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新団体の登場,芸能事務所の参入,観客の育成……。eスポーツを取り巻く現在のさまざまな事情を取り上げた「黒川塾 七十(70)」をレポート
今回のテーマは,「『eスポーツのすべてがわかる本』出版記念 eスポーツの明日はどっちだ VOL.3」。会場では,カジノ研究家の木曽 崇氏,eスポーツアナリストの但木一真氏,芸能プロダクション浅井企画にて「浅井企画ゲーム部」を推進する色摩茂雄氏,eスポーツ・アナウンサーの平岩康佑氏が,現在のeスポーツシーンの状況,日本と海外のeスポーツの市場性の違いなどについてトークを繰り広げた。
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トークの最初の話題は,平岩氏が先日仕事の営業で中国に出向いた件について。平岩氏は海外各国に行くと,現地のeスポーツ大会を観戦するようにしているそうだが,現在の中国は「今日か明日,何か試合を見よう」と思い立っても,まずチケットが取れない状況になっているという。またチケット1枚の定価は日本円にして1万円程度だが,ゲームタイトルによってはプレミアが付いて,20万円前後で売買されることも珍しくないのだとか。
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また平岩氏が中国のeスポーツ団体のトップから聞いた話によると,中国のeスポーツキャスターの年俸は日本円にして5億5000万円以上,売れっ子になると7億円にも上るとのこと。平岩氏は「とてもじゃないが,僕の年収を言うことはできなかった。日本とは1桁違う」と語った。
さらに平岩氏は,空港の待合室やカフェなどで,若者を中心に老若男女多くの人達がスマートフォン向けMOBA「伝説対決-Arena of Valor-」をプレイしていたことを紹介。「中国は人口が多いということもあるが,eスポーツの人気が凄まじい」「中国では人々とゲームの距離が近い」と感想を述べていた。
但木氏もまた,中国に行ったときにeスポーツキャスターの年俸を聞かされたエピソードを披露。それだけ稼ぎがあるなら,配信の視聴者数も数十万に上るのだろうかとさまざまな動画配信サイトをチェックしてみたところ,多くても数千程度で「かなり盛っているのでは?」と疑問を抱いたという。
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実際,中国の配信視聴者数を公開しているリサーチ企業は極めて少ないそうで,但木氏は「正直,眉唾ものだと思っている」と意見を述べると,平岩氏も「虎牙直播という配信サイトでは,200万以上の同時視聴者数を記録する配信がたくさんあるが,実際はその1割程度だと聞かされた。それでも20万はすごいが」と同意。
以上をまとめて,但木氏は中国のゲームやeスポーツ事情について,もっときちんとアプローチする必要があると話していた。
木曾氏は,先日設立された日本esports促進協会(JEF)に言及。氏によると,JEFは中国の資本をベースにした団体だという。その設立理由は,例えば「Counter-Strike: Global Offensive」のようなPCゲームの世界大会を開催するにあたり,日本代表を選出する予選大会を実施しようとなったときに,コンシューマゲームが中心になっている従来の日本のeスポーツ団体では窓口になり得ないという状況があったからとのこと。
また黒川氏も「JEFは日本のプロプレイヤーをグローバルタイトルに進出させたり,海外大会の日本予選を運営したりすることに重きを置いている」と話していた。
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一方但木氏は,流行っているゲームに日本と世界で大きな差はないとした。例えば「MONSTER HUNTER: WORLD」は世界的にヒットしたし,「FINAL FANTASY VII REMAKE」の新情報が出れば世界的に大きな話題となる,というのがその理由だ。
またeスポーツタイトルも,世界的にヒットしている「レインボーシックス シージ」や「フォートナイト」,「PLAYERUNKNOWN'S BATTLEGROUNDS」などが,日本でも若年層を中心に人気である。
但木氏はこの状況を「世界的なトレンドを基本としつつ,各国独自のトレンドがある」と説明。「国によって『Dota』や『鉄拳』など流行が異なる。日本では,それがスマホゲームというだけで,よく言われるようなガラパゴスとは違うのでは」と持論を示した。
さらに但木氏は,「あるゲームタイトルを,意図的にeスポーツとして流行らせるのは難しい」とする。つまりMOBAにしろバトルロイヤルにしろ,予想していないところから火が付き,短期間で急激に流行してeスポーツシーンを形成していったケースがほとんどというわけである。
そしてこの状況は,eスポーツ団体からすると非常に扱いにくい。いつ何がeスポーツになるか分からないため,よほど柔軟な組織構造でないと対応できないからだ。最近では「Dota Auto Chess」が新たなeスポーツタイトルとして注目を集めているが,但木氏は「従来の日本のeスポーツ団体では状況把握すらできていないかもしれない」「JEFがそこに対応できるなら素晴らしいことだが,そうした組織を作るのはすごく難しいのでは」と話していた。
