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意外なところにゲーム人 第2回:ゲームの要素を導入した生活習慣病予防のシリアスゲーム開発に取り組む後藤 誠氏
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印刷2019/02/08 00:00

連載

意外なところにゲーム人 第2回:ゲームの要素を導入した生活習慣病予防のシリアスゲーム開発に取り組む後藤 誠氏

画像集 No.001のサムネイル画像 / 意外なところにゲーム人 第2回:ゲームの要素を導入した生活習慣病予防のシリアスゲーム開発に取り組む後藤 誠氏

 かつてナムコやコーエー(いずれも当時)でゲーム開発に携わり,現在はゲーミフィケーションデザイナーとして活躍している岸本好弘氏とともに,ゲーム作りのノウハウをゲーム以外の分野で活用している人を取材していく連載「意外なところにゲーム人」。
 今回登場いただくのは,社会で起きるさまざまな問題を解決するためのゲーム(シリアスゲーム)の企画・開発を手がけるゲーム・フォー・イットの代表取締役社長 後藤 誠氏である。後藤氏が,どうしてゲーム業界に入り,どのような形でゲーム開発に携わったのか,なぜシリアスゲームを志向するようになり,今後どのような活動を展開していくのかなどを語ってもらった。

後藤 誠氏(左)と岸本好弘氏(右)
画像集 No.006のサムネイル画像 / 意外なところにゲーム人 第2回:ゲームの要素を導入した生活習慣病予防のシリアスゲーム開発に取り組む後藤 誠氏


日本のゲームのクオリティを上げたい,社会の役に立つものにしたい


 後藤氏は10代の頃,ゲームとプログラミングに明け暮れていたという。「ドラゴンクエスト」「イース」「イースII」などをプレイして,身が震えるような感動を覚えた後藤氏は,「自分もこんなゲームを作りたい」と,夜間大学に通いつつゲーム開発会社のウィンズにアルバイトのプログラマーとして入社した。

 ウィンズで約3年にわたりコンシューマゲーム開発のノウハウを学んだ後藤氏は,学費を稼がなければならない事情もあって,より高収入が望めるフリーランスのプログラマーに。それから約10年におよぶフリーランス時代には,PlayStation用ソフト「頭文字D」のメインプログラマーを任されたり,PC-FX用ソフト「続 初恋物語 〜修学旅行〜」やゲームボーイ/ゲームボーイアドバンスのタイトル,知育ソフトなどの開発に携わったりした。

 そして後藤氏は2002年にスクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社したのだが,再び会社勤めを始めた理由は2つあるという。
 1つはプログラマーとしての実力をさらに発揮したかったから。フリーランスだと営業や経理といったこともすべて自分でやらなければならず,その分プログラミングに集中できなくなってしまう。そしてもう1つの理由は,結婚して家庭を持ったことにより,安定を望むようになったからだ。

後藤氏:
 フリーランスと会社勤めには,それぞれのよさがあり,個人によってどちらがいいか考え方が異なります。私の場合は大手のスクウェアに入社したことによって,世界的に有名なエンジニアやアーティストを含む優秀なメンバーたちがいる,恵まれた環境で働けました。すごく感謝しています。

岸本氏:
 ゲーム業界のフリーランスは,プログラマーに多いと思います。専門技能が生きる職種なんでしょう。ただ,最初は会社に属してスキルと実績を上げ,その後独立される方が多いようです。

 スクウェア入社後の後藤氏は「FRONT MISSION」チームに配属され,「FRONT MISSION4」「FRONT MISSION ONLINE」のシステム周りを担当。その後同社のゲーム開発環境である「クリスタル・ツールズ」の構築に携わり,その流れで同環境を使った「FINAL FANTASY XIII」「ドラゴンクエストX オンライン」のシステム周りも手がけた。

 そういった日々を過ごす後藤氏の中で,2006年ごろから「共通のエンジンやツールを使って,ゲーム開発の効率化を図りたい」という思いが大きくなっていった。というのも,当時のスクウェア・エニックスではタイトルごとに開発環境をいちから作っていたからだ。

 2010年,後藤氏はエフェクト作成ツール「BISHAMON」などを手がけるミドルウェア開発会社のマッチロックに転職。開発業務を経て,同社プロダクトのエヴァンジェリストとしてイベントやセミナー,講演,営業を行い,ミドルウェアによってゲーム開発力を高めることの啓蒙活動に取り組んだ。そこには「日本のゲームを最高のクオリティにしたい」という思いがあったという。

