オススメ機能
Twitter
お気に入り
記事履歴
ランキング
お気に入りタイトル/ワード

タイトル/ワード名(記事数)

最近記事を読んだタイトル/ワード

タイトル/ワード名(記事数)

LINEで4Gamerアカウントを登録
「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート
特集記事一覧
注目のレビュー
注目のムービー

メディアパートナー

印刷2020/02/27 19:36

イベント

「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

 ワクソンは2020年2月23日,ゲームクリエイターによるトークイベント「The Art Of Video Game」を,東京・渋谷のSalon de Zuppa(サロンドズッパ)にて開催した。

画像(001)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

 The Art Of Video Gameは,オリンピックイヤーに合わせ,日本のゲームのためにゲーム業界に関与したOBやベテランなどが力を合わせ企画し,実現したイベントだ。日本におけるビデオゲームの歴史をクリエイターの視点で語り継ぎ,アーカイブ化を目指すという。

 本イベントではシーズンごとに取り上げるメーカーを変える予定で,今回は「レジェンダリー クリエイターズ シーズン 1 ナムコ」と銘打ち,ゲームサウンドクリエイターの慶野由利子氏をゲストに迎え,1980年代におけるナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)のサウンドに関するトークを繰り広げた。なおトークの解説を務めたのは,「鉄拳」シリーズや「リッジレーサー」シリーズ,「塊魂」シリーズなどで知られるゲームサウンドクリエイターの三宅 優氏である。

三宅 優氏(左)と慶野由利子氏(右)
画像(002)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

イベントのMCを務めたワクソン 代表取締役 跡部裕彦氏
画像(003)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

バーガースタジオ 代表取締役 清田貴史氏。会場では主にファンの視点から1980年代のナムコサウンドを語った
画像(004)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

 慶野氏は東京藝術大学音楽部楽理科卒業後,1981年にナムコに入社。1985年には第2子出産を機に一度退社しているが,「ぜひに」と請われ,1987年から1989年にかけて契約社員として再びナムコに勤務していたという。ナムコ時代の代表作は「ゼビウス」「ディグダグ」「ドラゴンバスター」などだ。

イベントの冒頭では「ゲーム音楽の夜明け」と題し,ナムコと1980年代のナムコタイトルの歴史を振り返った
画像(005)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート
画像(006)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート 画像(007)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート


慶野氏が語る1980年代のナムコサウンド


 慶野氏がナムコで最初にサウンドを手がけたのは,1982年にリリースされた「ディグダグ」。三宅氏はこのタイトルに関して,プレイヤーが移動するとBGMが鳴ることと,効果音があたかもBGMの一部になっているかのようになっていることを指摘し,「BGMと効果音が一体化している」と表現した。

画像(008)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

 これについて慶野氏は,当時のナムコのアーケードゲームは自社で開発した「任意波形発生回路」,通称「パックマン音源」を使っていたことを明かした。これは同時に3音を発することが可能な回路で,それぞれの音色を作ることができるというもの。縦16マス横32マスの方眼紙に波形を描くと,それに沿った音色が鳴るという当時としては画期的な音源で,1980年代初頭のナムコサウンドを支えた存在である。
 さらに基板によってはノイズを加えることもできるが,「ディグダグ」ではノイズなしバージョンを使っていたため,BGMも効果音も3音の中に収めなければならなかったという。

 そこでBGMに2音を使い,残り1音を効果音に使ったわけだが,ゲームのプレイ中は複数の効果音が同時に鳴るケースも少なくない。慶野氏はさまざまなケースを想定し,この場合はこちらの効果音を優先,また別の場合はあちらを優先といったように,まるでパズルを組み立てるかのように考えていったそうだ。

 また「ディグダグ」のBGMに聞こえる楽曲は,実のところBGMではなく,プレイヤーの走行(移動)音だ。慶野氏は当初,鉄腕アトムの足音のようなものなどいくつか走行音を作ったのだが,ことごとく却下されたため悩んでいたという。そのときゲームサウンドの師匠にあたる大野木宜幸氏に「音楽にしてみれば」とアドバイスされた結果,製品版の形に落ち着いたそうだ。そのため,「ディグダグ」ではプレイヤーの動きが止まると,BGMも止まるのである。

 1983年リリースの「ゼビウス」は,任意波形発生回路を使った最後のタイトルで,こちらはノイズありバージョンだったとのこと。ただしノイズはメインプログラムでしか扱えないので,BGMの中でパーカッション的に使うようなことはできず,「ゼビウス」では,ノイズを爆発音に使ったという。またノイズだけでは爆発音のように聞こえないのだが,筐体がスピーカーのキャビネットのような効果をもたらし,低音を補完しているそうだ。
 さらに「バキュラ」の効果音には2音が使われていることや,序盤から登場する無人偵察機「トーロイド」の効果音には3音すべて使っており,効果音が鳴っている一瞬はBGMが途切れていることも明かされた。

