― 連載 ―

ハーツ オブ アイアンII 世界ふしぎ大戦!
第13回:神よ,アフリカに祝福を:後編(南アフリカ)

 第二次世界大戦を背景とし,地上のあらゆる国で飛躍の可能性を試せるストラテジー「ハーツ オブ アイアンII」において,「どうやればそうなるのやら」といったプレイを追求する本連載,前回に引き続き南アフリカ連邦でのリプレイをお届けします。
 ケープタウンからアジスアベバ(エチオピア)に至る,独自のアフリカ縦断政策に着手するだけでは飽きたらず,アラビア半島の主要地域を手中に収めてしまった南アフリカ。その突拍子もない展開に呼応するように,歴史の歯車は例によってかなり不思議な方向に回り始めます。

 なおこの連載は,第二次世界大戦に関わったいかなる国や民族,集団あるいは個人をおとしめる意図も持っていません。ときに過激な表現が出てくることもありますが,それはあくまでゲームの内容を明確に説明するためのものです。あらかじめご了承下さい。

 

ペルシアの参戦から始まる,連合国の危機

 最初に起きた,そして最後まで尾を引いた波乱が,ペルシアの枢軸陣営入りであった。ペルシア軍は怒涛のようにバクーへ攻め寄せるが,イラクとイギリスとソ連は当然そのような暴挙を許さず,あっという間にペルシアは地図から消えた。イラン・イラク戦争どころか,ソ連領にまで斬り込む大胆な企てだが,まあ実るはずもない。

 

 やれやれ,と思いつつ,1942年の夏,我が国は北アフリカ戦線の整理にいそしむ。思い出したようにフランス軍がイタリア軍に攻勢をかけていたので,ここでトリポリに強襲上陸できればなどと思いつつも,トリポリにはICも資源もないので放置する。

 

ペルシアが枢軸に加盟して連合に宣戦布告。イラク・ペルシア戦争がここに開幕。そして,すぐさま終了
トブルクを解放する南ア騎兵。戦車のことでなく正真正銘の騎兵だが,ちゃんと活躍してますってば 思い出したかのようにフランス軍が奮闘。ちなみに両軍がぶつかると,負けるのはフランス軍

 

独ソ戦開始時点の画面。まさかあんな結末が待ち構えているなんて,この段階では誰にも予測不能だろう

 チラチラと東部戦線も見ていたら,赤軍はドイツ軍を押し返しつつある。試しにデータシートを見てみると,ドイツ軍200個師団に対しソビエト軍も200個師団程度。アメリカからのレンドリースもあるし,これならソ連の勝ちは動くまい。
 対独上陸作戦の準備をして,共産主義勢力にベルリンを取られないようにすれば大丈夫かな……と思っていたら,1943年冬,なぜかモスクワがドイツ軍に大包囲されている! あらためてデータシートを見ると,確かにドイツ軍200個師団,ソ連軍200個師団なのだが,ソ連軍の200個師団のうち100個師団が民兵。こりゃだめだ。
 いや,それにしてもいったい何があったのだろう。最後にソ連軍の陣容を確認したときには,間違いなく歩兵200個師団だった。それが1943年には半減。プレイヤーはその間ずっと必死にアフリカ買い取り運動をしていたので,何が何やら分からない。きっと,ぶざまな包囲戦があったのだろう。
 それはそうとして,ソビエトは負けた。これはもう動かない。ソビエトが負け,かつ,すでに中立国ペルシアが存在しないということは,連合軍とドイツ軍はカスピ海の南あたりで直接激突するということだ。
 これはたいへんよろしくない。イギリス,アメリカは日本とも戦争をしていて,軍事バランス的にいうと,ドイツ&枢軸諸国+日本≧イギリス+アメリカといった関係にある。中央アジア戦争にイギリスとアメリカがどれくらい戦力を割けるか,それが連合国の将来を決めることになるだろう。

 ちなみにアメリカは1943年にノルウェー上陸作戦を敢行し,30個師団程度を上陸させるが,なんとそこから在ノルウェーのドイツ軍に押されて,バルト海に追い落とされた。30個師団全滅である。連合国の一員として「いや,それはナシでしょ」と言いたいところだ。これ以降,アメリカは最後までヨーロッパ戦線に本格的な介入ができなかった。
 太平洋に目を向けると,いまだ日本海軍が元気,アメリカはじわじわと島伝いに占領地を増やしているところ。日本はフィリピンの併合こそできていないが,オランダ領インドネシアを順調に支配しており,まだまだ予断を許さない。

 

フランス領バンコク。火事場泥棒もほどほどにね,と言いたいところ。むしろ南アにください エルサレムも一応南ア領にしてみた。その後のことを考えると,あまり領有したくない気も
1944年にもなってグアムが陥落していない……のではなく,グアムが日本軍に奪還されたところ。アメリカさん,真面目に戦争してくださいよ。ビキニも奪還されたし
3分割もしくは4分割されるソビエト

