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「ゲームのためのオーケストラ録音」の秘訣を,現役プロデューサーが徹底解説[GDC 2026]
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Ladouceur氏は,「ブラック・ウィドウ」「ダーク・マテリアルズ/黄金の羅針盤」といった大型タイトルのオーケストラ録音に携わってきた人物であり,ロンドンの王立音楽大学やケンブリッジ大学で教鞭も執っている。
「ゲームのためにオーケストラを録りたいけれど,何から始めればいいのか分からない」そんな開発者に向けて,予算の組み方からスタジオの選び方,当日の進行ノウハウなどが語られた講演の内容をお伝えする。
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講演の冒頭,Ladouceur氏は自ら作曲した楽曲のモックアップ(打ち込み)と,実際にオーケストラで録音した最終マスターを比較試聴させた。会場の反応は明確で,生演奏がもたらす空気感の違いは,音楽の素人である筆者も明確に感じ取れ,サンプル音源では決して再現できないものだと改めて印象づけられた。
Ladouceur氏いわく,生録音の恩恵はフルオーケストラに限った話ではない。弦楽四重奏やピアノなど,少人数の生演奏を加えるだけでも楽曲のクオリティは劇的に向上するという。予算が限られていても,ほんの少しだけ「生」を取り入れるだけで得られるリターンは大きいそうだ。
そしてもう一つ,重要な前提として強調されたのが「ゲーム向けの録音プロセスは,映画やテレビのそれとまったく同じである」という点。メディアが違っても,スタジオでのワークフローや事前準備の考え方は共通しており,どちらかの経験はそのままもう一方に生かせると語っていた。
続いて話題は,経験の浅い人がやりがちな失敗パターンへ。Ladouceur氏が挙げたのは,主に3つの罠だ。
まず「録音プロセスの理解不足」。準備が足りないまま本番に臨むと,時間が浪費される。そして録音スタジオにおいて時間の浪費は,文字どおり現金を燃やすのと同義だ。
次に「アンサンブルへの過度な期待」。氏自身の経験として,合唱団の録音に臨んだ際,当然のように初見演奏(サイトリーディング)ができるものと思い込んでいたところ,実際にはそうではなく,スケジュールが破綻しかけたエピソードが紹介された。音楽監督や指揮者との事前打ち合わせは必須である。
そして3つ目が「サンプル音源と生楽器の音を取り違える」こと。打ち込みで「フレンチホルン12本」のパッチを使って作ったサウンドを,予算の都合で雇った3本の生ホルンで再現できると思い込んでしまうケースなどがこれにあたる。事前に過去のセッションの無加工音源(Rawオーディオ)を聴かせてもらうなどして,「本物のオーケストラの音」を知っておくべきだと氏は強く勧めていた。
本講演のハイライトともいえるのが,録音スタジオとオーケストラを3つの階層(Tier)に分類して比較したセクションだ。60人編成のオーケストラを1日(3時間×2セッション)拘束した場合の平均予算を軸に,それぞれの特徴が語られた。
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オープニング層は,1日あたり約1万3000ドル以下。テイクを重ねるぶん,進行はやや遅めで,3時間のセッションで録れるのは約15分程度の楽曲だが,時間貸しやシェアセッションなど柔軟な運用が可能で,フルバイアウト(買い取り)にも対応している。
デモ用のピッチ録音や実験的なセッションにも向いており,「まず生オケを試してみたい」という開発者にとって最も現実的な選択肢といえるだろう。
ミドル層になると,1日あたり約3万5000〜4万ドル。オープニング層の約3倍だが,3時間で約20分の楽曲を快適に録音でき,スタジオの効率的なサービスやPro Toolsオペレーターによるリアルタイム編集など,ワークフロー面での恩恵が大きい。
美しいスタジオ設備はクライアントを招く場所としても適しており,大規模プロジェクトで検討する価値があるという。
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そしてアッパー層だ。Ladouceur氏がロンドンのスタジオを例に紹介したこの階層では,最高クラスのエンジニアやスタジオを起用した場合の上限の目安が1日あたり約9万2000ドルにのぼる。
ニューヨークやロサンゼルスも同等のトップ奏者を擁するが,組合のルール上,ゲーム音楽の買い取り録音はほぼ不可能。その点ロンドンでは,追加の前払い金を支払うことでゲーム用途の買い取りが認められており,これがゲーム業界にとって決定的な差となっているそうだ。
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ロンドンの奏者たちは「朝集まって初見でリハーサルし,夜には本番をこなす」文化が根づいていて,初見の精度は世界トップクラスだという。テイク2でほぼ完璧な演奏が仕上がるというのだから驚きだ。
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スタジオの効率も凄まじく,録音中にPro Toolsオペレーターがリアルタイムでコンピング(編集)を行い,午前中の録音がその日のテスト試写に組み込まれることもあるという。
ただし注意点もある。ロンドンでは同一セッション内でのオーバーダビング(重ね録り)に厳しい制約があり,強行すると奏者に210%,つまり通常の2倍以上のギャラを支払わなければならない。
そのため,重ね録りが必要な場合は別セッションとして分けて録るのが現実的な対応となる。