後藤氏:
 プロジェクトごとに開発環境を作っていると,プランナーやアーティストはその度に使用方法を学習しなければなりませんし,その前のタイトルで作ったデータは一部を除いて使えなくなります。そして学習やデータの作り直しのために,コンテンツ開発に割く時間が圧迫されてしまいます。
 私は共通のエンジンやツールによって,プランナーやアーティストがよりコンテンツの開発に集中できる環境を作りたいと考えていたんです。
 そしてもう一つ,そうしたエンジンやツールを,企業間の垣根を越えたものにできないかとも考えていました。そうすることで,日本から出るゲームがより世界に羽ばたけるのではないかと。

岸本氏:
 多くのゲームエンジンや開発ツールは海外からやってきました。ゲームが大規模開発になった時点で,アメリカのデベロッパは汎用ゲームエンジンで開発作業の効率化をいち早く図ったのですが,日本では独自エンジンを使い続けるところが多かったようです。それが日本が西欧に追い抜かれた要因の一つともいわれています。

 ゲーム開発環境に対する思いを抱き始めた2006年ごろ,後藤氏はもう1つ,自身の運命を変える出来事に出会っていた。CEDECにて行われたシリアスゲームの第一人者・藤本 徹氏のセッションである。
 藤本氏は,海外では医療,教育,介護などさまざまな分野にゲームの仕組みが活用されており,それがビジネスとして成立していることを紹介した。
 後藤氏は中高生のときに認知症の祖母を介護した経験があり,また,前述したように,フリーランス時代,知育ソフトの開発を手がけていたため,このセッションには驚いたようだ。

後藤氏:
 祖母の介護を経験してから,ずっと「福祉方面で何か役に立てないだろうか」という思いがあったんです。それがゲームで実現できる,しかも海外では研究が進んでいてビジネスにもなっていると知り,私の中で1つにつながった感じがありました。自分がそれまでやってきたゲーム開発のノウハウが,医療やリハビリに活用できそうだということが,すごく衝撃的でしたね。

岸本氏:
 研究や開発のテーマは,実体験から生み出されたものが一番強いです。後藤さんの場合はまさにそのケースにあたると思います。
 私はCEDECなどでシリアスゲームの講演や展示を行っていますが,ゲーム業界の皆さんが予想以上にシリアスゲームをご存じなくて,驚いています。娯楽としてのゲームはもちろん大事ですが,社会に役立つ力を秘めていることにも気づいてほしいですね。


生活習慣の変化を促すゲームとは


 さて,ゲーム開発についてある程度知識のある人なら,最近のゲームタイトルの開発に,汎用エンジンのUnityやUnreal Engine 4が採用されていることをご存じだろう。
 これはPCのスペック向上など,さまざまな要因によって,各社がチューニングを重ねた独自エンジンではなくても,十分な処理速度やグラフィックスのクオリティをキープできるようになったのだ。
 そのため後藤氏も,1つの目標に達したという思いがあり,生涯をかけた次の目標に進みたいと考えるようになったという。

 さらに後藤氏自身も40代後半になり,現役でゲーム開発に携われる時間があと10年,長くても20年くらいと考えたとのこと。そこで2017年にシリアスゲームを手がけるゲーム・フォー・イットを立ち上げようと決めたのである。

 後藤氏がゲーム・フォー・イットの設立を決断したもう一つのきっかけが,GDC 2016のINDEPENDENT GAMES SUMMITにて行われたセッション「YOUR GAMES WILL CHANGE THE WORLD! IT'S YOUR CHOICE HOW」だった。
 このセッションの内容は,差別をテーマとしたゲームにより,社会の実態を世に知らしめ,その改革を促せる(ソーシャル・チェンジ)というもの。それを受けて,後藤氏は「日本から世界を変えるようなゲームが出てきてほしい」と考えるようになったという。

後藤氏:
 もちろん私自身も,世界を変えるようなゲームを作りたいです。しかし,それだけでなく,日本の全ゲーム会社が世界を変えるようなシリアスゲームを開発・提供できるような状況になってほしいと考えています。
 これまで日本は,世界中の人々を感動させるようなゲームを世に送り出しており,「ゲーム大国」と呼ばれたこともあります。その日本から世界のさまざまな社会問題を解決するシリアスゲームがたくさん出てくれば,「やっぱり日本はすごい」と再び脚光を浴びることになるのではないでしょうか。そのために,私には何ができるかと。
20代,30代のゲーム開発者は,面白いゲームを作ることに集中していいと思います。しかし,40代になったら,社会のいろいろな問題に気づき,それを解決できるようなゲーム作りに目を向けてほしいです。

