業界動向
奥谷海人のAccess Accepted / 第236回:連綿と続くLucasArtsアドベンチャーのDNA

ポイント&クリック型のアドベンチャーは,今ではすっかりマイナージャンルの一つとなってしまったが,1980年代後半から1990年代前半にかけては,欧米を中心に注目すべき作品が次々に登場していた。そうした歴史の中に燦然と輝くのが,LucasArtsの名作「The Secret of Monkey Island」(と,そのシリーズ作品)だ。つい最近リメイク作品がリリースされて見事に現役復帰を果たした同作だが,今回は,そんなMonkey Islandシリーズや,往年のLucasArtsの名作の数々,そして,それに関係していた名デザイナー達の現況などを追いつつ,今に続く正統派アドベンチャーのDNAを紹介したい。

古参のゲーマーなら知らない人はいないLucasArtsの名作アドベンチャー,「The Secret of Monkey Island」がリバイバル。ゲーム中, 1クリックで昔のグラフィックスに戻せるという,興味深い仕様つきだ(昔のグラフィックスは下の写真)。この形式のゲームは,もともとテキスト時代に対する言葉として“グラフィックスアドベンチャー”という名称で呼ばれてきたが,今となっては「ポイント&クリック」のほうがふさわしいだろう
2009年7月15日,「The Secret of Monkey Island: Special Edition」というアドベンチャーゲームがSteamを通じて発売された。これは,LucasArts Entertainmentが1990年にリリースしたオリジナル版を,高解像度のワイドディスプレイに対応させたもので,往年のプレイヤーにはなんとも懐かしいタイトルといえるだろう。
ポイント&クリック型のゲームシステムや,ユーモアたっぷりのストーリーなどはそのままに,かつての雰囲気を強く残しつつ,キャラクターアートやバックグラウンドがすべて描き直されている。サウンドもリマスタリングされ,20年近く前に活躍した声優の多くが再登場するなどファンにはたまらない作品であり,欧米のメディアやゲーマーの間で大好評となっている。
LucasArts Entertainmentと聞くと,現在では「スターウォーズ関連のアクションゲームで欧米ゲーム業界の一角を占める,ジョージ・ルーカス監督の会社」という印象が強いが,古参のゲーマーにとっては,「Maniac Mansion」やMonkey Islandシリーズ,比較的最近(とはいっても1998年のこと)では「Grim Fandango」などのアドベンチャーゲームを数多く世に出した名門として記憶に残るメーカーだろう。もともとは,ルーカス監督がLucasfilm Gamesという名称のもと1982年に設立したメーカーで,The Secret of Monkey Islandがリリースされる直前,現在のLucasArts Entertainmentに改称された。便宜上,以下はすべてLucasArtsという名称に統一させていただく。
さて,LucasArtsの歴史について,やや詳しく触れておこう。
同社にとっての初めてのアドベンチャーゲームは,1986年に劇場公開されたデヴィッド・ボウイ主演のファンタジー映画「ラビリンス」をゲーム化した,「Labyrinth: The Computer Game」だった。ゲームデザインは,「The Hitchhiker's Guide to the Galaxy」で大当たりをとったダグラス・アダムス(Douglas Adams)氏を中心に,昨年(2008年)「Mata Hari」をリリースするなど,現在も第一線で活躍中のノア・ファルシュタイン(Noah Falstein)氏などが担当している。
1987年には「SCUMM」というスクリプトエンジンを独自に開発し,それを使った「Maniac Mansion」はプレイヤーを魅了することになる。ゲームデザインは,ロン・ギルバート(Ron Gilbert)氏が担当し,能力の違う複数のキャラクターが登場するシステムや,ストーリーが分岐するマルチエンディングシステムなど,今や基本ともなっているアイデアを史上初めて盛り込んだ名作として知られている。
SCUMMエンジンは,その後Maniac Mansionの続編である「Maniac Mansion: Day of the Tentacle」(1993年)など,20作におよぶアドベンチャーゲームに利用され,その多くがヒット作になった。LucasArtsはこのSCUMMエンジンを使って,「King's Quest」をヒットさせたSierra On-Lineや「Zork」のInfocomなど,アドベンチャー全盛期のライバル達と競っていたのである。