色摩氏は,浅井企画ゲーム部としてeスポーツに携わるにあたり,立ちはだかった困難などを披露。何よりも大変なのは,「金にならない」ことだという。つまり,いくら“eスポーツ芸人”“eスポーツタレント”として売り出したとしても,eスポーツを扱うテレビ番組などに出演してギャラを稼ぐしかないのに,そもそも仕事がないというのである。
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ここで「eスポーツ番組は,ここ数年で急増しているのでは?」と思う人もいるかもしれない。しかし現状のeスポーツ番組の出演者のほとんどは,司会などのレギュラー陣こそ芸能人だが,ゲストや取材対象はeスポーツのプレイヤーや関係者であり,eスポーツ芸人の入り込む余地はないのである。
一方,イベントのMCができるほどゲームに精通した芸能人は少なく,色摩氏は浅井企画ゲーム部を設立するにあたり,そこにチャンスがあると考えていたという。しかし,自らを「ゲームがうまい」とする芸能人の実際の腕前や知識はピンキリであり,パブリッシャが要求するレベルに到達しているケースは稀だったという。
とは言え,彼ら自称「ゲームがうまい」芸能人達も,決して嘘をついていたわけではない。彼らは「4〜5人の仲間内では最強」「このゲームをクリアしたことがある」という,いわばライトプレイヤーレベルの腕前を誇っていたのである。
だが,パブリッシャが求めるのは,例えるなら「『New スーパーマリオブラザーズ』ですべてのスターコインを回収しつつクリアする腕前か,少なくともそれを成し遂げるのがどれだけ難しいのかを知っている」というレベルだ。
色摩氏は「僕自身,浅井企画ゲーム部を立ち上げるまで,自称“ゲームがうまい”人が多いことに気づかなかった」と話していた。
会場では,設立から約1年となる浅井企画ゲーム部の活動も紹介された。現在は定期配信として「浅井企画ゲーム部 リポート」と,タレント別のオフィシャル配信を行っている。
その中でも奥村茉美さんによるゲーム配信が,ダントツで人気とのこと。奥村さんは,2019年2月〜3月開催の「ストリートファイターリーグ Powered by RAGE」にネモオーロラチームの一員として出場し,自身が1勝もしないままチームの力で準優勝に輝いたという経歴を持つが,その成長を見守るという形で視聴者の注目を集めているそうだ。実際,先日の公式戦で晴れて1勝を収めたときには,視聴者が大きな盛り上がりを見せたという。
色摩氏は,奥村さんを「ゲームがうまくなくとも,やりようによってはど真ん中に食い込んでいけることを実践しているタレント」と表現していた。
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なお奥村さんは,2019年4月からはCAPCOM Pro TourのオフィシャルストリーマーとしてYouTubeで活動している。色摩氏は「Twitchで配信した方が視聴者数が増えるかもしれないが,浅井企画社長の強い意向でYouTubeを使っている」「Twitchはもともとゲームに詳しい人がメインユーザーなので,もっと広い層に向けてアピールしたい」と説明していた。
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そうした浅井企画ゲーム部の活動を通じて,色摩氏は「肝心のお客さんが育っていない」と感じるという。平岩氏も「今,eスポーツを観ている人は,基本的にそのタイトルのプレイヤー。リアルのプロスポーツのように,観戦して楽しいという人を増やしていくことが興行にしていくということ」とする。
その一方で,平岩氏はコアな観客層ならではの盛り上がりもあるとし,「本当に熱いシーンでは,社交辞令的ではないスタンディングオベーションを見ることができた。あんなシーンはプロスポーツでも見たことがない」と話していた。
但木氏は,「お客さんは勝手に育つものではない」とし,「プロスポーツには応援団というまとめ役がいて,その周囲に多くの観客がいる。そのように,興行側が仕掛けを作る必要がある」と語った。
一方,「eスポーツをリアルのスポーツに当てはめるなら,メジャースポーツではなく,格闘団体」とし,「現在のeスポーツは,野球のように共通のルールの中で競うのではなく,それぞれルールの異なるタイトルごとにファンを集めている。それは格闘団体の組成に近い」と木曾氏。
しかし格闘団体のコミュニティには,プレミアシートを毎回買うといったような形で貢献し,シーンを支えようとする観客が少なからずいるものだが,今のeスポーツシーンにはそれが見られないとも語る。「このままではeスポーツシーンは立ちゆかなくなってしまうのではないか」というのが,木曾氏の意見だ。
そうした意見を受けて,但木氏は「動画配信では,投げ銭などの形で視聴者が配信者をサポートする仕組みができあがっている。それをうまくeスポーツに応用できれば」とコメント。また平岩氏も「アメリカでは,物販や飲食を充実させて来場者1人あたりの客単価を上げようとしている」とし,「今の日本のeスポーツイベントは,興行側に入る客単価がほぼゼロ。それでは成り立たない」と語った。
