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印刷2013/05/21 10:42

インタビュー

ヴァニラウェアは命がけでゲームを作る会社――クリエイター神谷盛治氏・ロングインタビュー

 アトラスより7月25日に発売が予定されている「ドラゴンズクラウン」は,ファンタジー世界を舞台に,プレイヤーが冒険を繰り広げるという2DアクションRPG。プレイヤーは冒険者となり,迷宮の奥深くにあるという財宝を求め,“伝説のドラゴン”の秘密に迫っていく。
 開発は,「プリンセスクラウン」や「オーディンスフィア」「朧村正」などを作り上げたクリエイター神谷盛治氏が率いるヴァニラウェアが担当する。描き込まれた美麗な2Dグラフィックスには定評のある同社だが,その職人芸的なグラフィックスはドラゴンズクラウンでも健在だ。

ドラゴンズクラウン

「ドラゴンズクラウン」公式サイト


 数々の名作アクションゲームを手がけてきた神谷盛治氏の最新作ということで,大きな注目を集めているドラゴンズクラウンだが,一方で,細かいゲームシステムの情報がなかなか出てこない不思議なタイトルでもある。アーケードライクな内容なのか,それとも「プリンセスクラウン」よろしく,RPG要素が色濃くなるのか? 4Gamerでは,さっそくアトラスに取材を申し入れ,開発途中の本作に触れさせてもらったのだが……。
 なんと本作は,昔ながらのベルトスクロールアクションをベースにしながらも,やり込みがいのある成長要素や,Diabloライクなトレジャーハンティング要素を実装していることが判明。アーケードアクションというより,本格的なRPGとしての側面が強い内容になっていることが分かった。
 神谷氏といえば,名作アーケードゲームの「ダンジョンズ&ドラゴンズ タワーオブドゥーム」の開発にも関わっていたことで知られる人物なのだが,「ダンジョンズ&ドラゴンズ タワーオブドゥーム」や,その続編の「ダンジョンズ&ドラゴンズ シャドーオーバーミスタラ」と言えば,筆者が高校生時代にハマりにハマったゲームの一つ。ああいった作品をよりRPGライクにして,現代風に正統進化させたならば……

 「これはもしかして,ある種の“夢のゲーム”なんじゃないか?」

 俄然興味を惹かれた筆者は,その勢いで神谷氏へのインタビューを敢行した。そもそもヴァニラウェアの神谷氏は,ゲーム業界内での知名度の高さの割には,インタビューなどの露出が少なめなクリエイターでもある。これを機に,ヴァニラウェアがどんな会社なのか,そして神谷氏の人物像についても迫ってみたいとも考えたのだ。
 カプコンやアトラスなど,さまざまなゲーム会社を渡り歩き,現在はヴァニラウェアの代表を務める神谷氏。ドラゴンズクラウンを作るまでの経緯はもちろんだが,ゲームクリエイターとして神谷氏が歩んできたさまざまな経験談を,5時間にも及ぶインタビューの中で語ってもらった。

ドラゴンズクラウン
ドラゴンズクラウン ドラゴンズクラウン


神谷氏がゲーム業界に入った経緯


4Gamer:
 本日はよろしくお願いします。今日は「ドラゴンズクラウン」の開発を担当しているヴァニラウェアとはいったいどんな会社なのか。また,それを率いる神谷盛治とはどんな人物なのか――みたいな部分についてお聞きできればと思っています。

神谷盛治(かみたにじょうじ):ヴァニラウェア代表取締役社長。ゲームディレクター兼イラストレーター。学生時代にゲーム制作会社にアルバイトとして参加したのち,プランナーとしてカプコンに入社。カプコン退社後は,アトラス,ラクジン,SCE,スクウェア・エニックスなど,いくつもの会社でゲーム開発に従事。その後,2002年にヴァニラウェアを設立した。代表作は「プリンセンスクラン」「オーディンスフィア」「朧村正」など。 ※写真掲載はNGとのことなので,氏のイラストを掲載
神谷氏:
 こちらこそ,よろしくお願いします。えっと,そういうお話だと,話が相当長くなりそうですが,大丈夫ですか?(苦笑)

4Gamer:
 大丈夫です!

