連載
Access Accepted第697回:スマホアプリの決済システムに大きな変化は訪れるか。グローバルに訪れる自由化の波
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AppleやGoogleによる決済システムの寡占化をめぐっての論争は,Epic Gamesの対Apple訴訟で多くのゲーマーも知るところだろう。先日,韓国において決済システムの独占を禁止する法案「インアプリ決済禁止法」(通称“反グーグル法”)が可決された。簡単に説明するとアプリの決済方法の強制を禁止する法律である。日本でも公正取引委員会との合意に伴い,“メディア系アプリに限定”する形ではあるが,Appleは決済システムの一部自由化を発表している。今回は,そんな決済システムの自由化をめぐる動きを紹介しよう。
コンピューター史における新たなマイルストーン
韓国のニュースメディア,中央日報の日本語版(関連リンク)が伝えるところによると,韓国国会で「インアプリ決済禁止法」(電気通信事業法改正案)が可決されたようだ。政府が国務会議を経て法案を公布すれば直ちに施行されることになるという。
「インアプリ決済禁止法」とは,AppleやGoogleのようなアプリ販売プラットフォームとその決済システムを持つ企業が,決済手段をアプリメーカーに対して強制することを禁止する法律である。通称で“反グーグル法”などとも呼ばれ,韓国国会では長きにわたって審議が進められてきたという。
これによって,アプリの提供元がサードパーティもしくは独自の決済システムを利用可能になり,30%とも言われる手数料を支払うことから解放される。
中央日報は,韓国モバイル産業協会が試算するところとして,ネイバーやカカオといった韓国系ソフトウェア企業が両社に支払っている手数料の年間負担額である5100億ウォン(約485億円)を節約できると報じており,モバイルアプリのメーカーには大小を問わず大きな影響を及ぼすことになるはずだ。
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この韓国の反グーグル法可決に大きく反応したのが,Epic Gamesの創設者でありCEOのティム・スウィーニー(Tim Sweeney)氏で,自身のTwitterアカウント(関連リンク)でいち早く紹介し,「コンピューター史における新たなマイルストーン」と評している。本連載の読者はご存じだと思うが,「第685回:Epic GamesとAppleの法廷闘争がついに開始。提出資料から読み解くオンライン配信サービスの内情」(関連記事)でも取り上げている通り,Epic GamesはAppleと,決済方法に端を発した法廷闘争を繰り広げている最中である。
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本稿執筆時点ではまだ「インアプリ決済禁止法」は公布されておらず,韓国に限られた法律が,グローバル市場にどのような影響を及ぼしていくのかはわからない。しかし,欧州でもこうした独占的な慣習に対する締め付けは厳しさを増しており,アメリカにおける中小デベロッパからの訴訟を受けて,AppleはiOSアプリ以外の支払い方法に関する情報を共有していく新方針を打ち出している(関連記事)。
また,日本での公正取引委員会による調査終了を受けて,Appleは9月1日付けでプレスリリース(関連リンク)を発表している。
内容は公正取引委員会の調査結果を踏まえて,NetflixやSpotifyなどの映像・音楽配信サービスに加え,ニュースサイトや電子書籍といったメディア系アプリ(Reader Applications)に限定する形で,決済システムの一部自由化を推進するというもの。これは,グローバルに適応するものであるとAppleは言明しており,決済システム自由化に関わる問題にとっては大きな前進である。
決済システムの自由化がもたらすもの
ここ数年,デベロッパ,ともすれば国家規模での反発が起きている決済システム寡占問題だが,Appleもそうした声に耳を傾けていないわけではない。2021年1月から「App Store Small Business Program」を開始し,年間アプリ販売の総売り上げが100万ドルに達していないデベロッパへの手数料を,15%へと引き下げるという歩み寄りを見せていることは4Gamerでも報じたとおりだ(関連記事)。Appleは少しずつながらも状況を変えようとしている。
Googleは,Android OSの改良やセキュリティ強化,そして「Google Play」ストアの運営には莫大な予算が必要であるという立場を崩していないが,メディア系アプリに関しては遅かれ早かれ,Appleと横並びせざるを得ない状況になるのではないだろうか。
そのうえで,今後の焦点となるのは,ゲームやユーティリティ,コミュニケーションなどの分野においても,決済システムの自由化への機運が,世界的に高まっていくかどうかだろう。
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「AppStore」と「Google Play」におけるゲームアプリの貢献度は非常に高く,モバイル用アプリから得られる収益全体の70%がゲームアプリという調査結果も報告されている。
リサーチ会社App Annieのレポートによると,2020年度のモバイルアプリの収益は1430億ドル,日本円にすると約15兆円にも達していたとのことだ。単純計算をすると,10兆円以上がゲームアプリで得られた収益となり,その30%にあたる3兆円が手数料としてAppleとGoogleに徴収されていることになるわけだ。
独自の決済方法を導入し,その手数料が軽減されれば,アプリ提供者はより収益性を高めることになる。そうすれば新しい雇用を生み出すだろうし,新たな開発予算として運用されるかもしれない。アプリの価格自体が下がる可能性もあり,消費者にとっても恩恵が得られるだろう。
ただ,Appleは,Googleと同様,決済システムの自由化に対しては「Apple側が制御できないサードパーティによる詐欺行為を誘発し,消費者に甚大な被害を及ぼしかねない」という姿勢を崩していない。今回の「インアプリ決済禁止法」法案成立にあたっては「50万近い韓国のアプリ開発者には,(成功の)機会が減る」と警告している。
確かにセキュリティ面で不安がないわけではない。「第584回:Steamを悪用するゲーム開発者が現れる」(関連記事)で紹介したことがあるように,サードパーティ製やあるいはアプリメーカーが用意する決済システムの使用を解禁することで,アプリ提供者が悪意を持ってループホールを活用したり,サードパーティの決済システムがハッキングされてしまうという危険性も生まれてくる。自由化すれば,そうした負の側面を監視しづらくなるだろう。
AppleやGoogleが危惧するセキュリティ面での問題に対しては耳を傾けておくべきで,自由化は,より多くの人が信頼でき得るeコマース/決済システムの構築とセットで推進していく必要がある。
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韓国での法案成立,そして日本においての合意を受けて,これまでGoogleとAppleの大きな資金源となっていた決済システム自由化の動きが急展開を見せている。業界関係者だけでなく消費者の我々も,今後の動向を注視していくべき必要がありそうだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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