ニュース
XSI Mod Toolセミナーと,日本発のHalf-Life 2 MODプロジェクト
2005/10/26 23:59
■欧米のゲームシーンを彩ってきたMOD文化

 去る10月14日,アビッドテクノロジー「Half-life 2」のMODに関するカンファレンス「XSI Mod Toolラウンドテーブル」が開催された。このセミナーではMODの成り立ちと現状,そして開発者教育への応用まで幅広いテーマが取り上げられた。掲載タイミングが遅くなってしまったが,MODに関する基礎知識から,このセミナーのタイミングで旗揚げしたMOD開発チームの話題まで,記事をお届けしよう。

 FPSゲーマーなら,MODについては熟知している人や,何かしらのMODで遊んだ経験を持つ人も多いだろう。だが,日本でのMODの認知度は決して高くはないようだ。
  XSI Mod Toolラウンドテーブルは,日本のゲームコミュニティやゲーム開発者教育にMODを広めようという意図で開催されたセミナーだが,その場でも話の前提として,MODが日本では認知されていない現状が語られていた。

 本誌の読者はゲームに通じていることと思うが,主としてプレイするゲームのジャンルによってはMODを知らない,あるいは名前を聞いたことがある程度という人も少なくないだろう。そこで,まずはMODについて簡単に説明しておきたい。

 MODとは「Modification」(修正/改変の意)の略で,市販のゲームをカスタマイズして作り替えたもの(や,そのためのデータなど)を指す。この場合カスタマイズの対象は,マップだったりキャラクター/武器だったり,BGMだったり,それぞれの組み合わせになっていたりとさまざまである。

 その発祥は,1993年にリリースされたid Softwareの「DOOM」にまでさかのぼる。FPSの祖とされることが多いDOOMだが,実はMODの祖でもあるのだ。
 DOOMは,ゲームエンジンがデータファイル(その拡張子からWADファイルとも呼ばれている)を読み込んでからゲームがスタートする。マップ,モンスターの配置,モンスターの形状などの情報はWADファイル側にあり,WADファイルの変更によってゲーム内容が変えられるように作られていた。
 id SoftwareはWADファイルの内部情報を公開し,DOOMユーザーにWAD作成を促したため,DOOMリリースからそう経たないうちに,ネット(といっても当時はBBS,いわゆるパソコン通信だが)上にユーザーメイドのWADファイルが大量に流れるようになった。これを導入すれば,本編たるDOOMとひと味違ったゲームが楽しめたのである。
 パワーゲーマーが自作したWADファイルの内容は玉石混淆だったが,なかにはDOOM本編を上回るクオリティを持つと評価されるWADファイルもあった。NIFTY SERVEなど国内のパソコン通信ホストから,WADファイルを落として楽しんだ,懐かしい記憶を持つ古参ゲーマーは少なくないだろう。なにしろ,筆者もその一人だ。

 DOOMに続き,MODの世界を大きく広げたのが,Raven Softwareの「Quake」(1995年)だ。最新作となる「Quake 4」は先ごろ登場したが,その第1作たるQuakeは,以降のゲームビジネスに大きなインパクトを与えることになった。
 Quakeは,DOOM以来の伝統を受け継いでゲーム本体のソースコードが公開され,またMOD作成のための情報やツールが提供されていた。その結果,技術力のあるパワーゲーマーがさまざまなMODやカスタムマップを制作してQuakeのユーザーを拡大させたわけだが,一方でゲームベンダーにとってもQuakeのゲームエンジンは魅力的なものになった。
 なにしろ,当時としては最高のクオリティと速度を実現した3D描画をサポートしつつ,MODを開発することでオリジナルのゲームに改変できるのだ。自社で苦労してエンジンを開発するよりも,Quakeをカスタマイズしてオリジナルゲームに仕立てたほうが開発期間を短縮でき,コストも抑えられる。そんなわけで以降,各社からQuakeをベースにしたさまざまなゲームが誕生し,ゲームエンジンのライセンス収入を得るというエンジンビジネスが始まったのである。



■MODがもたらすゲームプレイヤーの拡大

 以上のような内容はXSI Mod Toolラウンドテーブルでも語られたのだが,筆者もDOOMから「Quake III」,そして「DOOM 3」までをリアルタイムで体験している。そして,本誌読者ならおそらくご存じのように,2年ほど前までは3大ゲームエンジン,つまりQuake III,Unreal,Half-Lifeのエンジンが市場をほぼ独占。多くの3Dゲームがこれらのエンジンで作成されていた。

