レビュー
PC用スピーカーシステムの定番モデルを徹底的に掘り下げてみる
Logicool Speaker System Z523
![]() |
取り上げるのは,1万円前後の市場で定番の1つとなっている,Logitech(※日本ではロジクール)の「Logicool Speaker System Z523」(以下,Z523)。メーカー直販価格9980円(税込)という,PC用スピーカーシステムとしてはミドルクラスの価格帯に属する製品だ。
今日(こんにち)的な定番のPC用スピーカーシステムは,ゲーム用途でどれだけの実力を見せてくれるのか。新しい検証方法も導入しつつ,じっくり掘り下げようと思う。
そもそも「2.1chスピーカーシステム」とは何か
〜チェックのために必要な基礎知識を再確認
初めてのスピーカーシステムレビューということで,念のため解説しておくと,量販店などの“PC用スピーカー売り場”で販売されているのは,一般に,スピーカーエンクロージャ(=スピーカーユニットの筐体)内部に,アナログ信号を増幅するためのアンプ(amplifier,アンプリファイア)を内蔵した製品だ。
![]() |
ちなみに,中低周波以上担当となるスピーカーユニットの数が増え,5.1chとか7.2chとかになったりすると,リスナー(=ユーザー)を中心に,サブウーファより高い周波数帯を担当するスピーカーユニットが部屋のなかで衛星のように配置されることから,「サテライト」(Satellite)と呼ばれることも多い。本稿でも,以下基本的にはサテライトと呼ぶ。
「PC用スピーカー」と聞くと,左右1台ずつの2chをイメージする人が多いと思うが,なぜ2.1chなどというシステムが存在するのかというと,理由は単純。小型のPC用スピーカーシステムを伝統的な手法に基づいて設計すると,どうしても再生時低周波の再生下限帯域(※これを「カットオフ周波数」という)が十分ではなくなりがちだからだ。
通常は,スピーカードライバー(≒音を実際に再生する部品)とエンクロージャが小さくなればなるほど,カットオフ周波数は高くなり,低域の再生能力が低くなる。そこで,「低域の再生能力に優れる大きなスピーカードライバーを,大きなエンクロージャに搭載したスピーカーユニット」を,低周波再生専用のサブウーファとして組み合わせれば,低周波から高周波までバランスよく再生できるはず,というのが2.1chのコンセプトである。
もちろん,これはあくまでも一般論であり,小型でも低域の駆動力に優れたスピーカードライバーは存在する。エンクロージャ内部の設計によって,容積比で素晴らしい特性を有している製品もある。このあたりが,デジタル全盛の現代においても,スピーカーシステムの設計に,特殊なアナログのノウハウが必要とされるゆえんだ。
付け加えるなら,製品によっては,デジタル的な音響補正を行うことで,サイズからは想像できない再生能力を獲得したものもあったりする。そのため,スピーカーシステムの品質というものは,聴いてみないと分からないというオチが付いてしまう。
そんなスピーカーシステムに関して1つだけ間違いなく言えるのは,それは「下手にサウンドカードを買い足したり買い換えたりするくらいなら,スピーカーシステムを交換するほうが,より劇的な音質変化がある」ということだ。
途中の経路がどうなっていようと,最終的に音を鳴らし,人間の耳に届けるのは,スピーカードライバーであり,スピーカーシステムやヘッドセット,ヘッドフォンである。オーディオマニアのなかには,アンプやプレーヤー,音質改善ガジェットの話ばかりする人が少なくなく,PCユーザーのなかにもサウンドカードの話ばかりしたがる人がよくいるが,それは順番として決定的に誤りなので,十分に注意してほしい。
以上,前置きが長くなったが,Z523のハードウェアをチェックしていくことにしよう。
全体的にコンパクトなZ523
サブウーファはドライバーを2基搭載
![]() |
| ツヤ消しの黒一色で,本体前面にLogicoolロゴ入りの金属製ネットが見えるサブウーファ。非常にかっちりした作りだ |
![]() |
| サブウーファの背面に入出力インタフェースがまとめられている。といっても,PC(など)と接続するためのアナログRCA×2のほかは,左右サテライトとの接続用端子が用意されているだけの,シンプルなものだが。電源ケーブルは本体直付けで,価格を考えるととくに珍しい仕様ではない |
Z523で,アンプを内蔵した“メインユニット”となるのはこのサブウーファであり,駆動に必要な電力は本体直付けの電源ケーブルを通じてまかなう仕様だ。
