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[SQEXOC 2012]3分半の技術デモムービーが観衆の心を捉えた理由とは? スクウェア・エニックス 橋本善久CTOが「Agni's Philosophy」のコンセプトワークを解説
「FF的」と「非FF的」を融合した,「Believability」のある新しい「Final Fantasy」世界
「Agni's Philosophy」の制作にあたり,橋本氏らプロジェクトチームが掲げたコンセプトは,
「Believability」
「Final Fantasyとは何か」
「日本人も外国人も男性も女性も」
「単なる技術デモではなく作品に」
の4つである。
このうち最も重視したのが「Believability」──すなわち,何でもありの荒唐無稽な作品だと感じさせてしまったり,逆にリアルに囚われすぎたりといったことがないよう,ファンタジーとして“納得感”を与えることであったと,橋本氏は語る。また「Agni's Philosophy FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO」というサブタイトルにもあるように,「FFであること」にもこだわったという。
また残り二つのコンセプトは,目標の設定であり,できるだけ多くの人に「いいね!」と言ってもらえること,そしてゲームではなくてもAAAタイトル並みのクオリティに仕上げることを目指したとのことだ。
さて,それでは具体的にどうやって,FF観を作っていったのか。橋本氏は,「何もないところから何かを作り出すのではなく,指標を定めて掘り下げていった」と,以下のプロセスを紹介した。
なお,ここでいうFF観とは,橋本氏いわく「スクウェア・エニックスとしてではなく,あくまでも『Agni's Philosophy』プロジェクトチームの解釈に基づくFF観」とのことなので,誤解のないように。
まずチームが行ったのは,FF的要素の洗い出しである。ここでは「クリスタル」「チョコボ」「美形キャラ」といったFFシリーズに共通して登場するものから,モンスターや魔法,あるいはモチーフは中世なのか近未来なのかといった世界観に関するものまで,何十項目も挙げ,表にしていったという。
その一方では,これまでのFFシリーズに採用されなかった要素の洗い出しも行った。これは例えば流血シーンや,シミや皺(しわ)といった肌の質感,肉体の欠損などで,橋本氏は「結果として,今の海外のゲームで表現している要素のリストのようになった」と表現する。
次に行ったのは,上記のリストをもとにしたFF的要素の絞り込みである。この段階では,「あったほうがいいけれども,マストではない」という項目をどんどん削っていき,最終的には数項目しか残らない状態にしたとのこと。
そのギリギリまで絞り込んだ必要最小限のFF的要素とは何かというと,「魔法」と「召喚獣」であり,橋本氏は「突き詰めると,(チームにとっての)FFはこの二つに集約される」と話す。
さらに切り口を変えたときに出てきたのが,「ゴージャスで美しい」「洗練」という単語で,とくに後者に関しては,FFシリーズが一貫して目指してきた「妥協しない」という部分にもつながっているとのこと。
また,絞り込みの過程においては,シリーズが1作ごとに世界観やシステムを変えるなど,その都度チャレンジしていることも“FFらしさ”の一つではないかという議論もあったそうだ。そこで,原点に立ち戻る意味を込めて,「変化と挑戦」もFF的要素に加えたとのことである。
そこに今度は,非FF的要素のリストから,「さすがにFFとしてはマズい」というものを排除し,「前例はないけれども,FFとして成立するのではないか」という項目だけをピックアップして加えていったという。なお,この作業は橋本氏と野末武志氏,岩田 亮氏の3名が中心となって行ったそうだ。
具体的な項目としては,観る者が痛みを共有できるような流血や怪我,衣服の汚れや肌の皺などのある種の生活感,必ずしも美形ではない人々,暗めの色使い,キャラが寡黙なことなどが挙げられる。ちなみにキャラがあまりしゃべらない点に関しては,ワールドワイドでの展開にあたり,より多くの地域/文化圏で受け入れられるようにしたいとの目論見もあったという。
ルックスをもとに作られていったアグニの職業設定とストーリー展開
さて,「Agni's Philosophy」を一つの映像作品として制作するにあたり,最初にチーム内でガイドラインを作ることになったわけだが,そのとき意識したのは「ギャップを作ること」だったと橋本氏は語る。