 やや本題から逸れるが,ゲームエンジンをめぐる事情は2004年あたりから少し変化してきたようだ。オリジナルのエンジンを使用した「Far Cry」が登場,さらに2005年に入ってからも「F.E.A.R.」をはじめ独自エンジンのゲームが,各社から続けてリリースされている。3大ゲームエンジンの独占状態から,多様なエンジンが利用される方向へと切り替わっている。
 これら最新ゲームの多くにも,MOD重視の姿勢が見られる。例えばFar Cryには,マップエディタなどの充実した開発ツールが標準で付属していた。ゲームベンダーがMODを重視するのはなぜだろうか。
 先に挙げたようにゲームエンジンのライセンスビジネスという側面はもちろんあるだろうが,MODによってユーザーコミュニティが拡大し,さらにプレイヤーを広げるという相乗効果が期待できるからだろう。
 この点について,XSI Mod Toolラウンドテーブルのプレゼンター,東京大学大学院学際情報学府 博士課程 東京大学ゲーム研究プロジェクトの星野瑠美子氏が,分かりやすい説明を加えていた。MODをサポートすることにより,ツールを作るパワーユーザーを頂点に,作る人からプレイする人まで幅広いすそ野を持つユーザーコミュニティが出来上がる,というわけである。

 MODの最大の成功例といえば,Half-LifeのMODとして登場した「Counter-Strike」であろう。Counter-Strikeは10人対10人のチーム戦で,プレイヤーはテロリスト側とテロリストを掃討する特殊部隊側に分かれて対戦する。Half-LifeのMODでありながらHalf-Lifeとは別物のゲームにカスタマイズされており,ご承知のようにその完成度は極めて高い。
 Counter-Strikeは最終的に,本編であるHalf-Lifeを霞ませるほどの人気になり,Counter-StrikeをプレイしたいがためにHalf-Lifeを買うといわれるほどのMODに成長した。いまでもWorld Cyber Games(WGC)などの大会では,欠かせないタイトルとなっている。ユーザーコミュニティで開発されたMODが,ゲーム本編を超えてしまう例すらあることをCounter-Strikeは証明したのである。



■MOD文化不在の日本,英語の壁は厚い

 さすがにCounter-Strikeほどの成功は希有な例だろうが,海外ではゲームごとに強力なコミュニティが存在し,さまざまなMOD,カスタムマップ,スキンなどが盛んに開発されている。Web上にはMOD検索エンジンもあり,Quake IIIなど歴史の古いゲームでは膨大な(プレイしきれないほど大量の)MODがフリーダウンロードで楽しめるという現実がある。
 例えば,「Quake III Arena」が発売されたのは今から5年前(2000年)だが,世界にはいまだに多数のプレイヤーが存在する。古いゲームにもかかわらず膨大なプレイヤーがいることの一因は,MODやカスタムマップなどが充実していることだ。
 実際,すでにQuake IIIではオリジナルのサーバーは少数派であり,何らかのMODやカスタムマップを使用しているサーバーのほうが数が多い。Quake III Arenaというゲームは,ユーザーが作りだしたマップやMODでゲームの形を変えながら,プレイヤーから支持され続けているわけだ。海外では,MODがゲームの楽しみ方の一つとして認知され,定着しているのである。

 その一方で日本国内に目を転じると,MOD周辺はお世辞にも活況を呈しているとは言い難い。もちろん,国産MODやカスタムマップなどは存在しているし,開発コミュニティもないわけではない。だが,MODの数や質,コミュニティを支えるゲーマーの規模で,日本は海外と比較にならないほど寂しい。なぜ,これほど大きな落差があるのだろう。
 そもそも,FPSのプレイヤーが圧倒的に少ないことが最大の理由だろうが,その次にくるのが言葉の壁だ。MODなどの開発資料はすべて英語,しかも資料の分量も膨大だ。それらを読みこなし,開発に着手するのは並たいていの仕事ではない。MODを作りたい,あるいはカスタムマップを作ってみたいと思っても,言葉の問題で挫折するゲーマーが多いのではないだろうか。

 さて,XSI Mod Toolラウンドテーブルは名前のとおり,Half-Life 2(Sourceエンジン)のMOD開発ツールであるXSI Mod Toolを柱にしたセミナーだが,実はHalf-Life2のSourceエンジンが,こうした日本におけるMOD事情を大きく変える可能性がある。
 Half-Life 2では,ベンダーから提供されるツールに加えて,XSI Mod Toolが無料で提供されている。ただし,ゲームさえ所有していればMODの開発ツールは無料という点は(XSI自身の積極的な関与という違いはあるにせよ)ほかのゲームでも同じことだ。
 より重要なポイントとして,セミナーのプレゼンター星野瑠美子氏自らが大部分を翻訳したという日本語ドキュメントの存在がある。これは,膨大な量の英語ドキュメントに目を通すだけで疲れ果ててしまい,MODの開発には届かないという日本の現状を変える可能性を持つ重要なファクターといえそうだ。



