連載
“暗君”たらんとする青年の苦悩を描く異世界転生もの「汝、暗君を愛せよ」(ゲーマーのためのブックガイド:第56回)
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「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
小説投稿サイト「小説家になろう」を震源地として,今や百花繚乱の様相を呈している異世界転生ジャンル。転生して何になるのか,現代知識をどう生かすのか,転生時にどんな能力を得るかなどで差別化が図られ,無数のバリエーションが生みだされてきた。
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そんな飽和したかに見える異世界転生ジャンルに,新たな光が現れた。それが今回紹介する「汝、暗君を愛せよ」である。「このライトノベルがすごい2026」で新作部門第一位を獲得し,今,波に乗っている本条謙太郎氏の作品である。
とにかく面白い。文章も巧く,引き込まれる。そして気付かされるのだ。異世界転生はまだまだ,いや異世界転生だからこそ,まだ描けるものがあったのだと。
「汝、暗君を愛せよ1」
著者:本条謙太郎
イラスト:toi8
版元:ドリコム
発行:2025年8月6日
定価:1540円(税込)
ISBN:978-4-434-36211-8
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本作のあらすじはこうだ。
中小企業の三代目,お飾り社長としての人生に倦み疲れ,嫌気がさして自ら命を絶った「ぼく」は,近世ヨーロッパに近い異世界にあるサンテネリ王国の若き王・グロワス十三世へと転生する。しかし,彼の王国は巨額の財政赤字と列強の干渉に悩まされ,国内には革命の気配すら漂い始めていた。
「ぼく」は自身の立場に悩みつつ,政治的影響力を持つ4人の美しい妃候補,大物貴族の有能な重臣たちに囲まれながら,あえて「暗君」の道を歩んでいく。
このあらすじだけ見ると,一見ハーレム系の内政チートものと思うかもしれないが,「ぼく」はとくに特別な力を授かってはいないし,おまけでついてきてくれるような女神様も霊獣も存在しない。そもそも転生した世界には,魔法もなければモンスターもいないのだ。
サンテネリ王国は,16世紀ぐらいのフランス王国のような国だ。北側には神聖ローマ帝国のような帝国があり,海峡の向こう側にはイギリスのような島国がある。
「ぼく」が異世界で一体化したグロワス十三世は武勲に憧れ,野心を抱く若き君主であった。しかし近代化が始まった大陸の中で,彼の王国は先代,先々代の領土拡大の結果,積み上がった巨額の財政赤字に悩み,周辺諸国からの干渉に混乱し,国内に残る独立勢力の扱いにも苦慮していた。
そんな折,病に倒れたグロワス十三世に融合したのが「ぼく」である。異世界になかなか馴染めず,細かな執務は有能な重臣たちに委任するしかないが,“生き残る”ためにうまくやらなくてはならない。
転生前の「ぼく」は現代日本の大学で哲学を学び,広告代理店で働いたのち,父親の経営していた地元の造園業を継いだという人物だ。現場に立ったことはないが,幹部社員たちのおかげで会社は回り続ける。お飾りの三代目社長という立場に無力感が募り,高層マンションから身を投げてしまったという。
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最初の人生での失敗を,「二度目の人生」で取り戻す。現代社会の困難を,「再挑戦」で覆す。異世界転生ものテンプレではあるが,であればこその醍醐味がここにある。
異世界転生ものの多くは,一人称で綴られるものが大半だ。もちろん例外はあるが,全体としてこの傾向が強いのは,転生者という現代日本人の目を通して異世界を理解していく過程が,ストーリーテリングの手法として正しいからだろう。
ご多分に漏れず,本作も「ぼく」の一人称視点で物語が進んでいくのだが,面白いのは封建国家の貴族政治が,現代人の感覚を通して描かれるところだ。お妃候補となる大物貴族の娘たちが次々と登場するが,ここでも異世界の常識と現代日本のコンプライアンスとの間で,「ぼく」は悩むことになる。
宰相の娘で,世話焼きな年上お姉さんブラウネ,近衛軍総監の娘で護衛を兼ねるメアリ,国内最強の地方軍閥を率いる大物貴族の令嬢だが,年下で無邪気なゾフィ。この3人のヒロイン(側妃)に,政略結婚によって正妃となった,隣接する帝国の第一皇女・アナリースが加わって,複雑な関係性が描かれていく。
当初の「ぼく」は,妃候補たちの第一印象を会社の誰それに似ているなどと言いつつ,ここでこれを言ったらセクハラ案件だよ,とボヤいたりする。しかし,王の結婚とはどこまでいっても政治なのだ。やがて彼女らの言葉を裏読みしながら知恵を絞り,反省し,焦り,苦悩するようになる。
そして付き合いが深まってくると,そのやり取りのなかで「ぼく」は癒やされ,勇気づけられ,あるいは背中を押されるのだ。ああ,これが人生ではないか。
彼女らとの場面における著者の視線はしごく優しく,魅力的だ。例えば「ぼく」が自身の趣味である時計の良さをゾフィに語る場面などは,その熱弁に読者ですら機械式時計にハマりそうになる。と同時に,それは王というステータスの在り方を考えさせる切っ掛けにもなっており,こうした小さなエピソードの積み重ねによって,妃候補が家族になっていく過程が丁寧に描かれていく。
かように語られる内容はなかなかに奥行きがあるのだが,文章はライトノベルらしく軽快で読みやすいのもいい。著者である本条氏の筆力がなせるわざである。
「小説家になろう」に連載された本作はすでに完結を迎えており,書籍化されている1〜2巻までが第一部,新章が幕を開ける3巻が4月に刊行予定となっている。筆者はWeb版を追いかけていないので今後の展開までは分からないが,書籍化された範囲だけで,すでに一級品と感じられた。とくに2巻の終わりで明かされる「ある告白」は衝撃的ですらあった。今はただ3巻を楽しみにしたい。
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もし,本書からさらに読書を進めるなら,氏に影響を与えた作品群に手を出してみるのもいいだろう。2026年1月11日にジュンク堂書店池袋本店で行われた「本条謙太郎×樽見京一郎 対談トークイベント」で,氏は影響を受けた作品として,フランスの近代詩,サルトルなどの哲学,アルベール・カミュなどを挙げていた。
とくに最後のカミュは,文体,ナラティブ共に確かに共通点を感じるものがある。ああ,そうか。これは異世界転生のフォーマットによる,「異邦人」の再話だったのだ。本作が気に入ったのなら,同作を手に取ってみるといいだろう。
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ちょうど筆者も少しお手伝いした「ライトノベル大全」が時事通信社から3月2日に発売されるので,こちらも参考にしてもらいたい。「クラッシャージョウ」から約半世紀にわたるライトノベルの名作500タイトルをセレクトし,その歴史を綴った一冊なので,ライトノベル全体を俯瞰したいなら手元に置いておいて損はない。ここに挙げられた傑作群を虱潰しにしていくのも面白いだろう。
いやはや,まだまだ読書は終わらないのだ。
朱鷺田祐介(ライター)
TRPGデザイン/翻訳を主戦場とするフリーライター。代表作に「深淵」「シャドウラン」「ザ・ループTRPG」など。最近のブームはスウェーデン産TRPGで,「MÖRK BORG」に触発された戦国ドゥーム・メタル・ファンタジー「信長の黒い城」を展開中。蜂蜜酒(ミード)について掘り下げた同人誌「MEAD-ZINE」は,BOOTHにて電子版が購入できる。
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