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Access Accepted第461回:トランスセクシュアルと北米ゲーム業界
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印刷2015/05/25 12:00

業界動向

Access Accepted第461回:トランスセクシュアルと北米ゲーム業界

画像集 No.001のサムネイル画像 / Access Accepted第461回:トランスセクシュアルと北米ゲーム業界

 北米のゲーム業界やコミュニティで「性差別」の問題が話題になることが多いのは,本連載でもしばしば紹介してきたとおりだ。今週は,自らがトランスセクシュアルであることをカミングアウトした著名なゲームデザイナーと,この数か月,北米で議論を集めている若者の自殺問題について紹介したい。


ゲーム業界に大きな影響を残した
ダン・バントン氏について


 読者の皆さんは,「M.U.L.E.」というゲームをご存じだろうか? 1983年にIBM PCjrやATARIの8ビット機のほか,日本のPC-8801,MSX2などに向けてもリリースされたターン制のストラテジーで,プレイヤーは「M.U.L.E.」(Multiple Use Labor Element)と呼ばれるロバのようなロボットを操り,資源を採取したり運搬したりしながら惑星を開発していくことになる。経済シミュレーションをバックボーンに据えた作品であり,日本では「テトリス」のライセンスの供給元であったブレットプルーフ・ソフトウェアからリリースされていた。

宮本 茂氏,シド・マイヤー氏,そしてウィル・ライト氏。大御所中の大御所ともいえるゲームクリエイターに少なからず影響を与えた「M.U.L.E.」。ゲームを開発したダン・バントン氏は「自分のゲームに銃器を出さないこと」にこだわりがあり,そのためにキャンセルされたプロジェクトも少なくないという
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 最大4人のプレイヤーが交代でプレイするというマルチプレイを念頭に置いたデザインになっていたことが特徴の1つであり,北米では3万本ほどしか売れなかったが,「対戦を念頭に置いた最初のゲーム」であるとも言われている。

 筆者自身は,数年前のイベントに展示されていた「M.U.L.E.」に触れたことがある程度なのだが,2013年7月13日に掲載した任天堂の宮本 茂氏へのインタビューにおいて,宮本氏が「ピクミン」の成り立ちに関わる作品の1つとして「M.U.L.E.」の名を挙げるなど,1980年代のゲーム業界を牽引してきた多くのクリエイターにとっては,心に残るゲームであるようだ。

 北米における「M.U.L.E.」のパブリッシングは,起業したばかりのElectronic Artsが行ったが,ゲームを開発したのは,アーカンソーのOzark Softscapeというデベロッパに在籍していたゲームデザイナー,ダン・バントン(Dan Bunton)氏だった。「M.U.L.E.」に続いて1984年にバントン氏が開発したストラテジー,「The Seven Cities of Gold」は,シド・マイヤー(Sid Meier)氏が「影響を受けた」と述べるほどの名作だ。

ゲーム業界の黎明期に,大きな足跡を残したダン・バントン氏。男性として生まれながら女性として生涯を終えた同氏の最後のプロジェクトは,「M.U.L.E.」のオンライン版だった
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 バントン氏はその後,マイヤー氏の要請を受け入れてMicroproseに移り,「Civilization」などの開発に協力すると共に,1992年にはネットワークを介した初のオンライン対戦ゲーム,「Global Conquest」を世に送り出している。そんなバントン氏だが,私生活は複雑だったようで,「Global Conquest」を発売したのと同じ頃,三度目の結婚を破局させている。そして彼は,長らく秘密していたことを公にし,性別適合手術を受けて女性になるという選択をしたのだった。

 手術後,本名である「Daniel」を女性形の「Danielle」へ改名したバントン氏だったが,新規プロジェクトにはなかなか恵まれず,やがて肺ガンに冒されて,1998年7月,49歳の若さで他界した。
 北米ゲーム業界は闘病中の同氏の功績を讃える労を惜しまず,死の2か月前には,IGDA(International Game Developers Association)から「Spotlight Awards」を受賞している。これは,現在のGame Developers Choice Awardsにおける「生涯功労賞」の前身となる賞だが,ちなみに筆者はその授賞式に参加しており,弱々しい声を振り絞るようにスピーチしていたバントン氏の姿を鮮烈に記憶している。