画像(009)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート
会場では清田氏が,実際に「ゼビウス」をプレイ。使用したテーブル筐体は最初期型の貴重なもので,「アンドアジェネシス」が「アドーアギレネス」と表記されている
画像(010)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

 また三宅氏が「ゲームオーバー後のネームエントリーのBGMがいい。変拍子が『ゼビウス』の謎めいた世界観を引き立てている」と指摘すると,慶野氏は「嬉しい」と感謝しつつ,「実は好きに作った。難しい話ではなく,3音しかないのでああいう形になっただけ」と語った。

当時の「ゼビウス」のポスター
画像(021)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート
 さらに「ゼビウス」はもともと「シャイアン」というベトナム戦争をモチーフにしたゲームだったが,プログラマーだった遠藤雅伸氏が企画にも携わることになったため,世界観や設定が一新されたというエピソードも改めて紹介された。それに伴い,メインBGMも遠藤氏の「もっと無機的なものにしてほしい」というオーダーに沿った結果,製品版の形になったという。慶野氏は「東京藝術大学で現代音楽を学んだから」「スティーブ・ライヒ由来のミニマルミュージック……」云々といった俗説について,「あとから付いた尾ひれ」としつつ,「高校時代に現代音楽を聴いていたのは確か」「大学では民族音楽を学んだので,作曲に対する考え方の自由度は高かった」と語っていた。

 話題は,細野晴臣さん監修のサウンドトラック「ビデオ・ゲーム・ミュージック」にもおよんだ。慶野氏は当時まだ珍しかったPCM形式で基板から直接ライン収録したことや,「ゼビウス」のBGMが連射モードで収録されていることを明かした。とくに後者に関しては,「ディップスイッチの設定1つで直ったのに」と,収録に立ち会えなかったことを残念に思っているという。

画像(011)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

 1982年の「スーパーパックマン」と1983年の「パック&パル」は,慶野氏によると「ディグダグ」や「ゼビウス」とほぼ同時期に作られたという。両タイトルの基板には16ビットCPUと,任意波形音を8音同時に発することが可能な波形メモリ音源「C15」が搭載されており,慶野氏は「効果音が鳴ってもBGMが途切れない」「1つの旋律を複数の音で奏でることもできた」と説明していた。
 
同じくC15を使った1983年の「フォゾン」と1984年の「グロブダー」も紹介された
画像(013)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート
画像(014)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

 1984年の「パックランド」の基板には,慶野氏自身も開発に関わった新型の波形メモリ音源「C30」を搭載。C30では,ノイズもサウンドプログラムで扱えるようになったという。しかし,ゴーストがさまざまな登場の仕方をするため,8音では音が足りず,ここでもどの音を優先して出すかパズルのように組み立てていったと慶野氏。

北米版「パックランド」のチラシも紹介された
画像(015)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

 また,「パックランド」はもともとアメリカで放映された1982年のテレビアニメ「Pac-Man」をゲーム化したものであることも明かされた。アニメ版は「トムとジェリー」で知られるハンナ・バーベラ・プロダクションが制作しており,ゲーム版のBGMもアニメ版がベースになっているという。しかしアニメ版の譜面がなかなか届かなかったため,慶野氏は実際にアニメを観てながら耳コピして作曲したそうだ。

 1985年の「ドラゴンバスター」は「パックランド」に先駆けて開発が進められており,慶野氏にとっては初のC30搭載タイトルだったとのこと。最初のプロトタイプの時点では,ドラゴンが羽ばたくときの効果音があり慶野氏もお気に入りだったのだが,のちにドラゴンの羽ばたき自体がなくなり,当然効果音もお蔵入りになってしまったという。
 また「ドラゴンバスター」の名称案の中に「ドラゴンクエスト」があったことや,サウンドトラック「ザ・リターン・オブ・ビデオ・ゲーム・ミュージック」に収録されたゲーム未使用曲はゲームクリア時に使う予定で基板にデータが収録されていることが明かされた。

画像(016)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

 同じく1985年の「バラデューク」は,慶野氏のナムコ正社員時代最後のタイトルだ。当初は2月くらいにマスターアップする予定だったが,ズルズルと伸びてしまい,結局完成しないまま3月に慶野氏はナムコを退社することになったそうだ。なおゲーム開始直後の「I'm your friend !」というボイスは,慶野氏退社後に収録されたもので,鋸歯状波を利用したPCM録音のような技術だという。
 また「バラデューク」は開発当初,「タコバスター」と呼ばれていたことも明かされた。

