インタビュー
海外版と日本版ではどうして表現や内容が違うのか。今,あえてCEROに聞く「レーティング制度」の現状について
なぜ,このような違いが生じるのか。
多くの読者が,CERO(コンピュータエンターテインメントレーティング機構)によるレーティング制度が要因の一つであることをご存じかもしれない。しかし,同制度がどのように運用されているのか,またゲーム業界にどう影響しているのかといった実態については,あまり知られていないように思える。
そこで,4GamerではCEROの専務理事を務める渡邊和也氏を訪ね,海外版と日本版で「違い」が生じる理由やレーティング制度の現状について話を聞いてきた。
CERO(コンピュータエンターテインメントレーティング機構)ホームページ
4Gamer:
よろしくお願いします。ゲームソフトのパッケージや公式サイトで「CEROレーティングマーク」は見慣れているのですが,本日はその審査方法や審査基準についてお話を聞かせていただければと思います。
渡邊和也氏 |
こちらこそよろしくお願いします。
4Gamer:
さっそくですが,このレーティング制度は日本国内で販売されるすべてのゲームに適用されているのでしょうか。
渡邊氏:
私共,CEROは主に国内で販売される家庭用ゲーム機向けのゲームソフトが対象です。PCや携帯電話,スマートフォン向けのゲームも扱っていますが,これらは一部だけです。
ちなみに家庭用ゲーム機向けのゲームの審査率は,ほぼ100%です。これは多くの業界団体に協力していただいているからこそ,達成できている数字ですね。
4Gamer:
業界団体とは,ゲームメーカー各社ということですか。
渡邊氏:
ここでの業界団体とはCESA(コンピュータエンターテインメント協会)のことです。さらに正確に言えばプラットフォーマーを含むゲームメーカー各社,および流通団体となります。
4Gamer:
それでは,CEROが発足した経緯を教えていただけますか。
渡邊氏:
CEROが発足したのは2002年6月,レーティングの審査がスタートしたのは同年10月からです。ご存じかと思いますが,それ以前にも審査制度は存在していました。当時はCESAがあり,独自の「倫理規定」によるゲーム業界の自主的な規制として審査を行っていたんです。
しかし,10名程度で運営する「倫理委員会」で審査をしていたものの倫理規定が非常に抽象的だったこともあり,人によって基準がぶれるという問題がありました。
そこでCESAは,すでにアメリカで運用されていたESRB(Entertainment Software Rating Board)の審査方法を参考にして,日本版レーティング制度の確立を目指したというのが,CEROの出発点なんです。
4Gamer:
CEROの発足当時は,ゲーム業界が全体として新たにレーティング制度を必要としていたと?
渡邊氏:
そうであれば理想的ですが,実際は違いました(苦笑)。
当時はまだゲームに対して風当たりが強く,一般的に良くないイメージで捉えられていた時代でした。「ゲームが青少年に悪影響を及ぼす」といった言説も,まことしやかに語られていましたので,こうした社会の風潮に対して業界は姿勢を明確にする必要があったのです。そこで業界団体からゲームメーカーに呼びかけ,それに賛同してもらうという形をとりました。
CEROが発足する前に「ゲームにレーティング制度は必要か」とのテーマで,ゲームメーカー各社にアンケートを実施したのですが,まだレーティング制度自体が認知されていなかったのか,否定的な意見が多かったというのが実情です。
4Gamer:
現在のレーティング制度では,実際にどのような方法で審査が行われているのでしょうか。
渡邊氏:
審査員は公式サイトで募集しているように,一般の方にお願いしています。応募資格としては「20歳以上であること」,それから「ゲーム関連企業に深く関わりをお持ちでないこと」が条件です。
応募者は書類選考と面接で選考させていただき,現在は45名程度の方が登録されています。その内訳ですが男女比はほぼ半々。年齢は20代から60代まで,特定の年齢層に偏りがないようにしています。学生や主婦など職種もさまざまですね。
4Gamer:
ちなみに審査員選考の基準とは?
