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川上氏にひろゆき氏,そして米ドワンゴ創業者とオンラインゲームビジネス昔話を語ろう――と思ったらやっぱり脱線
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印刷2009/12/19 10:30

インタビュー

川上氏にひろゆき氏,そして米ドワンゴ創業者とオンラインゲームビジネス昔話を語ろう――と思ったらやっぱり脱線

 オンラインゲームビジネスの本格的な立ち上がりをいつと見るかは諸説あるだろうが,ある程度の規模のサービスが展開された時期で考えると,北米市場における1990年代前半から後半にかけての「オンラインゲームプロバイダ」全盛時代は,一つのターニングポイントであったかもしれない。

Battle.netは,黎明期のオンラインゲームに大きな変革をもたらしたサービスだった。1997年末の時点でユニークユーザー数は125万人。当時,最も人気があったゲームサービスの一つ「MSN Gaming Zone」と比べても高い集客力を誇っていた
 「ゲームプロバイダ」という響き自体がすでに懐かしいのだが,電話回線を通してゲームサーバへとアクセスし,プレイあたり“分/セント”という形式のサービスが流行っていた時代である。今では考えられないほど高額に感じるかもしれないが,インターネットが普及する前の時期というのは,通信速度の問題や対応ゲームの少なさなど,まともにオンラインゲームを遊べる環境そのものにもお金を払う価値があったのだ。
 日本では,北米からかなり遅れてNIFTY-Serveでリリースされた「メガウォーズ(1992)」や「AirWarrior(1992)」などがその端りになるだろうが,当時のプレイヤーであれば,オンラインゲームにハマって「電話代や課金料金が月10万円を超えた!」などという話を幾度となく耳にしたことだろう。

 今回4Gamerでは,そんな北米におけるオンラインゲームプロバイダの一角であった米DWANGOの創業者ロバート・E・ハントレー氏(初代ドワンゴ会長として,日本でも4年ほどゲームビジネスをしていた)にインタビューする機会を得て,当時のビジネスモデルやその時代背景,そしてドワンゴを通してみた黎明期の日本のオンラインゲーム市場(※注)についてなどを語ってもらった。
 ちなみにこの取材は,ニコニコ動画のサービス開始3周年記念イベント「ニコニコ動画3周年記念スペシャル来日!〜米ドワンゴ創業者がパスタと一緒に語る夕べ〜」にあわせて行ったのだが,途中からは現場に居合わせたドワンゴの代表取締役会長・川上量生氏や,ニコニコ動画でお馴染みのひろゆき氏らも話に加わり,思わず「懐かしい」「へぇ」という声があがる,オンラインゲームの昔話に花が咲いた。

 ……いっそのこと,もっと昔話を広げて,いまどきの人が知らないことや,近年のオンラインゲーム史,「Xbox LIVE」や「Steam」の源流とも言えるゲームマッチングサービスの黎明期などの話を聞こうと考えていたのだが,気が付いてみたらドワンゴの話が多くなってしまった。
 とはいえ,話の後半では,ニコニコ動画の北米展開についても話題が及ぶなど,いくつかの面白い話も聞けたので,それらを全部含めた内容をお届けしたいと思う。

※編注:以前,こちらの記事でも触れたが,ドワンゴは元々オンラインゲーム会社だった

ロバート・E・ハントレー:米DWANGOの創業者で,元ドワンゴの代表取締役会長。現在は,一線を退いて自身の農園を経営している
ひろゆき:匿名掲示板2chの元管理人で,言わずと知れたネット界隈の有名人。最近では,株式会社ニワンゴの取締役としてニコニコ動画の運営に参画
川上量生(かわかみのぶお):ドワンゴの代表取締役会長。ドワンゴの数々のサービスに企画として参加。一風変わった経営戦略を取る人物として知られる
ジェームス・スパーン:マイクロソフトで10年にわたってゲームビジネスに従事していた。取材当日は主として通訳を担当

