― 連載 ―


鬼神大王波平行安(きじんだいおうなみのひらゆきやす)
 刀鍛冶・橋口正国 
Illustration by つるみとしゆき

 大和の刀鍛冶に橋口正国という人物がいた。彼は良質の鉄を求めて旅を続け,たどり着いたのが薩摩(鹿児島)だった。この土地で鍛えた刀はなかなかの出来映えだったことから,正国は薩摩を気に入り,この土地に落ち着くことを決めた。そして名前を波平行安と改名し,以降薩摩の地で刀を打ち続けることになったという。波平派は大きな発展を遂げ,多数の優れた刀鍛冶を輩出,明治を迎えるまでに63代を数えている。ちなみに,代々直系は波平行安と名乗るが,このネーミングには面白い由来がある。
 薩摩を拠点に決めた正国は,大和の家族を薩摩に迎えることにした。だが,正国とその家族を乗せた船が,嵐に遭遇してしまったのだ。そこで正国は,船に乗る前に試し打ちした刀を海の神に捧げ,祈った。すると不思議なことに,嵐は静まったという。そうしたことから,「波は平らかに行くは安し」という意味で,波平行安となったと伝えられている。なお,こうした逸話があることから,海に携わる者は,波平行安の鍛えた刀を好んで持つようになったそうだ。

 波平行安の愛用者というと,戦国時代から江戸時代前期にかけて活躍した剣士,御子神典膳も知られている。彼は伊東一刀斎に弟子入りした人物で,兄弟子の善鬼との決闘に勝利したことから,一刀流の奥義を授かったとされる人物だ。やがて御子神典膳は小野次郎右衛門忠明と改名。一生を一刀流の普及に捧げ,一刀流は柳生新陰流と共に将軍家御流儀として発展することになる。

 鬼神大王波平行安 

 波平行安は薩摩の刀なのだが,なぜか北陸の糸魚川周辺に,波平行安に関係する伝説が残されている。興味深い内容なので紹介してみよう。
 あるところに,一人の年老いた鍛冶とその娘が住んでいた。娘の美しさに惹かれて求婚するものも多かったが,老鍛冶は,婿にするならば立派な鍛冶でなければならないと,その求婚者達を次々と追い払った。
 そんなある日のこと,一人の若者が娘に求婚するため訪ねてきた。そこで老鍛冶は,一晩の間にできるだけ刀を鍛えてみよと若者を試すことにした。若者は衣服を脱いで井戸水で身体を清めると,二人に覗かないでほしいと伝えて鍛冶場へと姿を消した。そして,朝になって若者が鍛冶場から出てくると,そこには多数の立派な刀が完成していたのだ。こうして若者は腕を認められて,娘の婿となった。
 それから年月が過ぎたが,婿となった若者は,決して鍛冶場を覗かせようとはしなかった。好奇心にかられた老鍛冶と娘は,約束を破って鍛冶場を覗いてしまう。するとそこには,口から火を噴き,手で鉄を飴のように扱いながら一心不乱に刀を鍛える鬼の姿があったのだ。これを見た老鍛冶と娘は,思わず腰を抜かしてしまったが,なんとか部屋へと戻っていった。後日,老鍛冶と娘は若者を呼び出すと出て行ってほしいと告げる。うつむく娘を見て,若者は自分の正体がばれたことを悟ると,一本の刀を残して姿を消してしまったのである。
 残された刀には,鬼神大王波平行安(きじんだいおうなみのひらゆきやす)との名が刻んであったという。ちなみにこれの逸話が由来となり,能登には剱地(つるぎぢ)と呼ばれる地域が生まれたらしい。

 調べてみると,この伝説にはいくつかのバリエーションがあるようで,鬼が大蛇に変わっているものや,老鍛冶が「一晩に1000本鍛えたら娘をやる」と話すと,鬼(or大蛇)がすごい勢いで刀を999本鍛えてしまい,これを覗いた老鍛冶は慌ててニワトリを鳴かせる(夜明けを早める),というパターンの話もある。しかしいずれのパターンでも,最後には一振りの刀が残され,そこには鬼神大王波平行安という銘が刻まれている。
 ちなみに,鬼神大王波平行安という刀は現存していないが,この物語の存在自体が薩摩の刀であるはずの波平行安が北陸地方にも伝わっていたという証左であり,波平行安の人気をよく伝える逸話といえるだろう。

 

カンテレ

■■Murayama(ライター)■■
今回の著者紹介ネタを探すため,MSN Messengerの会話履歴をチェックしてみた担当編集者(大路政志)。最も古い会話履歴は2004年夏のもので,当時編集者だったMurayamaが「ま,ともかく生きていたので安心した」,当時ライターだった大路が「もう死んだも同然だよ!」と発言している。よくよく思い出してみたら,当時大路のHDDがクラッシュし,編集部と音信不通になっていたのだった(抱えていた原稿の締め切りも当然ぶっちぎった)。……Murayamaと連絡がつかないせいでイヤなことを思い出してしまった。連絡くらい常につくようにしていてくださいよ,Murayamaさん。困りますよ本当。

【この記事へのリンクはこちら】

http://www.4gamer.net/weekly/sandm/060/sandm_060.shtml