業界動向
Access Accepted第377回:クラウドファンディング,最近の事情
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「Kickstarter」は今や,欧米ゲーム業界のトレンドだ。もともとはオリジナル性のある舞台公演をしたいとか,自分の詩集を出版したいとか,アイデアは持っているのにお金がないといった人を支援する目的で設立されたクラウドファンディングサイトだが,現在では,著名なゲーム開発者が次々に企画を発表し,中には数億円のも資金を集めるものも出てくるようになった。しかし,発表されたプロジェクトがすべて良い結末を迎えているわけではなく,すべては企画者のやる気とモラルにかかっている。今週は,そんなKickstarterの昨今をまとめてみた。
クラウドファンディングを牽引するKickstarterとは
1年以上前の2012年2月13日に掲載した,本連載の第334回「ゲームの開発資金をファンから集める時代」で,ティム・シェーファー(Tim Schafer)氏の事例を中心に取り上げたクラウドファンディング(Crowd Funding)。記事掲載当時は珍しい開発資金調達方法だったが,それ以降,さまざまなゲームプロジェクトがクラウドファンディングサイトを利用するようになったことは,読者もよくご存じだろう。
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「Indiegogo」や「Rock The Post」「Gambitious」など,数あるクラウドファンディングサイトの中でもゲーム関連の企画が多く,我々が良く耳にする「Kickstarter」は,2009年4月,ペリー・チェン(Perry Chen)氏らによって立ち上げられた。「自分のファンタジー小説を出版したい」「得意のクッキーを武器に,カフェをオープンしたい」といった個人の夢や,「こんな商品を思いついたのだけど,工場に投資するお金がない」といった起業家などを支援することが目的であり,その企画に賛同した人達が「支援」という形の資金提供を行うわけだ。資金といっても,5ドル前後の少額が基本であり,投資者には製品化されたものが安く購入できるとか,開店パーティに招待してもらうとかいった,さまざまな特典が用意される。ただし,あくまで支援であるため,その資金が配当金のような形で返ってくることはない。
オープン以来,Kickstarterに登録される企画は増え続け,現在までに約3万5000の企画が公開され,総額で約5億ドル(約479億円)の投資が行われたという。Kickstarterでの資金提供にはAmazon Paymentsの使用が可能で,募集期間である(最長)30日が過ぎた段階で企画者が設定した目標金額に達しなかった場合,資金提供者が課金されることはない。
投資者の国籍は問われず,クレジットカードがあれば日本からも資金提供が可能だ。ただし,企画された製品の中には海外配送できないものなどもあり,その旨が企画ページに記載されていたりもする。
クリティカルポイント(臨界点)を超えたKickstarter
Kickstarterの名前を我々がよく耳にするのは,やはりゲームプロジェクトの数が多いからだろう。そのきっかけとなったのが,上記の記事で紹介したシェーファー氏の「Double Fine Adventure」だ。企画の公開から24時間で100万ドル以上の資金を集めたが,これはKickstarter始まって以来の記録だという。最終的には40万ドルの目標額を834%も上回る,333万ドルの資金調達に成功し,ゲーム業界以外からも大きな注目を集めることになった。
事実,Kickstarterではゲームプロジェクトへの投資が他の分野と比べて,群を抜いて伸びている。2011年はゲーム企画への投資総額が360万ドル程度だったのに対し,2012年は5000万ドル以上と,約14倍に伸び,Kickstarter自身も2012年を「ゲームの一年」と総括するほどだ。Double Fine Adventure以外のゲーム企画としては,「Wasteland 2」(293万ドル/目標額の325%),「Project Eternity」(398万ドル/同362%),「Star Citizen」(213万ドル/同426%),「Shadowrun Returns」(183万ドル/同459%),「Planetary Annihilation」(222万ドル/同247%)が資金調達に成功している。ゲーム関連のハードウェアでは「OUYA」(859万ドル/目標額の904%)および「Oculus Rift」(243万ドル/同974%)と,4Gamerでも話題になったプロジェクトなどがある。
2012年のKickstarterのプロジェクトのうち,100万ドルを超える資金を獲得したものは11個。そのうちの8つがゲーム関連企画だったというわけだ。
