― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年8月23日掲載

 日本でもサービスが行われている完全無料の韓国産MMORPG「DEKARON」(邦題 デカロン)が,アメリカで「2Moons」と名を変えてサービスされることになった。しかも,アメリカの著名ゲームデザイナーが国内市場に向けた大幅なアレンジを施し,さらにゲーム内広告などの新しいビジネスモデルを導入してスタートさせるというのだ。一つタイトルがプレイヤーを独占している欧米のMMORPG市場では,開発そのものが停滞している状態。この「2Moons」が新たな風を巻き起こすことはできるだろうか?

 

韓国産MMORPG開発での「西と東の出会い」

 

異質なマーケット

 

 韓国産ゲームと聞くと,「左クリック連打で敵をなぎ倒しつつ,ポーションをガブ飲みしてレベル上げに精を出すアニメ風グラフィックスのMMORPG」というイメージが強い。これはもちろん,筆者にとってアジア系のゲームが守備範囲でないせいもあるだろう。
 実際,筆者と同じように感じるアメリカ人も多いらしい。「Ultima Online」と「EverQuest」に代表される初期のMMORPGがアメリカのゲームシーンの一部で成長を始め,日本でもその新鮮さが注目されていた頃,すでに韓国では「Lineage」(邦題 リネージュ)が大旋風を巻き起こしていた。アメリカの“先輩”達が50万アカウント前後で停滞していたのと違い,「Lineage」はあっさり400万アカウントという大きなファンベースを獲得している。その成功を背景にパブリッシャであるNCsoftがアメリカ上陸を果たしたのは2000年のことだが,派手なキャンペーンにもかかわらず,欧米のゲーマーの間でLineageが話題になることはほとんどなかった。

 

アジアでは各国で大ヒットしたにもかかわらず,アメリカではほとんど注目されることもなかった「Lineage」。投入次期も旬を逃していたためとの意見もある。近頃は,試験的とも取れるラインナップが多いが「Tabula Rasa」や「Dungeon Runners」など,期待できるタイトルも多い

 一方の韓国では,Lineageのような自国製のオンラインゲームだけではなく,「Diablo」「StarCraft」,そして「Counter-Strike」といったアメリカ産のソフトが爆発的な人気を呼んでいた。そのため,ここ数年は,GDC(Game Developer's Conference)のような会合に韓国人スピーカが多く招かれ,「どうすれば韓国でヒットできるのか?」といった研究が進められていた。実際に韓国に足を運んで市場の雰囲気を掴もうとする開発者がいたりと,市場調査も盛んに行われた。
 とはいえ,調査が進むにつれ「韓国ゲーム市場は異質である」という意見も次第に聞かれるようになってきた。アメリカと日本のゲームの“テイスト”が異なるように,PCゲーム市場の歴史がまだ浅い韓国にも特殊な好みがある,という見解が増えているのだ。
 その実例として,2003年に発売されたストラテジー「Empires: Dawn of the Modern World」(邦題 エンパイアーズ 〜近代の夜明け〜)のように,韓国市場を強く意識して制作され,韓国のゲーマー達に向けたマーケティングが行われたゲームが,残念ながらリリースされたどの国でも成功できなかったという例が挙げられる。似たような話は枚挙にいとまがない。
 この市場性の違いは,Lineageのアメリカ上陸を成功させることができなかった韓国のNCsoftも敏感に感じ取っているのだろう。GDC 2006の特集記事でも報じたように,Richard Garriott(リチャード・ギャリオット)氏の新作「Tabula Rasa」が,「まずアメリカ市場ありき」の視点で企画の練り直しを迫られており,同時に,「Lineage II」の投入よりは,「City of Heroes」や「Guild Wars」「Auto Assault」などアメリカ好みのゲームデザインを前面に出したラインナップを充実させているのだ。

新作MMORPGに再起をかける
ゲームデザイナーと経営者

 

 ここで少し話題が脇道にそれるが,アメリカのゲーム販売会社Acclaim Entertainmentが,17年の歴史を閉ざして倒産したのは,今から2年ほど前のことだ。当連載では「奥谷海人のAccess Accepted第2回:泣くAcclaimと笑うElectronic Arts」で,その倒産劇の背景を扱っている。出来の悪いライセンスゲームが多かったが,倒産後に所有権が売却されたタイトルの中には「Mortal Kombat」や「BurnOut」など,現在でも高い評価を受けている作品がある。
 Acclaimの資産は,オークションなどで売却されていたようだが,なかなか売れなかったものが一つあった。“Acclaim”という社名である。そのことを,たまたま父親との朝食時に読んでいた新聞で知ったActivisionの元社長Howard Mark(ハワード・マーク)氏が,10万ドル(約1150万円)で手に入れたのだという。マーク氏は,「瀕死だったActivisionを建て直した男」として,業界から一目置かれている人物だ。
 2005年末には完全復活して,Acclaim Gamesという正式社名で再起業。韓国のNHNによる無料のアクションゲーム「Bots」,そしてイギリスで制作中の明代中国を舞台にしたMMORPG「9Dragons」の2作を看板に,昔のAcclaimとはまったく異なるオンラインゲーム専門の会社として新しい船出を始めている。

 

業界屈指のイケメン野郎デイビッド・ペリー氏は,PCゲーマーにも「MDK」や「Sacrifice」などのアクションゲームで知られるゲームデザイナーである。「Matrix: Path of Neo」などの不評が祟って自らが立ち上げたShiny Entertainmentから退いたが,旧友ハワード・マーク氏とのタッグで,自身では初となるMMORPG「2Moons」の制作に乗り出した