 ゲーム・フォー・イットは2018年1月の設立以来,いくつかのビジネスコンテストに参加し,ファイナリストに選出されたり,優秀プロジェクト賞を受賞したりして支援金を集め,現在は生活習慣病予防を目的とするシリアスゲームの開発を進めている。

「ソーシャルビジネスグランプリ2018」(左),「公益財団法人 丸和育志会 平成30年度優秀プロジェクト授与式」(右)に出席したときの後藤氏
画像集 No.009のサムネイル画像 / 意外なところにゲーム人 第2回:ゲームの要素を導入した生活習慣病予防のシリアスゲーム開発に取り組む後藤 誠氏 画像集 No.010のサムネイル画像 / 意外なところにゲーム人 第2回:ゲームの要素を導入した生活習慣病予防のシリアスゲーム開発に取り組む後藤 誠氏

 肥満,高血圧,脂質異常症などの生活習慣病は,癌や脳卒中,心臓病など,生命を脅かす疾病の発症や進行に深く関わっていることが明らかになっているが,その一方で自覚症状がなく,年に1,2回の健康診断で進行度合いを知る人も少なくない。

後藤氏:
 生活習慣を変えるためには,大きなエネルギーや,死を実感するような大きなインパクトが必要ですが,ゲームならそこを担えるんじゃないかと気づいたんです。ゲームはさまざまな疑似体験ができる学びの場ですから。いろんな生活習慣病のシチュエーションを体験し,かつ「あのとき,ああしておけば」という気づきも得られるんじゃないかと。
 生活習慣病の知識を得られるソフトやアプリはあっても,疑似体験してインパクトを受けるようなものは私が知る限りありませんでしたから,価値があると考えました。

岸本氏:
 ゲームのいいところは,失敗の疑似体験ができることです。よくない生活習慣を続けていくと病気になり,最悪死んでしまう。現実世界では取り返しがつきませんが,ゲームなら「あなたのHP,もともと100あったのが15まで減ってますよ」「このまま行くとゲームオーバーですよ」ということを示せます。自覚症状がなくても「ヤバい,変えなきゃ」と感じさせることができるんです。

 日本における生活習慣病の予備軍は1000万人とも2000万人とも言われているが,後藤氏は開発中のゲームによって,この数字をどれくらい減らせると考えているのだろうか。

後藤氏:
 私の考えるシリアスゲームが実現したとして,プレイした全員が生活習慣病予備軍から脱することができるとは考えていません。実際に生活習慣を変えられるのは,おそらく3割にも満たないでしょう。でも生活習慣病の予備軍が2000万人いるとして,ゲームでその1割の200万人が生活習慣病を予防できたとしたら,それはすごいことなんじゃないでしょうか。

岸本氏:
 「ポケモンGO」は,普段ゲームを遊ばないような熟年の方たちが外を歩き回ってプレイした結果,健康増進につながったと聞きます。ゲーム(=楽しみながら)の持っている力の一つと言えるでしょう。

 ゲーム・フォー・イットの取り組みのように,デジタル技術を活用して健康管理をサポートすることは「デジタルヘルス」と呼ばれ,世界的なトレンドとなっており,後藤氏は今後日本でもブームが起きると予想している。
 また,同じ目的を持つ匿名の5人がオンライン上でチームを組み,お互いにチャットで励ましあうことで,目標を達成するエーテンラボの三日坊主防止アプリ「みんチャレ」などと一緒に行うことで,より高い効果や継続率が得られるのではないかと考えているそうだ。

 とは言え,ゲームの内容が優れているからといって,本当に生活習慣を改善し,生活習慣病を予防できるのかという疑問は残る。後藤氏は,九州大学の松隈浩之准教授による研究にて,ゲームがリハビリに効果をもたらすというエビデンスが示されていることを根拠に,仮説を提示する。

後藤氏:
 確かに,ゲームやアプリで本当に生活習慣を改善できるかという点については,私自身も「挑戦」と言わざるを得ません。
 ただ私の経験でいうと,現実の中であるシチュエーションに陥ったとき,ゲームのいくつかの場面を思い出すことがあるんです。最近,私はずっと「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」にハマっていたんですが,ある山を見て「あれなら登れるんじゃないか」と思ったり(笑)。
 これがなぜ起きるのかというと,何らかのリワード(報酬)を伴う経験を繰り返すことで,脳の中に習慣性の回路ができるからではないかと思うんです。有名なところでは,パブロフの犬ですね。
 つまり,ゲームの中で「これをやるといい」という経験をリワードとともに与えることにより,現実世界でそれを連想できる回路を脳の中に作れるんじゃないか,というのが私の仮説です。疑心暗鬼になる人はいるでしょうし,賛否両論あるでしょうが,それはウェルカムです。それらの意見をもとに改善を重ねれば,もっといい内容になっていくでしょう。

