インタビュー
「マジオペ」完結&「はるカナ」始動記念!! 芝村裕吏氏,しずまよしのり氏に超ロングインタビュー
「はるカナ」のルーツは芝村家にアリ!
4Gamer:
続いては「マジオペ」最終巻と同時発売となった最新作,「遙か凍土のカナン」(以下,「はるカナ」)についてお話を聞いていきたいと思います。1回目のインタビューでは戦艦が弾をバラ撒くように複数の企画案を投げたら,一番意外な「マジオペ」が命中してしまったという話をされていましたが……。
芝村氏:
はい。今回もまったく同じ感覚で,企画書を何本か出したら「これがいい!」と。自分としては「これだけはないだろう」と思っていたものが,またもや選ばれました。
4Gamer:
またですか! では,平林さんが複数案から「はるカナ」に決めた理由はなんだったのでしょうか?
平林氏:
正直,選べなかったですよ。企画というのは要点さえ満たしていれば,そこに良し悪しはないんです。適性と好みはあるんですけどね。あとは,組み合わせ方や見せ方が重要になると思っています。
そして,芝村さんが投げてくる弾はどれも形になりそうなんです。じゃあ「どれが一番みんなで楽しく作れるか」,そして「自分が最も一生懸命取り組めるのはどれか」ということを考えて,今の企画を選びました。それが最終的に品質と,読者の喜びにつながるのかなと。
4Gamer:
つまり,「最も取り組み甲斐のありそうな企画」だったということですか。
平林氏:
うまく言語化できないのですが……自分が頑張っている姿とか,しずまさんが楽しそうに絵を描いている姿とか,読者が喜んでいる姿とか。それを一番リアルに想像できたのが「はるカナ」なんです。
その結果,「大日本帝国の騎兵大尉が極東にコサック国家を建設する」という渋好みすぎる物語に……。
平林氏:
でも,面白かったでしょう?
4Gamer:
それはもう,夢中で読んでしまいました。しかし,こんな話は見たことがない(笑)。
平林氏:
ええ,だから面白いんですよ(笑)。
芝村氏:
大前提として,「マジオペ」に派手なドンパチがなかったので,今回は「戦争モノ」にしようと決めていました。熱量が大きくて,人が蟻のように死んでいくような,そんな話にしようかと。それで「日露戦争を書こう」と思い立ったわけです。
4Gamer:
しかし,このような形で史実を扱うとなると資料収集に相当苦労されたのでは?
芝村氏:
こういう時って,基本的に日本側の資料で書くんですよ。当初はFPSや「World of Tanks」を一緒にやっているロシアの友人に頼んで資料を送ってもらうつもりだったんですが……梨のつぶてで。そのうち,本が書き上がっちゃったんです。
「これでいいか」と思っていたら,締め切り間際になってロシアからバタバタと資料が届きまして。それがまた,日本側の資料とは全然違う(笑)。あまりにも食い違いが多く,どうしようかと思ったのですが……。とりあえずは「日本に出回っている資料で作っているのだから,嘘じゃないし!」ということにして,いったん作業を止めました。
しかし,どうにも寝付きが悪くて……夜中に気になって目が覚めちゃうんです。それで結局は平林さんに電話して詫びを入れ,手直しをして今に至るという(笑)。
4Gamer:
うおお……それはまたキッツイ……。
芝村氏:
あっちこっち,リアリティを出すために奔走しました。で,その中でも一番中立的なのがアメリカの資料だったんです。ロシア軍にくっついていた従軍記者が,「ニューヨークヘラルド」などで記事を書いていたんですよ。その人の記事をまとめた本があって,それを手に入れてから「こういうことだったのか!」といろいろ知りました……。
4Gamer:
ホントに妥協しないですねぇ。
芝村氏:
それからは「坂の上の雲」を執筆した司馬遼太郎先生の幻影と戦うことになりまして。彼がいかに小説家として偉大であったか,よく分かりました。歴史資料を照らし合わせてみると,「これも違う! あれも違う! うわぁ,騙されてた!」というのが出てくるわ出てくるわ。物語を盛り上げるための取捨選択が見事すぎて,今さらながら感嘆してしまいました(笑)。
平林氏:
しれっと嘘が混ぜてあるんですよね(笑)。
4Gamer:
それについては賛否両論あったみたいですね(笑)。個人的には,物語が面白くなるなら嘘もアリだと思いますが。
芝村氏:
とにかくしっかり描こうと,日露戦争をテーマにしたウォーゲームなんかも使いました……。ボードを広げて,コマを並べ,資料と照らし合わせてさまざまな場面を検討し直して……スケールが合わなくなったら,今度は自分で図面を引き直して。またコマを並べ直し,兵器の詳細も見直し,そんなことをしていたら本当に執筆が終わるのか分からなくなって(笑)。
4Gamer:
そこまでいくと,もう執念ですね……。
芝村氏:
安請け合いしたものの,実際に書くのはメチャクチャ大変だった(笑)。
4Gamer:
そもそも日露戦争をテーマにした作品としても「はるカナ」は珍しいストーリーになっているのですが,この発想はどのようにして生まれたのでしょう?