 そんなAcclaimの最新プロジェクト「2Moons」が,アメリカのMMORPG市場の動向を知るにおいて,この上なく興味深いものへと発展しそうなのである。既報の通り,Acclaim Gamesは2006年8月9日に新作2Moonsの制作発表をしている。プロデューサーとして業界古参のゲームデザイナーとして知名度も高いDavid Perry(デイビッド・ペリー)氏を迎えており,同氏もこれでWarren Spector(ウォーレン・スペクター)氏やJohn Romero(ジョン・ロメロ)氏ら,MMORPGの制作に流れた有名ゲーム開発者達の仲間入りを果たしたことになる。

 

 同氏はすでに数か月前,それまでいたShiny Entertainmentを退職しており,立場上は個人コンサルタントとなる。2Moonの企画に以前から深く関与しており,本作のプロデューサーであると同時にメインゲームデザイナーともいえる。

 この2Moonsは,お伝えしたとおり韓国のGameHiが開発し,2006年初めには日本でも本格的にサービスの始まったMMORPG「DEKARON」をベースにしている。正確に言うと,2MoonsはDEKARONのフレームワークを利用しているだけで,ストーリーやキャラクターモデル,主要なゲームデザインも変更し,アメリカ市場のために“アレンジ”したものになるのである。

東西のコラボレーションは,
デジタル版のガンダーラ芸術?

 

 「2Moons」(二つの月)というと,DEKARONの世界観と同じものを想像してしまうが,Acclaimはバックストーリーやセリフに,ハリウッドの脚本家を起用して書き下ろしているという。敵に刀を振り下ろすたびにキャラクターの頭上に数字が飛び出すコンシューマ機っぽいシステムはそのままに,17歳以上を対象とする「M」レーティングの,かなりハードなゲームになる予定だ。
 2MoonsはDEKARONと同じく基本料金無料のアイテム課金制になる予定だが,さらに“ゲーム内広告”を挿入する計画があるというから面白い。どれだけ広告を表示させるのかはプレイヤー次第で,完全にオフにしてしまうことも可能。ただ,「このコマーシャルを最後まで見ると,もれなくこのレアアイテムを進呈します」というような付加価値を与えるものになるらしい。こうした特典付きのインタラクティブな広告は,テレビや新聞などとは一味違う,新しい広告の概念を作り出すかもしれない。

 

Acclaimの新作「2Moons」は,アメリカ市場のニーズに合わせて既存のMMORPGのストーリーやデザインを大幅変更している。基本料金無料というビジネスモデルもアメリカではまだ浸透しておらず,市場の50%を独占する「World of Warcraft」をまったく正反対の方向から切り崩す構えだ

 本作の開発は,GameHiが韓国の本部オフィスで継続して行うが,ペリー氏は欧米市場で受け入れられるため,数百か所に及ぶ変更点をリストアップしたという。2006年末から2007年初めのサービス開始を目標に,すでに6か月ほどにわたってそうした変更が進められているとのことだ。「こんなゲームはアメリカでは受け入れられないから,ここを変更しろ」という要求はかなり大胆にも思えるが,それをすんなりと受け入れてしまうGameHiの度量の深さも評価できるだろう。
 こうした連携の例としては,ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン(SCEJ)の「ラチェット&クランク」シリーズが有名で,SCEJの長谷川亮一氏や鶴見六百氏のプロデュースによって,アメリカのInsomniac Gamesが開発し,成功させた先例がある。また,アメリカ支社で「WWF No Mercy」などのプロレスゲーム人気作を手がけた日本企業アキを思い浮かべる人もいるだろう。

 

 そもそもRareの「スターフォックス・アドベンチャー」なども任天堂の強力な指導の下に制作されており,こうした日米の協力は,とくにコンシューマ機の現場では古くから大なり小なり行われていることであった。それでもやはり,すでにリリースされているMMORPGを,市場のニーズに合わせるため大胆に作り直してしまうという2Moonsの発想には,新鮮ささえ感じてしまう。
 アレキサンダー大王が東征して東西文明が融合し,やがて「ガンダーラ芸術」が発生し,また,新大陸に運ばれたアフリカの人々が管楽器を使って「ジャズ」を生み出す……。いささか大げさな表現だが,文化というものは,異なるものの衝突が起爆剤となって発展することがしばしばある。“グローバリゼーション”の今日では,そんな衝突がいたるところで起きる。まだまだ地域性が強く,ゲームデザインやビジネスモデルの頭打ちで停滞感を隠せないMMORPGの開発現場でも,このような異質な文化や市場間でのコラボレーションが今後どんどんと増えていくことで,まったく新しい境地に至るのかもしれない。2Moonsは,そのプロセスの嚆矢なのではないだろうか。

 

 


次回は,ドイツで開催中のGames Conventionでの出来事について。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。会うたびに「オンラインゲームで新しいビジネスを思いつきました」などと,夢のような一攫千金の話ばかりする奥谷氏。本文にあるような,新しいビジネスモデルなどの業界話に敏感なのは,大阪生まれで商人(あきんど)魂を備えているからだと主張するが,よくよく聞いてみると,奥谷氏の両親は共に教師を務めていたそうで,あまり商売とは縁がなさそう。やはり彼の夢物語は,夢の中だけで終わらせておくべきなのだろう。


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