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Kickstarterの創設者の1人であるヤンシー・スティックラー(Yancey Stickler)氏は,「Double Fine Adventureの成功によって,Kickstarterがサービスとして成り立つ,クリティカルポイント(臨界点)を超えた利用者を持つことが証明され,ゲーム業界の資金調達手段の1つとして認められた」と語っている。
Double Fine Adventure以前には1か月で50から100程度だったゲーム企画が,Double Fine Adventure以降,1か月に250ほどに増えているという。それに合わせて投資される金額も増え,2011年は1か月に50万ドル程度だったのに対し,2012年は少ない月でも500万ドルを超えるほどになった。
資金調達の成功が,
プロジェクトの成功に結びつくわけではない
景気の良い話ばかりが聞こえてくるKickstarterだが,言うまでもなくすべてのプロジェクトに魔法をかけてくれるわけではない。Kickstarterのほかのジャンルに比べてゲームプロジェクトの目標額は大きく,十分に資金を集められずに失敗する例も多いし,目標額に達したものの,成り行きが怪しいプロジェクトもある。
CNNの集計によると,2009年以降に公開され,2012年11月までに製品化やビジネス開始が約束されていた50のプロジェクトのうち,スケジュールを守れたのは8つのみであり,実に84%の企画が予定どおりにいかなかったという。統計の対象はゲームプロジェクトだけではないが,厳しいスケジュール管理を行う投資家やパブリッシャがいない場合,すべては企画者側のやる気とモラルにかかっており,それらが失われる可能性は低くないと統計は語っているのだ。
開発資金調達に成功しながら頓挫してしまったケースとして,「ゲームの作り方を教えるゲーム」の開発費として17万ドルを集めた,Primer Labsの「Code Hero」がある。β版が2012年2月にリリースされる予定だったが,現在のところα版さえ配布されておらず,2013年に入ってから,出資者達が共同訴訟の準備を開始したという。
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また,集めた資金を使い果たし,1人しかいなかったプログラマーが去ったことで,Mob Rules GameのタブレットPC向けストラテジー「Haunted: The Manse Macabre」は,実質的に開発が中止された。現在コードを公開し,協力してくれるボランティア開発者を探すという,これもまた不安定な状況に陥っている。2012年5月14日に掲載した本連載の344回「クラウドファンディングの未来」でも書いたように,詐欺まがいの企画,安易すぎると思われる企画は現在も少なくない。
もちろん,Kickstaterは支援者に対してこうした危険性や,保証が何もないことを告知しており,投資は自己責任で行うように勧めているが,資金提供者側もそうした不安からか,実績のあるゲーム開発者に投資する傾向が顕著になってきた。その結果として,ジェーン・ジェンセン(Jane Jensen)氏やピーター・モリニュー(Peter Molyneux)氏,クリス・ロバーツ(Chris Roberts)氏,ブライアン・ファーゴ(Brian Fargo)氏,そしてリチャード・ギャリオット(Richard Garriott)氏など,ゲーム開発の経験が豊富な人々に投資が集まっている。
著名クリエイターのプロジェクトの中には,規模の大きそうなゲームでありながら,目標額が低めに設定されている(つまり,成功することが確実)なものもあり,開発資金の調達もさることながら,マーケティングと話題作りが目的になっているように思われるものもある。またそのことによって,本来無名のゲーム開発者の救い主だったクラウドファンディングにおいて,結果的に彼らのプロジェクトにスポットライトが当たらなくなってきたという状況が生まれている。
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若いゲーム開発者達にとっては,デジタル配信が一般化し,クラウドファンディングが当たり前になった現在の状況は追い風であるに違いない。ファンにとっても,「ゲーム(あるいはゲーム向けのハードウェア)開発を自分が後押しする」という行為には興奮させられるものがあるはずだ。しかし,例えば見積もりが甘くて資金がショートしたとき,相手がパブリッシャや投資家なら説得次第で何とかなるかもしれないが,クラウドファンディングではそうはいかない。しかもKickstarterでは,企画者が企画ページを削除することができないため,失敗したプロジェクトはいつまでも一般公開され続ける。
前年比で14倍の伸びを示したKickstarterのゲームプロジェクトだが,浸透するにつれていろいろな問題も見えてきた。変化を続けるクラウドファンディングの状況については,今後も折に触れて紹介してきたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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