芝村氏:
実は私の曾祖母がウクライナ人でして。当時のロシア極東で「農耕馬を使えた」という理由で騎兵になった曾祖父と出会って結婚し,戦後日本へと渡ったんです。そういう事情で,私も割とロシアについて詳しかったので,それが下地になっています。
4Gamer:
では,「はるカナ」は芝村さんの曾祖父母をモデルにした話なんですか……!?
芝村氏:
だから,小説の一番最初に「愛する曾祖父母に」と書いたんです。さすがにそこは敬意を払わないと,親族一同から吊るされてしまうので……。つまり,あれは親族に向けたメッセージなんです。
4Gamer:
芝村一族は恐ろしそうですからね……主に某ゲームからの印象ですが(笑)。しかし,ご先祖様を巻き込んでいるとなると執筆にも相当な気合が入るのでは?
芝村氏:
その辺は,むしろ気楽に行こうかなぁと思ってます。この人達ばかりは,何を書いても文句を言わないので(笑)。でも「はるカナ」では,初めてうちの叔父と親父から作品を褒められました。「この日露戦争の話は良くできとる。なぜ最後までこれで行かなかった!」と。私は読者の心がいつ折れるのか,ドキドキしながら書いていたのに(笑)。
4Gamer:
せっかくなので,差し支えなければ芝村さんの曾祖父母について,もうちょっと詳しくお聞きしたいのですが……。
芝村氏:
いいですよ,ちょっと長くなるかもしれませんが(笑)。まず,当時のウクライナ人は“ウクライナ人”と認められていなかったんです。独立前なので,当時は「白ロシア」などと呼ばれていました。これが,ウクライナ人にとっては屈辱的な名前だったんです。
白ロシアが開拓されるにつれてウクライナ人は地方に追いやられる形になり,気がついた頃にはウクライナの土地がウクライナ人の物ではなくなっていた。そこで私の曾祖母を含め,どこかに移住しようという気風が高まっていったんです。その先はだいたい,極東ロシアか,カナダの2択でした。
4Gamer:
そんなことが……恥ずかしながらそこまで歴史には詳しくないので,初めて知りました。
芝村氏:
その辺は今後「はるカナ」でも,日露戦争での勝利を称えて「カナダに移住したコサック人が,ミカドという町を作った」というようなエピソードとして書くかもしれません。コサック騎兵を100人用意して,日本に協力を申し出たりしていたみたいですよ。断られたようですが。
4Gamer:
曾祖母と騎兵の曾祖父が出会ったのはどのあたりだったのでしょうか?
芝村氏:
曾祖母はロシアの外れの外れ。沿海州というか,ウラジオストクの周辺に住んでいました。しかしそこでロシア革命が起きまして,シベリア鉄道からの物資だけでは資源が足りなくなったんですよ。となると,中国や日本と貿易をする必要が出てきたんですね。
そこで曾祖父と出会って,すったもんだの末に結婚……。これがもう,芝村家を揺るがす大問題になりまして。おかげで,私の家系だけがロシア系の名前になるという珍事が起きています。
4Gamer:
え,それって……。
芝村氏:
私の名前,「裕吏」(ユーリ)じゃないですか(笑)。
4Gamer:
ペンネームじゃなくて本名だったんですか!?
しずま氏:
僕もペンネームだと思っていました……(笑)。
平林氏:
ちゃんと諸々のギャランティも「芝村裕吏」宛に振り込んでいるので……間違いないですよ。
4Gamer:
なんか,急に芝村さんがロシア人に見えてきました……そういえば,めっちゃウォッカとか飲みそうなビジュアルですよね……。
芝村氏:
おかげ様で,酒に強い体に産まれました。
一同:
(笑)
4Gamer:
いやしかし,身内がそんなネタを持っていたら,小説に書きたくもなりますよね……。
芝村氏:
いざ書く段になってみると,やっぱり思い出話って役に立つんだなと。本当にありがとうございますという感じです。あと,妙に細かい部分ですが,曾祖母が実際に「苦労した」と語っていたのが“風呂”のエピソードなんです。
4Gamer:
ああ! だから「はるカナ」でもお風呂ネタを(笑)。
芝村氏:
「お風呂がね,木製だったのよ……」って言ってて。でも当時の日本人からすれば「いや,普通は木だよね?」という認識じゃないですか。嫁入りした直後は,みんなが外で体を洗っている姿を見て「ないわぁ!」と思っていたそうです(笑)。
平林氏:
この話,僕は芝村さんと出会った頃に聞きまして。今回も「はるカナ」の企画が上がってきた時に,すぐピンときましたね。
4Gamer:
それもまた,企画採用の判断材料になったと。
平林氏:
なりましたね。だって,今の話を聞いて分かるとおり,めっちゃ面白そうじゃないですか(笑)。
一人称から三人称へ,芝村氏の稀有な才能
4Gamer:
「はるカナ」は「マジオペ」と比べるとより小説的と言いますか……。序盤にあった生々しい塹壕戦の描写だったり,意識して歴史小説のような雰囲気にしているのでしょうか?
