業界動向

最近,アメリカのゲーム業界で最もホットな話題が,業界の巨人Electronic Arts(以下,EA)による,Take-Two Interactive(以下,Take-Two)買収の動きだろう。かなりの強行策に出たEAに対し,Take-Twoの経営陣は猛反発。水面下で激しい攻防が行われているようだ。

Take-Twoの買収を模索するEA
このところ,アメリカのゲーム業界が騒がしい。4月29日に発売を控えた,Rockstar Gamesの「Grand Theft Auto IV」(以下,GTA 4)が,話題を独占しているのだ。ボストンバッグや小型金庫が同梱される限定版についてや,シリーズ初となるマルチプレイモードの内容,女性主人公が隠されているのではないかという噂など,話のタネは尽きず,ゲーマーの関心は“GTA一色”に染まっている。

2月以来, Take-Twoの買収を画策するEAの話題で,業界関係者は盛り上がっている。発表前に17ドルだったTake-Twoの株価は,翌週26ドルにまで跳ね上がった
そんなゲーマー大注目の作品を開発したRockstar Gamesの親会社Take-Twoが,EAに買収されそうになっていることは,誰でも一度や二度は聞いたことがあるだろう(関連記事)。最初にEAによる買収計画が発表されたのは,2008年2月19日火曜日のこと。一株17ドル(約1700円)という価格をつけていた当時のTake-Two株に60%を上乗せして買い取ると,EAのCEOであるJohn Riccitiello(ジョン・リチティエロ)氏から,Take-TwoのStrauss Zelnick(ストラウス・ゼルニック)会長へ打診があったのだ。このオファーは,ゼルニック氏によって即時に却下されたが,EAはこの打診を,2月25日に公式発表し,Take-Twoの株主達へ判断を委ねたわけである。
この発表により,各投資銀行が出すTake-Two株の指標が「売り」から「買い」へと変更された。Take-Twoの株は,17ドル前後で安定していたが,この降って湧いたような話に,発表の翌週には26ドル(約2600円)に急騰し,EAが提示した60%のプレミアムに肩を並べたのだ。
GTA 4発売直前に繰り広げられる攻防戦
株式相場を良く知らない人でも,GTA 4の発売が迫っていることが,株価上昇の好材料になることは容易に想像できるだろう。EAは,それを見込んで2月25日に発表したのだろうが,これに反発したのがTake-Twoの経営陣と足並みを揃えた株主達だ。以前の株主会議では,GTA 4は2008年中に900万本,2009年にも900万本が売れ,超大型のヒット作になるという,かなり強気な予想が行われており,EAの提示金額があまりにも少ない,というのが彼らの意見だった。そこで,EAは3月13日に直接株主達に売却を促す,敵対的買収(hostile takeover)を開始したのである。
だが,EAの度重なるアプローチにもかかわらず,今のところ買収できた株は10%にも届いていないという。Take-Twoは何事もなかったかのように,アジアへの事業拡大戦略や重要なポストを含む人事計画を発表しており,現在でも株価は26ドルほどで推移している。