■ゲーム開発者教育にMODとその開発環境を利用する

 ラウンドテーブルでは続いて,「エニックスゲームスクール」を前身とするゲームスクール「DEA」(Digital Entertainment Academy)で講師を務める新 清士氏から,Half-Life 2のSourceエンジンの教育への応用が紹介された。
 新氏がゲーム開発者の教育にMODを取り入れたのは2004年だそうだが,今年からはSource SDKを利用したMODの開発の実践教育を開始したという。その理由として新氏は,Sourceエンジンが物理エンジン,A.I.,プログラマブルシェーダ(Prpgrammable Shader)といった最新の技術をサポートしていること,Source SDKを利用することで最新技術を利用したゲームの制作が容易に体験できることを挙げた。
 確かに,最新の技術を盛り込んだゲームエンジンをゼロから教育課程の中で開発するのは時間的に無理だ。最新の技術に触れ,またオリジナルのゲームが開発できるMOD/MOD環境の利用が,教育現場で効果的ということは容易に理解できる。

 ただ,筆者にとって驚きだったのは,DEAのようなゲームスクール(DEAはゲームスクールの中でもトップレベルに位置づけられる)に入学してくる人の中でも,MODの存在を知っているのはごくわずかだと,新氏が語っていた点だ。そもそも,学生がHalf-Life 2というゲームを知らないことから,ゲームそのものの説明に時間が取られてしまったとも,新氏は述べていた。
 とはいえ,ゲームを開発する側にとっても「MODを知らない」では済まされない時代がすぐそこに迫っている。プレイステーション3やXbox 360など次世代コンシューマゲーム機市場に,PC生まれのゲームエンジンが一気に流入してくるためだ。
 例えばプレイステーション3では,すでにUnreal Engine 3の移植が発表されている。したがって,海外を中心にUnreal Engine 3を利用したゲームが多く開発される可能性が高く,汎用のゲームエンジンを前提とした開発環境に,馴染みがない日本のゲーム開発現場は海外に差を付けられる恐れもあるという。
 MODとその開発環境を利用すれば,短期間でクォリティの高いゲームが開発できるわけで,独自エンジンにこだわってきた日本のゲームベンダーの危機感は理解できる。DEAがMODを教育に取り入れた背景にも,こうしたコンシューマゲーム市場の側の環境の変化があるという。

 今回のラウンドテーブルには,MOD開発の紹介という側面と同時に,日本におけるMODコミュニティの立ち上げを促すという目的がある。DEAをはじめとする教育現場でいきなりMODを教えても,先に述べたようにMODに馴染みがない学生への教育効果は思ったようには上げられない。
 そこで,エンドユーザーの側からもMOD文化を盛り上げていくことで,MODに馴染んだ学生が増え,教育にさらにMODを活用しやすくなるという相乗効果を狙っているようだ。
 純粋にゲーマーの立場からも,日本のMODコミュニティが盛り上がることは大いに歓迎したいところだ。国産MODが海外でも大きな支持を得て広まる,そんな時代がくることを夢見たい。(ここまで米田 聡)



■日本初(?)のHalf-Life 2 MOD開発チーム旗揚げ

 アビッドテクノロジーが開催したMODセミナーのうち,19時から行われたのは星野瑠美子氏による,XSI Mod Toolのより具体的な使い方の解説と実演だ。またその後半では,おそらく日本唯一となるHalf-Life 2のMOD開発プロジェクト「the Planet」の説明と,MODのデモンストレーションが行われた。