ちょっとスカスカながらも戦線が安定してきたところ。ここから約1年,連合軍(というか英軍)の快進撃が続く

 中央アジアでの英独戦争は,意外にもイギリスの大進撃から始まった。バクーをはじめ南部油田地帯を制圧すると,中央アジアの旧ソ連領に大穴を空け,かつてソビエトがシベリアに移転させた工業地帯へと侵攻していく。
 途中ソビエト軍が盛り返して,援軍に来ている連合軍の退路(と援軍ルート)を断つという荒業をやってくれたので,南アが泥をかぶりましょうということで対ソ宣戦布告。連合軍の援軍ルートは無事に維持された。
 ちなみにこの援軍ルート,どれくらい長いかというと,ケープタウンに配置した歩兵を戦略再配置で対ソ戦最前線まで運べるほど。だって全部地続きだし。内線の利というには,ちょっと頭を抱えるくらいの距離ではあるが。

 

独英戦のさなか,アフガニスタンとカスピ海をつなぐようにソビエトが領土を回復。ソビエトは敵ではないが,軍隊の通行許可もないので,援軍ルートが遮断される。やむを得ず南アが汚れ役に アフリカ縦断政策で実現した,長い長い援軍ルート。この画面だとEast Africaの「t」の字があるあたりのプロヴィンスに,生産したばかりの陸軍を配置可能。船でピストン輸送するより速くて安全

 


テクニカル(というほどでもないが)な機動で数的不利を跳ね返しつつ進撃,スターリングラードを包囲する。スターリングラードに大部隊が入ると絶対に陥とせないので,ドイツ軍を追い払うことを最優先した

 ドイツは最精鋭部隊をカムチャツカ方面にまわしており,中央アジアではルーマニア軍やハンガリー軍が主体だったというのも英軍を利した。これならいけるということで,南ア騎兵(いまだにこれが南ア軍の最精鋭)が中央アジア戦線に参入する。1942年式ハンガリー歩兵2個師団を相手に南ア騎兵6個が苦戦したりしつつも,突破に貢献していった。
 この騎兵を生産した頃,騎兵の速度を殺さず,かつその時点で最も戦闘力を高めてくれる旅団として,苦しまぎれに工兵を付けておいたが,これがいくつかの重要な渡河攻勢において非常に役立った。偶然の神様ありがとうございます。どの宗教の神様かは,あえて詮索しないでおきます。
 慎重にドイツ軍を避け,「枢軸軍」のみを相手にし続けること数か月,枢軸の中央アジア戦線には繕いがたい大穴が空き,ついには南ア騎兵によるスターリングラード包囲にまで至った。このときスターリングラードにいたのはドイツ歩兵1個,守備隊1個,ハンガリー歩兵1個の合計3個師団のみ。そこに南ア軍は民兵の山と精鋭騎兵をもって数度の包囲攻撃をしかけ,英軍の助けもあって3度目にスターリングラードを陥落させた。

 

奇跡の瞬間,スターリングラード陥落。南アがんばりました。イギリス軍の攻撃が同期したのも勝因だ

 

 この頃になるとアメリカ軍が朝鮮半島北部に上陸し,不格好ながらも朝鮮半島を制圧しつつ,日本軍に追い立てられるように極東ソビエト領を占領していった。ドイツ軍はアメリカ軍にも対応を迫られ,結果としてソビエトは

ヨーロッパロシア,スターリングラード正面まで(ドイツ)
中央アジア(イギリス)
中央アジア〜極東(ドイツ)
極東(アメリカ)

という四つの戦域に塗り分けられることになった。
 ちなみにこれと同時期に,南アは工場6ユニットを建設,IC20に達して研究ラインが2本になった。

 

大連に上陸したアメリカ軍。このあと,迷走を繰り返して北方と朝鮮に逃げ延びながら領土を安定させる。頼りにならない米軍も米軍なら,日本軍も日本軍である 南アもついに研究ラインが2本に。もっと早くやっておけばよかったと,原稿を書きつつ激しく後悔。後述するが,ポリシー優先でいらんものを作っていたせいなのだ
世界の覇権を握るのは,連合か枢軸か

アメリカがアルハンゲリスクに上陸。そのままゲーム終了時まで保持に成功した。ただし,いつ落ちても不思議ではなかった綱渡りである

 しかし,ここが連合軍の攻勢限界点だった。そもそもドイツは単独で英軍+米軍を上回る陸上兵力を持ち,そこに枢軸各国の軍隊が加わる。また,枢軸に属していないとはいえ,連合国は日本をも相手にして戦争を続けている。アメリカがもう少しまともに戦っていれば問題ないはずだが,まあそれはともかく。
 スターリングラード正面の戦いは少しずつ押され気味になり,やがて北方で戦線が崩壊し始めた。連合軍にとって唯一の救いは時間だった。すでに1946年12月を過ぎ,残るゲーム期間は1年。シベリア戦線は冬を迎えると終息するので,ドイツ軍に与えられた猶予は1年をはるかに下回る。