画像(017)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

 1987年の「パックマニア」は,慶野氏のナムコ復帰第1作で,氏にとってのFM音源を使った1作めでもある。以前よりもさまざまな音色が作れると喜んで何曲か試作したところ,その中の1曲が「JUNGLY STEPS」のBGMに採用された。
 「プロ野球ワールドスタジアム」と「プロテニスワールドコート」は,リアルスポーツを扱うゲームなので,制約が多く苦労したという。

画像(018)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

 そのほかトークでは,「グロブダー」と「プロ野球ワールドスタジアム」のネームエントリー曲には「ゼビウス」のメインBGMのフレーズが隠されていることや,「プロテニスワールドコート」には,どさくさに紛れてBGMに13拍子の楽曲を入れたというエピソードも披露された。

 イベントの後半では,いくつかの質問に答える形式で慶野氏の創作に関するバックボーンや,最近の活動などが語られた。
 最初の質問は「ゲーム業界初の音楽専門職採用はどのように行われたのか」。慶野氏は,自身のことよりも当時のナムコがなぜ音楽専門職を必要としたのかが重要であるとし,2つの理由を上げた。1つは「1979年に『ギャラクシアン』,1980年に『パックマン』と2年連続で大ヒットが出たこと」,そしてもう1つは「音色を作れるという点で,他社よりもサウンド面で抜きん出ていたこと」だ。
 この2つがそろっていたため,ナムコは東京藝術大学に求人を出した,と慶野氏は入社後に聞いたそうで,「ナムコが素晴らしかったのであって,私はたまたまその一員になれただけ」と語った。

 なお慶野氏はその時点で外資系レコード会社の内定をもらっていたのだが,会社からは「レコード業界は過飽和。藝大の楽理科出身の方に事務を頼むわけにも……」と言われたそうで,「正直,入社してもつまらなそう」と考えていたという。
 一方ナムコは当時知名度こそなかったが,面接時に「この会社は私を音楽家として扱ってくれる」と感じたので,入社を決めたとのこと。

 ちなみに慶野氏自身は幼少の頃からクラシックを学んできたのだが,高校生の頃には行き詰まり感を覚えるようになっていたという。このままクラシックを続けることに先が見えなくなって,大学では日本の伝統的な音楽や民族音楽などについて研究し,インドネシアのガムランや韓国のカヤグムの演奏も学んだそうだ。三宅氏が「『ゼビウス』のBGMにもガムランの要素を感じる」とコメントすると,慶野氏は「そうおっしゃってくださる方も確かにいます。そういうことにしておきましょう」と答えていた。

画像(019)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

 2つめの質問は「当時のビデオゲーム製作の環境は?」。慶野氏が配属されたナムコの開発部開発課第1電子開発係は十数名で構成されていたという。慶野氏以外は全員エンジニアで,タイトルごとに基板の設計(ハード)を担当したり,プログラム(ソフト)を担当したりという状況だったそうだ。全員が20代で,部活のようにワイワイガヤガヤにぎやかに作業を進めていたそうだ。

 また当時は電子工学科がある大学は珍しく,入社してからプログラムを学ぶ人も少なくなかったと慶野氏は言う。自身も,ゲームのサウンドの作り方を大野木宜幸氏から手取り足取り教わったと語っていた。
 そのほか企画などを競合他社に盗まれないよう,開発現場の住所は完全に隠蔽されており,社内のパーティションにも鍵がかけられるほど当時のナムコは厳重管理を徹底していたことも明かされた。

 3つめの質問は「当時のサウンドの作り方は?」。ここでは慶野氏がアナログシンセサイザーソフトを用いて当時の音源に近い音色を再現して作ったという,任意波形発生回路の仕様に沿った楽曲「GAME」が披露された。この楽曲はメインフレーズがソ(G),ラ(A),休符(Mute),ミ(E)となっており,まさに1980年代のナムコサウンドそのもので,来場者からも感嘆の声が挙がった。

 さらに会場では,「GAME」に効果音を付けた3つのバージョンも披露された。最初は主旋律に被せたバージョンで,もっとも効果音の存在が分かりやすい。次の中間音に効果音を被せたバージョンは,無難だが効果音としては聞き取りにくい。最後のベースラインに効果音を被せたバージョンは,足元をすくわれたような感じが出る。慶野氏によると,どのバージョンが一番適しているかはタイトルごとに異なっており,当時は都度検討していたそうだ。