 星野氏は,Half-Life 2におけるMOD開発状況や,開発ツールであるSource SDK,XSI Mod Tool,Valve Source Add-onの位置付けを改めて説明した後,XSI Mod Toolを使って,基本的なオブジェクトの定義とその変更を実演した。
 Half-Life 2における"モデル"のなかには,マップ,キャラクタ,武器,乗り物があるが,今回実演とレクチャーが行われたのはマップ配置オブジェクトについて。マップ配置オブジェクトには,草や石など衝突判定のない「prop_detail」,アニメーション表示のない「prop_static」,扉など物理演算処理なしのアニメーション表示を持つ「prop_dynamic」,物理演算処理を伴う「prop_physics」,マットレスや死体などやわらかく形状変化する「prop_ragdoll」という5種類のオブジェクト種別がある。
 そのモデルには,ゲーム内での挙動の定義や判定に使われる「メッシュ」「ボーン」「アタッチメント」「アニメーション」「ヒットボックス」「LOD」「衝突モデル」「物理属性」といった,用途ごとの性質/要素が定められている。XSI Mod Toolの出力ファイルとしては,例えば物理的挙動はボーンと衝突モデルが記述された物理SMDファイル,アニメーション処理のためにはボーンとアニメーションのデータを持ったスケルトンSMDファイル,などといった複数のファイルで構成されることになる。そして,これら以外の情報定義は,モデルコンパイルスクリプトに記述することで実現する……などといった,Half-Life 2およびXSI Mod Toolでの記述/定義方法を解説し,具体的なプログラム記述を示しつつ,動作デモンストレーションが進む。
 デモンストレーションでは具体例として,ドアにさまざまな設定を記述し,挙動の違いを見せていった。例えば,開閉はするが物理的な挙動は再現しない場合,きちんと物理法則に従って揺れる場合などだ。材質を木材に設定した場合,バールで叩くとキズがつき,金属に指定した場合は火花が散るといった様子も示された。
 ほかにも,破損時に一般的な"木片"にする場合,いくつかの破片オブジェクトに分かれる場合,爆発を伴って四散する場合など,ゲーム内で使われる処理に沿った,さまざまな記述例と実際の挙動を披露し,記述する際のポイントを解説した。

 そうしたレクチャーに続いて行われたのは,MODコミュニティC-SECに集まった有志で結成され,前述の星野氏,新氏も参加するMOD制作チーム(というよりプロジェクト)のHalf-Life 2 MOD「Team the Planet MOD」(仮称)の披露だった。C-SEC管理人兼プロジェクトリーダーであり,ラウンドテーブルに出席していたtenNDon氏の手により,「Tech Demo ver0.01」と銘打たれた起動画面から始まるムービーが上映された。
 まずは画像を見てほしい。SFチックな空間を,オッド・アイ(左右の瞳の色が異なる)でどことなくジャパニメーション調の女の子が,ベレー帽とプロテクタースーツ姿で,巨大な銃/投擲兵器を手に駆け回り,撃ち合う。画面に描かれるオブジェクトがオリジナルなら,BGMもオリジナルだ。
 キャラクターや武器以外のオブジェクトはまだいたってシンプルだが,これは実質2〜3週間で制作されたものとのことであり,会場ではムービーだけでなく,プレイアブルデモも披露された。
 同時に,Valve作品のMODの技術情報を積極的にサポートするC-SECの活動内容と,そこに寄せられたMODの紹介,フォーラムでの情報交換の様子などが伝えられた。
 そして,「the Planet MOD」(仮称)に関しては,

Half-Life 2 Death Matchベースの三人称視点マルチプレイアクション
キャラクターは日本発を意識し,オリジナリティを重視
キャラクターに合わせ,世界イメージも特徴的なものに
脱Source Engine

といった,開発上のコンセプトが説明され,開発プロジェクトについては,

C-SECでメンバー募集
設立は2005年7月15日
現メンバー数13名(アクティブメンバーは数名)

という,現状報告がなされた。
 「楽しく開発」をモットーに,IRCのリアルタイムチャットと,C-SECのフォーラムでのコミュニケーションを通して開発作業が進められているという。
 MOD自体の今後については,

数種類のオリジナルエンティティ(データの固まり。ここではほぼモデルと同義)
クラス制+それぞれのキャラクターモデルの整備
武器,プロップ(小道具)モデルの追加
数種類のオリジナルマップ+テクスチャの用意
全マップにオリジナルBGM

といった部分について開発を継続し,公式サイトを開設してMODをリリースする。そしてリリース後は,試用者からのフィードバックを第一に考え,多くの人がカスタムマップを作れるようにしたいとのこと。 「Team the Planet MOD」(仮称)では,現在XSIモデラーを募集中とのことなので,興味がある人はC-SECのサイトを訪れて,チームにコンタクトをとってみるとよいだろう。
 今後のゲーム業界において,とくに人材供給面で鍵を握る可能性があるMOD文化。欧米と異なり,それがほぼ皆無である日本で新たに風を起こそうとする試みは,まことに有意義だ。開発チームとその作品の今後を興味深く見守っていきたい。(Guevarista)


ハーフライフ 2 日本語版 / コレクターズエディション 英語版
■開発元:Valve Corporation
■発売元:サイバーフロント
■発売日:2004/11/17
■価格:日本語版 6825円(税込),CE英語版 9240円(税込)
→公式サイトは「こちら」

【この記事へのリンクはこちら】

http://www.4gamer.net/news/history/2005.10/20051027004153detail.html