 

このあたりからVPを意識し始める。日本は枢軸入りしていないので,もし日本がいまさら枢軸に入ったら,連合は絶対勝てない

 勝敗の行方は素晴らしく微妙になってきた。1946年12月26日の段階で,連合が382VP,枢軸が401VP。シベリアに疎開された工業地帯の西寄りで約4VP,東側で4VP程度である。これ以上枢軸からVPを奪うのはほぼ不可能なので,散兵線的防御でドイツの夏季攻勢をしのぐことによってシベリアの8VPを守りつつ,比較的くみしやすい日本から19VPを奪えば,どうにか連合の勝利となる。

 

戦線崩壊の足音が聞こえてきた6月。強引に北シベリアでドイツ軍の補給線をカット。じりじり後退しつつも,補給線を切るようにプロヴィンスを取る ついに連合軍の戦線崩壊。スターリングラードに大量の民兵と守備隊を押し込んで,決死の覚悟で防戦に入るところ。正規軍の手薄さが涙を誘う

 

アメリカも最後で少しはまともな戦争をする。満州でVPを稼いで,一発逆転可能な得点差に入ってきた

 そんなことが可能なのかがそもそも問題だが,さすがに太平洋戦域ではアメリカが押しており,満州でも攻勢に出ている。また,南ア騎兵をシベリア北部に派遣,少々強引な攻勢に出ることでドイツ軍を分断することに成功した。これによって中央アジアと極東ソビエトに挟まれたドイツ軍は慢性的な補給切れに陥り,数こそ連合軍に優るものの,戦闘では勝てない状況に追い込まれた。

 また,連合国内で新技術のブループリントが飛び交ってきた結果,南アはいつしか1945年式歩兵に最新式の自動車化歩兵を生産できる国家になっていた。情報技術も完備,軍もほぼ常備軍化してドイツ軍の指揮統制値に迫る精鋭である。実質IC27に達していた南アは歩兵を量産し,戦略移動でバクーやそのほかの要地へと配備した。
 結果,1947年9月には連合390VP対枢軸398VP。シベリアに冬が訪れるまで1か月を耐え抜き,かつ3か月で9VPを掠め取る作戦が必要となった。
 ここで,あたかも夏休みの最終日にあわてふためく小学生のように,南アの生産ラインが活性化する。イギリスに委譲したはいいが沈んだ輸送艦6船団に代わって,新たな輸送艦4船団を発注,また目を皿のようにしてマレー半島を観察した結果,IC0,資源0で軍港を持つプロヴィンス「トンブリ」を発見したので,これを即座にイギリスから買い取る。
 そうこうするうちにシベリアには早めの冬が到来。ドイツ軍の動きは止まり,連合軍の足も止まった。VPエリアはほぼ安全を確保していたが,1か所だけ2VPのプロヴィンスが危機に瀕している。

 

台北に決死の上陸作戦敢行。成功すれば戦勝国,失敗すれば敗戦国だ

天国のルーズベルトも照覧あれ,台北での勝利が戦争全体の勝利に。ヒトラーの呻き声が聞こえる瞬間

 1947年11月26日,完成した輸送艦に1945年式歩兵4個師団を載せて,トンブリに出航。1947年12月9日に基地移動を果たすと,そのまま台北上陸作戦を発動させる。台北はVP10。作戦が成功すれば400対398で勝てる。
 勝算はあった。データを見ると日本海軍は壊滅状態にあり,米軍の通商破壊で台湾はおそらく補給切れ,兵がいたとしても守備隊1個師団程度に違いない,と。懸念材料はインドネシアや沖縄から来るであろう,日本の海軍爆撃機だ。これに捕まったら悲惨な運命が待っている。そしてもう一つは時間。台北占領が1947年12月30日を越えるなら無意味である。
 全滅覚悟の強襲上陸を指示してみると,12月13日頃には到着予定らしい。時間の問題はクリアしたが,あにはからんや,マレー沖で日本の航空隊に捕まって1個船団が失われる。歩兵4個師団が3個師団に減ったが,全滅でなかっただけで御の字である。
 12月13日に予定通り台北沖に到着,歩兵3個師団で上陸をかける。台北は案の定,守備隊1個師団が守るのみ。12月15日には無事台北が南ア領になった。なんだか意味がよく分からない気もしてきたが,領土拡大でめでたいめでたい。

 

