業界動向
Access Accepted第383回:ホークアイとホーケン
オンラインアクションゲーム「Hawken」のパブリッシャであるMeteor Entertainmentの女性従業員の割合は低くはないようだが,それでも,多くのゲームメーカーと同様,オフィスのあちこちにセクシーな女性キャラクターのポスターが貼られている。そんな中,ある女性従業員がエイプリルフールのジョークとして,その女性ポスターをセクシーな男性のポスターにすり替えたところ,出社してきたCEOが思わぬ反応を……。今週はそんな話を紹介したい。
セクシーな女性キャラクターを男性に置き換えたら
どうなる?
カジュアルゲームやソーシャルゲームの普及により,女性ゲーマーの比率が急増している欧米ゲーム市場だが,コアゲーマーと呼ばれる熱狂的なファン層では,依然として若い男性が大多数を占めている印象が強い。それはアメコミでも同じことで,ゲームやアメコミに登場する女性キャラクターの大半は,戦闘に向かうのになぜか半裸に近いコスチュームという,男性目線の姿で描かれることが多かったりもする。
アメリカでは,こうした現象を「セクシズム」(sexism)と呼んでいる。日本語訳である「性差別(主義)」よりは,この場合「性的偏見」と表現したほうが近いだろう。ゲームやコミックスに登場する女性キャラクターは,明確な理由もないまま,男性が見たステレオタイプなボディラインや衣装,性格で描かれ,それが当然のことであるかのように多くの人に受け取られているからだ。
こうしたポップカルチャーにおけるセクシズムを考察する人もアメリカには少なくなく,「The Hawkeye Initiative」はそれを扱ったサイトの一つ。マーベルコミックスの男性ヒーローである「ホークアイ」に,女性キャラクターのセクシーなコスチュームを着せたり,同じポーズをとらせたりして,その変化(もしくは変化が起きないこと)を検証しようという奇妙なブログで,2012年12月にオープンして以来,現在までに120万を超えるアクセスを記録する人気を誇っている。
ブログを見てもらえばすぐに分かるが,ホークアイが必要以上にセクシーに描かれた女性キャラクターと同じポーズをしたり,衣装をまとうことで,その不自然さが巧みに強調されている。
そんなThe Hawkeye Initiativeに,オンラインのロボットアクション「Hawken」のパブリッシャであるMeteor Entertainmentのスタッフを名乗る人物がゲスト投稿を行い,その内容が大きな話題を集めているのだ。
ブロージー・ザ・リベッター誕生
ゲスト投稿者は「AnonymousFan8675309」というハンドルネームの女性で,Meteorのデータ解析部門で働いているという。Meteorには女性社員が多いらしく,彼女が在籍する部門で働いているのはすべて女性とのことだ。職場環境にも仕事にも恵まれた彼女だったが,我慢できないことが1つだけあった。それは,オフィスのあちこちに飾られた大型ポスターで,そこには「Hawken」に出てきそうな半裸の女性メカニックが描かれていた。
このポスターは,MeteorのCEOであるマーク・ロング(Mark Long)氏のお気に入りでもあり,彼自身の指示で,従業員や訪問者がオフィスに足を踏み入れたとたん,イヤでも目に付くような場所に飾られていたという。ロング氏は50代後半の元軍人であり,社会的には保守層に属する人物。投稿者の同僚女性社員の多くは辟易しながらも,撤去を求めるまでにはいたらなかったようだ。
あるとき投稿者は,このポスターを男性のものにすり替えるという,The Hawkeye Initiativeと同じアイデアのエイプリルフールジョークを思いつき,アーティストのサム(男性)に懇願して,ポスターのデザインをしてもらったという。2人は他の社員には知られないようにオフタイムに作業を行い,ルビーと同じサイズの大型ポスターに仕上げると,フレームまで取り付け,2013年4月1日,2人で早朝に出社してポスターを取り替えて,次々にやってくる人々の反応を確認していた。
「ブロージー・ザ・リベッター」と名付けられた男性キャラクターのポスターを見た従業員の反応はさまざまで,男性の多くが,はにかんだ笑いを浮かべたり,何も言わずに目をそらす一方,女性社員は大喜びで,写真を撮ったりポスターの複製を依頼してくる人もいたそうだ。
しかし,出社してきたロング氏は,このポスターを見るなり「何だこれは!」と大声で叫び,沈黙したまま自室に入ってしまった。その後約30分にわたってオフィスには不穏な空気が流れ,投稿者とアーティストは,「エイプリルフールとはいえ,やりすぎたかも」と,解雇さえ頭によぎったという。やがて,静寂を破ってロング氏が再び姿を現し,投稿者のデスクの前に立ち,次のように語りかけたのだ。
「いいジョークだった。馬鹿げたことをうまいやり方で僕に知らせてくれたよ。これまで,オフィスに半裸の女性のポスターを飾りながら,それを深く考えたことなんかなかった。今日は,君とサムに昼食をごちそうしよう。そのあと,みんなで2つのポスターを並べて飾るんだ」
こうして,ルビーとブロージーはMeteor Entertainmentのオフィスで並んで壁に掛けられることになったという。ブロージーを掲げたままではいささか異様な雰囲気のオフィスになってしまうし,ルビーに戻せば意味がなくなるとロング氏は考えたのだ。
この話題は現在,北米ゲーム業界だけでなく一般メディアにも取り上げられ,ロング氏の判断は高く評価され,ブロージー・ザ・リベッターは,北米ゲーム業界にある無意識のセクシズムの象徴として捉えられている。果たしてあなたはこの話を,どう受け取るだろうか?
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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