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印刷2025/12/17 11:00

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地方はゲーム開発で蘇るのか? 熊本・天草市が進めるクリエイター誘致の最前線「第2回天草インディーゲーム交流会」レポート

 2025年12月6日,熊本県天草市のコワーキングスペース「ASUKAMA WORKS STATION」にて,あるイベントが開催された。

 イベント名は「第2回天草インディーゲーム交流会」。これは,市内のクリエイター発掘とコミュニティ育成,さらに企業誘致を目的として天草市が主催したものだ。前夜の12月5日には,本渡海水浴場にて「焚火会」と称したクリエイター座談会も実施されている。

いま地方でインディーゲーム開発をするのは,どこまでやりやすいのだろう?
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 筆者はこの2日間のイベントに密着し,現地を取材する機会を得た。そこで目撃したのは,単なる地方の交流会という枠を超え,ゲーム開発で地方を活性化させようとする“天草モデル”の胎動だった。

 本稿では,イベントの模様をレポートしつつ,天草市が挑戦する地方創生の新たな形についてお伝えしたい。

 インディーゲームは企業に関わらず個人で制作・販売できるのが特徴だ。話を広げれば,東京や大阪といったゲーム産業の中枢から離れた場所でも活動できる点が魅力ともいえる。
 しかし現実は,東京や大阪,京都といった都市部の存在感が大きい。主要なイベントの多くは東京で開催されているし,日本最大のインディーゲームイベントである「BitSummit」の開催地は京都だ。

 イベントの最大目的は,クリエイターが開発したゲームを来場者に遊んでもらい,知ってもらうことにある。だが,それだけではない。来場者にはゲームファンだけでなく,ビジネス面で重要な関係者もいる。ゲームメディアによる記事化や,パブリッシャとの契約につながることもあるのだ。

 さらに,コミュニティもまた都市部が活発になりやすい。同じ志を持つ作り手と知見を共有することで,開発は円滑になる。  

 つまりゲームを広めようと考えた場合,東京や関西など都市圏のアドバンテージは依然として大きい。ビジネスの成功において都市圏への居住や,イベントの参加などは必須ではないが,得られる情報や経験の量が変わるのは確かだろう。  

 インディーゲームの柔軟性を考えれば,地方でもっとコミュニティやイベントが生まれてもいいはずだ。少なくとも,開発の知見を共有したり,モチベーションを高めたりする集まりは増えてもいいだろう。

 現在は,埼玉県川越市の「ぶらり川越 GAME DIGG」や,香川県の「SANUKI X GAME」など興味深いイベントが出てきている。今後,こうした動きは各地方で増えていくのだろうか。

 そんなことを考えていたなか,“天草四郎が生きた土地で,ゲームに関する興味深い活動をしている”という情報を得た。そして,縁あって熊本県天草市の関係者と関わる機会があり,ツアーと交流会の取材打診を受けたのだ。

 天草市はゲームクリエイターを街へ呼び込み,地方を活性化させようとする“天草モデル”なる活動を行っているという。  
 実際に天草市で目撃したのは,筆者がここしばらく考えていた「地方でのインディーゲーム開発の可能性」そのものと,ゲームを使って蘇ろうとする地方の姿だった。




自然溢れる離島で進む,デジタルコンテンツ産業の構想


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 天草市は熊本県の離島にある市だ。豊かな山々に恵まれ,澄んだ海に囲まれている。情報の喧騒に満ちた東京の都市部から訪れると,広大な自然の中で穏やかな時間が流れているのを感じる。街には教会が点在し,6世紀ほど前からキリスト教が布教されてきた歴史を今に伝えている。だが実際に市役所で詳しい説明を受けると,そののどかな風景からは想像もつかない構想があることを知らされた。

 近年の天草市は,ゲームやアニメといったデジタルコンテンツ産業を構築する事業を積極的に行っている。「デジタルアートの島を創造」「若者が魅力的に感じ,かつ外貨を稼ぐ天草の新産業」としての事業化を目指しているのだ。

 その活動は本格的で,一般社団法人デジタルアート天草を立ち上げ,市外のクリエイターに天草移住を推奨している。本法人は東京ゲームショウ2025にも出展するなど,業界内でもアピールを行っている。




 市役所のミーティングルームには数人のインディーゲームクリエイターが集まっていた。説明会では,天草市への移住者の半数が20代〜40代であるというデータや,ほかの自治体よりも手厚い補助金制度が解説された。市内の空き家を住居として利用できる点もメリットとして挙げられている。

