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ジークレスト長沢氏に聞く,オンラインゲームのパブリッシング業務とは?

text by Guevarista / Photo by 市原達也

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前例の少なかったアイテム課金ビジネス。リスク計算と情熱の部分

長沢氏

 そして,もう一つのチャレンジ要素として,その当時まだアイテム課金というビジネスモデルでうまくいっているものがほとんどなかったという状況があります。

 

4Gamer
 トリックスターがリリースされた時点で考えると,そうですね。

 

長沢氏
 はい,すでにあった例としては,ネクソンジャパンの「メイプルストーリー」,ガマニアデジタルエンターテインメントの「巨商伝」などです。いずれにせよ,アイテム課金がマーケットにほとんど出ていなかったので,行けるかどうか判断に迷いました。

 

4Gamer
 トリックスターより早い,しかも参考にできるほど早い時期のアイテム課金の例というと,かなり限られますね。

 

長沢氏
 「スカッとゴルフ パンヤ」が,確か半年ほど早い例になるかと思います。ただ,トリックスターをやる/やらないという判断のタイミングでは,パンヤもまだ始まっていなかったですし。  アイテム課金は方法として,非常に不安ではありました。ただ,それ以上にコンテンツとしてのトリックスターに魅力を感じていましたし,もともと韓国ではアイテム課金で提供されているのだから,その形(=アイテム課金)で成功させてしまおうという意気込みのほうが強かったです。

 

4Gamer
 トリックスターのサービスと,アイテム課金という方法はセットだったということですか。

 

長沢氏
 まあ,そうですね。最後の最後までいろいろ話はしていたんですけども,基本的なコンセンサスとしてはアイテム課金だと。まあ,何かあれば月額課金にすることもあったかもしれないけれど,基本的な軸はずらさないでいこうという形でまとまりました。

 

4Gamer
 今でこそ,アイテム課金でプレイヤーさんが実際に使うお金は意外に多いんだとか,広く知られるようになったと思うのですが,実例に乏しい段階で,どう損益分岐をはじいたのか,そこをぜひお聞きしたいです。果たして収益モデルが成り立つのか,というのは,大きな命題だと思いますので。

 

長沢氏
 そうですね(アイテム課金での収益云々について)詳しい人はほとんどいませんでしたので,ある意味,想像の範疇を超えていなかったというのが正直なところです。シミュレーションはいろいろな形でずっとやっていましたが,アイテム課金がビジネスモデルとして成功するか否かを,まずコスト面から考えていきました。
 プレイヤーが増えれば,それに見合う施設面での投資が必要になる。サポートに対する人件費もある。そのカウンターとして,売り上げが見合えばいいんですけど,それはなかなか見えない。あとはそこをやる人間,責任を持ってプロジェクトを動かす担当者の情熱で,引き上げていくのが重要です。
 とはいえ,それだけに任せておける問題ではないので,コスト面に関するヒアリングは丹念に行いました。それを通してMAXのリスクがどのくらいになるかを把握したうえで,やれるかやれないか判断したというのが,一つの大きなポイントです。

 

4Gamer
 外枠といいますか,まずあり得る範囲かを考えたと。

 

長沢氏
 で,少なくともビジネス的にナシではないということに。要はコストのサイズとして,(会社の)ほかの部分でも吸収していけるし,今チャレンジしていくことに意義がある。このくらいのチャレンジは,あってしかるべきという判断になった。
 実際にその中で売り上げを立てていく部分に関しては,アイテムの豊富さや,韓国における事例などについて,いろいろヒアリングしました。韓国での成功事例としてアイテム課金の作品がちょこちょこ出てきていたというのが,判断するうえで良いきっかけになったと思います。トリックスターそのものの韓国での動向が,その最たるものなのですが。

 

4Gamer
 同じビジネスモデルで行くとすれば,理屈から言って最も参考になるはずですよね。

 

長沢氏
 参加した人のうち,どのくらいの人が実際にアイテムを買ってくれるか,どういったアイテムが売れているか,などについてのヒアリングは,かなり積極的にやりました。
 もちろん,国民性の違いとか,マーケットの規模の違いはあります。それに,どういうプレイヤーが入ってきて,どういったプレイをするかといったことは,想像の範疇を超えないのですが,一応の指標を立てながら進められるわけです。

 

4Gamer
 そのまま持ってこられるものではないけど,ベースデータとしてはかなり“使える”と。いろいろなところの大小関係とか。

 

長沢氏
 韓国でのデータにそれぞれ係数を掛けていって,日本国内でどの程度の規模が見込めるかを割り出していきました。
 トリックスターの場合,キャラクター性でファンになってくれる人がある程度見込めると思ったので,我々がどれだけアイテムや遊び方を提案できるかがポイントだと考えていました。
 装備できるアイテムもそうですし,「マイキャンプ」と呼ばれる自分の“家”を持つことができて,その中のことを考えれば家具なども販売できる。加えて,連れて歩けるペットがいて……という風に,アイテム課金で売れる商品が多様にありました。そしてそれは同時に,いろいろな遊び方ができるということでもあります。
 サービス提供側としてやるべきことがたくさんあって,いろいろなチャレンジができる。何かで失敗しても,取り返す手だてが見つけやすいとは感じました。

 

4Gamer
 まとまったお話として後から聞くと,積極的に考えるための好条件が,すごく揃っていたかのように思えてしまうんですけれど,未知数の部分も多かったはずですよね? そこで踏み出せた理由は,“確かな勝算”と“チャレンジ要素”と,どちら側に比重があったのでしょうか?

