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印刷2009/10/23 12:17

業界動向

奥谷海人のAccess Accepted / 第237回:ゲームの値段はあなたが決めてください?

奥谷海人のAccess Accepted

 日本でも「グーの惑星」というWiiウェア版がプレイできる2「World of Goo」。カジュアルであり,ダウンロード専用であり,物理エンジン搭載であるなど,最近のさまざまなトレンドを余さず備えたインディーズゲームの申し子のようなタイトルだ。デベロッパの2D Boyはつねに「プレイヤーを信じる」ことを信条にしており,会社としてまるで採算のとれないような企画まで始めている。今回は,そんな欧米ゲーム業界の異端児,2D Boyの1年の軌跡を紹介したい。

第237回:ゲームの値段はあなたが決めてください? 〜 インディーズメーカー「2D Boy」1年間の軌跡

 

たった二人で作った,独特のフィーリングを持つ「World of Goo」
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欧米ゲーム市場で脚光を浴びつつあるインディーズ系のゲーム。「Darwinia」「Everyday Shooter」「Braid」,そして「Audiosurf」など,大ヒットになった作品が続出しているジャンルであり,中でもWorld of Goo(グーの惑星)はその筆頭といったところ。ゲーム販売のダウンロード化が進んで間接経費が減ったことから,それが面白いゲームであるなら十分にペイできることを証明した。コスト高になりつつあるメインストリームのアンチテーゼとして注目されている

 2D Boyの「World of Goo」は,いろいろな意味で欧米ゲーム業界に注目されているパズルゲームである。
 2008年のGame Developers Conferenceに併催されたインディペンデント・ゲームズ・フェスティバルにおいては最も多くのカテゴリーにノミネートされ,同じ物理エンジンを採用するタイトル「Crayon Physics Deluxe」に大賞こそ持っていかれたものの,「デザイン・イノベーション賞」と「テクニカル・エクセレンス賞」を受賞するなど,正式発売前から評判の高いゲームだった。
 2008年10月に,Wiiウェア(北米/EUのみで発売),PC,Mac,そしてLinuxなどでリリースされるとさらに大きな反響を呼び,19.95ドル(約1800円)という手頃な価格設定も手伝い,2008年内には15万本を販売した。リリースから約1年が経った現在でも,月間数万本の割合で販売されているといわれ,インディーズゲームとしては空前のヒット作になったのだ。
 その人気と斬新なゲーム性から,任天堂が「グーの惑星」というタイトルで2009年4月に販売を開始しているため,日本でも割と知られたゲームといえる。

 World of Gooを簡単に説明するのは難しいのだが,「グー」と呼ばれるアメーバ状の生物を使い,マップの反対側にあるポンプを目指して「渓谷に橋を掛ける」とか「高いところに登り切る」といった手順をこなしていくという内容だ。
 グーはグニャグニャしているので,ある程度の重さがかかると崩れてしまうなど,単純につなげていくだけではうまくいかない。また,ベーシックな黒いグー以外にさまざまな色と性質を持つグーが存在し,それらを使い分けてゲームを解いていく,かなり中毒性の高いゲームに仕上がっている。

 このWorld of Gooを開発した2D Boyは,Electronic Artsに在籍していたカイル・ガブラー(Kyle Gabler)氏と,ロン・カーメル(Ron Carmel)氏の二人が設立した会社だ。ゲームを持っている人なら,そのとてつもなく短いクレジットを見ていただけでば分かるとおり,ガブラー氏がゲームデザインやアート,そして作曲を行い,カーメル氏がプログラミングと制作を担当している。発売前に,EA時代の仲間で現在はフリーとして活動しているアラン・ブロムキスト(Allan Blomquist)氏に,Wii版のプログラミングを外注したという。

 ゲームに利用されたテクノロジーは,物理演算用の「Open Dynamic Engine」を始めとして,すべてオープンソース(つまり無料)のものを利用している。開発にはどこからの資金援助もなく,自分達のポケットマネーで生活していた。
 彼らが語るところによれば,ブログやスカイプなどを使ってWorld of Gooの開発状況を世界に発信することで,自分達の存在を訴えていたという。EA時代とはまったく異なる環境にあって,開発者にとって何よりも必要であるメンタル部分での支えは,彼らの送るメッセージに応えてくれた昔の仲間や,名も知れないゲーマー達だったというわけだ。

 

