業界動向
Access Accepted第440回:北米ゲーム業界を揺るがす“ゲーマーゲート”問題
現在,アメリカで議論になっている「ゲーマーゲート」問題。読者にも耳にしたことがある人は多いはず。発端は「ゲームにおける女性差別」だが,その後,ゲームメディアへの批判やオンラインハラスメントなど,さまざまな問題が複雑に絡み合い,現在,どこに出口を見いだすべきなのか分からない状況になっている。今週は,そんな「ゲーマーゲート」の問題について簡単にまとめてみたい。
フェミニスト,ジャーナリズム,そしてゲーマー
ここ数週間,アメリカでは「ゲーマーゲート」と呼ばれる一連の問題が次々に発生している。海外サイトをよくチェックする人の中には,「#GamerGate」というハッシュタグを見て,これはなんだろう? と首を傾げた人もいるかもしれない。
「ゲーマーゲート」という言葉は,ゲーム業界や一連の問題とはあまり関係ないアメリカ人俳優アダム・ボールドウィンさんが,一連のニュースについて自分のTwitterに投稿した際に使ったネーミングで,おそらくは現代アメリカ史に残る政治スキャンダルである“ウォータ―ゲート事件”をもじったものだと思われる。
このゲーマーゲート問題は,偏見や女性差別,さらにはハラスメントや脅迫,果ては殺人予告まで,さまざまな出来事を含んでおり,簡単に説明するのは難しいが,大きく分ければ2つのことに集約できそうだ。
それは,「ゲーム業界でのフェミニズム運動と,過剰な抗議」,そして「ゲームジャーナリズムとゲーム業界の癒着疑惑と,それに対する批判」である。なお,ここでは上記に参加する人々を便宜的に,「ゲーマーゲーター」(GamerGater)と記述する。
ゾーイ・クインさんに対する脅迫
ゾーイ・クイン(Zoey Quinn)さんは,2013年にリリースされたテキストアドベンチャー「Depression Quest」のゲームデザイナーとして,これまでもゲーム開発者会議などで活発な活動を行ってきたインディーズ開発者だ。
このゲーマーゲート問題の始まりは,2014年8月頃,クインさんに対するさまざまな噂が北米の掲示板「4Chan」に書き込まれるようになったこととされている。書き込みはエスカレートし,さらにクインさんのSNSの個人ページがハッキングされたり,住所が晒されたり,「どこに行けば彼女を見つけ出して,ストーキングできるのか」といった犯罪を誘発するような書き込みが見られたりするようになった。
9月には,クインさんの元カレを名乗る元ゲームプログラマーが,「ゲームを売るために,(クインさんが)ゲームブログKotakuのジャーナリストと関係を持った」とブログに書き込み,さらに2人が親しかった頃のさまざまな写真をアップしたのだ。
Kotaku側 は,ジャーナリストとクインさんとの恋愛関係は認めたが,クインさんの利益になる記事は存在していないと全面的に否定。その後もゲーマーゲーター達は,何千ものヘイトメールやメッセージを4Chanやソーシャルブックマークサイトの「reddit」,さらにはクインさんのTwitterに書き込み,結果的にクインさんのソーシャルライフは消滅してしまった。クインさんは身の危険を感じ,現在,所在地などは明らかにしていない。
・アニータ・サーキシアンさんへの殺害予告
カナダ系アメリカ人のアニータ・サーキシアン(Anita Sarkeesian)さんは,フェミニズム運動の活動家であり,とくにゲームにおける女性の描かれ方が性差別を助長してきたと主張するビデオブログ「Feminist Frequency」の運営によって知られる評論家だ。
サーキシアンさんは,2012年6月にゲーム作品における女性キャラクターの扱いを描くネット番組「Tropes vs. Women: in Video Games」の企画をKickstarterに掲載し,目標額を大幅に超える16万ドル近くの資金を集めた。
このネット番組は現在まで続くシリーズになっているが,そのエピソードの1つが,ちょうどクインさんに対するネガティブキャンペーンが行われていた頃に公開されたこともあってか,ゲーマーゲーター達の新たな標的になってしまったようだ。
サーキシアンさんへの批判やオンラインでのハラスメント(嫌がらせ)は拡大し,彼女の大学での講演会が,殺害予告によって中止されるといった事件も発生し,FBIが捜査に乗り出すといった社会的な問題へと発展した。
・GameJournoProsへの批判
ゲーマーゲーター達が批判の矛先を向けるのが,「GameJournoPros」と呼ばれる,120人ほどのゲームジャーナリストで構成されたメールグループだ。
上記のKotakuはもちろん,PolygonやJoystiqといったゲームブログ,PCGamerやIGN,Gamespotなどの大手ゲームメディア,さらにはWiredやEngadget,Venture Beatといった技術系メディアのライターやエディタが参加しており,いずれもアメリカのゲーム業界ではトップジャーナリストと呼べるレベルの人達だという。
