業界動向
Access Accepted第343回:Valveが「ウェアラブルコンピュータ」を開発中
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「Half-Life」や「Portal」など,さまざまなヒット作品で知られるゲームメーカー,Valveだが,最近「ウェアラブルコンピュータ」という先進的かつSFチックなハードウェアの研究開発を行っていることが明らかになった。「Steam Box」なるゲーム機を開発中だという噂が流れた同社だが,それよりずっと先を進んでいたことになる。今週は,このちょっと風変わりなゲームメーカーと,彼らの新たな取り組みについて紹介したい。
筆者が見た初めてのテクノロジデモ,「Half-Life」
筆者がValveというメーカーを初めて知ったのは,1997年のことだ。その前年に,Microsoftで働いていたGabe Newell氏とMike Harrington氏が独立してゲームスタジオを設立し,id Softwareを口説いて「Quake」のゲームエンジン(現在で言う「id Tech 1」)のライセンスを獲得。それを使って彼らの処女作である「Half-Life」の制作を開始しており,翌1997年にアトランタで開催された第2回のElectronic Entertainment Expo(E3)の取材に訪れた筆者の前で,そのHalf-Lifeのデモが展示されたのだ。
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ちなみのこの年のE3では,「Quake II」「SiN」「Star Wars Jedi Knight: Dark Forces II」,そして「Daikatana」といった作品が展示され,まさに「FPS時代の夜明け」といった雰囲気だった。
そんなE3だったので,新興メーカーの作る,どちらかといえば影の薄いHalf-Lifeを見ることになったのは,ほんの些細な偶然からだった。会場からホテルへ帰る途中,当時あったCUC Internationalというパブリッシャのイベントが行われているのを目撃し,アポイントもないのに入り込んだのだ。メインとなっていたのはFPS「Starsiege: Tribes」で,会場には同作の大きなポスターも貼られていた。そして,そんな会場の奥の小さなスペースに置かれたPCで,なにやら妙なデモが行われていたのだ。
そのデモ,Half-Lifeの周りに人はいなかった。ディスプレイに映っていたのはテクスチャの貼られていない粘土色のキャラクターモデルやオブジェクトに照明が当てられているだけのテクノロジデモであり,来場者の興味をひくようなものではなかったのだ。
筆者個人としても,ゲームプレイの様子やCGムービーなどが派手に公開されるE3のようなイベントで,完成とは程遠いテクノロジデモを見せられるのは初めてだった。だからこそ,デモについて熱く語るNewell氏やHarrington氏に筆者も興味を覚え,ゲームタイトルと,Valveという名前を記憶に留めたのだろう。だが,その時点ではさすがに,翌1998年にリリースされることになるHalf-Lifeが,ファンやメディアから大絶賛される歴史的作品になるとは予想もしていなかった。
リーダーがいないValveの「フラット組織」とは
1999年,筆者はHalf-Lifeを成功させたValveのオフィスを訪れ,Newell氏とインタビューする機会を得た。このときのインタビューがまた風変わりなもので,Newell氏は筆者と短い時間を過ごしたあと,それぞれ担当の異なる開発者達の部屋に出かけ,そこで20〜30分程度のインタビューや話し合いを繰り返したのだ。そのため,1時間程度で終わると思っていた筆者の予定はすっかり狂ってしまったが,ともあれ,そこで筆者が知ったのは,Valveにはリードデザイナー(に相当する肩書きの人物)がいないということだった。
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Valveでは,それぞれのスタッフがやりたいことを自分で決定する。プログラマー,アーティスト,ライター,レベルデザイナー,コンポーザーなど,それぞれの立場でプロジェクトに参加している人々は,ミーティングによって意志決定を行い,同時に個々の責任を自覚するという手法を取る。数人の仲間で運営されるスタジオならよくあるやり方だが,現在約300人の職員が在籍しているValveでこれをやっているのだから驚きだ。
新たにValveに採用された人は,上司から仕事を指示されることもなく,オフィスを歩き回って同僚の話を聞いたり,自分の興味が持てるプロジェクトを探したり,自分のやりたいことを始めたりすることになる。自分の席をどこに置くかも自分で選べてしまうらしい。プロジェクトに参加した人々の合意で,ゲームの方向性を瞬時に変えられるといった小回りの良さを維持しつつ,それぞれの才能を自由に発揮できるというわけなのだ。
