般客は必要なのか
ESAの発表によれば,E3 2016には5万300人の来場者がいたという。筆者の個人的な意見だが,これは水増しされた数字だろう。なにしろ,あまりにも人が多過ぎ,会場に鳴り響くサウンドのせいでゲームの説明などできないという批判が起きた2005年のE3が過去最大の7万人。PlayStation 4やXbox Oneがアナウンスされた2013年のE3でさえ4万8200人だったのだから,2016年の閑散としたショーフロアに5万人がいたとはとても考えられない。プラットフォームホルダーがブースを設置するウェストホールはそれなりに賑わっていたが,Electronic ArtsやActivisionなどの大型ブースがなくなった穴埋めは難しく,サウスホールにつながる回廊も寂しく感じられた。
さらに,会場の外で一般ユーザー向けにデモを公開していた「E3 Live」と合わせれば7万人を超える来場者がいたとのことだが,その「E3 Live」の評判はさんざんだった。
果たして,1万5千人の一般客を受け入れる今年のE3は,どのようなものになるだろうか。
東京ゲームショウやドイツのgamescomと異なり,2017年のE3には,メディアや業界関係者専用のビジネスデイが用意されていない。したがって,ジャーナリストも関係者も,ゲームデモのために長い列に並ぶ必要があるはずだ。最近のE3では,メディアがメーカーやパブリッシャにあらかじめアポイントを取り,指定の時間に注目の新作をプレイしたり,ライブデモを見たり,インタビューしたりするという仕組みが出来た。それなのにまた,昔のように,長い列に並ばなくてはらないというわけだ。
これに関しては,各パブリッシャが一般客の参加を想定したブース作りを行えるのかも疑問がある。会場のLos Angeles Convention Centerにはプライベートルームが連なるエリアがあり,そこで,静かな環境を整えてデモを行うことも少なくない。通常,イグジビットオンリーのパスでは,そこへ向かう階段やエスカレーターの前で止められるが,1万5千人もの初参加者が大挙して押し寄せれば,混乱が起きる可能性がある。
また,こうしたプライベートルームはすべてのパブリッシャが持っているわけでなく,ショーフロアだけに頼るメーカーもある。その場合,1回のデモを短くするなどして,いかにスムーズに観客を回転させるかを考え直す必要があるだろう。
E3では1つのデモに最低30分,長い場合は1時間ということも珍しくなく,その時間が削られてしまうのは避けてほしいところだ。我々の仕事は新作のフレッシュな話題を,迅速かつ詳しく読者に届けることであり,長い列や短いデモはつらい。ただでさえ,1人のジャーナリストが1日にカバーできるゲームの数は実質10本くらいしかないのだ。そもそも,E3は情報を発信したいメーカーと,それを知りたいメディアの思惑が合致したイベントだったはず。それに,一般客にしても,入場料の元が取れるのかどうかも疑わしいほど短いデモをプレイしたり,アイテムをゲットするだけで満足するのだろうか。
……と,口角泡を飛ばしてみたものの,筆者のようなトラディショナルな物書きは,もはや時代に置いてきぼりを食わされているのかもしれない。メーカーのスタッフでありながら,公式ブログに開発者インタビューまで掲載してしまう腕利きの広報担当者や,自分の好きなゲームだけに集中して見事な映像を作り出すネット配信者,そして特定のタイトルに限って信じられないほど詳しく情報を聞き出してくるゲームコミュニティの管理人など,ジャーナリストも時代と共に変化しており,それがE3の変容を招いているのだから。
開催までまだ4か月あるが,今後も,さまざまなニーズに対応するためにE3の試行錯誤は続くだろう。1万5千人という一般人が入場するというこれまでにない試みが,E3復権の最良の方策なのかは分からないが,今は文句を言いつつも楽しみにしておこう。余談だが,果たして古いタイプのライターである筆者が時代に置いて行かれているのかどうか,まずは2月27日から3月3日までサンフランシスコで開催されるGDC(Game Developers Conference)を,しっかり取材して,その疑惑を払拭しておきたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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