神谷氏:
 どこからお話しましょうか。

4Gamer:
 ではまず,神谷さんがゲーム業界に入った経緯からお願いします。

神谷氏:
 僕がゲーム業界に入ったのは,ちょうどファミコンバブルの頃と時期が被るんですよ。高校1年のときに,友達が地元の小さなソフトウェア会社でバイトをしていて。元々はビジネスソフトを作っていた会社だったんですが,ファミコンゲームの下請けの売り上げが本業を上回って,一気にそちらの事業を拡大したんです。

4Gamer:
 市場の黎明期らしいエピソードですよね。

神谷氏:
 その会社がドット絵を描けるバイトを探していて、ちょうど趣味でドット絵を描いていた僕に、友人が声をかけたんです。当時,僕は「数学の成績が上がる」と親を騙してパソコンを買いましたが,実際には,ゲームばかりやってて(笑)。

4Gamer:
 まぁ良くある話……(笑)。

神谷氏:
 で,実際にバイトに行ってみたら,PC-8801のアダルトゲームをMSXに移植するって話でした(苦笑)。そこで最初に覚えた仕事がラップスキャン()で、あの時代はスキャナみたいな便利なものがなかったから,グラフィックスの移植も全部手作業でやっていたんです。

※絵の上にラップを敷いてマジックでなぞり,それをモニタに貼り付けて,ドット絵をトレースするという手法。スキャナが普及する前には普通に使われていた

4Gamer:
 時代が感じられるお話ですよね。

神谷氏:
 そうですね。「頭を動かさないのがコツだ!」と教えられて,黙々とエッチな絵のドット打つバイトをしていました。あの頃は,ドット絵以外にも,移植のプログラムを任されたり。下請け会社のバイトスタッフとして,いろいろやらせてもらってました。その中でも思い出深い仕事は,ポニーキャニオンさんから発売された「AD&D ヒルズファー」のファミコン移植です。ファミコン版のグラフィックは,僕が全面的に描いたんですよ。

4Gamer:
 それが高校時代ですか? すでに相当濃い経歴ですね……。

神谷氏:
 大学を卒業する頃には,地元の広島から大阪の方に出て,大手のゲーム会社に就職しようと考えていました。任天堂やカプコンさんを筆頭に,関西にあったいくつかのゲームメーカーさんに応募したんです。

4Gamer:
 職種はやっぱりデザイナー志望だったんですか?

神谷氏:
 いえ,就職の試験自体はあらゆるものを受けていました。結果としては,僕はカプコンに入るんですけど,就職活動の時は,デザイナー,プログラマー,そしてプランナーと,とにかく全部に応募しました。カプコンは当時ものすごく勢いに乗っていた会社で,率いていた岡本吉起さん()のざっくばらんな所も好きで,迷うことなく入社したんですよ。

※岡本吉起(おかもとよしき):元カプコン専務取締役。「タイムパイロット」や「ソンソン」などのディレクションを担当した。のちにゲームリパブリックを設立

4Gamer:
 カプコンではどんなお仕事を?

神谷氏:
 僕は,ゲームをどうやって1から設計するのを習いたかったので,カプコンにはプランナーとして入社しました。僕がいた当時――確か1992〜1993年くらいだったと思いますが,あの頃のカプコンは,「ストリートファイターII」が大ヒットしていて,社内的にも格闘ゲームが求められる流れの真っ只中でしたね。
 僕はアーケードの開発部門に配属されていましたが,僕が入った最初の頃は,ほぼ全部の開発ラインでいわゆるベルトスクロール型アクションのゲームを作っていました。

4Gamer:
 そうだったんですか。

神谷氏:
 僕はというと,プロジェクトの頭から終わりを早く体験したかったので,数ある開発ラインの中でも開発終盤に見えた「マッスルボマー」の開発チームに入れてもらいました。プロレスにはあまり興味なかったんだけど――というと,当時の先輩に怒られますけど。

4Gamer:
 マッスルボマーとは,また懐かしい。

神谷氏:
 開発終盤と思いながら参加したマッスルボマーでしたが,途中で「ポスト格闘ゲーム」路線に変更があって開発がモノの見事に長引いてしまいました。

4Gamer:
 でもマッスルボマーは,格闘ゲームがはやっていたあの時代にあって,異彩を放っていた作品ですよね。

神谷氏:
 マッスルボマーはプロレスのゲームですから,投げ技が主体じゃないですか。だから,相手と組み合ったりするグラフィックスのパターンがかなり多くて,結構複雑だったんです。

4Gamer:
 四つ手で組み合ったり,後ろに回り込んだりとか,いろいろありましたよね。

神谷氏:
 そうそう。そして,投げ技のパターンを作るのが企画の仕事だったんですよ。腕とか足とか,いろいろなグラフィックスのパーツを組み合わせて,筐体のレバーで技のアニメーションを組んでいく。実はその時の経験が元になって、ヴァニラウェアの2Dツールが作られていたりするんですよ。

ヴァニラウェアといえば,なんといっても描き込まれた2Dグラフィックスが魅力だ
ドラゴンズクラウン


楽しかったカプコン時代の思い出


4Gamer:
 神谷さんが「ダンジョンズ&ドラゴンズ タワーオブドゥーム」(以下,D&D)の開発に関わっていたのは有名な話ですけど,あの作品の開発に参加したのはいつだったんですか?