では限られた予算をどう使うべきか。Ladouceur氏は「すべての曲をトップクラスのスタジオで録る必要はない」と語った。
たとえば,テクスチャ中心の探索用BGMはオープニング層で効率よく録り,メインテーマや重要なシネマティック楽曲だけをアッパー層の最高の奏者で録る。こうした予算の分割活用こそが賢い戦略であると説く。
さらに,サンプル音源でも十分にカバーできる短いスタッカートの弦などは優先度を下げ,サンプルでは再現しにくい豊かなレガートの弦に生録音の時間を集中させるといった判断も重要になってくる。在宅の優秀なソリストにリモートで録音してもらえば,スタジオ代の節約にもなるだろう。
また,スタジオでの録音には,想像以上に多くの専門家が関わっている。Ladouceur氏が各役割を丁寧に解説したセクションも,講演の聞きどころの一つだった。
オーケストレーターは,MIDIを楽譜に変換するだけの存在ではない。オーケストラの響きを熟知したうえで「3本のホルンの低音域では求める太さが出ないから,ユーフォニアムを1本追加してブレンドする」といった具体的な提案を行う。
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費用は単純な書き起こし(1分あたり80ドル)からトップクラス(1分400ドル以上)までと幅広いが,その差は仕上がりに直結する。
写譜屋(コピイスト)は,印刷されたスコアとパート譜を準備し,現場でのリアルタイムな修正にも対応する存在だ。「ここをケチるとセッションが崩壊する」とLadouceur氏は断言していた。
実際,氏自身が過去にコピイストを雇わなかった結果,録音前夜に大学の教え子を呼び出して徹夜で楽譜を製本させるハメになったという笑い話も披露された。
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セッションプロデューサーは,録音ブースでの「作曲家の分身」ともいうべき役割を担う。クライアント対応などで作曲家の注意が逸れているときも,音楽に完全に集中して進行状況やクリエイティブな提案を行う。オーケストレーターが兼任するケースも多いとのことだ。
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当日の録音順(Running Order)にも明確な戦略がある。Ladouceur氏が提唱するのは,以下のような考え方だ。
まず最初に録るのは「大きく,かつ簡単な曲」。エンジニアがマイクの最大レベルを設定でき,全員が気持ちよく演奏できて「素晴らしい音だ」というポジティブな空気を作れる曲がベストだという。
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その次に来るのが「Eat the frog(カエルを食べる=最も困難な仕事から片付ける)」の時間帯だ。奏者が疲労し,時間が押して焦りが出る前に,最も難しい曲や複雑な曲を午前中のうちに終わらせてしまうのである。
そして1時間あたり約8分というペースを設定し,常に進捗の遅れを把握できるようにしておく。こうした事前準備を徹底すれば,スタジオ当日は純粋にクリエイティブな「楽しい時間」になるとLadouceur氏は力を込めて語っていた。
録音後のポストプロダクションに向けた事前準備も見逃せないポイントとして紹介された。なかでも重要なのが,詳細なテイクノート(記録)の作成である。
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何番のテイクで何を録ったのか,どのテイクが良かったのか,録音中のコメントや印象,こうした情報を議事録のように残しておくことで,後日何十ものテイクを聴き返す膨大な時間を節約できる。
Ladouceur氏はこれを「フルタイムの仕事」と位置づけており,セッションプロデューサーなど,ほかの役割と兼任させるべきではないと明言していた。
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Ladouceur氏がAbbey Road Studiosでの録音時に使用したテイクノートの実例も紹介され,テイク前後のコメント欄まで設けられた精緻なフォーマットは,聴衆の関心を大いに集めていた。
講演の締めくくりとして,Ladouceurが強調したメッセージは明快だ。
「何百万ポンドも用意してAbbey Roadに行くか,さもなければ諦めるか,そんな二択ではありません。中間の選択肢はたくさんあります」。最初からロンドンのトップスタジオに行くべきではなく,まずはメインテーマだけを低予算スタジオで録音し,プロセスを学び,信頼できるチームを構築することから始めるべきだと説く。
そして最後にスクリーンに映し出されたのは,氏と友人たちがスタジオで笑顔を見せる写真だ。「スタジオでの録音は最高の体験です。気の置けない仲間と共に音楽を作り上げるプロセスを,ぜひ楽しんでほしい」その言葉には,600時間以上のオーケストラ録音を積み重ねてきた人間ならではの実感がこもっていた。
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ゲーム開発において「生オーケストラ」というと,どうしても大予算タイトルの特権というイメージがつきまとう。だが本講演は,段階的なアプローチと賢い予算配分さえあれば,小規模のプロジェクトでもその恩恵にあずかれることを具体的な数字とともに示している。「いつかオーケストラで録りたい」と夢見ている人にとって,その「いつか」は意外と近いところにあるのかもしれない。
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