 ■オンラインゲーム簡易年表
日本のPCゲーム市場を中心に,北米の動向もあわせて参照できる形で,1990年以降のタイトルをまとめてみた。2000年以降はタイトル数があまりに多いため,人気タイトル(ある規模以上のユーザー数に達したもの)を中心にピックアップしている点はご了承頂きたい。ちなみに本表の「サービス開始」は,正式サービス開始日を軸にしている
年代 日本 北米
1979年 「Multi-User Dungeon 」が欧米で人気に
1983年 「MegaWars」がサービス開始
1987年 「AirWarrior」がサービス開始
「Neverwinter Nights」サービス開始
1990年 「ハビタット」がNIFTY-Serveでサービス開始
1992年 「メガウォーズ」がNIFTY-Serveでサービス開始
「AirWarrior」がNIFTY-Serveでサービス開始
1993年 「DOOM」がシェアウェアとして公開
1994年 「DOOM II」発売
1995年 「Windows 95」発売
1996年 「Meridian 59」サービス開始
「Quake」発売
「MSN Gaming Zone」サービス開始
1997年 「Age of Empires」発売
「東風荘」サービス開始 「Diablo」発売
ドワンゴ設立 「Ultima Online」サービス開始
1998年 「LIFE STORM」サービス開始
「Starcraft」発売
1999年 「EverQuest」サービス開始
「Ashelon’s Call」サービス開始
「ストーンエイジ」サービス開始
「Age of Empires II」発売
2000年 「Counter-Strike」が正式に発売
「Diablo II」発売
「レインガルド」サービス開始
「アプサラス」サービス開始
「ハンゲーム」サービス開始
2001年 「Dark Age of Camelot」サービス開始
「デプスファンタジア」サービス開始
「クロスゲート」サービス開始
「ファンタシースターオンライン(DC)」サービス開始
「リネージュ」サービス開始
2002年 「ラグナロクオンライン」サービス開始 「Xbox LIVE」サービス開始
「ファイナルファンタジーXI(PC/PS2)」サービス開始
「ガンダム ネットワークオペレーション」サービス開始
2003年 「信長の野望Online」サービス開始 「Second Life」サービス開始
「メイプルストーリー」サービス開始
2004年 「リネージュ II」サービス開始 「Steam」の正式サービス開始
「スカっとゴルフ パンヤ」サービス開始 「World of Warcraft」サービス開始
「モンスターハンター(PS2)」発売 「EverQuest II」サービス開始
2005年 「RED STONE」サービス開始 「Star Wars Galaxies」サービス開始
「マビノギ」サービス開始 「Guild Wars」サービス開始
「Master of Epic」サービス開始
2006年 「ファンタジーアース」サービス開始
「スペシャルフォース」サービス開始
2007年 「サドンアタック」サービス開始 ソーシャルゲーム「Zynga Poker」サービス開始
「モンスターハンター フロンティア オンライン」サービス開始
2008年 「Age of Conan」サービス開始
2009年 「The Tower of AION」サービス開始
「mixiアプリ」正式サービス開始 ソーシャルゲーム「FarmVille」サービス開始


オンラインゲームビジネスを始めたキッカケは「DOOM」との出会い


4Gamer:
 本日は宜しくお願いします。
 まずは,DWANGOを立ち上げた経緯,オンラインゲームビジネスを始めようと思ったキッカケを教えてください。

ロバート・E・ハントレー氏:
 オンラインゲームをビジネスにしようと思ったキッカケは,なんと言っても「DOOM(1993)」との出会いだった。その当時,こんなにエキサイティングなゲームは他に見たことがなかったし,それがネットワークを通じて友達と一緒に遊べるなら,これは絶対にビジネスになると直感したんだ。
 それまで私は,レーザーディスクプレイヤー用のタッチパネルなどを開発する会社を経営していたんだけど,その会社を売り払って,新たにInteractive Visual Systemsという会社を立ち上げた。そこでゲームサービス(DWANGO)を始めたんだ。

4Gamer:
 起業当時の世の中は,どんな様子だったんですか?