神谷氏:
 マッスルボマーの後ですね。ただ,僕がチームに入った時は,プロジェクト的にはもう割と後半で。僕はサブプランナーとして,ゲーム中に出てくるレッドドラゴンとかのロジックを担当しました。

4Gamer:
 ああ,あの顔と手だけの奴ですか。

神谷氏:
 それです(笑)。でも,頑張って作ったのに,ゲーメストの攻略で「ビホルダーより簡単」と書かれて涙目になったりして。アクションのロジックを,ちゃんと作るのは大変だと,あの時に痛感しました(苦笑)。
 ほかにも,コースの仕様とかも手伝わせてもらったんですが,D&Dの開発チームでの仕事がとても楽しかったんです。だから「これは最初から関わりたかったな」という思いが結構あって。それが,今回の「ドラゴンズクラウン」にも引き継がれているんです。

4Gamer:
 でも,D&Dの開発が終わってしばらくして,神谷さんはカプコンを辞めちゃうわけですよね?

神谷氏:
 「このままカプコンにいても,ディレクターにはなれないな」と感じていたんですよ。カプコンには,あの頃から凄い数の社員がいましたし,本当に才能のある人がゴロゴロしていたんです。普通にやっていたらチャンスなんて回ってこない。だから,どうしようかと身の振り方を悩んでいました。

4Gamer:
 なるほど。

神谷氏:
 実際,辞める前にも,上司だった岡本さんに,無理を言って企画をプレゼンさせてもらったりしました。何を思ったか女子高生の格闘ゲーム企画です。今考えれば、そんなの通す通さない以前の問題だと分かるんですが(笑)。
 だけど僕は,どうしても自分の手でゲームを丸々一本作ってみたかった。だから「小さいところから頑張ってみます」といって,カプコンを辞めることにしたんです。

4Gamer:
 カプコンを辞めた後はどちらに?

「プリンセスクラウン」
Copyright (C) SEGA & ATLUS 1997.2005 キャラクターデザイン 神谷 盛治
ドラゴンズクラウン
神谷氏:
 学生時代の先輩に誘われて,関西の小さなゲーム会社に入りました。元々アダルトゲームの制作会社だったんですが,「これからはコンシューマをやるからお前も来い」と誘われて。「オリジナルの企画をやらせてもらえるなら行きます」ってことで合流させてもらったんです。
 実はこの会社は,僕が高校の頃に移植したアダルトゲームを作った会社なんですよ。そして,その会社で「プリンセスクラウン()」の基となる企画を練り始めます。

※セガサターン後期に発売されたアクションRPG。描き込まれたグラフィックス,およびアニメーションの滑らかさなどが大きな話題となった。2DアクションRPGの代表的な作品の一つ。

4Gamer:
 おお,ここで「プリンセスクラウン」の名前が出てくるわけですね。

神谷氏:
 はい。ただ,一番最初の企画書では「プリンセスメーカー2」のようなゲームを作ろうとしてて,マルチエンドの育成ゲームだったんです。育成パートにあたる部分が格闘アクションに変わったような企画を想定していました。格闘ゲームとかアクションゲームの仕様書しか書けなかったので,そこは,僕の中でそうなるよりほかなかったんですが(笑)。

4Gamer:
 でも,プリンセスクラウンってRPG要素が色濃いゲームだったような?

神谷氏:
 それには深い理由があります。当時,企画書を持ってゲームメーカー各社にプレゼンをして回っていたんですが,セガさんに話を持っていったとき,担当の方に「これってRPGだよね?」って言われて。その場の勢いで「そうです!」と答えてしまったんです(苦笑)。

4Gamer:
 ええっ?

神谷氏:
 当時の時代背景としては,プレイステーションとセガサターンのシェア争いで,どちらが勝つかわからない状況でした。どちらの陣営も,人気ジャンルのRPGタイトルを欲しがっていたんですね。だから僕らも「この企画を通すにはRPGってことにするしかない」と,プレゼンの途中で意を決して,「もちろんこれはRPGです。プレイ時間は40時間くらいで…」みたいな話をしてしまったんですよ。

4Gamer:
 でもそれ,実際の開発はどうしたんですか?