20作近く制作されたSCUMMエンジン以降のゲームの中で,筆者の印象に残るのが「Grim Fandango」(1998年)だ。背景が2D,キャラクターが3DというLucasArts初の「3Dアドベンチャー」だった。開発をリードしたのは,PsychonautsやBrutal Legendなどで現在も大活躍中のティム・シェーファー氏。背景が2Dでキャラクターモデルが3Dというスタイルは,現在のアドベンチャーゲームのスタンダードといっていいだろう
1990年にリリースされたオリジナル版の「The Secret of Monkey Island」にも,このSCUMMエンジンが使用されている。老若男女を問わず「誰にでも遊べるゲーム」を目標に開発された本作では,海賊になりたくてカリブ海にやってきた若者ガイブラシュのユーモラスな奮闘が楽しめる。1993年には,富士通のFM TOWNSに移植されたので,当時のアメリカ産ゲームの中でも,かなりの知名度があるタイトルだ。
本作のプロジェクト・リーダーは上記Maniac Mansionのロン・ギルバート氏で,そこにまだゲーム制作の経験がほとんどなかったデイブ・グロスマン(Dave Grossman)氏と,テスター出身のティム・シェーファー(Tim Schafer)氏が加わってギルバート氏をアシストした。グロスマン氏はその後,2004年にTelltale Gamesを設立して Sam & Maxシリーズなどを手がけ,シェーファー氏はGrim Fandangoを1998年にデザインしたあと,2000年に独立してDouble Fine Studiosを創設。「Psychonauts」というコメディ調アクションアドベンチャーで高評価を得るなどの活躍を見せている。
古いタイトルなので情報の確度はいささか怪しいのだが,The Secret of Monkey Islandは15万本の売り上げを記録しているという。この数字は,現在の視点で見ると驚くほどではないが,ゲーム開発の費用が現在よりはるかに安かった1990年代前半としては大成功作だった。しかも,翌1991年にリリースされた「Monkey Island 2: LeChuck's Revenge」にいたっては,50万本も発売されたというから,かなりの人気作品だったことが分かる。
この頃,LucasArtsのポイント&クリック型アドベンチャータイトルはまさしく黄金期にあり,1990年にLucasArtsに参加したブライアン・モリアティ(Brian Moriarty)氏が「LOOM」(1991年)や「The Dig」(1995年)をリリース。マイケル・ステムル(Michael Stemmle)氏らのグループは「Sam & Max Hit the Road」(1993年)を制作し,さらにファルシュタイン氏とハル・バーウッド(Hal Barwood)氏は「Indiana Jones and the Fate of Atlantis」(1992年)を,またグロスマン氏とシャーファー氏のコンビはManiac Mansion: Day of the Tentacleをリリースするなど,のちに名作と呼ばれるタイトルが次々と登場した時期であった。
しかし,1990年代末からグラフィックスの3D化が始まり,ポイント&クリック型のアドベンチャーは急速に斜陽期を迎える。Eidos Interactiveの「Tomb Raider」(1996年)に代表される,3Dグラフィックスの中を激しく動き回る “アクションアドベンチャー”と呼ばれるタイプのゲームが主流になってきたのが大きな理由だ。
2000年にリリースされたMonkey Islandシリーズの第4作,「Escape from Monkey Island」は10万本程度のセールスしかなく,シリーズの神通力が衰えていたのは明らか。これまで,LucasArtsを支えてきたアドベンチャーゲームのデザイナー達も,そういった変化の中で,退社せざるを得ない状況になっていったのである。
ところが,The Secret of Monkey Island: Special Editionのリリースに象徴されるように,ここ数年は古典的アドベンチャーゲームに復活の兆しが現れてきた。もちろん,ほかのジャンルに負けないようなヒット作が次々に登場するといった状況ではないが,アドベンチャーゲームの新作がコツコツと開発され,努力に見合う十分な評価と市場を得らるようになってきたのだ。

