― 連載 ―


紫金紅葫蘆(しきんべにひさご)
 金角と銀角 

 三蔵法師,孫悟空,猪八戒,沙悟浄の4名が,教典をもらうために天竺を目指して冒険する「西遊記」には,多数の妖怪や魔法の品々が登場する。西遊記といえば,過去に孫悟空の武器「如意金箍棒」を紹介しているが,今回は「紫金紅葫蘆」を紹介してみたい。

 

Illustration by つるみとしゆき

 西遊記には有名な逸話がいくつもある。その中でも,金角/銀角と孫悟空の対決は多くの人が知っているエピソードだろう。一行が天竺へ向かうために平頂山の近くを通ったときのこと,そこには蓮花洞という洞窟があり,金角と銀角という怪物が住んでいた。二人は三蔵法師を食おうと企んでいて,三蔵法師達が近くを通ることを知ると,さっそく襲撃をかけた。もちろん孫悟空は抵抗したが,なんと銀角は妖術を駆使すると須弥山,峨眉山,泰山の三つの山を移動させ,孫悟空にぶつけたのだ。さすがに三つの山に押しつぶされたのでは孫悟空も身動きがとれない。その隙に三蔵法師はさらわれてしまった。
 銀角は意気揚々と蓮花洞に帰ったが,金角は「孫悟空を生かしておいては後々やっかいなので,三蔵法師を食う前に孫悟空を倒してしまおう」と話し,紫金紅葫蘆を取り出すと部下の精細鬼(せいさいき)と伶俐虫(れいりちゅう)に渡した。そして「孫悟空を見つけたら,ひょうたん(紫金紅葫蘆)のふたを外して孫悟空の名を呼べ。返事をした者は紫金紅葫蘆に吸い込まれてしまうので,あとはお札で封印すれば,ヤツは紫金紅葫蘆の中で溶けて,いい酒になるだろう」と話した。
 しかし精細鬼と伶俐虫では孫悟空の相手にならなかったばかりか,孫悟空に紫金紅葫蘆を取り上げられてしまう。これを知った銀角は再び孫悟空のもとに向かい,七星剣を振るって孫悟空を痛めつけると紫金紅葫蘆を取り戻し,孫悟空を捕まえて蓮花洞へと帰った。蓮花洞に連れてこられた孫悟空は,三蔵法師を救うために隙を見て逃げたが,紫金紅葫蘆を持った銀角の呼びかけに返事をしてしまったため,今度は紫金紅葫蘆の中に吸い込まれてしまった。
 紫金紅葫蘆に封じられた悟空は,幻術で自分の死体を作ると,虫に化けて待機し,銀角がのぞき込んだ瞬間に紫金紅葫蘆から脱出。さらに金角/銀角の部下に化けると紫金紅葫蘆を盗んで,今度はその力を使って金角/銀角を封じ込めてしまった。こうした逆転劇の末に三蔵法師一行は危うく難を逃れ,冒険を続けることになったのである。

 金角/銀角と太上老君 

 西遊記における金角/銀角は,非常に強い。七星剣や紫金紅葫蘆を使い,妖術を駆使して戦う様子は,単なる妖怪というには強すぎるのだ。その強さも,彼らの素性を調べると納得できる。金角と銀角の正体は「金炉童子」「銀炉童子」といい,道教における最高位の神の一人である太上老君の部下だったのだ。本来は太上老君のもとで仙丹(不老不死の薬)を作るための金,銀の炉の番をする童子であったが,仕事に嫌気がさした二人は太上老君から紫金紅葫蘆,芭蕉扇,七星剣,幌金縄,羊脂玉浄瓶を盗み出して下界に逃げ,下界で暴れていたところに三蔵法師一行が通りかかったというわけである。なるほど太上老君の直属の部下であれば,その実力は納得できるというものだ。
 この二人が太上老君の宝を盗み出したにもかかわらず,すぐに天界から追っ手が出なかったのには理由があった。それは,金角/銀角を放っておくことで三蔵法師に試練を与え,それを乗り越えていく力があるかどうかを試そうとしたためである。もちろん,こうした意図があったことは西遊記の中でも語られている。
 今回スペースの都合もあって,金角/銀角と孫悟空の戦いはかなり割愛しているが,太上老君の五つの宝を使った金角/銀角と孫悟空との戦いは,かなり面白く読み応えも十分だ。興味がある人は,ぜひとも一読してもらいたい。

 紫金紅葫蘆 

 紫金紅葫蘆は道教における最高位の神の一人,太上老君の持ち物である。もともと,天地開闢のころに女渦(正しくはさんずいではなく女へん)が天の修理を行ったときに,崑崙山の麓で見つけて太上老君に渡したもので,物語中ではひょうたんとして描かれている。そしてこれを持った者に呼びかけられ,うっかり返事をしてしまうと,中に吸い込まれて時間と共に溶かされてしまうのだ。
 西遊記では相手の名前を呼んで返事をさせることで吸い込んでいるが,これは返事をさせるには名前を呼ぶのがいいという銀角のアイデアであるらしい。なので,別にウソの名前で返事をしても吸い込まれてしまうとのことだ。ちなみに紫金紅葫蘆は1000人の人間を吸い込んでも平気との記述も見られることから,使い方次第では小さな村程度であれば,一瞬で無人にすることも可能だ。
 太上老君は紫金紅葫蘆を武器として使っていたわけではないようで,仙丹入れとして使っていたらしい。盗まれたほかの道具については,七星剣は妖魔を従え,羊脂玉浄瓶は水入れ,芭蕉扇は八卦炉の火を扇ぐもの,幌金縄は太上老君の帯であるという。今回は紫金紅葫蘆の説明だけだが,ほかの武器/道具については,機会があれば紹介するとしよう。

 

大典太光世

■■Murayama(ライター)■■
酒の話が多いMurayamaだが,今回も酒の話。有名な禁断の酒に「アブサン」というものがある。これはニガヨモギを主原料としたリキュールで,ニガヨモギには神経に作用して精神障害を起こす危険があることから,20世紀初頭に世界各国で製造禁止となってしまった。20世紀末あたりから規制が見直され,21世紀にはかなり合法的に手に入りやすくなったこの酒を,当然のようにMurayamaは愛飲するようになった。そしてついに,世にも恐ろしい事件を引き起こすのである……(つづく?)。

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