 式典でバントン氏の名を挙げて檀上に誘ったのは,Electronic Artsのつながりで親交の深かったウィル・ライト(Will Wright)氏だった。だが,駆け出しの記者である筆者は,バントン氏の経歴や功績,さらには,バントン氏がなぜ弱々しく見えるのかという理由さえ知らなかった。ライト氏を始めとする周囲のゲーム業界人は,あのとき,どのような視線でバントン氏を見つめていたのか,今になってときどき想像する。
 ライト氏は,2000年にリリースされ,世界累計で1億本という大ヒット作となったシリーズの第1弾「The Sims」のクレジットに,「ダン・バントンへ捧げる」というメッセージを記している。反対者からはときおり,LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスセクシュアル)に寛容すぎると批判されることのあるElectronic Artsだが,そうした傾向は,このときにすでにあったのかもしれない。


若者の相次ぐ自殺と,Trans-Positiveゲーム


 日本では「性転換症」という訳語が与えられるトランスセクシュアルは,専門的には性同一性障害の中でも,とくに自分の性別に対する違和感が強い場合を指す言葉であるようだ。バントン氏の場合は,ゲーム開発者仲間の友情と信頼に囲まれていたが,そうではないケースもある。

自殺したブライクさんは,日本のゲームやカルチャーにも憧れを抱いていたという。ゲーム開発者になる,という彼女の夢が叶えられることはなかった
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 2015年4月,ニューヨークのマンハッタン島とニュージャージー州を結ぶジョージ・ワシントン・ブリッジから,ゲーム開発者のタマゴだった23歳のレイチェル・ブライク(Rachel Bryk)さんが身を投げた。家族からはすでに捜索願いが出ていたものの,8時間後に自動表示で設定されていたメッセージで,「(このメッセージが交信されたということは)私は死んでしまったようですね。さようなら」という遺書が配信され,その後,彼女の遺体がハドソン川から引き上げられた。
 トランスセクシュアルだったブライクさんは,6年ほど前から持病の神経症に苦しめられ,ベッドから起き上がれないことも多かったという。それが理由となり,ゲーム開発者になりたくて進学した専門学校を中退している。彼女が作ったゲームはないようだが,動画投稿サイトには彼女がプレイしていたと思われる,「ゼルダの伝説」シリーズの動画が残っている。

 北米各紙の報道では,「ブライクさんは,オンラインハラスメントにあっていた」という。現在は非公開になった彼女のTwitterには,トランスセクシュアルであることに起因する猛烈なバッシングが残っているが,彼女の母親は「オンラインでハラスメントがあったのは事実ですが,レイチェルは持病の痛みから解放されたかったのだと思います」とコメントしており,報道各紙とは少し異なる認識を持っている。しかし,彼女の死後もなお非道なコメントを付ける人もおり,アメリカ社会における偏見の激しさが伝わってくる。

 実は,ブライクさんに先立つ2014年12月には,リーラ・アルコーン(Leelah Alcorn)さんという17歳の若者が,自身のSNSに遺書を掲載したうえで自殺するという衝撃的なニュースがアメリカ社会を揺るがしていた。アルコーンさんは14歳のとき,自分がトランスセクシュアルであることを両親に告白したものの,敬虔な宗教家だった両親は息子の障害を認めようとはせず,「Conversion Counselling」と呼ばれるカウンセリングに通わせたという。そのことに苦しんだアルコーンさんは,死を選んだというのだ。

 2015年2月にもトランスセクシュアルに悩んだ15歳の少年が自殺するというケースがあり,相次ぐ若者の自殺,さらにブライクさんがゲーム開発者を志していたということもあってか,北米のとくにインディーズゲーム開発者達がこれに敏感に反応した。リーラさんの死後,トランスセクシュアルを肯定するゲームを作るという動きが発生し,これまでに20作以上の,Trans-Positiveゲームが公開されている。

リーラ・アルコーンさんの死後,ゲーム業界の有志たちにより「Jam for Leelah」というオンラインイベントが催され,20作を超える「Trans-Positiveゲーム」が無料公開された。画像は,「RPG Maker VX Ace」で作成された「Tranxiety」という作品
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 筆者がバントン氏の受賞に立ち会ってから,はや17年が過ぎてしまった。生前,バントン氏は「ゲーム業界の男女比率を是正するために,女性になったのです」などとジョークを飛ばしていたが,今も昔もゲイやレズビアン以上に,トランスセクシュアルに対する差別と偏見は厳しいようだ。バントン氏が現在まで生きていたら,この一連の自殺を彼女はどう思うのだろうか。


著者紹介:奥谷海人
 4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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