連載 : 剣と魔法の博物館 〜モンスター編〜


剣と魔法の博物館 〜モンスター編〜

第19回:サラマンダー(Salamander)

 剣と魔法の世界では,「万物は地/水/火/風の四大元素によって構成されている」という概念が一般的だが,今回は,四元素の「火」を象徴するサラマンダーについて紹介してみたい。
 サラマンダーといえば,一般的には炎をまとったトカゲとして描かれることが多い。ゲームなどで敵として登場した場合には,炎を用いた中〜遠距離攻撃を繰り出す。間合いを詰めようにも,灼熱した体そのものが鎧(武器)となっているため,サラマンダーを無傷で倒すのは至難の業といえるだろう。

 また,精霊界に属するモンスターであることから,通常の武器ではダメージを与えられないケースもある。サラマンダーを倒そうと思うなら,魔力が込められた武器か,冷気や水などの属性を持つ魔法が効果的といえそうだ。ちなみに炎による攻撃は,ダメージを与えられないばかりか,場合によっては活力を与えてしまいかねないので,十分注意したいところである。

 サラマンダーの容姿は,炎をまとったトカゲのようだと前述したが,小説やゲームによっては,蛇の形をした炎だったり,槍を持ったトカゲ人間だったり,炎をまとった小型のドラゴンだったり,小さな人間の姿をしていたりと,多種多様なイメージで描かれている。サラマンダーの実体はあくまで炎で,一定の姿形はしていないのかもしれない。
 またサラマンダーは,魔術と切っても切れない関係にある。有力な魔術師はサラマンダーを支配下に置いて使役したと言われているし,錬金術師などが,彼らの力を借りることで実験を成功させたという伝承も残っている。

 

 「万物は地,水,火,風(空気)の元素で成り立ち,それらは愛や憎しみの力によって結合したり分離したりする」と説いたのは,ギリシャの自然哲学者エンペドクレス(紀元前490年頃〜430年頃)である。この考えは後の魔術や科学に大きな影響を与えた。そして,四大元素を象徴する精霊としてノーム(地),ウンディーネ(水),サラマンダー(火),シルフ(風)を割り当てたのは,数々の奇跡を起こしたと伝えられている高名な医師/錬金術師,パラケルスス(1493年〜1541年)だ。
 サラマンダーは炎を象徴する精霊として定義されたが,炎の中にいても平気であるという設定は,炎に耐えるという解釈もされ,苦難に立ち向かい信仰を貫き通す寓意となったほか,火のように燃え盛る勇猛さを意味したり,悪の炎を消し,善の炎を燃やす正義の象徴とも考えられていたようである。そうしたこともあって,中世ヨーロッパでのサラマンダー人気は高く,有名どころでは,フランス王フランソワ一世が「我は育み,我は滅ぼす(Nutrisco et Extinguo)」という銘文と共にサラマンダーを紋章としている。

 17世紀初めのイギリスの牧師,エドワード・トプセルが著した「爬虫類の歴史」によれば,エリザベス一世の時代に,アンドレアスという人物がサラマンダーの血に浸した服を作成したという記録があり,炎にくべても燃えず,袖を炎にかざしても腕は平気だったそうだ。
 ちなみにサラマンダーを捕まえるには,アンドレアスのような衣服を用意するか,サラマンダーの革で仕立てた装備を身に着けるしかないと言われていた。こうした伝説から,サラマンダーの毛を使った織物だとして石綿を売りつける詐欺師が現れたほか,石綿そのものをサラマンダーと呼んでいた時期もあるそうだ。

 サラマンダーに近い存在としては,中国や日本でも「火鼠」というものが見られた。竹取物語で,かぐや姫と結婚する条件として,右大臣・阿倍御主人が,火鼠の皮衣を手に入れるために奔走する逸話もあるので,火鼠の名を聞いたことがある人も多いことだろう。
 ほかにも,サラマンダーおよびそれに似た概念が,世界各国に残っている。火を手に入れたことで大きく発展した人類にとって,火には特別な意味があったのだろう。だからこそ,人々はサラマンダーを特別視し,多くの逸話を生み出してきたのかもしれない。ちなみにサラマンダーという語は,現在ではイモリやサンショウウオを指す言葉として使われている。

 

次回予告:ゴーレム

 

■■Murayama(ライター)■■
2006年9月に,当連載の前身である連載「剣と魔法の博物館」の書籍版,「新説 RPG幻想事典 剣と魔法の博物誌」を上梓したMurayamaだが,つい先日,その書籍を通じて,音信不通になっていた知人に再会できたという。運転手付きの車で迎えに来たというその知人は,今では一財産を築いて海外に在住しており,日本へはたまに遊びにくるのだとか。食事とお酒をご馳走になり,クリスマスプレゼントまでもらったというMurayamaは,あまりにも素敵な再会に,複数の意味でショックを受けたそうだ。担当編集者も,いつの日か,Murayamaとそんなふうに再会してみたいものである。まだ縁は切れていないが。


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