さらに木曾氏は,現在の日本のeスポーツイベントを「パブリッシャが自社のゲームを売るための広告手段と捉えている」とし,「数を売るために,メジャースポーツのような配信スタイルになっているが,興行側にとってはそうではない。そこがうまく噛み合っていない」と指摘した。
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興行に関連して,色摩氏は韓国で開催された「ストリートファイターV」の大会で,試合に勝ったネモ選手が対戦相手の板橋ザンギエフ選手を煽るような演出が見られたことに言及。この演出は,視聴者や格闘ゲームファンから大きな反響があったそうで,色摩氏は「日本のeスポーツを興行として盛り上げるには,そうしたプロレス的な演出も悪くないのでは」とする。
また平岩氏も,基本的に1人で活動する格闘ゲーマーがプロプレイヤーとして契約を勝ち取るには,セルフプロデュースが必須だと話していた。
一方,但木氏は「ゲーマーは外見的に貧弱な人が多いので,プロレス的に煽りあってもあまり見栄えがしない」とコメント。むしろ,韓国のプロプレイヤーがタレント化し,カラオケなどの配信で人気を博しているように,「自分のキャラクター付けや演出方法を模索していくべきなのでは」とし,「ストリートファイターリーグも,選手達の成長が見られる部分の評価が高い。そういった選手の努力する姿や,それを支える日常に焦点を当てた方が,ファンの親近感も湧く」と語った。
色摩氏も,高校野球や箱根駅伝を例に出して「選手の成長過程を見せることは,日本人の国民性に合っている」と但木氏に同意。
また平岩氏も「選手のバックグラウンドを伝えることは重要だと捉えており,時間さえあればきちんと取材して実況解説に必ず織り込むようにしている」「ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手が大人気なのは,その技術力の高さよりも,イケメンでバッターでもピッチャーでも活躍できるという,野球を知らない人にも分かる特徴があるから」とした。
実際,ただ強い選手同士が戦うようなeスポーツ大会では,負けた選手は観客や視聴者からプレイ上のミスを叩かれがちだったが,各選手のバックグラウンドをきちんと伝えるようになってからは,その傾向は薄れているという。その状況を,平岩氏は「プレイのうまさだけではなく,その人のさまざまな面を見てファンになるから」と説明していた。
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話題は,さまざまな芸能事務所がeスポーツに参入していることにも及んだ。現状を問われた色摩氏は,どの事務所も可能性を見出してチャレンジしているが,一部を除き人員を割いているところは少ないと回答。「どこも少数で,やれることに専念している。実績が上がらないと,携わる人員も増えないのが実情」とし,「ゲームに詳しいことをセールスポイントとして芸能界に入ってくる人はいない」「大きい事務所が前に出て,開拓してくれることに期待している」と続けた。
トークの終盤の話題は,日本と世界のeスポーツの差について。但木氏は,企業の広告予算を割く場が,テレビからインターネットに移行していることに言及。それによると,インターネットは,テレビよりもユーザーの感心が多岐にわたっており,どの層にどんな情報を投下するか決めるのが難しいが,その中でもゲームは当たりが大きいとのこと。これは,ゲーム動画の視聴時間がスポーツの観戦時間よりも長いという世界的な統計に基づくもので,例えば浅井企画のような芸能事務所も視聴者の多いゲームに向かうのは必然であり,その点においては日本に限らず世界でも同じというのが但木氏の意見だ。
木曾氏は,産業が大きくなるためには外の業界から予算が流入しなければならないとし,eスポーツを含めたスポーツシーンには海外のように「スポーツベット」が必要であると論じた。つまりギャンブル要素が必要というわけだが,今の日本の法律ではそのままスポーツベットを持ち込むことができないので,木曾氏は商店の福引のように購買に基づく形式で勝敗を予想し,当たればリターンを得られる仕組みを作っており,実用化も間近とのこと。
平岩氏も,現状のeスポーツシーンでは,どんなに盛り上がろうとパブリッシャしか儲からないことを指摘し,外から資本が入ってくるようゲーム業界も歩みよる必要があると語った。例えば木曾氏による福引形式のスポーツベットが実現すれば,自分が賭けた結果を確認するために配信を視聴する人が増え,ゲームタイトルの認知も高まっていき,さらに盛り上がっていくという好循環が生まれるのではないかと語った。
最後に黒川氏が,日本の音楽業界ではCDなどソフトの売上が年々落ちている半面,ライブ市場の規模が拡大していることに言及。ゲーム業界でも従来のコンシューマゲーム分野ではハード・ソフトとも売上が減少傾向にあること,そして世界的なeスポーツの市場規模が急速に拡大している現状を指摘し,今後日本のeスポーツもプレイヤーとチーム,そして観客が育っていけば,新たなゲームビジネスにつながるのではないかとまとめていた。
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