 そのほか当時のナムコタイトルの楽曲,とくに大野木氏が手がけたものはバンジョーなど特定の楽器の音が鳴っているのが分かるという話になると,慶野氏が任意波形発生回路やC15,C30が持つ音色作成機能のおかげだと説明していた。
 また慶野氏はコンピュータを使って音楽を作ることについて,「人間の不得意な部分が得意なところが面白い。同じことを何度でも繰り返せるし,同じ音色ですごく高い音から低い音まで出せる。そういった,人間ではできないことをやりたいと思いながらサウンドに挑戦してきた」「従来の楽器を真似するのではなく,新しい楽器と捉えて新しい音楽に挑戦してきた」とし,「当時のナムコのエンジニアは言わば楽器職人。楽器職人と作曲家が一緒になって新しい音楽を作り出すという,すごく幸せな環境だった」と語っていた。

 4つめは「音楽史の中でゲーム音楽の位置は?」という質問だ。慶野氏は,まず日本の音楽は歴史的にボーカル付きのものがほとんどだったとし,とくに子ども達はアニメソングやCMソングに親しんでいたと説明。しかし,ゲーム音楽は,ゲームが台頭した1980年代前後の技術ではまだボーカルを入れられなかったため,インストゥルメンタルなのに子ども達を含めた若い世代に広く普及したのである。
 慶野氏はこの状況を「日本の音楽の歴史の中でも初めてのことと言っていい」と表現し,「今日のようにゲーム音楽について語り継いでいくことは,民俗学につながる。ゲーム自体やそれを作った人だけでなく,それが誰に使われていたのかが大事。だからプレイヤーの皆さんの証言は重要」とコメントした。

 最後の質問は「慶野由利子の志すものとは?」。慶野氏は「大学時代,日本の現代の音楽を作っていくことを考えていた」とし,「現代に重きを置くとゲーム音楽やコンピュータを使った音楽。日本に重きを置くと伝統音楽。私にとっては芯の部分は同じです」と答えた。

 具体的には現代の音楽として,2018年夏に「霞が関音楽祭2018 『YURIの音写真帳』」にて,自作のアートアニメーションとサウンドを組み合わせた作品を発表。また映像作家やタップダンサーとのコラボレーションなどを手がけてきた。
 ゲーム関連でも,バンダイナムコエンターテインメントの「カタログIPオープン化プロジェクト」参加コンテンツや,2016年にリリースされたファミコン用ソフト「キラキラスターナイトDX」および「8BIT MUSIC POWER」,2018年リリースの「ドットの拳GIGA」に楽曲を提供している。
 さらに現在は2021年初頭にフルートアンサンブルが演奏する予定となっている,慶野氏自身の楽曲のアレンジも行っているという。

 一方,伝統音楽としては,2013年に日本の琴とカヤグムが共演する楽曲を発表。その縁で2014年には日中韓3国の琴を使った楽曲を,さらに2015年にはそれに三味線などを加えた楽曲をそれぞれ作ることになったという。
 また2015年には,クラリネットアンサンブルの「NYリコリッシュ・アンサンブル」の作品公募に,童歌「あんたがたどこさ」をリミックスした「船場山幻想 - 狸娘恋のドリブル」が入選した。

 イベントの終盤では,今回採り上げられたタイトルのBGMのうち,もっとも来場者の印象に残っているものはどれかを拍手の大きさで決めるコーナーも設けられた。もちろん「ディグダグ」や「ドラゴンバスター」も人気が高かったのだが,最終的にもっとも拍手が大きかったのは「ゼビウス」だった。

「ディグダグ」の主人公・ホリタイゾウが地中を掘り進めていったら「ドラゴンバスター」の世界に突入してしまったという設定の楽曲「DBDD」も披露された。この楽曲のイントロではレ,シ,レ,レ(DBDD)というフレーズが流れる
画像(023)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

 THE ART OF VIDEO GAMEの「レジェンダリー クリエイターズ シーズン 1 ナムコ編 エピソード2」は,Mr. Dotmanこと小野 浩氏をゲストに迎え,3月21日に開催される予定となっている(※2)。興味のある人は,THE ART OF VIDEO GAMEの公式TwitterやFacebookなどをチェックしてほしい。

画像(020)「ゼビウス」「ディグダグ」の楽曲を手掛けた慶野由利子氏が語るナムコサウンド。トークイベント「The Art Of Video Game」をレポート

※1 2020年2月27日20:20ごろ,記事の内容をアップデートしました
※2 掲載後の告知で中止が発表されました

「The Art Of Video Game」公式Twitter

「The Art Of Video Game」公式Facebook

  • この記事のURL:
4Gamer.net最新情報
プラットフォーム別新着記事
総合新着記事
企画記事
トピックス
スペシャルコンテンツ
注目記事ランキング
集計:03月31日〜04月01日