例えば,映像では,最終的にモンスターや魔法が登場することになるのだが,最初はモンスターがおらず,武器も銃などの一般的なものだけにしておいたり,あるいは舞台も最初は閉ざされた寺院だったものが開かれた場所へと移り,最終的には広大な世界に飛び立っていったりというギャップが表現されている。また色彩も当初は黒や茶色が中心だが,最後には日の光が差し込む緑の大地という明るい感じになり,デザインも地味めなものから華やかなものへとシフトしていく。さらにストーリーも,何かしらの危機が訪れて,それを克服していくという展開が連続する内容になっている。
以上をまとめて,橋本氏は「非FF的なものを,FF的に持っていく」ことを最初に決めたと話す。
アグニの設定は,いずれもBelievabilityを重視したものとなっており,例えば,服装はFF的ではあるけれども,アニメ的な突飛さはなく,ファッションショーでモデルが着ていてもおかしくないような華やかさを持たせている。また映像で確認できるとおり,アグニは魔法を放つときに苦しそうな表情を見せたり,自身の魔法で火傷を負ったり,あるいはつまづいたり,物を落としたりといったように,あくまでも普通の人間でありつつも,特殊な能力を持つという設定になっている。それは精神面も同様で,映像では,彼女が敵の存在や死の恐怖に怯え,逃げ惑う様子も描かれる。
さらに細かい部分では,アグニの職業設定についても言及がなされた。実は彼女のデザインは,上記の若く美しい女性で見た目が派手めという設定から起こした最初のものからほぼ変わっていないとのことで,そこから職業などを決めていったと橋本氏は話す。
しかし,派手な見た目を維持できて,かつBelievabilityがあるというのは,いったいどんなシチュエーションなのか? そう考えをめぐらせているとき,野末氏が「召喚士が儀式をしているところなら無理がない」というアイデアを出し,そこから順にストーリーが組み上がっていったとのことである。
「Agni's Philosophy」がもたらした成果,そして「未来のゲーム体験」とは
そして「女性に喜んでもらえた」「ゲームをプレイしない人に喜んでもらえた」ことも,大きな成果だったという。とくにアグニをファッショナブルで表情豊かにしたことを,女性から「可愛い」と評価されたそうである。
また,最後に世界が開けていくシーンについても,「この世界には,ほかにもいろんな場所があることを期待させる」との感想が寄せられたとのことだ。このシーンでは曲調などにも配慮し,緊張が解け安心感がもたらされる一方で,まだ見ぬ世界に若干の不安もあるような演出効果を狙ったそうで,橋本氏は「『この世界に行ってみたい』と思ってもらうことが目標だったが,とくにうまくいったのではないか」と,手応えを語った。
また,技術的な側面では「次世代水準のゲーム開発で生ずる問題に,ちゃんと早期にぶつかることができた」ことも大きな成果だったと橋本氏。さまざまな障害があったそうだが,最も大きな成果は,巨大なアセットサイズの処理をどう改善すれば,より快適になるのかという解答を得たことだそうである。氏は,今後の「Luminous Studio」の開発にも大きく役立つだろうと展望を語った。
さらに,「作品として鑑賞に堪えるものにできた」ことも成果である。橋本氏は,多くの人が,自発的に「観ていて楽しい」「思わず見入ってしまう」との感想を述べた様子を見て,大きな手応えを感じたそうだ。また「Agni's Philosophy」のお披露目のあとに設置した公式サイトのアンケートフォームには,2日間で2万通の回答が寄せられたそうだが,その90数%が海外からのもので,かつシンプルに内容を誉めるメッセージが多かったとのことで,ここでも氏は反響の大きさを感じたという。
以上をまとめて,橋本氏は,「Agni's Philosophy」プロジェクトについて,Believabilityに徹し切れなかったという反省点もあるが,最初にターゲット/ゴールを決めて,そこに向けて開発/制作を進めるという観点からは成功を収めたと言えるのではないかと振り返った。
セッションのエンディングでは,橋本氏が「未来のゲーム体験」について言及した。氏は,現行のハイエンドゲームはまだゲーマー以外の人達にはリーチしていないけれども,クオリティが一定の閾値を超えたときに,一気に裾野が広がる可能性を秘めているとの持論を述べる。そして「Agni's Philosophy」では,ゲーマーではない多くの普通の人達から「この世界に入ってみたい」との感想が寄せられたことから,よりその感触がつかめたと話す。
最後に橋本氏は,日本/海外を問わず,ハイエンドゲームを作る環境/人材が揃わなくなっているが,そこを踏みとどまり,逆に3歩4歩と進むことで大きく扉が開かれるのではないかと展望を語り,セッションを締めくくった。
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