SteamやXbox Live ArcadeなどでリリースされたLucidity。独特の雰囲気のあるプレイしやすい安価なゲームになっている。考えてみれば,LucasArtsが新IPのアドベンチャーゲームを発売するのは久々のことではないだろうか。2000年以降,LucasArtsはサードパーティにゲーム開発を委託するケースが増えていたが,このあたりで昔のLucasArtsらしいタイトルにも期待したい
正統派アドベンチャーゲーム復活の口火を切ったのが,Telltale GamesによるSam & Max Hit the Roadのリバイバルだ。Sam & Maxは,もともとスティーブ・パーセル(Steve Purcell)氏というコミック作家の作品で,2005年にLucasArtsへのライセンス期限が切れたのを機会に,グロスマン氏がLucasArts,パーセル氏双方との交渉を行った末,制作権を獲得したものである。
ダウンロード専用となったSam & Maxの新シリーズは,1ゲームが5〜6時間という短めのエピソードを順に配信していくエピソディック形式によるリリースだった。そうした手軽さもあってゲーマーに高く評価され,最終的にはWii版もリリースされている。ちなみに,The Secret of Monkey Island: Special Editionがリリースされたのも,Telltale GamesがThe Secret of Monkey Islandをエピソディック形式でリリースし始めたことを記念してのことだった。
ドイツでは,上述のファルシュタイン氏とバーウッド氏の協力によって,dtp EntertainmentがMata Hariを制作し,2008年末のリリースを果たしている。「正統派アドベンチャーゲームの最後のメジャータイトル」といわれるノルウェーのFuncomの作品,「The Longest Journey」(1999年)や,フランスのMicroidが制作した大ヒット作,「Syberia」(2002年)など,アメリカと比べてヨーロッパでは,ポイント&クリック型のアドベンチャーゲームの需要が大きい。
2008年にヨーロッパで先行発売され,最近サイバーフロントから日本語版がリリースされた「A Vampyre Story」も,LucasArts時代にThe Digや「The Curse of Monkey Island」(1997年)といった作品のアーティストを務めたビル・ティラー(Bill Tiller)氏が設立したメーカー,Autumn Moon Entertainmentの作品だ。
コミカルなLucasArtsの「味」を,良く受け継いでいるのがElectronic ArtsからリリースされたばかりのDouble Fine Studiosの最新作「Brutal Legend」だろう。クラシックなアドベンチャーではなく,敵との戦いをバリバリこなしていくアクション主体の内容だが,コメディ俳優のジャック・ブラック氏を主人公に,名だたるロックスター達が楽器を武器に大暴れするというハチャメチャな内容は,シャーファー氏の面目躍如といったところだろう。
さらには,LucasArts全盛期の最大の功労者ともいえる,ロン・ギルバート氏も久々にゲーム業界に復活。カナダのHothead Gamesとジョイントして「Deathspank」を発表している。ゲームの内容は3DアクションRPGといったところだが,ギルバート氏は「Monkey Islandの雰囲気を受け継いでいる」としており,古くからのファンにとっては大注目の作品なのである。
こうしたアドベンチャーゲームの「復古」(とは現段階では呼べないかもしれないが)傾向を察知したのか,当のLucasArts Entertainmentも,サイドスクロール風のアドベンチャーゲーム「Lucidity」をSteamやXbox Live Arcade向けにリリースし,市場における可能性を探っている。
現在のLucasArtsには,最盛期を支えたデザイナー達は誰も残っておらず,そのためLucidityも「正統派アドベンチャー」と呼べる内容ではない。だが,かつてのLucasArtsの作品が持っていたような独特の雰囲気をLucidityも持っており,やはりLucasArtsのDNAを感じさせる作品といえる。
LucasArtsのアドベンチャーゲームのDNAは,こうして社内外で今でも密かに,しかし確実に息づいており,ゲーム業界にも様々な形で影響を与え続けている。そのゲーム性や,多数の名デザイナー達の復活を,筆者は陰ながら期待している。
|
- この記事のURL:
