岸本氏:
 今の日本だと,物心ついたときからゲームがある人が増えているから,説明しやすいですし,「ゲームみたいに楽しくできるなら試してみようか」となる人も多いはずです。後藤さんの話に疑問を感じる人もいるでしょうけど,追い風は吹いていると思います。

 後藤氏は,ユーザーが健康診断で引っかかった項目を登録し,それがゲームのプレイを経てどう変化したかを確認できるようなシリアスゲームを考えているという。もちろんコレステロール値や尿酸値など,項目に応じてユーザーが何をしなければならないかという体験の部分は変化する。
 体重やBMI値,血圧のように,ユーザーが手軽に自己測定できる項目との相性はよさそうだ。

岸本氏:
 東急電鉄大岡山駅では,エスカレーターの横にある階段に,「ここまで上ると●キロカロリー消費」といった情報に「頑張ろう!」みたいメッセージが添えられているんです。ゲームみたいで「やってみようかな」と思いますよね。ちなみに一番上まで上がると2.8キロカロリー消費だそうです。
 それの応用ですけど,エスカレーターの代わりに階段を使ったときの消費カロリーをアプリで示し,一定のカロリーを消費したらモンスターを倒せる,みたいにすると面白いんじゃないでしょうか。そういったきっかけがあると,階段を使うことを繰り返すようになり,やがて習慣化していくんです。

後藤氏:
 例え,年に1回の健康診断や人間ドックでしか測定しないような項目でも,定点観測という部分で意味があります。その数値の変化をゲームやアプリで追って,改善していく道筋を作れるのであれば,ゲーム業界にとって新しい収益源につながるのではないでしょうか。
 また,そうなれば私みたいにゲームのノウハウをほかの分野に応用しようと考える人も増えると思います。それがひいてはゲーム業界におけるシニアの働くフィールドの拡大につながりますし,さらには従来のゲーム開発の現場でも,若い人達が活躍するチャンスが増えるんじゃないかと。


災害時の対応や歴史の背景を学べるゲームも視野に


 後藤氏はシリアスゲームを通じて,教育分野にも取り組んでいきたいとのこと。ただし教育と一口に言っても教科書的なものではなく,災害など緊急時における行動を指導するようなものをイメージしているという。
 具体的には世界中で発生しているさまざまな事例をそろえ,ユーザーに「今,このシチュエーションが発生したら,どんな行動を取るか」ということを繰り返し疑似体験させるゲームだ。それをプレイしておくことにより,数百年に1回しか起きないような災害にも対応できるというわけである。

後藤氏:
 例えば,目の前に人が倒れているというシチュエーションも,そうした事例の一つです。そういった突然の事態での対処をゲームで繰り返し体験していれば,現実の生活でも最適な行動を取れるでしょう。
 また被災したとき,避難して3日目に必要なものと,1か月後,3か月後に必要なものはそれぞれ違います。それをゲームの中で何度も体験することで,当事者もボランティアの人達もタイミングに合わせた最適な行動を選択できるようになります。
 今でも「絶体絶命都市」のようなゲームや,災害時の対応などを学ぶカードゲームがリリースされていますよね。それらよりもさらに多くの事例を盛り込んだゲームを作ろうと思っています。

 また,歴史にまつわる問題にも取り組みたいという。例えば戦勝国が敗戦国を統治下に置き,非人道的な行為をしたという史実は世界中に存在する。それをさまざまな視点から描くことにより,新たな歴史の解釈が生まれるのではないかというのが後藤氏の考えだ。
 最近の例だと,第二次世界大戦直後のノルウェーを舞台に,差別を受けているナチスの孤児を里親として養育する「My Child: LebensBorn」を思い浮かべると,後藤氏のやろうとしていることが分かりやすいかもしれない。

