インタビュー
CEDECで講演する意義とは? 「CEDEC 2009」で講演した二人の対談から見える日本に必要なカンファレンスの形
日本のゲーム制作技術は後追い。CEDECの在り方とは
CEDECの参加者には技術系の人が多いのですが,なぜかというと,やっぱり技術者として(最先端から)遅れるのが怖いんですね。日本は,最先端に追いつこうとするキャッチアップ文化なので,いま最先端の海外が気になります。GDCに行くのも多分そうで,遅れるのが怖いから,とりあえずキャッチアップしたいということが動機としてあるんだと思います。トレンドや最先端を押さえたいわけです。
4Gamer:
おっしゃることはよく理解できます。
三宅氏:
一方,日本国内は極論すればそれぞれの情報は閉鎖状態で,海外の情報は分け合うといった,いびつな状況だと思います。本当は自分達で技術を進める意識が必要で,CEDECが,その意識を後押ししてくれる場であるべきだと思います。実はこの2〜3年で,そういった状況も少しづつ変わってきていると感じていますので,この流れが進んでいけば良いんですけど。
日本は「自分達でゲーム開発技術の歴史を作っていこう」という意識がなかったので,この10年間,“日本の技術”を作ってはこられなかった。なので,今のCEDECは“海外の事例/一般的な知識/海外論文の紹介セッション”が多くを占め,そこは批判されるべきところだと思います。そういった講演自体にも価値があるのですが,実際に開発したゲームに,自ら実装したオリジナルな成果を含んだ講演が少ないことが問題です。CEDECの理想としては,自分達でゲームの開発手法を進化させたものを発表して,共有する場であるべきだと思います。それにキャッチアップより,自分達で発展を積み上げるほうが,やり甲斐のある素晴らしいことだと思います。
実は現在のところ,海外はあまりCEDECを注目していません。おっかなびっくりで海外の情報をキャッチアップする講演が多いのでは当然のことです。日本で「これはどうだ」と言えるような仕事をした発表をすることで,日本に行って聞かなくてはと思わせるものが増えてくることが必要です。外国人に,同時通訳で聞きたいと思わせればすばらしいですね。
4Gamer:
そうなるために,CEDECには何が必要だと思われますか?
三宅氏:
やはり「ゲーム開発の歴史を自分達で積み上げていく」という意識が,技術者だけでなく,あらゆる開発分野,あらゆる業務の分野,そして会社全体で必要だと思います。
僕は技術者なので,技術的立場から言うと,技術者をインスパイアするには三つのことが必要です。それは,「挑戦に値する仕事」「技術を発表できる場」「技術情報によって刺激を受けられる場」です。理想としては,それぞれの企業がそういった場を,技術者に与えていく姿勢があることですね。そうは言っても,それぞれの企業のポリシーや立場があると思います。しかし,技術者の資質と可能性を十分に引き出すことは,長い目で見てプラスにはなっても決してマイナスにはなりません。
また,GDCは英語圏,準英語圏を基本とする世界の,層の厚みが違うので単純に比べるのは正しくないと思いますけど,日本でしか積み重ねられないことってあると思うんですよ。日本特有のゲームジャンルというのがあって,その上のノウハウがあります。AIにしてもそうで,例えばGDCで出てくるAIは,FPSに特化されたAIなんですよ。
4Gamer:
なるほど,言われてみれば確かにそうかもしれませんね。
実はAIの分野は広くて,それこそ牧場系やJRPGのようなターン/集団戦闘もありますが,海外ではそういった分野のAIは育っていません。日本だけが育ててきた分野というのがあるわけです。そこをCEDECでみんなが発表して,積み重ねていくと,欧米のFPSとは違うAIの流れが日本でもできて,同じくらいの存在感を持っていくでしょう。僕が欧米のFPSのAIに注目するように,海外も日本に注目するようになると思います。
4Gamer:
日本のAIを,より存在感のあるものに,業界全体で育てないといけないわけですね。
三宅氏:
今は欧米に頼りすぎなんですよね。FPSのAIはどこかで行き詰ると思うんですが,こちらに存在感がないから,向こうもいずれ困ってくることになると思います。ゲームAI分野全体の発展を考えれば,いま欧米が進めているゲームAIと,もう一つ,日本が持っているゲームの土壌で育つゲームAIの二つの柱が必要です。近いうちに,僕達がやっているAIが世界で必要とされる時代が来ます。そういったAI分野を育てて,世界へ向けて発信していくことは,これまでになかった新鮮な流れを世界の技術の潮流に流し込み,融合させ,日本,そして世界のゲーム開発技術の発展に寄与することになるのです。
栗城氏:
まったく同じことがUIにも言えますね。海外の流行を追うだけでは,コマンドバトルやRPGには,まったくそのままハマらない場合が多々あるので,海外の流行だけを追うのは危険です。
例えばUIは,FPS/アクションのジャンルでは排除(簡略化)される傾向にあります。それは海外のゲームが育ててきたジャンルが,レベルデザインを含めて試行錯誤してきた結果なので,それを「すっきりしていいよね」と日本のゲームにあてはめても,うまくいくかというとそうではない。
