連載
“言想”の世界へようこそ。「放課後ライトノベル」第34回は『魔術師たちの言想遊戯』を紹介
日々ゲーム関係のニュースを見ていると,たびたび気になるゲームが出てくるのだが,中でもここ最近とくに印象に残ったのが,KONAMIの「ヒラメキパズル マックスウェルの不思議なノート」。
基本的にはアイテムを使ってステージをクリアしていくパズルゲームなのだが,このゲームの面白いところは,ものの名前を入力するとそれが実際に画面に現れるという点。たとえば「ブルドーザー」と書くとブルドーザーが現れ,それを使って岩をどかす……といった具合だ。
対応している単語は非常に幅広く,「メタルギア」シリーズのソリッド・スネークや「ラブプラス」シリーズの高嶺愛花といった,KONAMIの人気キャラクターも(名前を書けば)登場してくるという。残念ながら実際にプレイできてはいないのだが,機会があればぜひやってみたいゲームの一つである。
ほかにもバンダイナムコゲームスの「もじぴったん」シリーズなど,言葉を使ったゲームというのは少なくない。そもそも「言葉遊び」という言葉もあることだし,言葉というのはいつの時代も我々の興味をかきたてるものなのかもしれない。
そんな言葉を題材にした新機軸の異能バトル小説が,このほどファミ通文庫から登場した。第12回えんため大賞小説部門・特別賞を受賞した『魔術師たちの言想遊戯(ロゴスゲーム)』がそれだ。今回の「放課後ライトノベル」では,この言葉遊びに満ちた作品の魅力を紹介したい。
『魔術師たちの言想遊戯(ロゴスゲーム) I』 著者:一橋鶫 イラストレーター:閏月戈 出版社/レーベル:エンターブレイン/ファミ通文庫 価格:651円(税込) ISBN:978-4-04-727079-4 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●言葉によって起こされる奇跡,“言想”の世界へようこそ
言霊(ことだま)――それは発した言葉に込められている,目に見えない力。こんなふうに書くとなんだかかっこいいものに思えるが,実際にそんなものが言葉に宿り,不思議な現象を起こすと信じている人はあまりいないだろう。しかし,『魔術師たちの言想遊戯』の作中では,言霊は「言葉に宿る霊的な力」と明確に定義されている。そして,言霊によって起きる不思議な現象のことを,言想(げんそう)と呼んでいる。
新黒谷高校に編入した弓原歌鳥(ゆみはらかとり)は,アルバイトをしようと町の書店「言想堂」に足を運ぶ。ノリのいい店長によって即採用された歌鳥だったが,その直後,突然大量のネズミが現れ,店や店員を襲うという事件に遭遇する。逃げ惑う歌鳥の眼前で起こる,摩訶不思議な現象の数々。驚く彼に,店長は説明する。自分たちは,言霊を言葉に乗せて言想を起こす,言想魔術の使い手――魔術師なのだと。
一行はなんとか危機を脱するが,襲撃者の正体は,日本最大の魔術結社・言霊会(げんれいかい)だった。一度言想堂と関わった以上,たとえ縁を切ったところで,歌鳥は対立する言霊会から命を狙われることになる。かくして歌鳥は小学生のようにしか見えない店長をはじめ,おっとりとしたお嬢様タイプの浮舟詩織(うきふねしおり),ボーイッシュな少女・都築説子(つづきせつこ),言想獣(言想によって生み出された獣)である喋る犬・チャムら言想堂のメンバーに守られながら,言想魔術が飛び交う戦いに巻き込まれていくことになるのだった……。
●驚きに次ぐ驚きの展開,“アンチ”異能バトルストーリー
と,ここまでは異能バトルものによくある展開。このあと主人公は戦いの中で異能の力に目覚め,自ら戦いに身を投じていく……といったストーリーラインが容易に想像できる流れだ。
だが,物語はここから急展開を迎える。その内容についてはどう書いてもネタバレになってしまうので言及は避けるが,まるで物語のテンプレを逆手に取ったかのような展開が読者を待ち受けている。しかもその流れで話が進むかと思いきや,さらに意外な転換が……。具体的に書けないのがどうにももどかしいが,とにかく序盤から中盤にかけては読者の意表をつく展開の連続。そして怒涛の後半〜終盤へと突き進んでいく。
