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研究者のゲーム事情:第1回は社会学者の橋迫瑞穂さん。ポリフォニーとしてのホラーゲーム実況と,その魅力に迫る
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印刷2024/04/05 08:00

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研究者のゲーム事情:第1回は社会学者の橋迫瑞穂さん。ポリフォニーとしてのホラーゲーム実況と,その魅力に迫る

画像集 No.001のサムネイル画像 / 研究者のゲーム事情:第1回は社会学者の橋迫瑞穂さん。ポリフォニーとしてのホラーゲーム実況と,その魅力に迫る

普段は論文や講義で活躍している研究者たちは,プライベートではどんなゲームに,どのように触れているのだろうか? 本連載「研究者のゲーム事情」は,研究者が個人的に遊んでいるゲームについて,専門的な知見も交えて自由に語ってもらう企画である。

初回はスピリチュアリティ研究で知られる社会学者の橋迫瑞穂さんが登場。人気ホラーゲーム「犬鳴トンネル」の実況を題材に,ホラーゲーム実況の魅力を比較検討してもらった。
※カッコ内の名前と年度は,参考文献表に対応している。

実況によるホラーゲームの広がり

 現代社会では怪談やホラーについて語るのに,ホラーゲームは見過ごせないジャンルとなりつつある。家庭用ビデオゲームが普及して以来,名作と呼ばれるほどのホラーゲームが次々とリリースされるようになり,近年では海外のメーカーやインディーのメーカーも参入して裾野が広がっている。

 こうしたホラーゲームの人気を後押ししているのが,ビデオゲームをプレイしながら感想や分析を開陳する映像をYouTubeなどの動画サイトにアップする,ゲーム実況者(以下「実況者」)の存在だろう。近年ではウォーキングシミュレータに代表される,一人称視点のホラーゲームが数多くリリースされて人気を集めている。実況者は一人称視点で恐怖の世界に入りながら状況や感情を「語る」ことで,ゲームの持つ魅力を引き出している。今回は一人称視点のホラーゲームが台頭するなかで,実況者の「語り」が果たす役割に注目したい。その際に,一人称のホラーゲームの持つ魅力にも注目する(※1)。

 近年,ビデオゲームをめぐって議論が活発化しているが,その背景には「ゲーム実況」がデジタルイベントとして視聴者の注目を集めて一大産業となったという事情がある(加藤2017;金田2009)。そのなかで,メディアを論じる根岸貴哉氏はゲーム実況の魅力として,実況者が視聴者と交流を持ちながら実況を行うインタラクティブ性と,実況者がゲーム内で様々な「成長」を遂げていく様子を視聴者が応援する楽しみを挙げている。この場合の「成長」とは,ゲーム内でのランクアップやゲーマーとしてのスキルアップだけでなく,実況者がタレントとして実績を積んでいく過程のことだ(根岸2023)。

 他方,ホラーゲームに限って言えば,ゲーム内でのテクニックがそれほど重要ではないものも多い。そうしたゲームでは実況者はテクニックよりも「語り」によって視聴者を魅了することで,ゲーム体験に巻き込んでいると言えるだろう。そのことが,実況者のタレント性にもつながっているのだ。

 では,彼らの「語り」はどのように視聴者を巻き込んでいるのだろうか。この点を考える手掛かりとして,デベロッパChilla's Artの作品の中から「犬鳴トンネル」と,その作品の再生数の多い実況動画を挙げてみよう。ただし今回は紙幅の都合もあり厳密な分析手法は用いておらず,あくまで実況動画を実際に見聞きした感想に留まることを断っておきたい。

「犬鳴トンネル」実況の多様性

 ホラーゲーム「犬鳴トンネル」は,2019年11月19日にSteamにて配信が開始された。プレイヤーは一人称の視点で男性主人公を操作してトンネルを抜けてから,廃村となった「犬鳴村」に侵入し,ひととおり動画を撮影してから出口を目指す筋立てとなっている。

 「犬鳴村」とは,「旧犬鳴トンネル」の近くにあった法治が及ばないとされる村(このような村が実在したわけではない)の名前で,都市伝説として流布している。途中にある電話ボックスやお墓,寺に仕掛けられた謎を解きつつ落ちているメモを拾うと,村に何が起こったのかがおぼろげにわかる仕組みだ。時代は現在より少し前の設定となっていて,プレイヤーは霊力を感知するVHSのビデオカメラを通して必要なアイテムを集めることを求められる。設定された条件をどのようにクリアするのかで結末が異なる,マルチエンディングが採用されている。

