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印刷2007/12/05 12:21

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すっかり逢えなくなった隣人達 第24回:『鳥山石燕 画図百鬼夜行全画集』→RPG全般

 

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『鳥山石燕 画図百鬼夜行全画集』
著者:鳥山石燕
版元:角川書店
発行:2005年7月
価格:700円(税込)
ISBN:978-4044051013

 

 ふと思い立って,江戸時代の妖怪画家として有名な,鳥山石燕の作品集『鳥山石燕 画図百鬼夜行全画集』を手に取ってみた。読者諸兄諸姉も,子供の頃に一度は読んだであろう妖怪解説本の,ネタ元ともいうべき絵の数々で,近年でいえば京極夏彦氏の作品が,ここからモチーフを得ていることでも有名なシロモノだ。それが文庫本1冊に収まってしまうのだから,世の中便利になったというか,妖怪にはさぞ住みづらくなったことだろう。

 この本では,河童だの不知火だのぬらりひょんだの,おなじみの妖怪が詞書(ことがき)付きの絵(木版画)でえんえんと紹介されているのだが,別に何らかの筋やストーリーがあるわけではない。そこでここでは,通読した結果として意識に浮かび上がってきた三つの“境界”というテーマに基づきつつ,ちょっとした感想を述べてみよう。

 一つめは,現世と幽界の境界について。「今昔画図続百鬼」の冒頭には「逢魔時」(おうまがとき)という項があって,黄昏時にさまざまな妖怪が現れるので,子供を外に出してはいけないというような説明がある。現世と幽界は空間的に隔たっているのではなくて,時間的に分けられており,しかもその境界は曖昧である。
 ひところ流行した社会史の分野では,欧州なら悪魔や魔女,日本なら怨霊や妖怪が実在すると仮定して思考しないと,前近代の社会慣習(物事の契約や裁判なども含む)は理解できないのだと強調されたが,その江戸時代における名残りを思わせる感覚だ。

 そこまで理屈っぽく考えなくても,この本には現世と幽界をめぐって実に面白い事例が収録されている。同じく「今昔画図続百鬼」の中で,ムササビは妖怪扱いなのだ。キツネやタヌキ,カワウソといった,人を騙すという伝承のある動物はさておき,ムササビ(野衾。のぶすま)の項にはほぼ,動物としての形状と習性しか書かれていない。
 「木の実をも喰らひ,又は火焔をもくへり」という説明部分のみ妖怪じみているが,そのほかの部分では「毛生ひて翅も即肉なり」などと,動物として正確な描写がなされているだけである。
 考えてみれば,妖怪が実在することを前提にしたとき,妖怪と,夜行性の不気味な動物を区別する境界線などない。布団みたいな形をして,鳥も飛ばぬ闇夜を滑空するムササビは立派な妖怪なのだ。野獣とモンスターがともに徘徊するRPG的世界では,どちらも倒すべきMobだったり,忌避すべき凶事だったりするわけで。

 次に地域性という境界について。石燕が絵に添えた詞書ではしばしば,どこの地方の伝承であるかが明示されている。例えば「叢原火」(そうげんび)が見られるのは「洛外西院の南,壬生寺のほとり」だし,「姥が火」(うばがひ)なら「河内国にありといふ」などと,意外にマメに伝承の由来をコメントしている。
 明治以来の民俗学が果たしてしまった役割を念頭に置くと,問題性がいっそう明らかになるが,おそらくは木版画に刷って流通メディアに載せるという行為そのものが,こうした妖怪を地場から切り離し,特定の土地や故事との関係を希薄にしていってしまう。
 その伝承がほかの人にインスピレーションを与え,二次創作が生まれ……といった形で,神獣やら妖怪やら,荒ぶる神やらといった異界の住人は,確固たる足場を失う代わりに,やがて広く流通する記号として,新たな歩みを始める。
 柳田国男が描いた遠野が,何か特別な土地として意識されてしまったり,河童のディテールが全国で統一されてしまったりといった副作用を伴いつつ,それはキャラクター化されていくのだ。
 極端なフュージョン要素を特徴とするMMORPG「エミル・クロニクル・オンライン」の「ネコマタ」に,ゲーム設定上の働き(プレイヤーキャラへの寄生と協力)のほかに「お茶を煎れてくれる」といった「日本的」性格が付与されていくのも,諸外国の妖怪/異人要素と対比する新発想によるものであろう。

 さて三つめの境界は,まさにそのキャラクター性を問う論点なのだが,実は石燕の作品,全体の3分の1ほどが石燕自身の創作らしい。彼は伝統的な百鬼夜行図を踏襲し,解釈するに留まらず,彼のセンスでユーモラスな新妖怪を大量に追加しているのだ。伝承と創作の境界,それが三つめの注目点である。
 こうなると彼の立ち位置は,既存の伝承や資料を参考にオリジナルのゲームを作るシナリオライター/キャラクターデザイナーと変わらないともいえる。浅学な筆者Guevaristaとしては,先行する百鬼夜行図と比べてみたこともなく,正直どれが彼の創作物で,どれが古来の伝承なのか,見分けがつかなかった。……しかし,石燕の絵をそのまま引き写したような子供向け妖怪解説本が広く出回っているわけだが,伝承なのか創作なのか区別しないままで,教育上大丈夫なの? と,思わないでもない。

 とはいえ,博学な石燕は「伊勢物語」や「平家物語」,「山海経」や「論語」,数々の能の脚本などからインスピレーションを得,一連の作品として見たとき,実に多彩な世界を描き出している。これらの典拠に遡って興味を広げるもよし,あるいは現在はやや入手が難しいものの,版画/絵巻のセオリーに従って,大型本であらためてじっくり鑑賞するという楽しみもアリだろう。

 

文庫本1冊で,二百体以上のお化けが…

意外に地味なヒトが多いですけどね

 

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■■Guevarista(4Gamer編集部)■■
無駄な読書の量ではおそらく編集部でも最高レベルの4Gamerスタッフ。どう見てもゲームと絡みそうにない理屈っぽい本を読む一方で,文学作品には疎いため,この記事で手がけるジャンルは,ルポルタージュやドキュメントなど,もっぱら現実社会のあり方に根ざした書籍となりそうである。
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