渡邊氏:
ゲームの経験や腕前は問いませんが,3D酔いや過激な表現で気持ち悪くなる方がおられますので,そういったものへの適性は見させていただきます。
4Gamer:
審査員に謝礼は支払われるのですか。
渡邊氏:
本当に薄謝ではありますが,お渡ししています。あくまでもアルバイト代といった感覚ですね。
4Gamer:
1本のゲームは何名で審査を行うのでしょうか。
渡邊氏:
原則は1タイトルにつき,3名です。CERO事務局にお越しいただき,専用のブースでゲームの映像をチェックしてもらいます。
ブースと言っても映像を見るためのモニターと再生機器があるだけで,インターネットカフェの個室よりも簡素です(笑)。もちろんブースはパーティションで仕切られているので,隣の審査員と話し合うことはできません。
4Gamer:
審査員はゲームをプレイするわけではないんですね。
渡邊氏:
ええ。ゲームメーカーから提出されたダイジェスト映像をもとに審査を行います。ただし,審査員が各自の感覚で判断するのではありません。CEROレーティングでは,細かく分類された審査基準を設けていますので,実際に審査員が行うのは映像(ゲーム)の内容と審査基準のリファレンスを照合すること。これが審査員の仕事となります。
4Gamer:
審査員が「どう感じたのか」は関係ないと?
渡邊氏:
そのとおりです。客観性のある審査方法なので,ほとんど個人差がありません。
例えば,キスシーンを一つをとっても「子供向けのアニメでも見られるような可愛らしいキス」「舌を絡めるキス」「音が出るキス」といったように,いくつかの段階に分かれています。実際に映像を見て,どの段階に相当するのかをチェックするだけですから,個人の見解がほとんど入らないということです。
4Gamer:
それでも,3名の審査員の結果が揃わないときはどうするのでしょうか。
渡邊氏:
判断が難しい表現が含まれる場合には,審査員の結果が割れることもあります。その場合は多数決,または再度のチェックをお願いしています。
4Gamer:
なるほど。このような方法だと,審査基準のリファレンスが重要になりますね。
渡邊氏:
審査基準は,「性表現系」「暴力表現系」「反社会行為表現系」「言語・思想関連表現系」という4つの区分に分かれています。これらをさらに細かくした約30項目について,それぞれレーティングに応じた6段階の表現を設定しています。したがって審査基準のリファレンスは,180近いセル数のマトリクス(行列)になっているんです。
4Gamer:
そのリファレンスを拝見することは可能ですか?
渡邊氏:
申し訳ないのですが,現時点では非公開にさせていただいています。ただ,現行のレーティング制度がスタートしてから10年以上が経ちましたので,全部ではないにせよ,何らかの形で審査基準を一般公開することも考えていきたいと思っています。
ちなみにレーティング制度の発足当時は,マトリクスのすべてのセルが埋まっていたわけではなかったんですよ。審査基準となる表現については,より分かりやすい表現にしたり,新しく追加したり,ゲーム自体の変化に合わせたりといった改訂を20回以上,行っています。このようにして積み上げてきたものが,現在の形になっているのです。
4Gamer:
先ほど「レーティングに応じた6段階の表現」とおっしゃいましたが,CEROレーティングは「A」(全年齢対象),「B」(12才以上対象),「C」(15才以上対象),「D」(17才以上対象),「Z」(18才以上のみ対象)の5種類ですよね。
渡邊氏:
ええ。その5種類に加え,「Z」を超える「禁止表現」というものを定めています。この表現を含むゲームはレーティングに該当しない,つまりレーティングを与えないようにしています。これは,業界団体との同意にもとづいて定めていますので,国の法律とは無関係です。したがって,一種の規制と言えるかもしれませんが,私達が表現を規制しているのはこの部分だけです。
4Gamer:
どういった基準で定められているのですか。
渡邊氏:
分かりやすく言えば,「社会の健全なる倫理水準」に照らして定められました。そのため,法律では許容されている表現が,禁止表現に含まれていることもあります。
4Gamer:
レーティングがZのタイトルが購入できるのは「18歳以上のみ」です。つまり,17歳以下は遊べないということですから,禁止表現の許容範囲をもっと広げてもいいのではないか,という意見もあります。
渡邊氏:
はい。そのような意見があることは知っています。ただ,「17歳以下は遊べない」と言われましたが,CEROがやっていることは規制ではないんです。そのような権限もありません。
私達が行っているのは「情報提供」です。ユーザーが購入前にゲームの内容について,その程度が分かるように情報を提供していますが,強制力はまったくございません。しかし,CEROのレーティングをもとに,業界団体や地方自治体によっては条例を定め,事実上の規制になっているケースがあるのは確かですね。
4Gamer:
近年,禁止表現に該当する部分を含む海外のゲームが日本で発売される際に,表現や内容を変更されているケースが多々あります。できるだけオリジナルに近い形で遊びたい人は不満に感じているようですが,日本国内でゲームを発売するためには避けられないルールになっているということでしょうか。
渡邊氏:
「ルール」と言ってしまうと,語弊があります。CEROと業界団体が決めた「方法」であって,強制しているわけではないのでルールや規制とは違うんです。先ほども言いましたように,一般社会における倫理水準から逸脱しているものを禁止表現としています。これに異論を唱える方もおられますが,私達は数年前,Zの表現と禁止表現に関する調査を行いました。最終的に400ページ近いレポートになったのですが,非常に面白い結果が出ています。
この調査は約1000人を対象にして,Zと禁止表現に含まれるセクシャルや暴力など多数の表現に対し,「何歳以上が適当か,または禁止にすべきか」を回答してもらいました。すると,現在のレーティング制度で禁止表現となっているものは,過半数の人が「禁止すべき」と回答されています。もちろん,そうではない意見もありましたが,この結果を受けて一般的な認識とあまりずれがないことを確認できたと思っています。
4Gamer:
つまり,現行のレーティング基準が妥当であるという結論だったんですね。
ご承知のように海外のゲームは,日本と比べて暴力表現の制限が緩いと言えます。そこで,先ほど説明した調査では,暴力表現の度合いについても回答してもらっています。その結果は,日本はこれだけ制限しているにも関わらず,「残虐な暴力表現はさらに禁止したほうがいい」という意見が多かったんです。
この調査の結果によって,実際にレーティング基準を変更してはいませんが,こうした意見が一般的になれば,暴力表現の制限を検討しなくてはならないでしょう。
一方,セクシャル表現については,現在のレーティング基準と比べて「もっと制限を緩くしてもいい」という意見が多く見られました。これには女性も多数含まれています。例えば,「女性の乳首」は禁止表現に該当していますが,「テレビや映画では見られるから,ゲームだけ禁止はおかしい」という意見が女性から寄せられました。
4Gamer:
確かに,テレビや映画とは比較されやすいですね。
渡邊氏:
ええ。ただ,こうした比較は一例であって,ほとんどは個人個人の常識に照らし合わせて意見を出してもらっています。そして,その常識も時代の流れや世論の変化に応じて大きく変わっていますので,常にフィットするような審査基準を作っていかなくてはいけないと思います。
4Gamer:
それはつまり,時代や世論に応じて,審査基準は変わるということですね。これまでにも,数年前まではDやZとされていた表現が現在では禁止表現に該当したり,その逆だったりするケースがあるのでしょうか。
渡邊氏:
CEROのレーティング制度では審査開始以来,同一の表現について段階を上げ下げしたことはありません。まだ,その必要はないと思っています。
しかし,かたくなにZや禁止表現の審査基準を守りたいと考えているわけではなく,以前には「セクシャルの表現について,制限を緩めてはどうか」と提案したこともあります。ただ,そのときは業界団体として意見がまとまらなかったんですね。
とはいえ,2〜3年後にどうなるかは分かりません。「社会」というものは急には動かない。徐々にしか変わっていかないですから。
4Gamer:
例えば同じレーティングでも,ある作品ではゾンビの人体欠損表現が含まれているのに,別の作品では欠損した部位が描かれないといったケースがあります。これはCEROの審査によるのではなく,ゲームメーカーの判断によるということですか。
渡邊氏:
そうかもしれませんが,私の立場でははっきりとしたことはお答えできません。ただ,ゲームの表現というのは多種多様になっていて,審査が難しくなっているのは間違いないですね。
先ほどもお話したように,審査員はゲームを始めから終わりまで遊んでいるのではありません。ゲームに含まれる最も激しい表現を,15〜20分程度のダイジェスト映像としてメーカーに提出してもらっているので,映像に収録されていない要素まで加味して判断することはできないわけです。
4Gamer:
実際にゲームを遊ぶ,という審査方法に変えることは検討されたのでしょうか。
渡邊氏:
残念ですが審査対象となるゲームの本数やボリュームを考えると,それは時間の面で難しく現実的ではありません。現在,月に100本近いゲームを審査していますが,どんなに本数が多いときでも1週間以内に結果をお伝えするようにしています。
あくまでも,ゲームメーカーから提出される資料や映像に「偽りがない」という前提で,成り立っている審査方法なのです。
4Gamer:
それでは少し話題を変えますが,ゲームショップではレーティングがZのゲームは商品棚に陳列されない,または目立たないように隔離されているケースがあります。そのため,ZではなくDを取得したいというゲームメーカーは多くなるかと思われますが。
渡邊氏:
多いとは思いませんが,当初の審査結果がZだったものの,その後,表現を修正して再審査するというケースはありました。ゲームメーカーから相談を受ければ,Zに該当する表現を説明することもあります。これは禁止表現でも同様ですね。
4Gamer:
海外のゲームに含まれる禁止表現の場合,さまざまな事情によって表現を変更することができず,日本では発売できなかったゲームがあると聞いています。こうしたゲームを遊びたい人は,海外版を購入するしかないのが現状ですが,そのあたりはいかがでしょうか。
渡邊氏:
件数としては少ないながら,契約上の問題などで発売を断念することになったという話は聞いています。現行のレーティング制度ではやむを得ないと思っています。
4Gamer:
また,日本で発売されたゲームの場合でも,海外版との表現や内容の違いについては,購入して遊んでみるまで分からないというケースがあります。こうした状況に対して,CEROが関与することはないのでしょうか。
渡邊氏:
これに関しては,ユーザーが不満に感じている問題だという認識はありますが,各ゲームメーカーの販売戦略に基づく判断ですから,CEROとしては口を出す立場ではありません。お互いの立場を厳密に尊重するようにしています。
4Gamer:
わかりました。では,CEROのレーティング制度によるメリットを教えてください。
渡邊氏:
一番のメリットは,ゲームにあまり詳しくない人でも,購入する際の選択基準があることです。ゲームの場合,親御さんからお子さん,お孫さんに買い与えるといったケースが多いのですが,こうしたケースで役立っています。いわゆるエンドユーザーに対する情報提供ですね。
ESRBのレーティング制度も,要は自己責任において購入するか否かを判断できるようにするためのものでした。その点,日本の場合は自己責任制度が遅れているのではないでしょうか。ゲームに限らず,テレビや映画などで過激な表現があると,「役所がけしからん」「どこかが規制しないから」と行政やほかの誰かのせいにする風潮があります。もう少し自己責任の範囲について,考えるべきなのではないかと思います。
4Gamer:
つまり,CEROレーティングとは自分で判断して購入するための材料ということですか。
渡邊氏:
そのとおりです。
4Gamer:
それでは,将来的にレーティング制度はどうなると思われますか。
渡邊氏:
ユーザーに情報を提供するという役割は,今後も変わらず重要だと思っています。しかし,将来的にも現在のレーティング制度が適用できるのかと言えば,これは難しいでしょうね。
現在の審査対象は家庭用ゲーム機が中心ですが,携帯電話やスマートフォン,PCのデジタル配信なども扱うことになれば,もっと膨大なタイトル数になります。また,先ほどは1週間で審査結果を報告すると申し上げましたが,もっと早くする必要が出てくるかもしれない。
いずれは,アメリカやヨーロッパの一部で実施されている「セルフレーティング方式」に移行することになるかもしれません。これは審査基準の一部を広く公開し,ゲームを販売する側が基準と照らし合わせて,レーティングを判断してもらう審査方法です。
4Gamer:
これではレーティングの整合性が取れなくなる恐れはありませんか。
渡邊氏:
例えばアメリカの一部で行われているのは,数十項目以上の質問に回答していくと,最終的にどのレーティングに相当するのかを導き出せるというものです。スマホアプリのように小規模なゲームだと,こうした審査方法に移行せざるを得ないかもしれません。
また,意図的に異なるレーティングにすることもできますが,世に出たあとでもレーティングに問題があると判明すれば,オープンな形で修正させます。同時に社会的信用を失うことになるので,結果として正しく機能すると思いますね。
CEROレーティングの実態を知るとともに,海外のゲームをオリジナルに近い内容のままで遊ぶための道が見いだせないか,と思いながら臨んだ今回のインタビュー。残念ながらその点で明確な答えは得られなかったが,レーティング制度が表現を制限する目的で存在しているのではないことは理解できたかと思う。ただ,現在の審査基準が社会や世論の倫理水準を反映している以上,ゲーム業界やプレイヤーの声だけでこれを変えていくのは難しいのかもしれない。
しかし,渡邊氏の発言にもあるように,将来的にも同制度が変わらないと決まったわけではない。CEROとしては,今後も社会の要請に応えるため,時代に合った審査基準の妥当性については,広く意見を募って議論を続けていくとのことである。
余談だが,「日本の場合は自己責任制度が遅れている」という渡邉氏の指摘が印象に残っている。自己責任の範囲に関してはさまざまな意見があるだろうが,商品を購入する一人ひとりが自分で考え,その影響を判断するという認識が社会全体にあれば,いわゆる「規制」と見られてしまうシステム自体が不要になるのではないか――ふと,そんなことを考えさせられた。
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