 移住者への破格の支援。なぜここまでするのだろうか? 背景には深刻な過疎化がある。天草市では高校を卒業すると,就職や進学で市外へ出ていってしまうケースがほとんどだという。

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 市を存続させるためには,定住者や移住者を増やす必要がある。そこで2008年から,市外からの移住促進を始めた。その結果,2024年までの17年間で624世帯,1161人の移住者を受け入れる実績を上げた。

 移住者は年々増加しており,特に近年の成果は大きい。直近3年間では年間に50世帯,100人以上が移住。2024年は過去最高となる77世帯・134人の移住に成功している。

 この流れを加速させるために考案されたのが,先のデジタルコンテンツ産業構想だ。国内外のさまざまなリサーチの結果,「地方創生の成功にはクリエイティブ人材の存在が大きい」と結論付け,注目度の高いアニメやゲーム,CGへの支援に集中したのである。

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もし天草市に移住してゲーム開発をするなら


嶋崎健介氏。今回のツアーや交流会を実施。市に人を呼び込むため,常に東京など市外での招致活動に尽力している
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 天草市の魅力を伝えるため,天草市役所職員の嶋崎健介氏によるツアーも行われた。巨大な岩礁が望める海や,かかしだけが存在する「道の駅・宮地岳かかしの里」の異様な光景,そして「カトリック嶻津教会」といった伝統的な場所が紹介された。

 移住後の活動イメージとして,リゾートオフィス「パララボ天草」も紹介された。海が見える場所で作業ができるほか,シャワーなども完備されており,長期的な制作に没頭できる環境が整備されていた。

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 夜には海辺で焚火会も行われた。会場では福岡インディーゲーム協会(以下,FIGA)の会長であり,合同会社あそびるどの代表を務めるインディーゲームクリエイター・村上浩治氏が食事を用意してくれていた。村上氏は翌日の交流会に参加予定で,前乗りして天草市の関係者と交流していたのだ。

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道の駅・宮地岳かかしの里。廃校舎を道の駅にするにあたり,廃材を使った大量のかかしを配置したという。校舎内に大量に佇むかかしは,素朴さというより非常にホラーな印象が強い。天草市はこの駅を題材にしたホラーゲームも検討すべきかもしれない
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カトリック嶻津教会。キリシタンの歴史が深い天草市では,各地域で教会が見られる。その中でも代表的な一つ。神社やお寺と近い位置にある教会も多く,複数の宗教が共存している土地でもある
 
 そこには嶋崎氏のほかに,市内でさまざまな事業を束ねる太陽グループのeスポーツ事業メンバーも参加していた。地方のeスポーツ事情について,「『ストリートファイター6』の選手などはいるのか」と尋ねてみたが,現状は高齢者向けの認知症予防としてゲームを広める方向性とのことだった。

 天草市の取り組みを聞いて思い出したのは,スウェーデンの田舎町・シェブデの事例だ。昨年,徳岡正肇氏による現地取材の講演があり,その模様は4Gamerでもレポートされている。人口5万人の街から,なぜ世界的なヒット作が次々と生まれたのかというミステリーを解くような内容だった。

リゾートオフィス「ParaLabo天草」。海沿いで開発ができる心地よい環境が魅力だ
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 シェブデと天草市で共通するのは,過疎化対策としてビデオゲームによる活性化を選んだ点だ。地方におけるインディーゲームによる創生の試みは,産・官・学のいずれかが主導する。シェブデは大学側(学)が学生を呼ぶためにゲーム開発をアピールした。空き家対策などの施策も含め,似ている要素は多い。


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 スウェーデンの小さな町・シェブデが,地元にゲーム産業を根付かせるためのゲーム振興プロジェクト「SGA」を大成功させている。「Valheim」「Raft」など,1000万本以上を売り上げるゲームがシェブデから生まれているのだ。本稿では,この驚異の町おこしの内実に迫るディスカッションをレポートする。

[2024/08/09 09:00]

 シェブデは“学”からスタートし,産・官を交えて地方創生をスケールさせた先で,「Valheim」や「Goat Simulator」といった全世界で1000万本を売り上げるタイトルを何本も生み出した。

 対して“官”からスタートした天草市は,まだ結果が出るか分からない過程の段階だ。だが翌日の交流会では,市外と市内のクリエイター交流だけでなく,“産”や“学”との連携も垣間見えた。

使用できるスペースは,個室の大小などさまざま。複数人で集まっての開発や,プレゼンなどを行える部屋も用意されている
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交流会でインディーゲームクリエイターたちが伝えたこと