ノヴォシビルスクが陥ちたら危なかった。ドイツ軍は2方面から攻撃できるので,攻撃されればアウト。補給線を遮断してきた効果が現れた形だ

 さて,この段階で400対398だが,もしシベリアで2VPが失われると,ちょうど逆転して負けだ。万全を期すために,上陸作戦で消耗している部隊に鞭打って沖縄上陸作戦を敢行。台北攻略時にちらっと見えた範囲でいうなら,ここも防備は守備隊1個だけのはず。海岸要塞が気になるが,気にしたら負けということで突入する。
 無事沖縄も南ア領になって,極東情勢をさらに混乱させつつ沖縄の2VPを獲得。これで402対398,スターリングラードが陥落でもしない限り,悪くても引き分けに持ち込める。
 時計はそのまま進み,1947年12月30日にはゲームセット。VP4点差で連合国が逃げ切った。どう考えても,ソビエト戦線はあのあと大崩壊するしかないはずだったが,ドイツ国内でも厭戦世論が高まりすぎたのだろう。

 

まだ逆転可能な点数圏内なので,とどめをさすべく沖縄強襲。成功すれば逃げ切り(悪くて同点)確定。そして,無事勝利する
戦後の南アをちょっぴり想像してみる

サウジアラビアを独立させる。この先も戦争を続けるならIC5のために南ア領で確定だが,戦争が終わったならもういらない

 これまでになく長い長い戦いを経て,南アは,アフリカは何を勝ち取ったのだろうか? まず間違いなくいえるのは,この戦勝の前提として,連合国は南アを無視できないことだろう。そして,アフリカを縦断する支配領域を勝ち取った(買い取った)のも偉大な前進といえる。
 ちなみに1947年12月30日にはサウジアラビアを独立させてみた。勝利条件として意味を持つわけではないが,今回の南アは英連邦の盟主に代わって,中東の戦後に責任を負うべき立場にいると思われる。

 

 もちろん異議を申し立てる者もいるだろう。連合の勝利は文字どおり連合の勝利であって,南アだけの勝利ではない。抵抗らしい抵抗が予想されなかった台湾と沖縄に上陸したから勝ったのではなく,その上陸作戦で勝てる体制を作れていてこその勝利であり,ファシストの猛威に屈しなかった連合国全体の勝利ではないか,と。この主張は表面的にはまったく正しい。

 

ベルリンまでなら余裕で手が届きますよ。もちろん,ロンドンにもね

 だが,連合国の首脳はここで気づかねばならない。実は今回のリプレイで南アは,直接戦闘のかたわら,ACDA社を中心に一大プロジェクトを進めていた。1947年12月30日現在,南アは世界で唯一ICBM(大陸間弾道ミサイル)を実用化した国家である。
 その威力と精度は,戦時中に行ったベルリンとローマへの攻撃で実証済みだ。そして,イギリスからアフリカ領を買いあさった結果,南アのミサイル基地はアフリカ全土に展開している。南アの拳は,ロンドンとワシントンにも届くのだ。

 

ローマに対するICBM通常弾頭の使用前/使用後。4発撃って2発は不発気味だったので,4発全部当たれば工業施設も資源産出も完全に停止したものと思われる

 

 鉱物や農産物の代わりにロケットとその技術を売っていけば,南アが経済的に困窮することはまずないだろう。またまた勝利条件とは関係ないが,戦後を見据えてドイツとの友好度は+200にしておいた。史実における南アと異なり,治安部隊用の小型兵器でなく,ロケットの輸出で生きていくのだ。南アの偉大な(そして,きっとどこかでツケを払うハメになる業の深い)歴史は,今まさに始まったばかりなのである。

 

世界第7位の南ア。どこに勝ったことよりフランスに勝ったことが嬉しい。どこに負けていることよりイタリアに負けているのが悔しい 将来を見据えてドイツとの関係は+200。え,フォン・ブラウンが開発するからいらない? それならアメリカに売っちゃいますよ?
■■徳岡正肇(アトリエサード)■■
翻訳書籍や雑誌の原稿,そして当サイトでの連載と,なかなか広いカバーエリアを誇るゲームライター。ただし,広いからといって主要な話題をカバーしていると考えるのは早計である。まあ,アフリカを語るに当たって,収奪と搾取,モノカルチャー経済,政治的独立,開発独裁,宗教などが主要な話題になるのか,周辺の話題になるのかは,あくまで関心の持ちようではあるのだが。
タイトル ハーツ オブ アイアンII 完全日本語版
開発元 Paradox Interactive 発売元 サイバーフロント
発売日 2005/12/02 価格 8925円(税込)
 
動作環境 OS:Windows 98/Me/2000/XP(+DirectX 9.0以上),CPU:Pentium III/450MHz以上[Pentium III/800MHz以上推奨],メインメモリ:128MB以上[512MB以上推奨],グラフィックスメモリ:4MB以上,HDD空き容量:900MB以上

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