イベント
怒りのツボを探り合い,そして打ち解ける。「アンガーマネジメントゲーム」体験会レポート
「アンガーマネジメント」とは,怒りをコントロールする心理トレーニングのことだ。怒りというと“コントロール不可能な衝動”“ネガティブな感情の表れ”といったイメージがある。しかし,アンガーマネジメントでは怒りという情動があること,そして怒りが人間に必要なことを受け入れたうえで,そのマネジメント(管理)を目指していく。
感情の赴くまま,むやみやたらに怒りをまき散らすことなく,怒ることが必要な時にうまく怒りを表明し,そうでない場合は怒らずに済ませるようになるのが理想の姿だ。
このアンガーマネジメントの普及を目指すのが,日本アンガーマネジメント協会。日本各所で講座を開いているほか,乱暴運転に報復したくなる気持ちをアンガーマネジメントで落ち着けるブックレットを,海老名サービスエリアで配布するなどの活動を続けている。
こうしたアンガーマネジメントの考え方をベースとしたゲームが,2018年5月に発売された「アンガーマネジメントゲーム」である。題材が題材だけに,お堅いレクチャー用で,娯楽は二の次……的なものを想像する人もいるかと思うが,実際には「プレイヤーの年齢を問わずパーティーゲームとしても盛り上がれそう」という印象だ。
アンガーマネジメントゲームは3〜12人まで遊ぶことができ,そのうちの1人が親(回答者)となり,残りが子となる。ルールはシンプルで,“お題となった出来事に対し,親がどれくらい怒るかを,子が推察する”というもの。
ゲームは,親用の「怒りの出来事カード」と「温度計カード(赤)」,そして子が使う「温度計カード(緑)」という3種類のカードから構成されている。
怒りの出来事カードは「夜中の1時に隣の住人が大きな音を立てている」「車を運転していたら猛スピードで追い越された」など,思わず怒ってしまいそうな事柄が書かれたもの。これに対する怒りの度合いを表すのが温度計カードで,0(まったく心が動かない)から10(怒り心頭)まで用意されている。
まずは親プレイヤーが怒りの出来事カードを引き,その出来事が自分に起こったらどれくらいの怒りを覚えるかを,温度計カード(赤)で選んで場に伏せる。そして子は,親がどの数字の温度計カードを選んだかを予想し,親の左隣から順に1人ずつ温度計カード(緑)を選んでいく。
全員が予想し終えたら親は自分の温度計カードを開示。親と同じ数字を予想した子は2点を獲得。ピッタリ同じ数字を出した者がいない場合は,もっとも近い数字を予想した子が1点を獲得し,誰かが5点に達するまで,親を交代しつつゲームが続く。
体験会では筆者もこのゲームをプレイしたのだが,トランプや麻雀,TCGのようにロジカルなルールがあるわけではない辺りに奥深さを感じられた。怒りの出来事カードにも,温度計カードにも,TCGによくあるような強弱や有利不利といった関係は存在しないのだ。
基準となるのは,理論ではなく感情。“怒りの出来事カードに書かれたシチュエーションに対し,親がどう思うか”という一点に尽きる。同じシチュエーションでも,まったく腹が立たずに0を出す人もいるだろうし,逆にどうしても許せないと10を出す人もいるだろう。
体験会では初対面のメンバーで遊んだのだが,相手の性格がまったく分からないため,見た目の雰囲気や物腰から怒りの沸点を見極めるしかない。闇雲に温度計カードを選んでもいいのだが,会話から相手を探るとより面白くなる。
例えば「急いでいる時にコンビニに寄ったら,財布を出すのにもたついている人がいる」というカードが出たとしよう。ここで,親に「何の用事で急いでいるシチュエーションを想定して温度計カードを選んだのか」と聞けば,手がかりが得られる。いかにも真面目そうな人が「仕事のために急いでいる」と答えたなら,大きな怒りを抱いている可能性が高いだろう……といった具合だ。
勝ち負けは一応存在するものの,このゲームの面白さは“いかに効率よく5点を獲得するか”の戦略作りにはない。もしそうするのであれば,親となったプレイヤーが,子の質問にウソをつき通せば,的中の2点獲得を妨害できてしまい,ゲーム自体の意味が薄れるからだ。
このゲームのツボとなっているのは,怒りという非・論理的なテーマに対して,論理的な推理を行うというミスマッチな部分が,ゲームとしてうまく成立しているところ。そして,会話を通してお互いの怒りのツボが異なることを再認識できるところにあると感じられた。
怒りの出来事カードはいずれも日常に起こりそうなシチュエーションばかりで,話し合うことでスッキリする感じすらあったのだ。
この日は,日本アンガーマネジメント協会 代表理事の安藤俊介氏と,アンガーマネジメントゲームの共同開発者である高橋晋平氏によるトークショーも行われた。
高橋氏はかつてバンダイで玩具を開発する部署に所属しており,緩衝材の気泡を潰す感触を味わえる「∞プチプチ」や,枝豆をサヤから押し出す「∞エダマメ」といったユニークなグッズを考案した人物である。そんな高橋氏が,アンガーマネジメントを啓蒙する安藤氏と出会い,10代がアンガーマネジメントについて学べる教育寄りゲームを開発することとなった。
既に海外ではカウンセリングやセラピーの分野でアンガーマネジメントが取り入れられており,教育用のゲームも出ているのだが,娯楽よりディスカッションの側面が強く,内向的な人などがうまく馴染めないそうだ。