後藤氏:
 例えば一揆について,多くの人は起きた年号と何があったのかを歴史の授業で学びますが,農民達の「こんな扱いを受けるくらいなら,オレらで革命を起こすしかねえべ!」というような心境までは分かりません。
 私はそんな“生きた人間の感情の爆発”が爪痕となり,積み重なって歴史になっていると考えています。もしゲームで統治される側の立場を体験できれば,ユーザーが新しい歴史観や人間関係を構築できるのではないでしょうか。
 これはいじめ問題やネットリテラシー問題も同じです。教科書ではなかなか教えられない,実際に体験しなければ分からないようなことをゲームの中で繰り返し疑似体験して,「これをやると,こんな結果につながる」ということを学び,行動の選択肢を増やしていけば,実際に困難に直面したときに自らの力で乗り越えていけるようになります。大きな話になってしまいますが,私が作りたいのは「どんな災害や困難があっても,人々が自らの力でそれを乗り越えていく世界」なんですよね。

画像集 No.007のサムネイル画像 / 意外なところにゲーム人 第2回:ゲームの要素を導入した生活習慣病予防のシリアスゲーム開発に取り組む後藤 誠氏

 後藤氏によると,公立はこだて未来大学の学生が,東日本大震災の疑似体験ができるシリアスゲームを開発しているという。そのゲームでは,地震が発生すると同時にカウントダウンが始まり,それがゼロになって津波が押し寄せるまでに避難しなければならない。
 しかし,事前に自治体が示していた避難経路には倒れた木が横たわっており通ることができず,生き残るためにはほかの道を探って高いところを目指すほかない……という仕組みになっているそうだ。これには開発者の学生の実体験が活かされているという。

後藤氏:
 実は私の弟家族も東日本大震災で津波により被災したということもあり,他人事ではなくとても身近に感じている体験になります。
 実際,津波の高さは,場所によっては3階建てのビルを飲み込むほどだったそうで,その恐怖は体験した人しか分からないと思います。でも,それをゲームで疑似体験し,繰り返し対策を学んでおけば,生き延びられる人は増えるはずです。
 災害も生活習慣病と同じで,実際に直面するまでは「大丈夫」と思っている人が多いんですよね。だからこそ,繰り返し疑似体験して対策を学べるゲームには価値がありますし,そんなゲームが日本からどんどん出てきてほしいんです。

岸本氏:
 体験することは大事なんです。東日本大震災の発生後,「仮設住宅」という言葉がニュースなどで飛び交いましたが,多くの人はそれが実際にどんなものなのかを知りません。
 そんな中,オランダの研究者が,仮設住宅の中を疑似体験できるVRコンテンツを作ったんです。それを体験した人は,「こんなに狭いのか」「隣の部屋の音がこんなに聞こえるのか」ということを初めて知ることになります。
 それを応用すれば,地震が発生したときに地下鉄の同じ車両に乗り合わせた乗客10人がどう協力すれば脱出できるか,教室でクラスメイト30人がどう協力すればいいか,という体験もできるでしょう。また災害時には「何をやってはいけないのか」を知っていることも大事ですから,ゲームの中で失敗して死んでしまうということも必要な体験といえます。

画像集 No.005のサムネイル画像 / 意外なところにゲーム人 第2回:ゲームの要素を導入した生活習慣病予防のシリアスゲーム開発に取り組む後藤 誠氏


「身が震えるほどのゲーム」で多くの人を救いたい


 後藤氏の直近の目標は,生活習慣病予防のシリアスゲームを2019年内にリリースすることだ。すでに資金の準備はできており,あとは人材を集めつつ開発を進めていくことになる。リリース後は,ユーザーから寄せられた意見やリクエストをもとに,より優れた,より社会に役立つゲームにしていくことを目指す。
 そうした多くの人を救うような力を持つゲームのことを,後藤氏はゲーム・フォー・イットの公式サイトにて「身が震えるほどのゲーム」と表現している。

後藤氏:
 「身が震えるほどのゲーム」というのは,「人の人生を変えるようなゲーム」のことです。人の生き方や考え方に影響を与える,そんなゲームを作っていきたいですね。

 後藤氏は,今ゲーム業界にいる人の多くが,子どもの頃にゲームで心を動かされた人ではないかと推測している。心を動かされたからこそ,自分も作ってみたいと思う,つまり,感動がモチベーションをもたらすというわけだ。

後藤氏:
 私がゲーム業界で一番感動したのは,初めて作ったゲームに寄せられたユーザーからの葉書を読んだときでした。その後プログラマーを辞めよう,ゲーム業界を去ろうと思うことが何度かありましたが,その度に,その葉書を思い出すんです。「自分の苦労はユーザーには関係ない。いい成果物を作らなければユーザーには届かない」と思うと,徹夜して改善したり機能を追加したりすることも苦じゃなくなるんですよね。あの感動は忘れられないですね。
もっといいものを作れば,もっといい反応が返ってくるんじゃないだろうかと考えますし,悪い反応であっても期待の裏返しだから「もっと頑張れよ」というありがたいメッセージだと捉えています。そもそも期待していないものに反応する人なんていませんから。

