Illustration by つるみとしゆき |
以前「こちら」で,ケルト神話に登場する光の神ルーと,魔槍ブリューナクについて紹介した。ケルト神話の最大の見どころともいえるモイトゥラの戦いで,ルーはブリューナクを用いて邪眼を持つバロールを撃破した。また,ブリューナクは槍ではなく,スリングの弾とする説もあると紹介したと思う。
実はブリューナクに関する記述を調べていくと,単なる槍とするものや,光り輝く軌跡が槍のように見えたために槍としているものなどさまざまな説あり,その内容は一定ではない。そしてさらに調べていくと,「タスラム」というキーワードにぶつかることになる。
ルーが所有する武器にはブリューナクのほかに,スリングによって発射されるタスラムという弾があったとされている。実はこれがブリューナクと同一視/混同されるようになったために,前述のような現象が起こったのだと思われる。事実,資料によってルーがバロールを倒した武器はブリューナクであったり,タスラムであったりと,少々ややこしいことになっているのだ。
なぜブリューナクとタスラムが混同されるようになったのだろう。こうなった理由はいくつか考えられる。一つは,当初バロールを倒したのはタスラムだったが,最終局面では,タスラムよりも神々の四秘宝の一つであるブリューナクを使うほうがふさわしいことから,のちにバロールを倒した武器はブリューナクに変化し,タスラムの特性も吸収されたというもの。二つめは逆のパターンで,ルーは当初ブリューナクによってバロールを倒したとされていたが,のちにキリスト教の流布によってケルト神話とキリスト教が交わり,旧約聖書におけるダビデと巨人ゴリアテの逸話の影響を受けたというもの(ダビデはスリングによってゴリアテを倒している)。
ほかにもいろいろと考えられるが,こうした理由によってブリューナクとタスラムは個々の存在でありながら,徐々に混じり合ってしまったのかもしれない。もっとも,神話に整合性を求めるのは無理な話なので,ここではとくに結論を明示しないが,ケルト神話などを読みながら自分なりに推論してみるのも面白いだろう。
ルーが放ったとされるスリングの弾・タスラムは,敵の脳漿と石灰を混ぜ合わせて固めたものだったといわれている。そんな材料で,弾を作るなんて……と思う人もいるだろうが,古代ケルトでは,こうした弾を実際に使っていたとの記録が残されている。
タスラムには,光の軌跡を帯びながら敵を自動で探し出し,貫くというものや,追尾はしないが恐ろしいまでの貫通力を持っていたという逸話がある。いずれにせよ,ルーの手を離れると,光の軌跡を描いて飛んでいく。このあたりはブリューナクと同じように,ルーが“長腕”と呼ばれるにふさわしい能力である。
ルーがタスラムによってバロールを倒したと記述している書では,放たれたタスラムはバロールの邪眼を貫通しただけではなく,脳まで達したというのだから,大した威力だったことは間違いない。すでに紹介しているのでバロールとルーの戦いについては省くが,詳細が知りたい人はブリューナクの回を参照してもらいたい。
なお,タスラムを太陽弾と呼ぶこともあるようだが,これはルーが光の神であるためではないかと思われる。ただし太陽弾という呼び方は,あまり一般的ではないようだ。筆者としては,倒した敵の脳漿を用いて作成されていることと,何度も使用可能であるとの記述から,タスラムはルーが倒した数々の敵の脳漿を吸収した弾だと考えている。そう考えると,ブリューナクを「魔槍」とたとえたのと同様に,タスラムは「魔弾」と呼ぶほうがしっくりとくるように思える。
光の神,万能の神であるルーは,美しい姿で描かれることが多いが,タスラムの存在を知って,血塗られた魔弾を放つルーの姿を想像するとき,彼の新しい側面が見えたような気がしてゾクッとしてしまうのは筆者だけではないはずだ。