そんなGameJournoProsが,ゲームメディアにおいて非常に大きな影響力を持っているのは言うまでもないが,彼らはメールや隠しフォーラムなどで,「どんなゲームについて書くべきか」「今年はどんなトレンドをプッシュしていくべきか」といったことを話し合っていると言われているのだ。もし事実なら,そこにはある種の誘導や情実が入り込む可能性があり,一般のゲーマーが求める情報と乖離してしまうようなことも起きかねないし,画一的なオピニオンに集約してしまうかもしれない。
さらに問題なのは,以前はジャーナリストだった何人かの関係者が,その後コミュニティマネージャーやプロデューサーとしてゲーム開発側の人間へ立場を変えている点で,それにも関わらず,彼らは現在もこのGameJournoProsに在籍しているという。これは,自分の関係する作品について,他のメンバーから批判的な記事を書かれなくなる可能性を含んでおり,それについての批判も繰り返されているのだ。
ゲーマーに必要な情報を届けられなかったゲームメディア
このゲーマーゲート問題では,フェミニズム(もしくは反性差別)運動と,メディアの腐敗を合わせたような事件も起こってしまった。舞台となったのは,クラウドファンディングサイトの「IndieGoGo」と,ゲームブログのDestructoidだ。
発端は,2013年9月にIndieGoGoに企画が登録された,インディーズ系ホラーゲーム「Homesick」についての取材依頼がDestructoidに送られたことに始まる。レポートはDestructoidの担当ライターだったアリスタイア・ピンゾフ(Allistair Pinzof)氏によってまとめられ,それがほかのメディアに拡散することで,目標額となる3万5千ドルに向かって順調な滑り出しを見せた。
しかし,これはすべてセガールさんの作り話だった。実際にはセガールさんは男性で,IndieGoGoで集めた資金の大半は,自分の性転換手術に利用する予定だったという。しかも,ピンゾフ氏はその事実を知りながら,「バラせば自殺する」というセガールさんの脅迫によって口止めされていたという。
結局,「Homesick」は資金調達に成功した直後,おそらく不正を知ったIndieGoGoによってページが閉鎖され,セガールさんは「もうすべてが終わった」と,自殺予告ともとれるコメントをTwitterに残して消息を絶った(その後,存命であることが確認されている)。
ジャーナリストとしてゲーマーゲーターからの批判を浴びたピンゾフ氏は,やがて解雇され,その後,ゲームジャーナリズム界からも身を引いた。同氏は最近,この事件の概要を自分の立場で報告するブログ記事を公開しており,そこで「人権団体からのプレッシャーにより,Destructoidは私をクビにした」と述べている。
事の真偽はともかく,信用を失墜したDestructoidでは退職者が続出しており,不安定な状態になっているようだ。
こうしたゲームメディアへの不信や,性差別の問題など「#GamerGate」を中心に活発な議論が続いているが,筆者の印象では議論の出口が見つかっておらず,ますます分かりづらい状況に陥っているように思える。
上に紹介したサーキシアンさんのWeb番組では,「ゲームコミュニティやゲーム業界は,男性に支配された世界」(Male Dominated World)と表現されているが,個人的には,そもそも「ゲームが男性向けに作られているから男性の割合が多くなる」のか,それとも「男性の割合が多いから,男性向けのゲームばかりになる」のかは,「ニワトリと卵」のような話であるだろう。どういう内容ならフェミニスト向けのジェンダーフリーなゲームになるのか,ハッキリと言える人は少ないはずだ。
ハッキングや殺害予告などを行うゲーマーゲーターの活動にはまったく賛同できないが,一方で「エンターテイメントであるゲームに,“性差別”という政治的な問題を持ち込むべきではない」という主張そのものには,理解できる部分もある。
アメリカにおける性差別は,日本で考える以上にセンシティブだ。その中でも,とりわけ過激な意見を持つ人々がヘイトスピーチや,オンラインハラスメントを繰り返しているのが実情であり,企業がゲーム情報サイトへの広告出稿を取りやめるなど,この問題については最近,悪いニュースばかりが聞こえてくる。そのため,多くのゲーマーゲーターが投稿していた「4chan」では関連のスレッドの削除を始めたし,IGDAなどの国際的なゲーム業界団体も批判を強めている。
ただ,ゲームやメディアのあり方,あるいは性差別の問題を真面目に議論している人々も多く,この問題をゲーム業界だけでなく,ネットのモラル向上の役立たせようという動きもあるようだ。北米の大手新聞であるワシントンポストは,今回の問題をきっかけに,ゲームについての議論が再燃したことに意味があるといった記事を掲載しており,こうした意見も見受けられるようになった。女性ゲーマーを取り込むという意味からも,この問題を考えることはゲーム業界にとって有意義であるはずだ。
果たして,アメリカのゲーマーおよび(今のところ,例によって沈黙を続ける)ゲーム業界に自浄能力はあるのか,今後も注目していきたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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