― 連載 ―


エペタム
 意志を持つ剣 
Illustration by つるみとしゆき

 歴史上の名剣や神話の魔剣といえば,何か通常ではありえない特殊能力を持っている(という逸話が遺っている)ことが多いが,そうした特異な能力の一つのパターンとして,「意志を持つもの」がある。意志を持つ剣のだいたいが素晴らしいまでの切れ味を持ち,さらに使い手と剣が一体となって繰り出す斬撃は,回避することなどできないばかりか,一撃で致命傷……というものが多い。

 剣が持つ意志について調べてみると,神話/伝承の世界では意志を持つ剣のほとんどが人間に対して友好的で,主人を危機から救ってくれるようなシチュエーションが多い。心温まるエピソードも多いが,結局のところは優れた道具の延長線上でしかないわけで,個性という面ではややつまらないようにも思える。
 しかしいろいろ調べていくうちに,所有者に災いを招いたり,凶悪な意志を持つものもわずかながら存在している(物語としてはこちらのほうが魅力的だろう)ことが分かった。意志があるとは明確に書かれてはいないが,以前に紹介したティルフィングは意志を持つ剣であるように思えるし,ストームブリンガーなども明らかに意志を持っているような描き方がなされている。今回は邪悪な意志を持つ剣にスポットを当て,アイヌ民族に伝わるエペタムという剣について紹介してみたいと思う。

 人食い刀エペタム 

 アイヌ民族の逸話には,エペタムと呼ばれる刀がしばしば登場する。ここではエペタムに関する逸話に触れてみよう。
 アイヌ民族のとある長(おさ)の家での話。長の家には神が出入りすると信じられる窓があった。そこには御簾草(みすくさ)を編んで作ったむしろが一つぶら下がっていて,中にはエペタムと呼ばれる刀が収められていた。代々伝わる伝承では,エペタムは非常に切れ味の良い刀で,使いこなせば戦士として活躍でき,さらにカタカタと鳴り響く刃の音には,敵の軍勢を混乱させたり,逃亡させたりする力があったという。
 ある晩のこと。長の家に何人かの客が来ていた。長と客が話をしていると,吊してあったむしろから異様な光が漏れ始めるではないか。長の家にいた者達は何事かと目を見張った。すると光はますます強くなり,全員の目がくらんでしまった。それだけではない。光は空へ舞い上がると集落の家々を襲い始め,多くの命が失われたのである。それ以来,夜になるとエペタムは人の血肉を求めて空を飛ぶようになった。
 実はエペタムを鎮めるための秘術があったのだが,それを知る長老達はみな死んでおり,秘術は忘れ去られてしまっていた。長は,このままでは村が死に絶えてしまうと刀を捨てに出かけた。だが川に沈めても,地中に埋めてもエペタムは長の家に戻り,晩になると人々を襲いはじめるのだった。
 途方に暮れた長は神に祈りを捧げた。すると夢の中に神が現れ,近くの底なし沼の側に巨石があるので,そこに祭壇を作って祈れとの啓示を受けた。長はさっそくその場所へと出向き,祭壇を作って祈りを捧げた。するとどこからともなく神の使いである蝦夷イタチが現れ,口にくわえていたクルミを沼へと落とした。すると沼に信じられない数の蛇が現れてさざ波が立ちはじめた。それを見た長は「刀を沈めろ」との啓示であると判断し,持っていたエペタムを沼に放り込んだ。以後,エペタムは長の家に現れなくなったという。

 エペタムとはどんな刀か 

 エペタムに関する逸話はほかにもあり,カタカタと暴れるエペタムの箱に一緒に石を入れておいたところ,エペタムが石を食らってしまい,「このままだといつか自分まで食われるのでは?」と恐れた所有者が底なし沼に沈めたという話などもある。ひょっとするとエペタムは複数存在するのかもしれない。
 ちなみにエペタムという名前は,アイヌ語で「人食い刀」という意味らしい。いろいろと調べてみたのだが,エペタムは現存していないし,残念ながら伝承には刀としか残されていないので,大きさや形状などは不明。とはいっても,むしろにくるんで窓に吊すくらいなので,それほど大きくはなさそうだ。アイヌというと短刀なども有名なので,ひょっとしたらエペタムは短刀である可能性も考えられる。
 エペタムは現存していないが,伝承で登場する祈りを捧げた巨石は現在の旭川にあり,エペタムシュマ(人食い刀岩)と呼ばれている。またエペタムシュマの近くには水神龍王神社があり,龍神が祀られているので,おそらくエペタムを沈めた底なし沼を祀ったものであろう。
 そう考えると,アイヌの長に啓示を与えてエペタムを捨てさせたのは龍神と考えてもよさそうだし,長がエペタムを捨てるときに沼に無数の蛇が現れたシチュエーションとも,つながりがあるように思える。

 

雷切

■■Murayama(ライター)■■
Murayamaのように一人暮らしでライター業を営んでいると,食品を買い置きして家に籠もる必要が生じるもの。先日,プロの食材屋A-プライスでシュウマイ50個と餃子50個を購入。これでしばらくは缶詰できると考えていたが,なんと買って半日でシュウマイ50個を完食,夜には餃子も半分食べてしまったらしい。ちなみにMurayamaは大食漢だが見た目は少しも太っておらず,しかもこの時期4kg痩せたと言っている。

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http://www.4gamer.net/weekly/sandm/037/sandm_037.shtml