日本のUIは情報を全体的に精査してまとめるセンスが優れているので,そこをうまくあわせないと危険だなとは感じています。ただ,海外ゲームは参考になるところが多々あるので研究はしていますけど。
TwitterでCEDEC実況? 業界を目指す学生は一度CEDECを聴講してほしい
ほかのラウンドテーブルに参加して難しいなと思ったのは,最初のほとんどがセッションの端の部分で終わってしまって,その場の人が議論を交わすのが後半に凝縮されちゃうことですね。1時間は難しかったですね。人間って,温まり始めるのが20〜30分たってからだと思うので。お〜って熱くなったときにはもう時間が……となってしまいます。セッションの数もあるから仕方ありませんけれど。
三宅氏:
確かに1時間では足りないですね。場が暖まると時間が終わる感じです。
栗城氏:
エンジンかかるまでに時間かかるんですよね。
三宅氏:
でも,Twitterだとよく話せるんですよね。AIの議論をするとサッと発言してくれる。匿名だと思わずしゃべってしまうのか,深い議論が深夜まで何時間も続くことがあります(笑)。
栗城氏:
そういう手法もちょっと面白いかもしれません。
三宅氏:
事前にTwitterを使うのは良いかもしれませんね。
4Gamer:
もしかすると,チャットとかテキストで実施したほうが,日本の開発者の心情的には合ってるんですかね。
栗城氏:
もちろん,ラウンドテーブルでも指名すると話してくれるので,みなさん言いたいことは持ってはいるんですけどね。
三宅氏:
ただ,企業の一員としてきているというのもあって,ここはしゃべれない,黙っておこうかなという雰囲気があるのは確かです。
栗城氏:
逆に,どこまで出せるのかを会社に聞いちゃえばいいと思うんですよ。線引きがちゃんとあれば,いくらでも安心してしゃべれます。
ネットでストリーミングするのも良いかもしれないですね。
話がちょっと変わりますが,業界に入る前って,AIとかの情報はありませんよね。なので,このくらいのレベルかなと思って業界に入ってみたらビックリする。大学で研究するAIとデジタルゲームにおけるAIには違いがあります。そのあたりの情報をちゃんと知って業界に入ったほうが,学生にもいいのかなと思いますし,そこまで勉強して入った人は,それなりに業界に残るのではないかなと思うんです。
そのためには,ゲーム産業から,きちんと社会に向けて,現在のデジタルゲームの技術レベルや技術情勢を発信する義務があると思います。その方法として,CEDECの講演を一般に,Webで映像配信するのが一番早い気がしますね。
栗城氏:
難しいですけどね。今の学生がどこまでゲーム業界のことを知ろうと思っているのかを知りたいですね。
三宅氏:
そんなにいないかもしれません。でも,ゲーム業界に入る気がない人でも,技術講演を見て,ゲームよりも技術が好きな人にアピールできるかもしれない。中身が見えてない状態で,表面に見える派手な部分だけを見ていると分からないですが,意外と作っているうちは地味な作業が多いですから(笑)。
栗城氏:
確かに(笑)。私がさっき言った学生に知ってもらいたいというのがそこです。
三宅氏:
そう,仕事がキツいというのは広まってるけど,実は地味な作業を積み重ねてゲームができていく部分を知ってもらいたい。そこが楽しかったりするのですが。
とくにデザイナーに顕著なんですけど,なんとなく絵も描けて会社に入れるからとか,なんとなくゲームも好きだからという理由で門をたたく人は多いと思うんですよ。
実際,私自身も明確にこういうゲームを作りたいというのがあったかというと,そうではありません。ただ,入ってみると,いろいろなものが見えてきて,自分には向いている,やり込める分野だというのが分かってきました。
これは,自分の人生を決めることですし,学生の側にもきっと,事前の知識として知っておきたいというのはあると思います。
三宅氏:
昨年(2009年)は,CEDECでゲーム業界の仕事を業界の人が直接説明するフェア(「ゲームのお仕事」業界研究フェア)があって,すごくよかったと思います。これを,コンスタントにやるのが大切ですね。実際のこういう工程があってこういう作業があります,これを1年間続けます,みたいなのが分かって業界に入ってくればいいのかなと思います。
栗城氏:
メリットもデメリットも知っておいてほしいですね。
三宅氏:
具体的な作業の判断材料があれば,技術が好きで入ってくれる人もいるでしょうね。間口が広くなります。
4Gamer:
さて,このまま盛り上がり続けて,話が終わりそうにないところですが,そろそろ締めということで,4Gamer読者やCEDECの公募を迷っている業界の方に向けてメッセージをお願いします。
栗城氏:
今回は,熱く深い話が聞けて個人的にも大収穫でした。
ゲーム業界だけでなく社会全体で言えると思いますが,成長したい,力をつけたいと思ったとき,一番手っ取り早いのは未経験のことにチャレンジすることだと思います。成功しても,失敗しても,自分の想像以上に身に付くことが多く,視野が広がります。
未経験を理由に迷っている方がいましたら,ぜひチャレンジしてみてください!