7000万本のセールスを記録したといわれる,大ヒットシリーズ最新作「Grand Theft Auto IV」のPLAYSTATION 3とXbox 360版が4月29日に発売される。「2年で1800万本」という予測も,あっさりと達成するかもしれない
もっとも,この一連の動きの中で,Take-Twoの経営陣は,EAからの買収話を完全否定していないということに注目しておきたい。もし,提示額さえ満足のいくものであるならば,意外と簡単にEAに吸収されてしまう可能性もあるのではないだろうか。
例え,GTA 4が1000万本は確実視されている作品であっても,そもそも株価というのは将来的な予想が盛り込まれるものだ。Take-Two側はEAが提示した価格は低く設定され過ぎているとは主張しているものの,株価が提示額と同じ26ドルで安定している。つまり市場は,EAのオファーが妥当であると判断しているのかもしれない。
とくにTake-Twoは,2005年度から2007年度まで赤字を出した。これにより,上場しているゲーム会社で初めて,3年連続で赤字を出したという,あまり立派とはいえない記録を持つことになってしまったのだ。また,2006年6月に起こった「Hot Coffee事件」により,当時30ドル(約3000円)に迫っていた株価が一時的に10ドル(約1000円)を切り,その責任を負う形で当時の社長が退任したという過去もあった。(関連記事)
2008年度から2009年度は,GTA 4の恩恵を受けて経営が黒字化するとしても,その後は楽観視できるものではない。EAにとっても買収はリスクであり,Take-Twoにとってはチャンスともいえる。
GTAブランド以上にEAが欲しいもの
ゲーム会社としての地位を固めたEAではあるが,持っていないものもある。それは,GTAや「Manhunt」,そして「Bully」といった過激なアクションを好むゲーマーへのアピール力だろう。
EAの前CEOだったLarry Probst(ラリー・プロブスト)氏は,Take-Twoの過激なタイトル群には非常に不快感を抱いていたらしく,ファミリー路線をつらぬき通した。とはいえ,より若者にアピールできるアクションゲームへの取り組みは避けては通れないようで,方針を変更して2006年に,「Black」や「The Godfather: The Game」などをリリースした。2007年も「Crysis」を発売し,17歳以上のみが購入できるMレーティングのライブラリーを増やしつつある。ただ,この「過激な格好良さ」というイメージは,Take-Twoほど完成しているとはいえない。

今年で20周年を迎える,老舗シリーズの最新作「Madden NFL 09」。今回から,PC版が発売されなくなると発表されたのは我々には残念な話である。NFLはEAと独占契約を結んだので,PCで遊べるNFLゲームはしばらく存在しないことになりそうだ
そして,EA Sportsというスポーツゲームブランドを持つEAにとて,Grand Theft Auto以上に“目の上のたんこぶ”なのが,Take-Twoのブランドである,2K Sportsがリリースする,各種スポーツゲームだろう。とくに,2005年にEAがNFL(ナショナルフットボールリーグ)との独占契約を発表したのに反発する形で,Take-TwoはMLB(メジャーリーグベースボール)との長期独占契約を果たし,2012年まで他社は許可なくMLBを扱ったゲームの開発ができなくなった。また,独占契約制ではないNHL(ナショナルホッケーリーグ)やバスケットボールNBA(ナショナルバスケットボールアソシエーション)を扱ったゲームをめぐっては,両社の激しい攻防が続いている。
そもそも,2K Sportsの根幹を支えるのは,2005年にセガから買収したVisual Conceptsという開発会社だ。この年にリリースされた「NFL 2K5」は,アメリカのゲームメディアから高い評価を受けただけではなく,価格が19.99ドル(約2000円)と非常にアグレッシブに設定されており,EAも,すでに大ブランドだった「Madden NFL 05」の価格を29.99ドル(約3000円)に落とすという決断に迫られた。ところが,NFLとの独占契約を果たした2006年には,「Madden NFL 06」の値段が49.99ドル(約5000円)に戻され,アメリカのゲーマーを失望させたのである。
ではゲーマーの立場から,EAによるTake-Twoの買収を見た場合は,どのような意味があるのだろうか。
バスケットボールやアイスホッケーゲームでは,価格競争までには至っていないが,EAがTake-Twoを買収した場合,スポーツゲーム市場における競争原理が働かなくなってしまう。EA Sportsのゲームは優れたものが多いが,消費者としてみると,果たして買収後の独占状態が,ゲーム産業にとって健全なものであり続けるのかは疑問だ。
業界の巨人EAと,暴れ馬Take-Two。最近は大型買収が続くゲーム業界ではあるが,各社の競争があってこそ,我々ゲーマーも恩恵を受ける。ゲーム業界には多様性があってしかるべきだろう。企業の内情はともかく,あまり行きすぎた独占状態というものを作らないでほしいものだ。
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