このような組織体制が成立するためには,会社が雇用者に十分な信用を置くことが必要になる。Half-Lifeを初めとするValveの数々のヒット作が,この手法の有用性を物語っているが,その一方,管理者がいないことで企画やスケジュールの詰めが甘くなる可能性も高い。「Valve時間」とも呼ばれる同社の発売遅延はもはや恒例となってしまっており,「Half-Life 2」の新規エピソード,または続編が長らく遅延しているのも,この組織体制が関係しているとNewell氏はコメントしている。
著名プログラマーが開発に携わる
ウェアラブルコンピュータとは
ここまで長々とValveの過去や現状を書いてきたが,そんな同社が最近またメディアによく取り上げられていることをご存じの読者も多いはずだ。ゲーム制作だけでなく,デジタル配信システム「Steam」を立ち上げ,大成功に導いたValveは,また次の取り組みを始めているようだ。
ここで登場するのがゲームプログラミング界の大物,Michael Abrash氏だ。Microsoft時代に新OSである「Windows NT」の開発に関わり,id Softwareに請われて「Quake」の開発に参加。さらに,MicrosoftのXbox開発やIntelのLarrabeeなどのプロジェクトにソフトウェアエンジニアとして携わるなど,プログラマとして大活躍を見せ,若いプログラマーからは「Zen of Graphics Programming」の著者としても尊敬を集める人物だ。
2011年にValveに入社したAbrash氏だが,入社以来,今まで何をしてきたのかがValveの公式ブログに書き込まれ,それがメディアやファンの注目を集めた。
それによれば,当初は「Portal 2」の最適化などを行っていたAbrash氏だが,現在は「ウェアラブルコンピュータ」(Wearable Computer)の開発に取り組んでいるのだという。
ウェアラブルコンピュータと聞いてもピンと来ないかも知れないが,ブログでは,映画「ターミネーター」に出てくる「ターミネータービジョン」のようなものだと説明されている。タブレットPCやスマートフォンなど,コンピュータの小型化が進んでいるが,それを突き詰め,普段身に付けて使用できるデバイスが,ウェアラブルコンピュータというわけだ。
サングラスか,コンタクトレンズのような形態をAbrash氏は予測しており,彼は,遅くても20年後にはこうしたコンピュータが浸透しているはずだが,最近のハードウェア技術の進歩は凄まじいので,場合によっては3〜5年後に一般化するかもしれないと語っている。
「Microsoft Kinect」のような,プレイヤーの声や動きを認識するデバイスはすでに完成しており,これにiPhoneの「Siri」ようなボイスコマンド機能や,脳波や眼球の動きを感知するセンサーを組み合わせれば,確かに実現はそう遠いことではないようにも思える。Abrash氏は,「これは開発研究であり,失敗は許されている」として,必ずしも商用化される予定ではないことを示唆するものの,ハードウェアの専門家がすでに数多くValveに雇われていることなどから,ウェアラブルコンピュータのプロジェクトは,かなり具体化しているように思われる。
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商用化の可能性についてはともかく,ゲームメーカーであるValveが最先端の(そして,かなりSFチックな)ハードウェア研究を行うこと自体が,あまりにも突拍子のない話だ。これもまた,Valveのフラット組織が生み出した産物なのだろうが,それを許す寛容さと,時代の先駆者であろうとする高い意識は,ほかのゲームメーカーには見られないものでもある。
Steamの成功によって得た豊富な資金の裏付けがあることは間違いないが,同社が15年にわたって磨いてきた独特の社風から生まれたプロジェクトが,数年後の我々の生活を大きく変えることになるかも知れない。Valveの今後については,これからも注視していく必要があるだろう。
著者紹介:奥谷海人
本誌海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,北米ゲーム業界に知り合いも多い。この「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年に連載が開始された,4Gamerで最も長く続く連載だ。バックナンバーを読むと,移り変わりの激しい欧米ゲーム業界の現状が良く理解できるだろう。
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