 Chilla's Artのゲームは,実際の映像を取り入れながらあえて粗い画像として示すことで,不気味で不穏な雰囲気を演出することに特徴があるが,それは「犬鳴トンネル」も同様だ。また一人称視点のため,プレイヤーは主人公の外見はもちろん,主人公の性格や犬鳴村との関わりさえ知ることが難しい。推理小説などで用いられる手法の一つ,「信用できない語り手」の立場にある登場人物を,プレイヤーが操作しながら実況することが,ホラーとしての側面をより盛り上げる要素となっているのだ。

 YouTubeの登録者数が189万人を超えている実況者のガッチマン氏は,このChilla's Artの作品をいち早く紹介して人気を後押しした。「犬鳴トンネル」の実況動画もリリース直後の2019年11月22日にアップロードして,現在は再生数が154万回を超えている(2024年2月16日現在)。

 オープニングのトンネルの場面では,ガッチマン氏はゲームの概要を説明しつつトンネルの周辺を探ってみせている。時折冗談を挟むなど,視聴者に話しかけるような言い回しが多く,終始語りは冷静だ。そのため,ゲーム内で不気味な現象に出会っても,状況を確認するだけに留まる。だが,村内に入って謎を解く段階になると,その難しさから沈黙したりボヤいたりすることが多くなるのである。終盤にはバッドエンドに向かっていることを察して分析と反省を述べつつ,最後に主人公が怪異に襲われて倒れたことを確認している。その際には,主人公を「私」と呼ぶ。

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ガッチマン氏の実況動画 ※スクリーンショット掲載許可済み,以下同


 同じく「犬鳴トンネル」を実況しているレトルト氏は,これまでもホラーゲームだけでなくさまざまなジャンルのゲームを取り上げており,登録者数は250万人以上だ。また,ホラーゲームのなかでもテキストを中心に物語が進んでいくノベルゲームの実況が多く,時に画面を見る必要のない朗読動画としても受容できるところに特徴がある。「犬鳴トンネル」の再生数は,108万回を越えている(2024年2月16日現在)。


 ゲームの冒頭でレトルト氏は「犬鳴トンネル」の概要やゲームの進め方だけでなく,実際にあった事件について自分で調べたことを紹介している。レトルト氏の実況の特徴的な点として主人公について分析し,わざわざ犬鳴村に出かける理由にいわゆる「つっこみ」を入れて,他者として扱う傾向が強いことが指摘できるだろう。さらに,見たものや起こったことを逐一言葉にし,落ちているメモを朗読するため,視聴者は画面を見なくても何が起こっているか把握できる点も特徴的だ。終盤ではバッドエンドに向かっていることに気づくと,ゲーム内容を振り返りつつクリア条件について検討を始める。終盤に至っても主人公を「お前」と呼んで他者として扱いながら,怪異に襲われる様子や主人公の背景について冗談を交えて,その様子を語り続けている。

 そのほか,特徴的な実況者として,おついち氏が挙げられる。おついち氏は3人組の実況者集団TEAM-2BRO.のメンバーで,普段は複数で実況を行っているが,「犬鳴トンネル」は単独で取り上げている。この実況は編集を経ずに画面にそのまま流す,いわゆる生配信方式で行われた。生配信では,YouTubeのチャット欄に視聴者からの感想やコメントが反映される仕組みとなっている。再生数は47万回だ(2024年2月16日現在)。

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おついち氏の実況動画


 おついち氏による実況では,自身がゲームだけでなくホラー全般を好んでいることが随所からうかがえる。そのため冒頭では,ゲームを進める上でルールだけでなく,都市伝説としての「犬鳴村」について細かな解説が行われるのが特徴的だ。犬鳴村に入ると謎を解くためのひとり言や,沈黙の時間が増えていく。だが,それに反応するチャットが多く流れるため,画面上では相互性が発生している。

