連載
強く生きてくれ,アマポーラ。「放課後ライトノベル」第28回は『花守の竜の叙情詩3』で感動のフィナーレを締めくくります

突然の私事で恐縮だが,筆者は実はこれまで一度も「ドラゴンクエスト」をプレイしたことがない。
こうしてゲーム情報サイトに寄稿し,それなりのゲーム好きを自認する人間としては我ながら不思議なのだが,やってないものはしょうがない。「ファイナルファンタジー」は半分以上プレイしているし,RPG自体好きなほうなので,まあ,いろいろとタイミングが合わなかったのだろう。そのくせ『ダイの大冒険』や『ロトの紋章』は読んでいたりするあたり,我ながらかなり謎である。
そんなわけで筆者はドラクエというと,「V」は嫁選びに悩むらしい,くらいの知識しかない。あとは「ちゃんとドラゴンをクエストしてんのかなあ」というのが気になるくらいだ。まあ,ファイナルファンタジーだって“ファイナル”と言いつつ,ナンバリングタイトルだけですでに10作以上出ているわけだし,そういうタイトルだと言われればそれまでなのだが……。
ドラゴンといえばもちろん,ファンタジー世界では特別な存在だ。最近でこそ妹がドラゴンになったりと,ずいぶん身近になっているものの,ライトノベルでもそれは例外ではない。かつて「ドラゴンもまたいで通る」なんて異名を持ったヒロインが一世を風靡したことがあったりもしたのだ。
というわけで今回の「放課後ライトノベル」は,タイトルに竜の文字を冠した正統派ファンタジーをご紹介。2010年暮れに刊行された第3巻で感動の結末を迎えた『花守の竜の叙情詩(リリカ)』だ。
| 『花守の竜の叙情詩(リリカ)3』 著者:淡路帆希 イラストレーター:フルーツパンチ 出版社/レーベル:富士見書房/富士見ファンタジア文庫 価格:714円(税込) ISBN:978-4-8291-3598-3-C0193 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●疎まれた王子と敗戦国の王女の,希望なき旅
オクトスとエッセウーナ,二つの国によって分割統治されたカロル島。物語は,オクトス王の崩御を機に攻め込んだエッセウーナが,島の統一を果たしたところから幕を開ける。
オクトスの滅亡から間もないある日,エッセウーナの第二王子テオバルトは,兄の第一王子から,死の床にいる父王を救うための旅に出るよう命じられる。オクトスには,生贄を捧げることで銀の竜が現れ,願いを叶えてくれるという伝説があったのだ。だが伝説はしょせん伝説であり,兄の真の目的は,王座を継ぐにあたって目障りなテオバルトを遠ざけることにあった。
そうと知りながらも,テオバルトは大切にしている妹姫を守るため,生贄の祭壇たる霊峰スブリマレを目指して出立する。生贄となるべき人間――オクトス王家の中でただ一人生かされた王女,エパティークと共に。
侵略国の王子と亡国の王女。しかも旅の趣旨は前者の目的のために後者を犠牲にするというもの。当然,愉快な旅になりようはずもない。実際,テオバルトはエパティークの素性を隠すために,彼女に「アマポーラ」と名乗るよう強要する。雛罌粟(ひなげし)を意味するその名は,戦場の血だまりに咲くという言い伝えと,オクトス王家が多くの人々の苦しみの上に成り立っていたこととを重ねた,いわば侮蔑のための名だった。当然,エパティークは反発するが,テオバルトがそれを許すはずもなく,彼女はアマポーラとして,死へと至る旅へ出ることになるのだった……。
●少女は立つ。野にあって強く咲く,雛罌粟のように
旅の中で,アマポーラは多くのことを知る。
自分がこれまで,いかに多くのことを知ろうとしてこなかったか。それによって,どれだけ多くの人々が苦しんできたか。それは彼女が意図せずに負っていた,無知という名の罪。つい最近まで無菌室の中で育てられてきた少女が負うには重すぎるその罪を,しかし彼女は正面から受け止め,健気にも前を向いて生きていこうとする。
そんな彼女の態度は,徐々にテオバルトを変えていく。妾腹の王子という立場から多くの人間に疎まれ,支えてくれるはずの母も幼くして失い,すべてをあきらめて生きてきた彼の目に,変わっていこうとするアマポーラの姿はまぶしく映った。旅を通じて,彼は自分のしていることに疑問を持ち,いつしか彼女を失いたくないと思うようになる。
途中から旅を共にすることになった少女,エレンの存在も大きい。もともとはアマポーラの正体を隠すためだけに買った奴隷の少女だが,彼女の存在はアマポーラに生きる理由を与え,ささくれだったテオバルトの心を癒していく。周囲の状況や己の立場を理解する聡明さと,年齢相応の無邪気さを併せ持つエレンは,やがて二人にとってなくてはならない存在となる。
苦難を乗り越え,エレンに支えられて,憎しみあっていたテオバルトとアマポーラは,互いに心を通わせるようになる。そのとき,蔑称だったはずの「アマポーラ」という名は誇りある名前へと変わり,絶望へと向かうはずだった旅もまた,その意味を変える。野にあって強く咲く雛罌粟と,それを静かに見守る花守の竜――これは,そんな二人の物語だ。
●月と花と竜に見守られ,二人の絆は強く輝く
大きな決意と,真実と向き合うことの痛みを乗り越えて,アマポーラたちは安息の地を得る。けれど平穏は長く続かず,テオバルトとアマポーラは,さらなる激動の中に身を置くことになる。伝説上の存在も物語に絡み始め,二人の運命は大きく変転していく。
運命はまるでそういう意志を持っているかのように,執拗に二人を引き離そうとする。けれど,己の罪を認め,それと向き合って生きていこうとする二人の心は揺るがない。エレンをはじめ,心優しい人たちに支えられながら,互いを思う気持ちを貫こうとする。その思いは,神や悪魔でさえも動かすことはできない。
決して派手ではない。闇を切り裂く伝説の剣が出るわけでも,大地を割る強大な魔法が登場するわけでもない。しかし,淡々と抑えた筆致で綴られる物語は,ページを一つめくるたびに,心の奥にじわりと染み渡っていく。物語を裏から支える伝説や,たびたび挿入される劇中歌が,そこに彩りを添えている。
“昨今のライトノベルらしからぬ”切なさと温かさに満ちた『花守の竜の叙情詩』。「最近,萌えと学園ラブコメばっか読んでて飽きたなあ」なんていう向きには,ぜひ。
■ライトノベルでも,ドラゴン人気はまだまだ健在?
著者・淡路帆希は2005年,第17回ファンタジア長編小説大賞で準入選となった『紅牙のルビーウルフ』でデビュー。こちらはアマポーラとは対照的な,男勝りな少女・ルビーウルフの冒険譚。『花守〜』でも見られた,丁寧な世界観作りはこの頃から見られる。今後が楽しみなファンタジーの書き手と言えよう。
『紅牙のルビーウルフ』(著者:淡路帆希,イラスト:椎名優/富士見ファンタジア文庫)
→Amazon.co.jpで購入する
余談だが,今回の前フリを書いていてふと気になったので「ドラゴン」や「竜」がタイトルに含まれるライトノベルをざっと調べてみたのだが,現在TVアニメが放映中の『ドラゴンクライシス!』(著:城崎火也/スーパーダッシュ文庫)や,「暗黒ライトノベルの代表作」と言われる『されど罪人は竜と踊る』(著:浅井ラボ/ガガガ文庫)を始め,思ったよりも多くの作品があった。主流がファンタジーから学園に移って久しいと言われるライトノベルでも,竜はいまだ特別な存在だということか。
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