神谷氏:
 帰りの新幹線で,メインのプログラマーと2人で頭を抱えましたよ。結局「言ったもんは仕方がないから,ガッツリとRPGを作ろう」という事になりました。仕様を練り直し,1995年末にようやく企画にGOが出て制作に入るんですが,1年経った1996年末に問題が起こります。

4Gamer:
 問題?

神谷氏:
 プリンセスクラウンの開発途中で,所属してた会社が倒産してしまうんです。

4Gamer:
 あら……。その後どうしたんですか?

神谷氏:
 あわててセガの担当者に連絡を取って,「なんとかなりませんか」とお願いしたんですけど,その時はちょうどセガとバンダイの合併話が持ち上がっていた時期で,身動きが取れない状態でした。それで,代わりに……というわけではないのでしょうが,当時,セガさんと仲の良かったアトラスさんを紹介してもらったんです。

4Gamer:
 なるほど。それはなんというか……凄い展開ですね。

神谷氏:
 あの時期,セガとアトラスは「プリント倶楽部」の大ヒットを背景に,とても関係がよかったそうで。こういう危うい案件の相談もできたみたいなんですね。結果としては,アトラスさんが開発費の一部を引き受けてくれて。セガ×アトラス共同プロジェクトという形で,プリンセスクラウンのプロジェクトが再開されることになるわけです。

4Gamer:
 世の中にプリンセスクラウンの情報が出てくる(雑誌などに載る)のは,その辺りからですよね。

神谷氏:
 そうですね。まぁ,今でこそ笑って話せますけど,あの時,アトラスさんが助けてくれなかったら,本当にどうなっていたことか。プリンセスクラウンは当然発売されないし,開発チームも路頭に迷っていた。それに,思い返せばこれが縁となって,後の「オーディンスフィア」や,今回のドラゴンズクラウンにもつながるわけですから。アトラスさんには,今でも恩義を感じています。


パンの耳が主食で,ゲームがまったく作れなかった頃


4Gamer:
 じゃあ,そのプリンセスクラウンの開発メンバーが,後のヴァニラウェアの母体になっていくんですか?

神谷氏:
 いえ,そういうわけではありません。プリンセスクラウンの開発メンバーは,開発終了後に完全に解散して,ヴァニラウェアは,そのずっと後にまったく違うメンバーでスタートしています。というか,プリンセスクラウンの後,10年ほどまともにゲームが作れない,苦しい時代が続くんです……。

4Gamer:
 そういえば,プリンセスクラウンの発売(1997年)から,ヴァニラウェアの第一作めであるオーディンスフィアの発売(2007年)まで,結構なタイムラグがありますよね。

神谷氏:
 はい。会社倒産から救済された後に,僕らはアトラス社員として「豪血寺一族」などを作っていた通称「アトラス関西」(アトラス大阪開発室,一部のメンバーは,後にノイズファクトリーとして独立)に合流しました。 プリンセスクラウンの開発チームは,僕がはじめて持てたチームですから,僕個人としてはかなり愛着がありました。だから,このチームで次の作品を作りたいと思って,この時「ドラゴンズクラウン」の企画を考えたんですよ。でも後日,アトラス関西自体も解散となってしまいます。

4Gamer:
 プリンセスクラウンはとても評判の良かったタイトルでしたが,それでもダメだったんですか?

神谷氏:
 プリンセスクラウンは,発売された時期がセガサターンの末期だったこともあり,売り上げがさほど伸びなかったんです。それに開発会社倒産による大きな損失もありました。だから,当時は赤字プロジェクトの烙印を押されていて,関係者の評判も決してよいものではなかった。

4Gamer:
 そうだったんですか。

神谷氏:
 僕としては,なんとかしてチームを保持したかったんですけどね。プリンセスクラウンの開発を経て,スタッフのみんなはレベルアップしていたし,このチームで次を作れたら,もっといいものができるぞって手応えもありました。だけど,あの頃の僕には,まだ自分で会社を興すほどの気概も根性もなかった。結果として,ラクジンという大阪の開発会社にチームを引き取ってもらうことになります。

4Gamer:
 ラクジンって,フライトユニットの松本()さんなんかも在籍されていたゲーム会社ですよね。

※松本浩幸:フライトユニットの代表取締役。1992年に大阪のゲーム制作会社ラクジンに入社してゲーム業界へ。その後,セガを経て独立。以前,4Gamerでインタビューをしたことも