そこで,高橋氏のゲームでは「怒りを点数化して,これを予想する」という仕掛けを取り入れることで,誰でも気軽に楽しめるゲームにしたという。中高生を対象にテストを行ったところ,怒りの出来事について参加者同士が自然に会話をする姿が見られたそうで,氏の狙いは見事に的中したといえるだろう。
そこで行ったゲームから教育的な側面を可能な限り取り払い,一般向けとしたのが,アンガーマネジメントゲームとなる。
もともとは参加者の数だけ存在していた温度計カードを,親用と子用の2系列にシェイプし,点数を表すチップを廃止するなど,持ち運びがし易くなるように改良。また,パッケージの寸法もファミコンカセットに近いものとし,ファミコン世代の人々が手にしたときに,嬉しさを感じられるようにするなどの工夫も凝らしたという。
苦労の甲斐あり,アンガーマネジメントゲームは好評を博することとなった。アンガーマネジメントの学習や娯楽だけでなく,初対面の人々が互いに打ち解ける,いわゆるアイスブレイクのツールとしても使われているという。
通常,アイスブレイクといえばポジティブな話題に終始することが多いのだが,怒りのツボについて語ることで自然と自己を開示でき,怒りの沸点の高低も理解できることから,お互いの心理的な安全性が確保できるようになったそうだ。
会場では,安藤氏と高橋氏に話を伺うことができたので,その内容をお伝えして締めくくりとしたい。
4Gamer:
まずはアンガーマネジメントについて教えてください。
安藤俊介氏(以下,安藤氏):
アンガーマネジメントは,怒らなくなる方法ではなく,怒りの感情とうまく付き合うための心理トレーニングです。怒っても怒らなくても後悔するのが我々ですが,アンガーマネジメントをすることにより,怒るべきところとそうでないところに線引きができるんです。怒るにしても,相手に必要な事を伝える,上手な怒り方ができるようになります。
4Gamer:
日本でもアンガーマネジメントのニーズは高まっているのでしょうか。
安藤氏:
おかげさまで,アンガーマネジメントを導入したいという学校さんも増えています。
4Gamer:
では,アンガーマネジメントゲームを制作するうえで目標としたのは,どういったところですか。
高橋晋平氏(以下,高橋氏):
どんな場所にも持って行けて,ライトに遊べるということですね。なので,原型となった教育ゲームから得点をカウントするチップを無くし,カードの数を少なくしました。
4Gamer:
では,教育ゲームとはどういった部分が違うのでしょうか。
高橋氏:
ゲームの流れ自体は同じですが,教育向けの場合,怒りの出来事カードに「こういうテーマについて話しましょう」というお題が書かれているなど,会話することが重視されています。一方のアンガーマネジメントゲームでは“怒りの点数を当てる”というゲームらしい要素をピックアップしたんですが,結果的に遊んでみると自然に会話が生まれるようになってます。
また,怒りの出来事カードの内容も変えてあります。日本アンガーマネジメント協会のファシリテーターさん達と一緒に「日常で起こるあるある」や「恋愛や金銭など,意見が分かれて会話が広がりそうなもの」というネタを考えて取り入れました。
4Gamer:
実際にプレイしたのですが,初対面同士でも怒りについてのトークで盛り上がりました。
高橋氏:
このゲームは初対面でも自然とお互いのことを知れるので,チームビルディングやミーティング,アイスブレイクなどにも使われています。会話を強要するのではなく,まずは“怒りの点数を当てる”というところから入るので,自分のネガティブな面を自然にさらけ出せるんです。これはゲームを作っているときには予想していなかった効果ですね。
4Gamer:
ゲームを作るうえで参考にされたものはありますか。
高橋氏:
直接参考にしたわけではありませんが,「笑っていいとも!」のとあるコーナーが意識のどこかにあったと思います。ゲストの芸能人がウソと本当の2つのエピソードを話して,どちらがウソかを当てるというものです。現在の仕事で研修をするとき,アイスブレイクとしてこの仕組みを取り入れたことで,自然に会話を引き出すことができた,という体験があります。
4Gamer:
相手の内面を推察する辺りは,アンガーマネジメントゲームに似ていますね。では,このゲームはどんな人にお勧めですか。
高橋氏:
怒りやすい人はもちろん,会社員同士など弱みを見せられない人達にお勧めですね。例えば,会社の上司と部下でこのゲームを遊んだとします。上司は最初のうちこそ怒りっぽい人間だと思われたくないので,怒りの点数を低く抑える傾向にあります。しかし,部下が率直な態度で点数を付けているのを見ると,段々本音が漏れてくるんです。そして,部下の側も,こうした上司の人間らしいところを見て打ち解けるんですよ。
4Gamer:
なるほど。ゲームの開発チームを新しく作る時などにも役立つかもしれませんね。ありがとうございました。
「日本アンガーマネジメント協会」公式サイト
- 関連タイトル:
アンガーマネジメントゲーム
- この記事のURL:
Copyright(C) 2018 Japan Anger Management Association.