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村上浩治氏は,当初デザイン事務所で働いていたが,40代を境にインディーゲームクリエイターへ転身。やがて九州のシーンを活性化させるべく福岡インディーゲーム協会を設立した。代表作はモバイル向けターン制ローグライトRPG「Dark Blood」だ。PC・Switch向けのリメイク版「Dark Blood -Reborn-」も発売された
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 交流会が開催されるコミュニティスペースで目立ったのは,現地のクリエイター以上に多くの高校生たちだった。彼らは天草工業高校の「ゲーム制作部」で開発を行っている。
 顧問の先生によれば,これまでは卒業と同時に市外へ出ていってしまっていたが,この世代からは天草市の取り組みによって,卒業後も市に残って活動できるようにしたいとのことだった。
 
 デジタルアート天草の公式サイトによれば,天草工業高校では産・官・学の連携によって,2024年から情報技術科に「CG系列」という専攻が新設されている。アニメやゲーム等に活用できるCG制作の人材を育成しており,市の産業計画の一端を担っている。ゲーム制作部も,部活動とはいえ授業と同等の学習時間が充てられているという。

 そんなゲーム開発を選んだ高校生たちに伝えられたのは,九州の現状やゲーム開発の心得である。
 まず村上氏が,九州全体の課題について説明した。天草市に限らず,九州全体でデジタルコンテンツ産業が不足しており,地元に就職先がないため学生が流出してしまう。村上氏はこれを「デジタルコンテンツ産業の過疎」と指摘した。

 そこで村上氏は,課題解決のために「九州ゲームアイランド構想」を打ち出した。九州各地での活動拠点提供や,外部クリエイターとの連携によって新しいIPを創出しようという構想だ。

 村上氏は九州の生活コストの安さや,台湾や韓国への物理的な距離の近さを利点として挙げている。特に興味深いのは,半導体製造大手・TSMC(台湾積体電路製造)の九州進出により,デジタル産業の新しい潮流が生まれているという指摘だ。これにより,台湾や韓国のようにビデオゲーム産業が盛んな地域との接点が生まれやすくなっているという。

αPop氏はもともとカーナビAIのシステムエンジニアだ。レベルファイブのプログラマーへ転職し,「二ノ国II」や「妖怪ウォッチ」の開発に関わる。本業と並行して個人開発を続け,退職後に専業インディーゲームクリエイターとして活動を開始したという
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 続いて福岡在住のインディーゲームクリエイター,αPop氏の講演では,ゲーム開発への取り組み方が解説された。語られたのは「高校生のみんなもできるよ!」といった生易しいエールではない。どこまでも具体的な開発のスタンスだ。

 αPop氏は今年,100万階層続く地底世界を探索するローグライトアクション「Million Depth」をリリースした。本稿執筆時点でSteamストアでのレビュー数は400を突破し,「非常に好評」の評価を得ている。
 αPop氏は本作を生み出すまで,長らく本業と並行して個人開発を続けてきた。そんなαPop氏が強調するのは「まずゲームを出した経験が重要」ということ。「3年かけて未完成の大作を作るより,1か月でリリースしたほうが経験値はずっと高い」。これは個人開発の実感を伴った重みのある言葉だ。

 同時に大切なのは,「ゲームの面白さの構造を分析する習慣」だという。面白さの本質を見抜けないと,たとえば人気があるローグライトを作ろうとしても,表面をなぞっただけのまったく異なるものになってしまうからだ。
 
 講演中,αPop氏は来場者にゲームを完成させた経験があるか問いかけた。個人クリエイターの手は挙がったが,高校生たちからはちらほらとしか挙がらなかった。

 講演後,高校生の一人に部活で開発しているゲームについて聞くと,ランゲームとメダルゲームを組み合わせたものだと答えてくれた。これらはUnityでゲーム開発を学ぶ際,基礎練習として挙げられるジャンルでもある。本格的な開発はこれからなのだろう。

 交流会で印象に残ったのは,「ここから天草でもコミュニティを作りましょう」という言葉だった。冒頭でも触れたように,まずクリエイターたちが交流できる場が地方に生まれる意味は大きい。

 もうひとつ印象深かったのは,天草市が地方創生とクリエイターを絡める施策について,「これが“天草モデル”として,ほかの地方創生のモデルになれば」と語っていたことだ。

 天草市と同様の問題を抱えている地方自治体は少なくない。天草市が今後の施策によって,スウェーデンのシェブデのようになるのか,あるいは違うロールモデルになるのかはまだ分からない。もちろん,まだ結果を問う段階でもない。“天草モデル”は地方におけるインディーゲーム活動の,ひとつの過程として動き始めたばかりなのだから。
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