ハントレー氏:
 当時は,まだインターネットがそれほど普及していない時期,つまり「CompuServe」や「America Online」などといったパソコン通信サービスが元気だった時代だよ。アメリカでは,昼休みに会社のLANでDOOMを遊ぶのが大流行して,社会問題になったりしたものさ。

4Gamer:
 日本でいうと「NIFTY-Serve」などが流行っていた時代ですね。

ハントレー氏:
 モデムの通信速度も,今とは比べ物にならないくらい遅くて。インターネットというのは,その仕組み上,いくつかの経路を中継しながら通信を行うんだけど,当時の通信技術では,それでは遅延時間が酷くてまったくゲームにならないことも多かったんだ。

4Gamer:
 うーん,懐かしい(笑)。

ハントレー氏:
 DWANGOはそうした状況の中,インターネットを使わずに電話回線でゲームサーバーに直接アクセスする方式だった。それによって高品質なゲーム体験を提供していたサービスだったんだ。とくにDOOMなどのアクションゲームは,できるだけ快適な通信環境で遊んだ方が絶対に面白かったからね。当時のゲーマー達にとって,我々が提供したDWANGOというサービスは,とても魅力的に映ったことと思う。

4Gamer:
 確かに。当時は少しでも快適にゲームを遊ぶための努力や工夫に,結構な労力や金額を割いていた気がします。ところでDWANGOは,最盛期でどのくらいのユーザーを抱えていたのでしょう?

FPSというジャンルの火付け役となった「DOOM」は,驚異的な人気を誇った伝説的なタイトルだ。その続編の「DOOM II」も,まだそれほどネットが普及していない黎明期の作品ながら1000万回以上のダウンロードを記録した
川上氏にひろゆき氏,そして米ドワンゴ創業者とオンラインゲームビジネス昔話を語ろう――と思ったらやっぱり脱線 川上氏にひろゆき氏,そして米ドワンゴ創業者とオンラインゲームビジネス昔話を語ろう――と思ったらやっぱり脱線

ハントレー氏:
 うーん,どうだったかな。かなり昔の事なので,ちょっと記憶が定かじゃないけれど,少なくとも10万人くらいのアクティブなユーザーはいたと思う。全米だけでも27都市にアクセスポイントを設置していたし,そのアクセスポイントを通して,全米のプレイヤー同士で通信ゲームが遊べるようになっていたんだ。

4Gamer:
 10万人ですか。かなり流行っていたんですね。
 しかし,当時のDWANGOをはじめとしたオンラインゲーム会社のビジネスモデルって,プレイ時間で分いくらでお金を取る従量課金形式が主流ですよね。今から考えると,もの凄い高価だったと思うんですけど。

ハントレー氏:
 そうだね。それでも,1995年にWindows 95が発売された後,Microsoftと提携してWindows版「DOOM」のマッチングサービスを請け負っていた頃までは,かなりの数のゲーマー達で賑わっていたんだよ。
 ただWindows 95は,インターネットと親和性の高い,当時としてはとても画期的なOSで,Windows 95の登場を境にして,インターネットが家庭にも急速に広まっていった。インターネット経由での通信プレイが一般化するにつれて,DWANGOのサービスはだんだんとその存在意義を失っていってしまったんだ。

4Gamer:
 モデムの通信速度もどんどん速くなっていきましたし,何よりも「無料」の流れが一気に押し寄せましたよね。

ハントレー氏:
 そうなんだ。従量課金型のビジネスが成り立っていたのは,だいたい1997年くらいまでだったかな。とくに「Quake(1996)」の登場は決定的(※)だった。あのゲームは非常に優れていて,ゲーム自体で通信の遅延を感じさせない設計を施していたんだ。まぁ,時代の流れというやつさ。