 終盤では謎解きが十分でなかったためにバッドエンドに向かっていることに気づき,エンディングを見届けるとすぐさま最初からゲームをやり直して,1週目のゲームを振り返りつつグッドエンドを回収している。2周目ではある程度展開が分かっているためか,ホラーについての知識や思い出に関する雑談も増えている。そしておついち氏の実況の特徴として,主人公を「俺」と呼びつつも,彼が何者でどのような性格なのか,なぜ犬鳴村に向かっているかなど,細かい分析を披露している点が挙げられるだろう。

「実況」は何を照射しているか

 以上,三者三様の実況についての概要を説明した。ここからは,それぞれの実況についての特徴をとらえつつ,三者を比較したい。

 ガッチマン氏はゲーム内で見たものを客観的に伝えることと,謎解きの思考過程を披露する,いわばひとり言に近い語りを交互に行うことで視聴者をゲームに巻き込んでいる。他方で,恐怖演出に対して驚きを示すこともなく,時折冗談を混ぜることで,視聴者の恐怖を緩和する役割を担う。だがそれだけでなく,時に語りを入れないことで,視聴者の注意を画面そのものに向けさせることにも成功している。したがって,ゲームの画面に対して補完的な語りを展開させていると言えるだろう。この特徴はバッドエンドを迎える場面において,主人公とプレイヤーとの距離を強調する語りを展開することと相関している。

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 レトルト氏は見たものを逐一語るとともに,ゲームでの感想や感情を素直に語ってみせていて総じて多弁だ。そのため,視聴者は画像を見ていなくても物語の展開がおおよそわかるようになっている。一人称の視点に立つにも関わらず,主人公を突き放して語ってみせているのも,そうした語りの特徴の延長と言えるだろう。レトルト氏にとって主人公は自分自身と重なる存在ではなく,あくまでゲームの物語を進める登場人物だからだ。こうして,レトルト氏の語りはゲームを「物語として書き換える」役割を担っていると言える。

 他方でおついち氏は,ゲーム内での出来事にはほとんど言及せず,自らの趣味であるホラーについての知識やひとり言を展開する語りが多い。しかし,「犬鳴トンネル」では生配信形式をとっているため,視聴者との相互性が画面に現れている。そのため語りがなくても,おついち氏といっしょにゲームを楽しんでいる感覚を視聴者は味わうことができるのだ。主人公もあくまでゲームの登場人物でしかなく,徹底的に客観的に分析してみせるのがおついち氏の特徴といえよう。

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 こうしてみると,ホラーゲームの実況者は「語り」によって視聴者をゲーム体験に巻き込むのは共通しているが,それぞれの巻き込み方には異なった特色があることが改めて分かる。これは,ホラーゲームの実況者の人気が高まった点と一人称のホラーゲームが注目されるようになった点が,ほぼ同時期に起こったことと関係しているかもしれない。実況者はそれぞれ画面で展開される眼前の状況を一人称の視点でとらえた「語り」と,ゲーム内にいる不可視の主人公との間に距離を置いた「語り」を使い分けながらゲーム実況を展開していて,その「語り」の使い分けが個性を発揮する働きをしていると言ってよいだろう。

 したがって,ホラーゲーム実況者の目的はあくまで「ホラーゲームについて語る」ことにある。実況者は,ゲーム内で起こる怪異について自身が感じた恐怖の感情を視聴者に伝えたり,怪異についての解釈を視聴者に押し付けることに重点を置いていない。そして視聴者はそれぞれの実況者の「語り」を通したホラーゲームの楽しさに,魅力を感じているのである。それが視聴者の実況者に対する信頼や愛着を促して,彼らがタレント性をより発揮する方向につながっているのではないだろうか。この点における実況者と視聴者の関係の持つ意味について,さらに掘り下げてみよう。

ポリフォニーとしてのゲーム実況

 怪談研究家の吉田悠軌氏は,「体験談が取材・再構成・発表という怪談行為によって語り継がれていく運動」を「実話怪談」としたうえで,実話怪談は伝達の問題によって別人が入り込み,細部についての精度が欠けることがあったとしても問題はなく,むしろ伝達の過程に「別人の怪談行為が入ることで,その話は洗練され力強くなる」という,いわば「しゃべり」の重なりに魅力があると述べている。その上で実話怪談そのものも,解釈したことについて話芸のなかでも発話形式が決められていない「しゃべり」によって構成される。