芝村氏:
ええ,ちゃんと文体を直しています。そもそも視点が三人称視点になっていますし。
4Gamer:
あまりにも雰囲気が違っていたので,最初は「これ本当に芝村さんが書いてるの!?」と疑ってしまったほどです(笑)。
芝村氏:
文章なんて,基本はやりたい放題ですから。雰囲気を踏襲して「◯◯風」の文章を書こうとすれば,できるものです。
平林氏:
いや,なかなかできないんですよ? 一人称視点から三人称視点への移行って,大抵の小説家は相当苦しむものなんです。自由に視点をコントロールできる人というのは,それだけで稀な存在ですよ。
芝村氏:
それにしても普通は編集者から「あなたはこういう作家さんなので,こうしてください」というコントロールが入るものなのですが,星海社さんはさすがです(笑)。
平林氏:
正直,最初はいつも通りに一人称視点で書くものと思っていました。だから,原稿が届いた時には本当に驚きましたよ。
芝村氏:
そうだったんですか?
平林氏:
言いませんでしたけどね(笑)。
4Gamer:
今回あえて三人称視点にした理由はなんだったのでしょう?
芝村氏:
「マジオペ」と違い,「はるカナ」は主人公の“凄さ”が客観的に見えてしまっても全然問題がないので。それに「他人から見たイケイケの大日本帝国」というのを書きたかったんです。
平林氏:
そうして「マジオペ」で作り上げた一人称視点の勝ちパターンをあえて捨てるというのは,さすがだと思いました……。
私はそういうことにこだわったことがないので……。というか,ゲームの仕事と同じなんですよ。楽しませたいユーザーに対して,どんな物が出せるか。どんな提供の仕方をするのかが重要なのであって,作り手側の都合って受け手側にとってはどうでもいいことじゃないですか。
やっぱり最初に読者があって,作品はそこから組み立てられていくものですから。変えるべき要素があるなら,変えていいと思うんです。
それが,いい作品の出来上がる条件ではないでしょうか。
4Gamer:
う〜ん……確かに当然の話ですが,素晴らしく“芝村的”ですね。では,しずまさんにもお聞きしたいのですが,「マジオペ」と「はるカナ」ではイラスト面でどういった違いを意識しているのでしょうか?
しずま氏:
「マジオペ」が近未来の話だったので,少しだけリアルな顔つきにしていたのに対し,「はるカナ」は20世紀初頭が舞台なので,あまり絵をリアル寄りにしすぎるとライトなファンが付いて来れないかと思いまして。ちょっと目を大きめに描いたりしていますね。
どうしても歴史好きな人って年齢高めなイメージがあって,若者は興味ないじゃないですか。なので,イラストからちょっとでも興味を持ってもらえるように……と。
芝村氏:
「艦これ」は歴史モノじゃない(笑)。
4Gamer:
あれは特殊な例です(笑)。言われてみれば確かに,「マジオペ」よりもデフォルメを強めにしている感じはありますね。
しずま氏:
それが「はるカナ」における自分の目標になっています。2巻以降もデフォルメをかけつつ,可愛くしていこうかと。
4Gamer:
事前に原稿を読ませていただいた時点ではカバーイラストや挿絵が一切無かったので,ヒロインのオレーナを割と大人の女性でイメージしていたのですが……いざイラストを見てみるとめっちゃロリ系でビックリしました(笑)。
芝村氏:
「犯罪じゃないかこれは!」って感じでしたよね。
しずま氏:
どうしようか迷ったのですが,前に平林さんに聞いた時には「14歳くらい」と言っていたので。いろいろと考えているうちに,「ロリ巨乳いいよね……」と思い始めまして。
4Gamer:
ロリ巨乳……曾祖母様……!? なんだか新しい扉が開いてしまいそうな……!