※Quakeは,通信データの最適化などネットコードが非常に洗練されていただけでなく,ゲーム内のキャラクターの動きを予測してゲームを進める(描画する)ことで,プレイヤーに通信の遅延を感じさせない「Client Side Prediction」という手法が盛り込まれているオンラインゲームだった。これは,近年のオンライン対応FPSの多くが採用している技術の一つだ

4Gamer:
 確かにインターネット時代のFPSブームには,Quakeが大きな役割を果たしましたね。

―――唐突にひろゆき氏が現れ,

ひろゆき氏:
 うわ,なんだか真面目なインタビューになってるなぁ(笑)。

4Gamer:
 ええ,ちょっと真面目過ぎたかも……。

ひろゆき氏:
 しかし昔のDWANGOのサービスって,インターネット経由じゃなくて電話回線で直接つなげる形だったのか。それって「モンスターハンター」とかでやってた方式とか同じですか?

4Gamer:
 いや,モンスターハンターが発売された時はすでにブロードバンド環境が整いつつありましたし,あれはインターネット経由で,「Peer to Peer方式」――いわゆるゲームサーバーというものがなくて,プレイヤーの誰かがホスト(ゲームサーバーの役割を果たす)になる方式――だったと思います。でも,そのモンスターハンターも対応していたKDDIの「マルチマッチング」というサービスは,元々はDWANGOと同じような電話回線を使った通信ゲームサービスでしたね。

ひろゆき氏:
 へぇー。



「これからはネットゲームだ」――Windows 95発売当時のゲーム界隈


4Gamer:
 Windows 95が出た直後の頃って,コンシューマゲーム界隈では「これからは3Dだ!」って言われていて,PCゲーム界隈では「これからはネットゲームだ!(※)」って騒がれていましたよね。まぁネットゲームの方の話が日本で本格的に騒がれ始めたのは,「Diablo」や「Ultima Online」の登場以降だったとは記憶していますが。

※昔は,「オンラインゲーム」よりも「ネットワークゲーム」という呼び方の方が一般的だった

川上量生氏(以下,川上氏):
 1995年というと,マイクロソフトとソフトバンクによる「ゲームバンク」という合弁会社も立ち上がったりだとか,いろいろありましたよね。北米では,ビル・ゲイツ会長の肝入りでWindows版のDOOMが開発された……みたいな話もありました。


ジェームス・スパーン氏(以下,スパーン氏):
 ゲームバンク! 懐かしい響きだなぁ(苦笑)。

4Gamer:
 日本でも,ソフトバンクの孫正義社長が「これからのゲームはPCだ!」みたいなことを言ってて。……まぁ,あの事業は成功しませんでしたけど。

川上氏:
 ええ。確かゲームバンクは,孫さんが向こうのベンチャー企業を買ってきて無理やり進めようとしていたプロジェクトで,割と関係者は引き気味だったような記憶があります(笑)。

スパーン氏:
 ただマイクロソフトは,当時からWindowsにゲームプラットフォームとしての役割を持たせようとしていて,DirectXをリリースしたり,後にセガと提携してドリームキャストのOSにWindows CEのカスタムバージョン(コードネーム:Dragon)を搭載したり,いろいろやっていたんだよね。

川上氏:
 実はDirectPlay 2.0(DirectXに含まれるAPI)の開発には,ドワンゴも関わっていたりして,その実績があったから「セガラリー2」の通信部分の開発を請け負うことができた……みたいな流れもあるんですよ。

4Gamer:
 そんな経緯があったんですね。そういえば,日本でドワンゴが立ち上がった流れはどんなものだったんですか?