とはいえ,異能バトルものを期待して読んだ読者を裏切る内容かといえば,決してそういうわけではない。いずれも言葉というものを根幹に置きつつも,バリエーションに富んだ言想魔術が読者を楽しませ,その使い手による激しいバトルがストーリーを盛り上げる。
個々の魔術の内容も,什器を銃器に,犬歯を絹糸に変える(同音異義語),既存の文章を用いた魔術をすべて無効化する(著作権),ほかの魔術師の魔術を自分のものとして使う(引用)など,言葉とそれを取り巻く概念に立脚しているという実に凝ったもの。こうした点一つを取ってみても,この作品における「言葉」というものへのこだわりが強く感じられる。
●言葉へのこだわりが冴え渡る,“言葉遊び”の数々
そう,この作品の最大の特徴は,なんといっても作中のあちこちに散見される,言葉に対する強いこだわりだ。
もっとも,こだわりといっても堅苦しいものではなく,どちらかというと導入部で述べた言葉遊びに近い。たとえばキャラクターの名前。《エートック》という異名を持つキャラクターの本名「イチタロー」には思わず笑ってしまうし,先に書いた,著作権を援用した魔術の使い手の名前が「ディズーニン」というのはいかにも皮肉が利いている。ほかにも作中では,「ご存知,ないのですか?」「四十秒で支度しな」「エゴだよ,それは!」など,どこかで見たことのあるフレーズがあちこちでこっそりと登場してくるので,その元ネタを探すのも楽しい。
ちなみにその「どこかで見たことのあるフレーズ」は,ヒロインの用いる言想魔術にも深く関わっている。通常の魔術の規格をはるかに超えた力ゆえ,言想魔法とも呼ばれているそれは,インターネットのディープなユーザーなら一度は目にしたことのある,ある概念を下敷きにしている。主にネタとして使われているフレーズを,発想の転換によってストーリーのキーワードに据えるというアイデアには唸らざるを得ない。
そして最終盤における,言葉の本質に関する主人公の啖呵には,誰もが「なるほど!」と手を打つこと請け合い。それがヒロインを救う鍵となるに至っては,ある種の感動すら覚えるほどだ。
我々にとって最も身近なコミュニケーション手段である言葉を題材に,新感覚のバトル小説として仕上げた『魔術師たちの言想遊戯』。著者へのエールと,次作への期待を込めて,最後はこのひと言で締めくくりたい。
「一橋鶫先生の次回作にご期待ください!」
■バラエティに富んだ作品が揃った,第12回えんため大賞受賞作
過去に『吉永さん家のガーゴイル』『バカとテストと召喚獣』といった人気作を輩出し,「文学少女」シリーズの野村美月や直木賞作家の桜庭一樹がデビューした,ファミ通文庫の新人賞「えんため大賞」。この「放課後ライトノベル」でも,以前に第11回の受賞作(『ココロコネクト』『空色パンデミック』)を紹介してきた。2010年9月に発表が行われた第12回では7つの受賞作が誕生し,『魔術師たちの言想遊戯』を含む6作品が刊行されている。
『犬とハサミは使いよう』(著者:更伊俊介,イラスト:鍋島テツヒロ/ファミ通文庫)
→Amazon.co.jpで購入する
優秀賞は,軽妙な一人称と男子たちの妄想っぷりが楽しいラブコメディ『わたしと男子と思春期妄想の彼女たち 1 リア中ですが何か?』(やのゆい)と,強盗に殺され,犬としてよみがえってなお衰えない主人公の読書バカっぷりが笑える『犬とハサミは使いよう』(更伊俊介)の2作品。特別賞は主人公がパンツを拾うところから始まる学園ファンタジー『表裏世界のソーマキューブ パンツは誰のもの?』(乙姫式),アンチ・魔法少女ものとでも言うべき『魔よりも黒くワガママに魔法少女は夢をみる』(根木健太),個性あふれる面々による青春野球もの『○×△べーす 1 ねっとりぐちゃぐちゃセルロイド』(月本一)に,今回紹介した『魔術師たちの言想遊戯』を加えた4作品。いずれも異なる魅力を備えたバラエティに富んだラインナップ,興味を惹かれた人はぜひ手に取ってみてほしい。
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