PCと接続するインタフェースはRCAピン×2で,左右アナログ入力のみとシンプル。サテライトとのインタフェースは,右チャネル用が昔懐かしいD-Sub 9ピン,左チャネルが一般的なRCAピン×1となっている。
本体サイズは230(W)×240(D)×256(H)mmで,ぱっと見た印象は250mm四方の立方体といったところ。サブウーファとしてはかなり小さい。
外観上の大きな特徴は,「プレッシャードライバー」と呼ばれる6.5インチのスピーカードライバーが,金属製のネットに覆われた形でどんと構えていること。ただし,本体底面には,4本のゴム脚とともに,4インチのスピーカードライバーも取り付けられており,ロジクールは製品ボックスで「プレッシャードライバー付きダウンファイアリングサブウーファー」(※原文ママ)といった説明を行っている。
![]() |
Logitech/ロジクールは,サブウーファの技術的な詳細を明らかにしていないため,あくまでも筆者の推測だが,本体正面の6インチドライバーは,おそらくバスレフ(※スピーカーユニットに開けられた穴のこと。穴を開けると低周波の駆動効率が上がり,エンクロージャのサイズを超えた低周波の再生能力が見込める)の代わりと思われる。スピーカードライバーを用いることで,バスレフで生じがちな歪みの発生を抑えながら低周波を十分に引き出せるようにしているのではなかろうか。
動作しないドライバーを搭載するためコスト的には不利だが,いまも一部のオーディオ製品に採用されている,伝統的な低域向上技術をZ523は採用していると見てよさそうだ。オーディオ業界的な用語を使って言い換えると,いわゆるパッシブラジエータと同等の方式のようである。
背面にもドライバーを搭載し,
「360°どこでも音が聞こえる」サテライト
![]() |
横から見ると平行四辺形と台形の中間のような形で,スピーカードライバーが斜め上を向いたような設計になっているが,これは,机の上に置いたとき,ドライバーがユーザーの耳のほうを向くようにするためだろう。
サブウーファのインタフェースを説明した段で述べたとおり,左右サテライトはそれぞれ異なる物理インタフェースでサブウーファと接続される仕様。設置したとき右側になるスピーカーユニットには,全体のボリューム調整用と,サブウーファ専用のノブ型ボリュームコントローラ,そして右側のスピーカーユニットには,側面にヘッドフォンとラインの両出力端子も用意されている。
![]() |
![]() |
スピーカードライバーは2インチサイズで,1基で中低周波〜高周波をカバーする「フルレンジ」タイプだ。ドームで覆われた,俗にいう「ドームドライバー」仕様でもある(※「コーン型」「コーンドライバー」と呼ばれる一般的なスピーカードライバーだと,音を発する振動板が,ドライバーの中心に向かって凹んでいく。これに対してドームドライバーの場合,中心に向かってドーム状に高く膨らんだタイプとなる。ドーム型は,トゥイーター用のドライバーとして使われることが多い)。
![]() |
Z523では「360°サウンド」というのがウリになっているのだが,これはバーチャルサラウンド処理を行っている……のではなく,前面と同じスピーカードライバーを,背面にも搭載しており,同じ音が再生されるというものだ。例えば部屋の中央にZ523を置いた場合,Z523の前方からも後方からも音が籠もらず聞こえる。
先ほど述べたとおり,サブウーファ側も実際に音を再生しているのは底面のスピーカードライバーなので,言ってしまえば無指向性。そこで,サテライトとなるスピーカーユニットの後ろ側にもスピーカードライバーを搭載してやれば,(真後ろに立ってZ523を見た場合,音が左右逆にはなるが)まったく同じように聞こえるというわけだ。
価格を超えたサブウーファの再生能力
ただし,サテライトの品質には不満が
さて,ではいよいよここから実際の試聴に移ろう。
初のスピーカー検証ということで,今回は試験的に2種類のテスト方法を試すことにした。1つは,ヘッドセットレビューと同様の周波数&位相測定法。もう1つは,テストに用いる部屋の音響を考慮した周波数測定法である。
ヘッドセットのレビューと同様,テスト方法を説明すると長く,専門的になることもあって,詳細は本稿の最後であらためて述べることにした。基本的には,本文を読み進めるだけで問題ないように配慮したつもりだが,必要に応じてそちらも確認してもらえれば幸いだ。
テストにあたっては,Z523側に用意された2つのボリュームノブをいずれも12時の位置に設定。サテライトはリスニングポイントから左右ほぼ均等に配置し,2台のサテライト間は約60cm離している。サブウーファは,2台のサテライトを置いたテーブルの直下かつリスニングポイントの真っ正面に設置した。