川上氏:
 僕は昔,通信モデムを売る商売をしていたんですけど,その前から「どうしてもオンラインゲームを仕事にしたい!」と考えていました。で,その当時すでにあった海外のいろいろなサービスを調べて回っていたんですよね。その時に目に止まったのが,DWANGOというサービスでした。
 もちろん,DWANGO以外にも同じようなサービスはいくつかありましたが,「話をしたい」と連絡して会ってくれたのは,大手ではDWANGOを運営していたInteractive Visual Systemsさんだけだったんです。

ハントレー氏:
 正直なところ,私の方は,その時は北米サービスのことで手一杯で,海外展開についてはあまり関心がなかったんだ。けれど,当時まだ青年だった川上さんに出会って意気投合し,DWANGOの日本でのライセンス権を彼に許可したんだよ。

川上氏:
 その後,紆余曲折はありつつも日本でドワンゴという会社が立ち上がったのが1997年のことですね。

日本でも大ヒットした「Age of Empires」。大学生や若い社会人を中心に,かなりの数のプレイヤーが夜な夜な戦いに明け暮れていた
川上氏にひろゆき氏,そして米ドワンゴ創業者とオンラインゲームビジネス昔話を語ろう――と思ったらやっぱり脱線
4Gamer:
 1997年というと,「東風荘」や「Internet Gaming Zone(現:MSN Gaming Zone)」が流行ってた時代ですかね。

川上氏:
 そうそう(笑)。日本でもたくさんの人が「Age of Empires」とか「Diablo」を遊んでいた時代ですよ。

4Gamer:
 人数的には今よりも少なかったハズですけれど,当時は当時で,妙な盛り上がりがありましたよね。

川上氏:
 ええ。そんな時にドワンゴは,国内でほぼ唯一の「オンランゲーム会社」でしたから,任天堂やソニー,コナミなど,名立たるゲーム会社から出資の話もあったんですよ。



英語が出来ない外資系子会社の社長


4Gamer:
 しかし,ここ2年くらいで「ニコニコ動画の会社」というイメージもできましたけど,ドワンゴというと,やはり携帯電話向けのサービス会社というイメージが強いですよね。そもそも,本家DWANGOで展開されていた従量課金型のビジネスも,設立当初からほとんど踏襲していませんでした。

川上氏:
 まぁ要するに,なんでドワンゴはゲームじゃなくて携帯電話のビジネスを始めたのか? みたいな話だと思うんですけど,実はそれに関して,これが割と重要だったんじゃないかって思うことがあるんですよ。

4Gamer:
 ぜひ聞かせてください。

川上氏:
 何かっていうとですね。ドワンゴって最初は,ボブ(ハントレー氏)のInteractive Visual Systems社が51%の株を持っている,いわゆる外資系の子会社だったんですけど,外資系子会社の社長としてはあり得ないことに,僕は英語がまったく出来なかったんです(笑)。

スパーン氏:
 それは確かにおかしい(笑)。

川上氏:
 だから,僕は社長に就任してからというもの,ほとんどまったくといっていいくらい親会社に報告をしなかったんです。よく言えば自由,悪く言えばとてもずさんな管理だったんですね。

スパーン氏:
 でも,何をやるにもいちいち本国にお伺いを立てて……とするよりは,そっちの方がよかったんだよ。

川上氏:
 結果論かもしれないけど,好き勝手やれたこと,そしてそれを許してもらえたことは,これまでなんとかやってこれた大きな要因だったなと思うんです。ドワンゴで成功したサービスは,リリースしたタイミングや世の中の環境とか,どれも「ラッキーだったな」とつくづく感じるんですけど,やってなければ「ラッキーもなにもなかった」わけですからね

スパーン氏:
 そうだね。確かに運はよかったけど,日本の市場に合ったサービスを的確な時期に出したという事実は大きいと思う。

4Gamer:
 何事も行動しなければ始まらない,というのは真実でしょうね……。


「これはアメリカでも流行る!」――ニコニコ動画の北米展開の手応え


4Gamer:
 ハントレー氏は,今では一線を退いていらっしゃると聞きますが,ご自身の手を離れてからのドワンゴの躍進ぶりについてはどう思いますか?