 

長沢氏
 それはなかなかどちらとは言えませんが,後にトリックスターのプロデューサとなった韓(ハン)さんの,思い入れが非常に強かったことが,決定に当たって最も大きな要因になったと思います。

 

4Gamer
 なるほど,さまざまに計算を重ねても,最後に実感の部分が来るわけですね?

 

長沢氏
 そうです。やりたい,という部分が非常に強かった。ビジネス的に行けるか判断する前の段階で,彼の「とにかくこれがやりたいんだ」という情熱の部分が強かったです。
 アイテム課金やら何やらで,我々としても大丈夫か否か判断しかねている部分があった。さんざんミーティングを重ねたうえで,あるとき社長(西條晋一氏)が「これいったんペンディングね」と告げたわけです。そこで,帰宅すべく恵比寿駅に向かって歩く社長に,彼がずっと着いていって,「どうしてもやりたいんです,やらせてください」と,駅に着くまで話していたという。
 ここまで言うのだし,責任を持ってやる人間の情熱で,コンテンツビジネスというのは大きく結果が変わってくるものだろうという考えもありました。そこで,ここは彼に“託そう”という判断になりました。

 

4Gamer
 強く推すだけの何かがあるはず,という判断と,意欲的に取り組める人が担当になれば,サービスそのものをより良くできるはずという部分と,両方あるわけですね。

 

長沢氏
 事業として行けるか行けないかという判断や,どこまでのリスクがあるのかという判断は,僕や,代表の西條(前述の社長)でできるし,やるとなったらバックアップはできる。あとは,パワーの部分が重要だったのです。
 彼にしても,オンラインゲームのプロデューサをやるのは初めてだったのですが,彼の成長とともにトリックスターも伸びていくのを期待していた,というのが実際のところですね。

 

4Gamer
 このところ,オンラインゲームがビジネス面で語られることが増えて,それはそれで良いことなのですが,作品に対する思い入れと関連づけて語られる機会はあまりない。なかなか興味深いと思います。

 

長沢氏
 いや,むしろ重要なのは情熱でしょう。ビジネス的な分析は当然やらなければいけないわけですけど,何をやるにしても,アイデアを出していく人間が意欲的でない限りダメです。数字だけを見ていても,次に何をやるかは出てこないですから。

 

4Gamer
 方向感とか展望の問題になるわけですか。もちろん,計算と情熱のどちらが欠けてもいけないこととは思いますが。

 

長沢氏
 ジークレストの中でいうと,もちろんコスト意識やバランス感覚は,プロデューサに求めるものではあるのですが,そのコンテンツを大きくしていきたいという意志がないといけません。ブレーキをかけることは経営サイドでできます。けれど,推進力となるのは現場だし,コンテンツのプロデューサであって,その人間に情熱がないと,そもそも進まないですね。
 ビジネス的な視点で語ることは,ごく最近になって確立してきたものですし,それにまだなじんでいない立場から見れば興味深い事柄に映ると思いますが,より本質的なのはコンテンツを扱う人間の情熱,マインドだと思います。

 

4Gamer
 数字はツールである,と。

 

長沢氏

トリックスターにおける自分の家「マイキャンプ」と,マイキャンプ用のアイテム

 そう,例えば,トリックスターの方向性を決めていくとき――どんなアイテムに注力/強化していこうかと考える場合,プレイヤーに喜んでもらえるアイデアはいろいろ出てきます。その中で何を選んでいくかという場面では,数字とビジネス的視点が役に立つ。
 当初トリックスターで,家を飾れることがプレイヤーに喜ばれていて,家具などのアイテムがすごく売れていました。でも,我々としてはトリックスターを大きくしていくために,もっといろいろなアイテムに興味を持ってもらったほうがいい。家具に限らずそれぞれのジャンルで,魅力的なアイテムを出していかなければならない。こういうアイテムがウケるだろう,こういうアイテムがウケる形にしたい,などと戦略的に考えながら進めていった部分があります。

 

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タイトル トリックスター0 -ラブ-
開発元 Ntreev Soft 発売元 ジークレスト
発売日 2005/03/01 価格 基本プレイ料金無料(アイテム課金)
 
動作環境 OS:Windows 98/Me/2000/XP(+DirectX 9.0b以降),CPU:Pentium II/400MHz以上[Pentium III/700MHz以上推奨],メインメモリ:128MB以上[256MB以上推奨],グラフィックスメモリ:16MB以上[32MB以上推奨]

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