芝村氏:
その話をしたらきっと筆が鈍ると思ったので,黙っていました(笑)。
4Gamer:
ロリ巨乳にしてしまったあと,芝村さんの曾祖母がモデルだったことを知ると(笑)。
しずま氏:
ひどい(笑)。
4Gamer:
でも,となるとキャラクターデザイン面ではしずまさんの色が強く出ている感じなんですね。
しずま氏:
そうですね。新田に関しては,案を出してから「アラタの祖先なので,アラタ寄りに似せてくれ」という話になりましたが。それにしても,「はるカナ」は主人公もヒロインも動かしやすかったです。2人ともアクティブなタイプなので。
芝村氏:
昔の人ですからね。現代人のように受動的ではなく,生き馬の目を抜くように動かなければ死んでしまうような時代の人間ですから。
平林氏:
三人称視点で客観的に描写されているから,というのも大きいですよね。
芝村氏:
いやぁ,でもしずまさんには無茶ばかり言ってしまって……。今回は日露戦争ですから,第二次世界大戦とは違って本当に資料が少ないんですよね。
しずま氏:
少ないですよね。ビックリするほど。
平林氏:
日露戦争となると,軽く100年前ですからね。
芝村氏:
ファンが多い時代なら資料もいっぱいあるんですが,第二次世界大戦ほど日露戦争って人気が無いんですよね……。
4Gamer:
さすがに日露戦争をテーマにしたイラストなんて,「はるカナ」以前には描いていませんよね?
しずま氏:
全然ないです。でも平林さんがいろいろと写真資料とかを送ってくれたので,あれは結構助かりました。
芝村氏:
ちゃんと塹壕の写真とかありました?
しずま氏:
いちおうありました。ただ,本当に遠目からの写真で「たぶんこうなっているのかな?」という感覚で……。
4Gamer:
やはりイラスト面でも資料関係は苦労されたんですねぇ。
平林氏:
少ないんですよね,あの頃の写真。帝政ロシア期の人物や町並みを写した写真は,もちろんあるんです。日本国内もこれは同じですね。ただ,戦地に行った途端,写真が減るんですよ。当時は従軍記者が出始めた頃で,そもそも戦地に入ったカメラの絶対数が非常に少なかったんです。
芝村氏:
風呂に入っていなくて,ボロ雑巾みたいに汚れた軍人なんかは撮影させてくれなかったんですよ。「日本がわびしく見えるのはダメ」だとか。
平林氏:
そういえばイラストの話だと,僕としずまさんで当時の釣り竿を調べたりもしました(笑)。
4Gamer:
服装や兵器関係ならまだ分かるんですが,釣り竿の資料なんてあるんですか……?
平林氏:
良造とクロパトキンは,江戸和竿の中のボラ竿を使っていたはずなんですが,さすがにその資料は簡単には見つからず,結局はほかの江戸和竿を参考にする形になりました。
芝村氏:
ちなみに「はるカナ」で書いたアレクセイ・クロパトキンの釣りネタは史実なんです。資料を調べると行った場所全部で釣りをしていて,本当にあの人は釣りが好きなんですよ。「これは拾ってあげなきゃ!」と思いましたね。
4Gamer:
そんな風に,「はるカナ」を読んで初めて知ったことはかなり多かったです。
芝村氏:
そうですね。普通なら日本人が絶対に知らないようなネタも大量に出てきたので。例えば,最初に花を持った小さなオレーナのシーンを書きたかったので,ウクライナの花を調べてみたんですよ。そしたら,ウクライナには国花というものが無くてですね……。最終的に,錦糸町のウクライナパブへ取材に行きました。
4Gamer:
芝村さんの探究心と行動力には驚かされるばかりですよ……。
芝村氏:
そこで「ウクライナの花って何?」と聞いたら,全員が「ヒマワリ」って答えたもんだから,作中にはヒマワリが出てきます。それだけで書いてしまう私もどうかと思いますが(笑)。
平林氏:
帝政ロシア期の貴族の写真は結構残っているので,それはたくさんお送りしましたね。
芝村氏:
2巻以降ではオレーナがウクライナ風の派手な服装も着ていたりします。
しずま氏:
オレーナの衣装については,結構ファンタジー入っちゃってもいいかなと思ってデザインしました。当時の貴族の衣装はちょっとやり過ぎ感があり,落ち着きませんし。
芝村氏:
オレーナは今の感じでいいと思いますよ。
4Gamer:
いかにも“お姫様”といったデザインで,美しいと思います。
しずま氏:
そういえばカバーイラストが公開された際,「新田とオレーナの手のサイズ差がたまらない!」っていう感想があって。僕としては「よく分かってる!」と思いましたね!
4Gamer:
わかる……ッ!
芝村氏:
なんでよりによってそんな細かい部分なんだ(笑)。
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