その状態で,Z523から出力したスイープ信号をマイクで拾い,ヘッドセットレビューでお馴染みのオーディオ信号計測用ソフトウェア「PAZ Phycoacoustic Analyzer」でテストした結果まとめたのが下のグラフだ。本稿の最後にまとめたとおり,スピーカーシステムのテストに向くと判断したモノラルマイクを使っているため,ステレオ定位のテストとなる位相特性のデータは無視してもらえれば幸いだ。
![]() |
一見して分かるのは,グラフ右側の高周波へ行くに従って下がっていく,いわゆる右肩下がりの周波数特性だが,先に断っておくと,これはまったく問題ない。人間の耳は,スピーカーシステムから右肩下がりの周波数特性で再生されることで,「心地よい」と感じる性質があるからだ。実際,人間の耳が持つ特性に合わせる形で,スピーカー製品というものは,大なり小なり右肩下がりの周波数特性になっている。
そのため,スピーカーシステムの周波数特性検証においては,右肩“下がりすぎ”とか,右肩下がりの波形が歪(いびつ)にすぎるとか,そういった部分をチェックすることになる。こういった波形になっていると,いわゆる籠もった音とか,ざらざらした音に聞こえてしまうためである。
それを踏まえて,もう一度周波数特性の波形を見てほしい。Z523の場合,公称周波数特性は48Hz〜20kHzだが,低周波が盛り上がり始めているのはまさに仕様どおり50Hz付近で,高周波も右端まで残っており,その点では仕様どおりのテスト結果といえる(※低周波が50Hz以下も残っているのは,室内の音響によるものだ)。
むしろ気になるのは,400〜750Hzあたりで,それより低い帯域と比べて急に15dBくらい落ち込んでいるのと,2k〜4.5kHz付近で今度は最大10dB程度盛り上がり,その上の帯域では大きく2段階で大きく落ち込んでいる点。とくに,5kHzくらいから上で,4kHzと比べて最大20dB程度も落ちているのは,下がりすぎと言わざるを得ない。
続いては,先ほど紹介した「部屋の音響を考慮した測定」のほうだ。
テスト方法の詳細は本稿の最後を見てもらうとして,簡単に紹介しておくと,「『ARC』という音響測定システムを用意し,その設定ウィザードに従い,スピーカーの前方12か所,室内の異なる場所にマイクを1本立てては計測,立てては計測を繰り返して計12回集音し,それをARCから分析することにより,『Z523から出力された音が室内でどう響いているか』を踏まえた,より厳密な測定を行う」というものである。
その結果を示したのが下のグラフで,目盛りで縦軸が音圧レベル,横軸が周波数特性を示すのはPAZと同じながら,目盛りの単位が異なるうえ,左右スピーカーユニットそれぞれのテスト結果が出ているので注意してほしい。また,白い波形はリファレンスのスイープ信号ではなく「ARCの提示する『Z523を今回のテスト環境で再生した場合における理想の波形」なので,あくまでもオレンジの波形を見てもらえればと思う。
![]() |
このグラフで最も気になるのは,150〜200Hzで大きな谷……というか,波形の断絶が発生していること。また,それを抜きにしても,PAZと同様,波形はなだらかな右肩下がりになってほしいのだが,その観点で見たときに200〜400Hz付近も大きく落ち込んでいる。
このテスト結果はPAZと大きく異なるが,まず,この150〜200Hzにある“断絶”は,サブウーファとサテライトのクロスオーバーポイントだろう。PAZでは部屋の音響もあって把握できなかったが,より厳密なテストであるARCでは顕著になった,ということである。
また, PAZだと目盛りの単位が大きいため若干分かりにくかったが,ARCで観ると,3k〜5kHz付近の山と,5k〜15kHzくらいの谷の間にある差がかなり大きいことも見て取れる。
●実際に音を聞いてみる
で,実際の試聴印象だが,PAZ,ARCのテスト結果とも破綻がなかったサブウーファは,一言で述べて良好。ARCの波形が分かりやすいが,“断絶”の直前,60〜125Hz付近で大きな変動のないサブウーファ帯域が存在しており,しっかりしたサブウーファのサウンドを堪能できる。
一般に,この容積のサブウーファだと,100Hz以上といった「重低域とはいえない,低域」の強調が目立ってしまうことが多く,“重心の高い”音になってしまうことが多いのだが,Z523のサブウーファでそのような心配は無用だ。
![]() |
加えて,Z523における大きなウリと思われる360°サウンドも,「?」な試聴結果をもたらしている。