ハントレー氏:
 とても素晴らしいと思うよ。ニコニコ動画も,とてもエキサイティングなサービスだと思う。

4Gamer:
 そういえば,スペースシャトルの打ち上げの中継を,こっそり北米ユーザー向けに行ったと聞いていますが。

スパーン氏:
 ああ,あれは僕が無理やりNASAに許可をとって撮影させてもらったんだけど,実は中継を配信したストリーミングページは,僕の家族や友人など,ごく一部の人にしか知らせていなかったんだ。でも,中継が始まるや否や,どこからともなく500人以上の人が集まってきて,大いに盛り上がったんだ。

川上氏:
 で,集まった人たちが何を書き込むのかと思って見ていたら,みんな英語で「おっぱい」とか書き込んで大ハシャギしていたんだよね(苦笑)

スパーン氏:
 そうそう。ちょっと公衆の面前では言えないような言葉のオンパレード(苦笑)。

川上氏:
 あれを見て,「あ,これはアメリカでも流行る」と思った(笑)。

一同:
 (爆笑)

ひろゆき氏:
 ネットコミュニティのマインドってどこも変わらないのかも。いや,むしろ日本はなんだかんだで“上品”かもしれないですね。

川上氏:
 なんか「どこも一緒なんだな」って実感したよね。

ひろゆき氏:
 うん。

4Gamer:
 以前より掲げられていたニコニコ動画の世界展開も,いよいよ本格始動ですか?

川上氏:
 はい。ユーザーの皆さんのおかげで,ニコニコ動画も国内では黒字化できそうな見込みが立って来ました。なのでそれを機に,海外展開についても前に動かしていきたいと考えています。

4Gamer:
 分かりました。期待しています。
 ちなみにハントレーさんは,ニコニコ動画は北米でも流行ると思いますか?

ハントレー氏:
 もちろんだとも。こんなにユニークなサービスなんだから,絶対に流行るさ。

川上氏に最初に出会った頃の名刺を取り出して,嬉しそうに当時の思い出を語るハントレー氏


 さて,オンラインゲーム黎明期の話からニコニコ動画の話題まで,多岐にわたった今回のインタビュー。ドワンゴの話を中心に,黎明期のオンラインゲームビジネスの流れを追ってみたわけだが,時代と共に変化するビジネス/サービスのあり方,そしてそれに対応する難しさなど,いくつかの視点は拾えたのではないかと思う。
 日本ではほとんど流行らなかったゲームマッチングサービスが,北米では一時期大きなビジネスとして展開されていたことなど,筆者としては,オンラインゲームビジネスの源流や歴史的背景についてももう少し切り込みたかったのだが,懐かしい昔話をしている間に話が脱線してしまった次第。オンラインゲームビジネスの歴史についての探求は,また別の機会に譲りたいと思う。

 オンラインゲーム会社として興り,今ではニコニコ動画のサービス元(の親会社)として名を馳せるドワンゴ。時代と共に事業主体を変化させてきた同社だが,変わらないのは,常に新しいことに取り組む姿勢なのかもしれない。
 当のニコニコ動画も,つい先日,累計アカウントが1500万人,有料会員が60万人を突破するなど,その勢いは未だ衰えていない。同社がこの勢いを維持できるのか,それとも今が限界なのか。あるいは現状を“てこ”にさらなる飛躍を成し遂げられるのか。今や日本有数のWebサービスとなったニコニコ動画の動向を,今後も注意深く見守っていきたい。

ニコニコ動画のサービス開始3周年記念イベント「ニコニコ動画3周年記念スペシャル来日!〜米ドワンゴ創業者がパスタと一緒に語る夕べ〜」の模様

「今のオンラインゲームは気に入らない」――ドワンゴの川上氏と麻生氏が語るニコ動,そしてネットサービス

ニコニコ動画(9)

株式会社ドワンゴ


  
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