神谷氏:
 あぁ,そうですね。僕と松本さんは,ラクジンでは接点がないんですけど,その後のファンタジーアースの開発で色々とお世話になりました。ともかくその段階で,プリンセスクラウンの開発チームは実質解体されます。

4Gamer:
 プリンセスクラウンから「チーム神谷」みたいな制作集団があるわけじゃなかった,というのは少し意外です。

神谷氏:
 はい。プリンセスクラウンの後,僕はちょっと孤立してしまうというか,ラクジン時代の僕は,有り体に言えば“浮いた状態”でした。頑張っていろいろな企画を立てるんですけど,そう簡単に仕事が取れるわけでもなく……。

4Gamer:
 なるほど……。

新・世界樹の迷宮 ミレニアムの少女
ドラゴンズクラウン
神谷氏:
 企画手伝いとか,ヘルプさんみたいなポジションでフラフラ仕事をしていたんです。で,その頃,プリンセスクラウンの開発を手伝ってくれた元アトラス関西の小森くん()が,後のソニー・コンピュータエンタテインメント(以下,SCE)に行くんですね。そして彼に声を掛けられて,僕も上京することになります。

※小森成雄(こもりしげお):「世界樹の迷宮」シリーズの世界設定やストーリー部分を担当。「世界樹の迷宮II 諸王の聖杯」「世界樹の迷宮III 星海の来訪者」ではディレクターを務めた。最新作は「新・世界樹の迷宮 ミレニアムの少女」。

4Gamer:
 神谷さんのSCE時代のお話って,あんまり表に出てこないですよね。

神谷氏:
 まぁ,守秘義務があって話せませんし。SCE時代は,実際はいろいろあったんですけど,結果としてやっぱり企画は形にならなくて。1年ちょっとかけて集めたチームも,ちりぢりになってしまいました。そして,最後まで残った大西くんという,現ヴァニラウェアのプログラマーと二人で路頭に迷うことに。あの頃は本当にお金がなくて,自炊もできない状況下で1日200円くらいで暮らしていて,僕はパンの耳が主食でしたからね(苦笑)。

4Gamer:
 パンの耳って……それって神谷さんが何歳くらいの時期ですか?

神谷氏:
 2001年頃だから32歳かな。だから,このまま大阪に戻っても仕事なんか取れないし,仕方ないから東京に残ってなんとか仕事を探そうって話になって。そこで紹介してもらったのが,後に「ファンタジーアース ザ リング オブ ドミニオン」へと発展していくプロジェクトの仕事なんです。

4Gamer:
 あれは当初,オンラインゲームのミドルウェアを作っていたマルチタームという会社が,自社のエンジンを売り込むために立てた企画だったんですよね。

神谷氏:
 そうそう,よくご存じですね。最初はヴァンパイアと人間が争うというちょっとダーティーな設定の企画だったんですけど,僕がディレクターをやることに決まってから,「神谷さんだったら,お姫様でファンタジーでしょ」とプロデューサーに言われました。そのとき,「あぁ,これからは,僕のディレクション=お姫様,なんだな」と思ったりもしましたよ(笑)。ファンタジーアースの仕事を請け負う事になって,事務の都合上「プラグル」という会社を作るのですが,これがヴァニラウェアの前身となるわけです。

4Gamer:
 しかし,ファンタジーアースのプロジェクトは相当大変だったと聞きましたが。

神谷氏:
 そうですね,僕の業界経験の中で最も過酷な現場でした。とくにシガタケくん()には,相当な負担をかけてしまって。彼は最初,「プリンセスクラウン大好きです!」とか言って目をキラキラさせていたので,これはいいと思って騙して入社させたんですけど。

※ヴァニラウェア所属のイラストレーター。同社のほぼすべての作品に携わり,「ハバネロたん」の原作者としても知られている

4Gamer:
 騙してって(笑)。

神谷氏:
 ファンタジーアースに参加してからは,一人で全部の背景や建物を作ることになったりと,きつい仕事が続き,どんどん目が濁っていって……。ある日,「シガタケ君,これもやってくれない?」ってお願いしたら,「ああ? (自分でやれ)」って感じに,すっかりやさぐれちゃってて(苦笑)。有能だからといって,なんでもかんでも頼るのは,人をやさぐれさせると学ばせてもらいました。

4Gamer:
 笑っていいんだか悪いんだか……(苦笑)。

神谷氏:
 もちろん,今はそんなことないですよ。……たぶん(笑)。

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