2chのスピーカーシステムなら,例えば「ノートPCといっしょにダイニングテーブル上へ置けば,スピーカーの前後どちらでも音がちゃんと聞こえて便利」という主張もよく分かるが,Z523は2.1chシステム。サブウーファをダイニングテーブルの下に置くような環境というのは,果たして日本国内にどれくらい存在するのかというのが,まず仕様上の疑問である。日本の標準的な住宅環境からして,2.1chスピーカーシステムは,壁に接した作業机やPC専用の机に置かれることになるはずで,その場合,「背面でも音が聞こえる」ことがメリットになるケースはまずない。
次に,スピーカーユニットの前面と背面にスピーカードライバーを搭載する都合上,どうしても両者の間で遅延が発生する――ユーザーから見て手前のスピーカードライバーと奥のドライバーとの間に数センチの距離があり,スピーカードライバーの向いている方向も違うため,後方の壁にオーディオ信号が当たって反射し,戻ってくるときに遅れが生じる――ので,コーラスのかかったような,不自然な音になってしまう点も,指摘しておく必要があるだろう。
![]() |
端的に述べて,高効率のサブウーファに対し,サテライトの高域特性がよろしくないのだ。また,150〜200Hz付近のクロスオーバーポイントで“デッドポイント”が発生している点も,バランスを悪くしている理由だろう。360°サウンドなどという奇をてらった機能に予算をつぎ込むくらいなら,サテライトの基本性能を上げる方向にコストをかければ,よりバランスに優れた2.1chシステムになったのではないかと思われ,本当に残念だ。
ただ,ゲームをプレイしたときに感じられる,重低音の効いた地鳴りや爆発音の迫力は,価格をはるかに超えている。高域成分が少ないため,銃声などは地味に感じられるものの,それを差し引いても,実勢価格で1万円を割っている2.1chシステムとしては,十分に「楽しい」音だ。
こういった特性があるので,音楽の再生も万能とはいかないが,ダンスミュージックやヒップホップなど,「低音命」の音楽ファンなら,受け入れられるかもしれない。
なお,サテライトから伸びるステレオミニピンケーブルを利用したサウンド再生も試してみたが,「強いていえば多少高域が弱まる」程度で,おおむねRCA入力時と同じ。また,AKG製のヘッドフォン「K240 Studio」を用いたヘッドフォン出力では,低域と高域の強いドンシャリ気味の音が聞こえたが,極端ではないため,“オマケ”としては十分に合格点を与えるレベルだと述べておきたい。
ちなみに下に並べたのは,参考までに,筆者が音楽制作やリファレンス用として用いている独ADAM製モニタースピーカー「S3A」で,Z523と同じテストを行った結果である。
数十万円クラスの業務用モニタースピーカーと,Z523を直接比較することに意味はないと思うかもしれないが,市場で十分な実績のあるスピーカーユニットと同一の音響空間で比較することは,「何が違うのか」を知るうえでは非常に重要なので,ぜひ見比べてみてほしいと思う。
![]() |
![]() |
サブウーファは○だが,サテライトに難
ゲームの重低音を楽しむ用途には向く
いろいろ補足説明が多くなってしまったが,そろそろまとめよう。
Z523は,サブウーファの設計に,Logitechの情熱を強く感じられた一方,サテライトには「このサイズのサテライトだと再生が難しい低周波は,サブウーファに任せるからこれでいいや」的な妥協が見え隠れしている製品だ。
数年前のLogitech製スピーカーシステムといえば,やたら重心が高く,音圧感だけが妙に強い,歪な印象のもので,実はこれが,4Gamerで長らくスピーカーシステムのレビューをしてこなかった理由の1つだったりするのだが,それとは隔世の感がある。それだけに,PC用の安価なスピーカーシステムと同じような,がさがさした音になってしまっているサテライトの品質が惜しいというか,もっとはっきり書くと,サテライトは正直キツい。
ただ,誤解のないように繰り返しておくと,実勢価格7000〜1万円程度(※2010年10月26現在)の2.1chスピーカーシステムに求められる「ゲームの効果音を大迫力で楽しむ」というニーズに対しては,Z523が高得点の回答を示せているのも,また間違いない。
スピーカーシステムは,「体験型製品」の代表例なので,本レビューを参考にしつつ,自分の“ツボ”にはまるかどうかを,ぜひ店頭などでチェックしてもらえればと思う。
Z523製品情報ページ
■マイク特性の測定方法
スピーカーシステムの品質評価にあたっては,イスラエルのWaves Audio製ソフトウェアオーディオアナライザ「PAZ Sychoacoustic Analyzer」(以下,PAZ)と,伊IK Multimedia製である「ARC」(Advanced Room Correction)というシステムを用いる。
