― 連載 ―


ケーリュケイオン(Kerykeion)
 ゼウスの子ヘルメス 
Illustration by つるみとしゆき

 ギリシャ神話における神々の出生のキーマンといえば,真っ先に思い浮かぶのが主神ゼウスの存在。実際,ゼウスの浮気によって多くの神や逸話が生まれ,またそれを知った妻ヘラの嫉妬によって,多くの者が悲惨な結末を迎えている。今回紹介するヘルメス(Hermes)も,ゼウスの浮気によって生まれた神である。
 ある日のこと。ゼウスは一人の美しい娘に恋をしてしまった。その相手は,ティタン族のプレアデス七姉妹の一人であるマイア。ゼウスはヘラが昼寝をしているのを幸いに,アルカディアのキレネ山中の洞窟の中でマイアと関係を結んだ。こうして生まれた男の子がヘルメスである。

 ヘルメスは賢くいたずら好きで,生後2日めにして太陽神アポロンの牛を50頭も盗んでしまった。しかも牛に靴を履かせるというトリックを使い,牛が移動した痕跡を消してしまったことと,生後2日という幼さが幸いし,誰も牛泥棒の犯人がヘルメスだとは気がつかなかった。ヘルメスは牛を洞窟に隠して食料とし,牛の腸と浜辺を歩いていた亀で竪琴を作って遊んでいた。
 一方,牛を盗まれたアポロンは預言によって犯人がヘルメスであることを突き止めると,ヘルメスの母親マイアに詰め寄ったが,マイアは赤ん坊がそんなことができるはずはないとアポロンの意見を否定してしまった。そこでアポロンは,主神ゼウスに相談することにした。ゼウスはすべてを知っていたので,ヘルメスを呼ぶと盗んだ牛をアポロンに返すように伝えた。さすがにゼウスには逆らえないと感じたヘルメスは,竪琴を鳴らしながらアポロンを牛のもとへと案内したが,アポロンは竪琴の音色をいたく気に入り,牛と竪琴を交換することにした。さらにヘルメスは葦で笛を作って奏でると,アポロンはその音色も気に入ってしまい,これを牛追いの杖と交換している。
 こうしたこともあって,最初は険悪だった二人の間には友情が芽生え,アポロンはヘルメスをかわいがるようになった。

 ケーリュケイオン 

 ヘルメスは非常に優秀な神だった。頭脳は明晰(ずるがしこい?),手先も器用,移動する姿は風のようだったという。こうしたことからヘルメスは神々の伝令としてさまざまな土地へと赴き,ときにはゼウスの命令で冥界へも足を伸ばし,英雄ヘラクレスや吟遊詩人オルフェウスを助けた。
 ちなみにヘルメスは,ゼウスの伝令としての役目ばかりクローズアップされているが,彼自身の役割は多種多様。調べてもらうとすぐに分かるが,ヘルメスは,商業,知識,旅行,盗み,眠りなどを司る。生後たった2日で50頭もの牛を盗んだり,アポロンすらも魅了する演奏の名手だったりというエピソードが反映されてのことだと思うが,実に多芸だ。
 ヘルメスのトレードマークといえば,美しい少年で,羽根のついた帽子,羽根のついたサンダル,羽根と蛇が絡みついた魔法の杖など。最後に紹介した杖は,アポロンからもらった黄金の杖ケーリュケイオン(Kerykeion)で,杖の先には翼,杖には二匹の蛇がからみついた杖として描かれることが多い。一説によればケーリュケイオンは,最初は一般的な杖の姿をしていたが,2匹の蛇が喧嘩しているところに通りがかったヘルメスが,蛇の間に杖を置くと2匹の蛇が杖に絡みついて,このような姿になったという。この逸話のおかげで,ヘルメスには争いなどを仲裁して,物事を整備する能力を持つようになったという話もある。
 ケーリュケイオンの最大の特徴は眠りをコントロールできることで,人々を眠らせたり,起こしたりできるという。ギリシャ神話のエピソードにケーリュケイオンが大きな活躍するシーンがないのは残念だが,次の逸話には関係ありそうなので紹介しておこう。

 ヘルメスとアルゴス 

 ある日のこと,ゼウスの浮気に嫉妬したヘラは,浮気相手であるイオを牛に変え,さらに100の目を持つアルゴスという巨人に見張らせることにした。これを不憫に思ったゼウスだったが,妻の怒りはもっともで,自分では助けることができなかった。そこでゼウスは,密かにヘルメスにイオの救出を命じた。アルゴスは昼夜を問わず,いずれかの目を必ず開いているという優秀な番人だった。しかしヘルメスが葦で笛を作り曲を奏でると,すべての目を閉じて眠ってしまった。そこでヘルメスは剣を抜いてアルゴスを倒し,イオを救出した。これによってヘルメスは以後,「アルゴス殺し」(Argeiphontes)の称号で呼ばれることになる。
 神話中では葦の笛を使ったとか,睡魔に襲わせたとか,記述がさまざまだが,筆者としてはここで使われたのはケーリュケイオンの力だと考えている。ゼウスの妻であるヘラが番人として置くほどだから,アルゴスは優秀な力を持っているはず。それほどの番人をやすやすと眠らせてしまうのは,眠りを司るケーリュケイオンの杖だからこそできた離れ業ではなかろうか?
 これは余談だが,死んでしまったアルゴスを悼んだヘラは,その目を拾って自分が育てていた鳥の羽根に付けたという。そして,これがクジャクになったといわれている。

 

アングラヘル

■■Murayama(ライター)■■
この12月,仕事の関係で数日ほどアメリカに滞在していたMurayamaは,たわむれに現地のPCゲームショップを訪れてみた。ゲームソフトを2本ほどチョイスしてレジに持っていくと,店員のオバチャンに溜息をつかれて「IDを見せろ」と言われたので,パスポートを提示したところ鼻で笑われたらしい。レーティングの確認だと思うのだが,34歳のMurayamaが何歳に見られたのか,鼻で笑われた意味はなんだったのか,すべては謎のままだ。

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http://www.4gamer.net/weekly/sandm/040/sandm_040.shtml