奇想天外な販売実験を行う,2D Boyの度胸
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開発予算は約1万ドル(約90万円)。開発中の1年半あまりは,ほとんど画面のようにコーヒーショップで過ごしていたというカーメル氏(左の人物)とガブラー氏。DRMがないことをわざわざ発表して不法ダウンロードの実態を調査したり,プレイヤー自身にゲームの値段をつけてもらうセールを行ったりなど,World of Gooにも負けない奇妙で面白い実験を連発している

 2D Boyは,その会社の小ささからは想像もつかないほどの「度胸」も持っている。どういう勝算があったのかは分からないが,World of Gooの発売直前から「我々はDRMを利用しない」ことを公式ブログなどで発表してきたのだ。
 DRMとは「Digital Right Management」のことで,つまり不正コピー防止用のプロテクト技術だ。「Mass Effect」や「Spore」などで取り入れられて有名になったが,現在は「業界にとってもゲーマーにとってもありがたくない」存在だという面が強くなっている。
 2D Boyは,そうしたDRMソフトウェアを使用していないことを,あえて発売前に発表することで,ゲーマー達の善意に訴えた。筆者が,World of Gooをプレオーダーしたときにも「我々はDRMを一切使用しないという実験をしています。本作を,無許可でアップロードしないことを前もって感謝します」というようなメールが送られてきたのを記憶している。

 その結果がどうなったかといえば,同じIPアドレスからゲームのアクティベーションを試みたケースがヨーロッパや南アメリカから相当数あったらしく,発売から1か月後の2008年11月 ,2D Boyは「PC版の90%は不法ダウンロードによるものという残念な結果だった」と発表している。90%というのはあまりにも多いような気もするが,試算方法については2008年11月13日付の公式ブログで詳しく紹介されているので,興味のある方はそちらを参照していただくといいだろう。

 面白いのは,2D Boyは,それでもゲーマー達を信じているようであるところだ。「DRMなど時間の無駄」と言い放ち,不法ダウンロードを「ゲームに向かわせたことだけでも誇らしい」と,驚くほど前向きに捉えている。もともとかなり安価に設定されたソフトを不法ダウンロードする人は,そもそもお金を出してゲームを買う層ではなく,そうした彼らに少なくともプレイさせたということだけでも価値があるということだろうか。

 2D Boyは,そんな「プレイヤーを信じる」という信念のもと,さらに興味深い試みを始めている。World of Gooの発売から1年経ったことを記念して,2009年9月より「値段はあなたが決めてください」として発売するという,奇想天外なプロモーションを行っているのだ。これは,公式ホームページにおいてPayPalアカウントを使ってのみ行えるものだが,この1か月で57000人あまりの購入者が現れ,自分の好きな価格でゲームを買っていったという。
 この結果,定価20ドルのところを50ドルも払ってゲームを買った人が4人いたが,逆に1セント(1円以下)を払った購買者は1万6852人。2ドル以下の値段をつけた人を合わせると圧倒的な人数になり,平均してたったの2.03ドル(約180円)でゲームが買われたことになる。
  この期間,Steamなどのダウンロードサイトでも5ドル(約450円)で販売されるセールスが行われていたが,公式サイトでの購入は,これらのすべての販売額合計の57%に当たったという。つまり,9月の月間売り上げ約10万本のうち,正規価格で購入したよりも,公式サイトにアクセスして自分で値段を決めて購入した人のほうが多かったということだ。そして,その多くが2ドル以下で購入したわけで,PayPalに支払うトランザクション料を上乗せすると,利益はほぼ出ていないという。

 それでも彼らはこの結果に気を良くした様子で,「値段はあなたが決めてください」企画は10月25日まで延長されることになった。2D Boyは,「このデータをゲームやビジネス分野でどのように活かせるのかは,まったく不明」としており,なんというかハチャメチャな企画だったような気もする。
 同社は,iPhone市場への参入も発表し,それ専用の“マイクロ・スタジオ”も設立したらしいが,このマイクロ・スタジオが何を意味するのかは具体的には分からない。「マイクロ」というからには,社風となりつつあるインディーズ精神を残した,小さな開発部隊なのだろう。彼らが次に何を仕掛けてくるのか,個人的に非常に気になっている。

 

■■奥谷海人(ライター)■■
サンフランシスコ在住の4Gamer海外特派員。ゲームジャーナリストとして長いキャリアを持ち,多様な視点から欧米ゲーム業界をウォッチし続けてきた。業界に知己も多い。本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,連載開始から200回以上を数える,4Gamerの最長寿連載だ。
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