PAZを用いたテストでは,まず,米Avid製の音楽制作システム「Pro Tools|HD」上でリファレンスのスイープ信号を再生し,これを,Pro Tools|HD専用のI/Oである「192 I/O」経由で,米Mackie Design社のアナログミキサー「Onyx 1220」に接続。Onyx 1220とZ523をRCAケーブル経由でつないだうえで,Z523から出力する。
一方,独Beyerdynamics製のコンデンサマイクで,スピーカーやアンビエント(ambient,ここでは「室内の音響環境」の意)の計測用とされる「MM-1」を,独RME製のマイクプリアンプ「Quad Pre」経由で192 I/O→Pro Tools|HDと接続。この環境で,MM-1×1によるモノラル集音したデータを計測しようというわけだ。マイクと2.1chスピーカーシステムの配置は本文で述べたとおりだが,マイクの高さは,椅子に座った状態における成人男性の耳と同程度にしてあることを付記しておきたい。
そして,ARCのほうだが,こちらはPAZと大きく異なる。
ヘッドセットやサウンドカードのテストに用いているPAZが持つ唯一の課題は,“1か所”でしか計測できない点である。スピーカーから5cm程度と非常に近い距離で行うことになるヘッドセット(のマイク)や,そもそもケーブルを用いたライン出力となるサウンドカードの場合,部屋の音響(※部屋で音がどのように響くか。専門用語では「ルームアコースティック」という)を考慮する必要がないので,PAZの仕様はまったく問題にならないのだが,スピーカーユニットを検証する場合,マイクとの距離が一定量確保されるため,どうしても部屋の音響を考慮する必要が出てくるのである。
もちろんPAZのテスト結果も参考になるのは間違いないが,これだけだと心許ないのも確か。そこでARCを持ち出してきたというわけだ。
ARCは,米AudesseyのRoom EQ(ルームイコライザ)技術を採用した音響補正用プラグインで,計測用マイク――表記はないが,おそらく独Behringer製)と計測用ユーティリティソフトも同梱された,いわばルームアコースティック計測・補正用のトータルソリューションである。
Audesseyは,部屋の音響や,マルチチャネルスピーカーの位相&遅延補正を含めた音響補正を行うRoom EQ技術のなかでも,トップクラスの技術を持つ会社。国内ではデノン製のAVアンプなどで採用されているが,IK Multimediaがこの技術のライセンスを受け,Pro Tools|HDから利用できるようにしたのが,今回取り上げるARCということになる。
言うまでもないことだが,目的は「テスト対象となるスピーカーの音響補正」ではない。部屋の音響を含めた計測結果を得ることが目的なので,ARCの用途としては相当に特殊だといえるだろう。
ところで,先ほどPAZが1か所の音をチェックするものだと述べたが,ARCはどうかというと,最低12か所。今回は12か所で計測することにし,テストに用いている筆者のスタジオ内,具体的にはZ523の前面約1.2m x 0.8mくらいの範囲で任意に場所を変えながら,専用ユーティリティで計測用のノイズを出力して,集音を12回繰り返す,ということを行っている。マイクの高さ設定は,PAZの計測時と同じだ。
これにより,スピーカーから出力された音が部屋の各所で反射することも踏まえた計測を行えるので,スピーカーユニットの周波数特性計測に限っていえば,PAZよりも精密なデータの取得を期待できるのである。
ARCによる測定結果の例は下に示したとおり。オレンジ色の波線が計測結果で,白色のそれは,Audesseyの考える「フラットな」補正結果となり,「もともとオレンジ波線のような状態でしたが,Room EQ処理により,この部屋でこのスピーカーシステムをこの配置で再生したとき,適切な音≒白波線になるよう,デジタルで補正しましたよ」ということを示しているのだ。
波形が2つあるのは,ARCが,左右のスピーカーを独立して補正するため。左右で波形に違いがあるのは,筆者のホームスタジオだと,右スピーカーが壁に近く,左スピーカーは逆に遠く,加えて左スピーカー横の壁が窓になっているため,音響特性に違いがあるためである。
なお,ARCのテストにあたっては,Mac ProにAvid製の「FireWire 1814」を入出力デバイスとして用いている。これは,ARCの専用ユーティリティが,入出力を同じデバイス上に置くことを要求していることと,Pro Tools|HDのI/Oインタフェースである192 I/OにはRCAやミニといった一般的なPC向けの入力端子が用意されていないことによる。
- この記事のURL:
