三宅氏:
確かにUIは全然分からなかったので,目からウロコでした(笑)。
CEDECは,ゲーム業界にいるすべての人が関わる,大切なイベントだと思います。ただ,同時にこのイベントは,業界のために誰かに用意されたものではなく,ゲーム業界の人が自ら作り上げて行くものでなくてはならないと思います。僕から見て,CEDECの運営自身も,そういった時代の方向に舵を取っていて,公募制は,その業界全体の意思を最大限反映しようとする大きな試みの一つだと思います。
CEDECは僕が関わったこの4年間だけでも大きく変貌してきました。この変革を,開発者自身がCEDECを作り上げて行く体制への変化とし,その成果を各開発者/各企業がそれぞれの意思に拠って活用していくことが大切です。ゲーム産業をよりよく働きがいのある場にして行くために,CEDECはますます大きな役割を背負っており,その役割を開発者それぞれが担って時代を進めて行くべきだと考えます。たとえそれがどんなに重くても,我々の時代は我々自身が背負い進まねばならないと思います。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
今年で12回目を数えるCEDECだが,たしかに海外で行われるカンファレンス,例えばGDCと比較すると,世界的な立ち位置を確立できているとは言いがたい。お二人の話によれば,その理由の一つは,そもそものテーマが海外で発表されたものを対象にして行われているからであるようだ。
海外と日本ではもちろん得意分野の違いはある。ただ,それを差し置いても技術的な部分や開発方針などの差異があることが,問題として叫ばれているのも事実だろう。解決に必要なのは,キャッチアップではなく,メーカーごとの技術情報などの共有による,業界全体のレベルの底上げであるということは,お二人の会談にも幾度か出てきた重要な指摘であろう。海外の技術を後追いするのではなく,世界が興味を持つ“日本の技術”が確立されることに,そしてCEDECがそれを後押しする場となっていくことに期待したい。
実は今回,ライノスタジオのシニアデザイナーである谷口勝也氏(以下、谷口氏)の出席が予定されてり,座談会という形で進行していくはずだったのだが,残念ながら直前でスケジュールが合わなくなったことで,栗城氏と三宅氏による対談という形になった。そんな関係で,一体どうなるのか(というより,筆者はどうすればいいのか!)という展開だったのだが,お二人はそれぞれの抱くCEDECに対する溢れんばかりの思いを,筆者が口を挟む隙がないほどに,熱く語ってくれたので,ほっとしつつ,その話の内容に聞き入ってしまった。今回の対談は業界人にとっても面白い話になったのではないだろうか。
なんというか,今回の二人のように,AIとUIといった違った分野においても,同じような思いをみんなが抱いていて,実は「みんな話したいんじゃないかな?」と思ってしまう,そんな対談であった。
なお,CEDEC 2010のセッション公募は,3月31日まで行われている。何かを発信したいとは思っているものの,迷っていた……そんな人はひとつ,思いきってエントリーしてみてはいかがだろうか。
「CEDEC 2010」公式サイト
なお,今回出席できなかった谷口氏よりコメントを頂いているので掲載しておこう。
CEDECに参加してもっとも収穫だったと思うことは,自分の仕事を振り返る機会を持てたことです。
アニメーションは直感的に進めてしまえる部分が多いので,こういった自分の考えていたことを論理的に組み立て直す機会は有益でした。
個人的には技術や情報はなるべく公開したほうが業界全体にとってメリットが大きく,ひいては自分の利益として戻ってくると思っています。ただ日本のように人材の流動性が低い社会では単純にメリットとして捕らえることが難しいとも思っています。
GDCの情報の多さには目を見張るものがありますが,同じスタイルは日本では難しいと思います。まったく方法は分からないのですが,おそらく日本なりのやり方があるのでしょう。
ただCEDECで発表しようか迷っている人がいればぜひ発表をお勧めします。自分の仕事をまとめるだけでも有意義です。
――2010年3月17日収録
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