― 連載 ―


虎徹(こてつ)
 長曾弥虎徹 
Illustration by つるみとしゆき

 名工として名高い虎徹は,慶長十年(1605)頃,石田光成の佐和山城下の長曾弥(ながそね)に生まれたとされており,そのため「長曾弥虎徹」と呼ばれることもある。虎徹の家系は代々甲冑鍛冶として活躍しており,もともとは虎徹も,甲冑鍛冶として生計を立てていた。ところが,自慢の甲冑が刀に割られそうになったのを見て,刀工に転身。のちに名刀鍛冶とまで謳われるようになった。
 ちなみに一説によると,通称を三之丞(さんのじょう)といい,興里(おきさと)と名乗った後に古鉄(こてつ)と名乗ったとされている。古鉄という名は古い鉄の扱いに通じていたことからつけられたとのこと。彼は,古い釘などを溶かして刀を鍛えていたらしい。さらにその後,古鉄から虎徹へと改名するが,これには次のような逸話が関係している。
 中国に,母親を虎に殺された李廣という人物がおり,母の敵討ちを誓って弓矢を手に野山を歩き続けた。しばらくして,草むらの中に虎の姿を発見した李廣は,ここぞとばかりに弓を引き絞ると虎を射た。何本もの矢が突き刺さったが,近づいてみるとそれは虎ではなく,単なる大きな岩だった。これは念ずることで岩をも徹するという故事なのだが,これにあやかって虎徹と改名したらしい。
 刀工に転身したのは50歳くらいのときと伝わっており,刀工となって江戸に引っ越してから没するまでの15年間に,200振り以上の日本刀を鍛えたらしい。切れ味が良かったことはもちろんだが,甲冑鍛冶であったことから,刀身に彫り物などをほどこすことも多かったという。なお,15年間に200振り以上というペースはかなりのものだが,それでも供給が追いつかなかったという記述も残されている。ともあれ,虎徹の人気はどんどん高まり,愛刀家達にとっては垂涎の日本刀となった。そして,名刀の宿命ともいえることだが,偽物も多く出回ることになってしまうのである。

 近藤勇と虎徹 

 虎徹といえば,幕末に活躍した新撰組の組長である近藤勇が愛用していたことでも有名だ。近藤勇が虎徹を入手したときの状況にはいくつか説があり,商人から偽物の虎徹を買ったとする説,豪商である鴻池善右衛門の京都邸に忍び込んだ賊を退治し,見返りに虎徹をもらったとする説,斉藤一が市場で見つけてきた説など,どれも近藤勇自身が虎徹のファンであったことを強調する内容だ。彼は愛刀以外にも,複数の虎徹を所有していたということだろうか。
 近藤勇と虎徹といえば,池田屋事件を忘れるわけにはいかない。1864年6月5日。京都のどこかで尊皇攘夷過激派が会合を開くことを知った新撰組は,その場所が池田屋だと突き止めた。万全を期するために応援を頼んだものの,あまりにも応援が遅かったので,新撰組の近藤隊は池田屋を包囲すると,近藤勇,沖田総司,永倉新八,藤堂平助のわずか4名で池田屋に突入,激しい戦いの末に池田屋を制圧した。翌日には掃討が行われ,結局20名以上の過激派の捕縛/討伐に成功したのだ。
 池田屋事件は相当な激戦で,のちに近藤勇は養父の近藤周斎に宛てた手紙の中で,「兼て徒党の多勢を相手に,火花を散らして一時余の間,戦闘に及び候処,永倉新八の刀は折れ,沖田総司の帽子は折れ,藤堂平助は刃切出さゝらの如く,枠周平は槍を斬り折られ……」と綴っており,その内容から非常に過酷な戦いであったことがうかがえる。また「下拙刀は虎徹故に哉,無事に御座候」とも説明しており,近藤勇いわく,虎徹だったからこそ折れることもなく無事に戦い抜けたというのである。彼の虎徹に対する信頼と愛情は,非常に深かったようだ。

 偽物,虎徹 

 池田屋事件で振るわれた近藤勇の虎徹は,偽物だったとする説もある。実は商人から購入した虎徹は偽物で,源清麻呂の作品を虎徹としてつかまされたとするものだ。とはいっても源清麻呂も,「四谷正宗」と称されたほどの名工であったために,どちらにせよ切れ味はかなりのものだっただろう。確証はないものの,現在では池田屋事件で振るわれた虎徹は偽物だろうとの説が定番となっているが,天然理心流の四代目宗家であり,大の愛刀家としても知られる近藤勇が,偽物をつかまされるほど目利きができなかったというのも疑問ではある。また一方で,東京国立博物館で刀剣室長を務めた小笠原信夫氏によれば,近藤勇の愛刀は明治維新後にも残っており,紛れもなく本物の虎徹だったとの証言もあるそうだ。

 

僧正兼元

■■Murayama(ライター)■■
先日,某SNSでお酒に関するバトンが回ってきたというMurayama。アルコールにまつわる彼の失敗談や武勇伝は,当連載でもたびたび紹介してきたので,著者紹介ネタ探しのつもりで目を通させてもらった。すると,「問:酒癖は悪い?」「答:たぶん大丈夫」,「問:アルコール中毒だ」「答:酒ってなくても平気じゃない?」などと,ネタなのか本気なのか分かりづらい記述が確認できた。バトンに答えているときは,すでに泥酔していたに違いない。

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http://www.4gamer.net/weekly/sandm/069/sandm_069.shtml