岸本氏:
 手書きの葉書には,単なる文章以上の情報がありました。文字の大きさや美しさなど,書いている人の面影が伝わってくるようで,後藤氏が感動したのにはそういう理由もあると思います。

 また後藤氏は,「これはゲーム」「これはゲームじゃない」というゲームの概念の垣根を壊したいとも考えているとのこと。例えば“ポチポチ”と揶揄された,ボタン一つで進行するフィーチャーフォン時代のソーシャルゲームは,ゲームに詳しい人ほど「ゲームじゃない」と指摘しがちだったし,当時の後藤氏もそちら側だったそうだが,今では「広がり続けるゲームの枠に追いつけていないだけだったのではないか」と考えているという。

後藤氏:
 これまで「ゲームじゃない」と思われていた部分にゲームの技術や要素を加えることで,人が抱く「これはこういうものだ」という定義や概念が変わるんです。例えば,つまらないと思っていた経理や,しんどかった営業が,ゲーム的なエッセンスが加わることで急に面白くなる。そこはゲーム業界にいる人だからこそ担える部分じゃないかと考えています。

岸本氏:
 ゲームの楽しい要素を現実世界に活用する,それらはまさにゲーミフィケーション(=自主的にやりたくなる楽しい仕掛け)です。

 後藤氏は,自身が今後手がけるゲームについて,デジタルにはこだわらないと語る。アナログのボードゲームやカードゲーム,あるいは岸本氏が例に出した消費カロリーを示す階段など,より広い意味でのゲーム作りを目指すとのこと。例えば,大人がさまざまな職業を体験できることで最近話題の「大人のキッザニア」みたいなことも,実現させてみたいそうだ。

後藤氏:
 自分でゲームの定義を作ってしまうと,その枠を越えられないんじゃないかと思うんです。むしろゲームという言葉を使わないほうがいいのかもしれません。シリアスゲームも,ゲームという言葉が入っていることで「深刻な内容のゲーム」と勘違いする人がいるくらいですから……。「役立つゲーム」を表現するのに,もっと適切な言葉があればいいんですけれど。

岸本氏:
 ただ,ゲームを名乗っているからこそ「面白そう!」と飛びついてくる人が多いのも確かです。ゲームという言葉には,人をポジティブにさせる効果があるんですよね。近い将来,「ゲームという言葉は,昔は遊びだけを指していたんですか?」「こんなに役立つのに,なんで昔の人達は気づかなかったんだろう?」と言われる日が来ることを信じて,後藤さんも私も頑張っているわけです。

 準備期間だったこの1年間を経て,いよいよ2019年からゲーム・フォー・イットのシリアスゲーム開発が本格化する。後藤氏の手がける生活習慣病予防に楽しく取り組むことができるゲームがどんなものになるのか,非常に気になるところだ。筆者を含め,4Gamer編集部の一同は不健康な生活を送りがちなので,リリースされた暁にはきっとマストアイテムとなるに違いない。
 それでは最後に,岸本氏の後藤氏に対するコメントを掲載して,本稿の締めとしよう。

岸本氏:
 私が後藤さんと初めて会ったのはある講演でだったのですが,「今どき,こんなに人を感動させようという話をする人がいるのか」と感心したことを覚えています。そもそも日本人は「大人は喜怒哀楽を表さない」という気質ですし,ゲーム業界もそういう風潮だった中,すごく夢を語っていて「格好いいな」「大人を動かすエネルギーを持っている人だな」と思いました。
 だから後藤さんを応援したくなるんですよね。生きていれば,当然つらいこともある。それでも後藤さんがニコニコして夢を語れば,それが叶うかどうかは別として,それを応援したいという人が集まってくるんです。
 ゲーム業界にいる人は,自分の仕事が社会に役に立つかもしれない,ということになかなか思い至らないんです。退屈な作業にゲームの要素を盛り込んで人のモチベーションを上げられる人材なんて,ほかの業界ではスーパーマンみたいな存在なのに,それを意識できない。でも後藤さんの話を聞くことで,自分がスーパーマンになれるかもしれないと気づくんです。その意味でも,後藤さんは貴重な存在ですね。

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