 吉田氏は実話怪談のこうした特性を指摘した上で,実話怪談の魅力を「様々な人間の声によるポリフォニー」であること述べている(吉田2023)。この吉田氏の主張を言い換えると,実話怪談とは,形式の無い「しゃべり」という発話の重なりにおいて,怪談研究家が改めて拡散されたナラティブを取材によって回収し,かつ再構成することで成り立っている。そして見方を変えると,実話怪談を取材する怪談研究家もまた,「しゃべり」によって「ポリフォニー」に参加しているのだ。

 吉田氏による実話怪談の仕組みから検討すると,ホラーゲームの実況はゲーム内で起こった怪異を「しゃべり」によって構成する点において,「実話怪談」と重なる部分があると言える。実況において,「しゃべり」の対象はあくまでゲーム内で起こる怪異に限られるが,今回取り上げた「犬鳴トンネル」のように,事実であることを証明しにくい怪異をクリエイターが再構成したものとしてホラーゲームをとらえることは可能だろう。だとしたら,ホラーゲームの実況と実話怪談が同質の性格を帯びていても不思議はない。

 もっと言えば,「犬鳴村」のように実際に流布している都市伝説がゲームの素材となるのも,またそれが実況という形で人気を得るのも,吉田氏が述べるような「様々な人間のポリフォニー」を発生させる素地を持つものだからだ。そして実況の場合,その上に視聴者の声が時に上乗せされる。ホラーゲーム実況と実話怪談の両者が近年,イベントの題材として存在感を増しているのは,この「ポリフォニー」の魅力にほかならない。

 ただし,ホラーゲームの実況は実話怪談と異なり,ゲーム内で起こったことに「しゃべり」を乗せていく形式をとっている。つまり,起こったことと「しゃべり」にタイムラグが発生せず,しかも視聴者は起こった出来事を実況者とともに見ている。だから,実況者は出来事に対して物語としての再構成を図る必要がそれほどなく,むしろ出来事そのものにどのように「しゃべり」をあてがうかに注意が払われるのだ。その「しゃべり」はホラーゲーム内で起こっている怪異に沿ったものである必要はなく,ゲームを遊ぶことの楽しさを視聴者にまで届ける「しゃべり」であることに価値がある。

 実話怪談の話者と異なり,ホラーゲームの実況において実況者自身の個性が重要なのは,彼らの「しゃべり」そのものに個性が必要だからではないだろうか。そしてその個性が,登録者数やファンの数に直結している 。したがって実話怪談と決定的に異なる点として,実況者は「ポリフォニー」の調和をかき乱して,突出した個性を発揮する必要があることが挙げられる。

 今日では,ホラーゲーム実況がゲーム実況のなかでも大きな人気を集めている。それが実話怪談の特徴と重なりあう部分があることに注目するなら,ホラーゲーム実況の持つ魅力は怪談を語る行為そのものが持つ魅力の素地の上に成り立つものであることにも目を向ける必要がある。したがって,ゲーム実況がなぜ人々を魅了するのかを明らかにするには,ゲームのジャンルにも目を配りつつ,他の領域における「語り」の魅力にも目を向ける必要があるのではないだろうか。

※1……この論考は2023年12月9日に武蔵大学で行われた「話芸・パフォーマンスアートとしての実話怪談」でのパネル発表「アートパフォーマンスとしてのホラゲー実況」を元にしている。

◆参考文献
金田淳子2009「ゲーム実況,そして刺身――ゲーム実況プレイ動画の覚え書き」『ユリイカ総特集RPGの現在』41(4),pp.184-190,青土社.
加藤裕康2017「ゲーム実況イベント――ゲームセンターにおける実況の成立を手がかりに」『現代メディアイベント――パブリックビューイングからゲーム実況まで』pp109-151,勁草書房.
根岸貴哉2023「ゲーム,実況者,視聴者の関係性からみる実況生放送の構造」『立命館ゲーム研究センター紀要』(5),pp91-98,立命館ゲーム研究センター.
吉田悠軌2023「誰が誰の話を誰に語っているのか?――複数の声が紡ぐ『実話怪談』という運動」『ユリイカ 総特集生活史/エスノグラフィー――多様な<生を記録することの思想』51 (11)pp.84-97,青土社.

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