― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年4月5日掲載

 昨年末に始まり来年へと続いていく,次世代ゲーム機向け,あるいは新しいAPIといった開発環境のリリースラッシュ。これらはプラットフォームを問わず,ゲーム開発者達に大きな影響を及ぼす。どうしてもグラフィックス技術の急速な進歩ばかりが派手にクローズアップされがちだが,その裏では,リアルなキャラクター制作や物理効果など,地道な改良も続いている。今回は,GDCで見聞きした講義やイベントから,ゲームの未来像を考察するためのキーワードをいくつか拾ってみた。

 

GDCで見たゲームの未来像

 

 GDC(Game Developers Conference)では,世界中のゲーム開発者達が集まって,ゲーム開発のノウハウはもちろんのこと,業界の問題点や未来の指針などを話し合う。今年のテーマ「What's Next」(次は何か?)からも分かるように,主催者や関係者,さらにはメディアを含めた“外側”の人間にとって,「次世代ゲーム機やWindows Vista/DirectX 10の到来によって,どのようにゲーム業界が変わっていくのか?」が最も注目されるポイントである。
 しかし,実際にゲーム開発に携わる人間にとって「次は何か」というテーマはやや現実離れしたものだ。基調講演を行ったWill Wright(ウィル・ライト)氏も,主催者側に与えられた「What's Next in Game Design」(次に来るゲームデザインは何か)という議題が気に食わないと勝手に変更してしまったし,プログラミングからオンライン配信に至るまで,会場で行われていた多くのディスカッションも,次世代的というよりは現在の状況を討論するものが多かった。彼らにとって,“現在”と“次”の間にはっきりとした差はないのかもしれない。

 もっとも,彼らゲーム開発者達の“現在”は,我々ゲームを楽しむ側にとっての現在と必ずしも一致しない。彼らが今,手がけている作品/構想中の企画や技術は,1年から3年くらいのスパンを経て我々の手元に届くのであり,それだけに,GDCで紹介される情報の多くが,すでに消費者にとっての“次”になるのだ。「そこから数年後のゲームソフトやゲーム業界のトレンドを推し量れる」という点で,GDCはゲーマーにとっては貴重なイベントと言えるだろう。
 果たして,今後数年にわたって,どのようなゲームが作られ,どんな方向に業界が進んでいくのだろうか? GDCで見聞きした講義やイベントから推測してみたい。

プロシージャル・メソッド

当初は「SimEverything」というコードネームを持っていたほど,ライト氏の思いを詰め込んだようなタイトル。ゲームデザインとプログラムの双方で次世代を目指す意欲的な作品でもある

 ゲームの進化に伴って増え続けるデータの量は,開発者にとっては悩みの種である。高解像度テクスチャやキャラクターモデル,地形データに至るまで,とくにグラフィックス面で際限のない肥大化が続いている。アーティストへの負担は増えるばかりであり,そのため中国やインドといった外国にアウトソーシングが行われたり,樹木自動生成ソフト「SpeedTree」のようなプログラムが引っ張りだこになったりするのである。
 そこで,ウィル・ライト氏が新作「Spore」で提唱するプロシージャル(Procedural/手続き型)・アニメーションが,業界から大きく注目されることになる。これは簡単に言うと,プレイヤーが好きなようにデザインした生命体に対し,さまざまなパラメータや体のバランスに合った自然なアニメーションを生成する計算処理技術である。ライト氏の「プレイヤーの想像力を刺激する」という言葉が表すように,2本足であろうが5本足であろうが無理のないキャラクターアニメーションを作り出すことで,“サンドボックス(砂場)型”だったこれまでの彼の作品群から一歩前進し,“組み立てロボット型”へと昇華させようとしているのだ。

キャラクター技術

Medal of Honor: Airborneの静止画面ではRanderWare最新版のグラフィックス能力だけに目が行きがちだが,このような場面では,モデルとなった役者の表情そのものがモーションキャプチャされているのだ

 「Prince of Persia: Sands of Time」や「Half-Life 2」の登場以来,「キャラクターをどのように見せるか」というのが欧米の開発者達の間で大きな関心事になっている。簡単に言えば,キャラクターのデザインやストーリーに頼るのではなく,キャラクターの動きで,直接プレイヤーのさまざまな感情を喚起しようという試みである。
 今回のGDCでも,Ubisoft EntertainmentのPrince of Persia開発チームによる新作「The Assassin」で開発されている「オーガニック・デザイン」 や,Electronic Artsの「Medal of Honor: Airborne」で初めて利用される表情モーション・キャプチャー技術「UCap」などが紹介されていた。The Assassinでは,主人公がより人間的な動作で人ごみをかき分けるように進んで行く対人動作,またMedal of Honor: Airborneでは首を撃ち抜かれた兵士が目や頬を引きつらせながら苦しそうに死んでいく表情などが見られた。これらの新技術により,従来のスクリプトによる演出から脱却したキャラクター技術の進展が予想された。

カジュアルゲーム

カジュアルゲームの代名詞の一つとして知られるPopcap Gamesの「Bejeweled 2 Deluxe」は,9MBほどの小さなプログラムであることが手伝ってか,シリーズで累計1億7500万ダウンロードという驚異的な記録をはじき出す

 「カジュアルゲーム」という用語はともかく,お手軽にプレイできる軽量ゲームそのものは,別に目新しいものでもなんでもない。携帯電話のゲームなどはずいぶん前から普及しているし,Windowsに付属している「マインスイーパ」や「ソリティア」など“陰のマルチプラチナソフト”と言えるカジュアルゲームは,取り立てて評価を受けることはないものの常に存在し続けていた。オンライン配信の成功で市場が見直されているとはいえ,今年のGDCで重要なキーワードの一つに昇格していたのはなぜだろう?
 カジュアルゲームのオンラインによる市場拡大で判明したのは,「成人女性も大きなターゲットになり得る」ということだった。これまで,女性向けゲームといえば,ゲームデザインの工夫ばかりが考慮され,幾度となく失敗していた。しかし,インターネットの登場ではじめて可能になった直接的な統計調査の結果から,カードやパズルなどのカジュアルゲームプレイヤーの50%以上が女性であるという実態が浮かび上がったのだ。これは,市場の伸び悩みを懸念し始めていたアメリカのゲーム業界にとっては,かなりの朗報であり,このカジュアルゲームの勢いが今年のGDCに反映される形になったわけだ。

MMORPG 2.0

Second Lifeのプレイヤーは,ゲーム内ゲームを作ったり難病基金を設立したりと,思いどおりの活動ができる。開発元Linden Labsは「5年後にはWorld of Warcraftを超える」と意気込むが,どんな戦略があるのか?

 カジュアルゲームの隆盛と比べ,どこか失速したようにも感じられたのがMMORPGジャンルだ。「World of Warcraft」(以下,WoW)の大成功がもたらした影響は,前回の「第72回: 北米MMORPG業界に再編の動きあり!」でお伝えしたとおり。「Ultima Online」や「EverQuest」以来培われてきたハイファンタジーをテーマにしたゲーム性,ゲームエコノミーやインスタンシング,さらにはビジネスモデル,コミュニティサービスといった諸々のノウハウは,WoWによって大成し,一段落したとも言われている。
 しかし,MMORPG開発者達の喪失感は,「The Sims Online」「Star Wars Galaxies」「The Matrix Online」などが立て続けに失敗し“メインストリームになり得なかったこと”によるところも大きいはず。そこで,ユーザーを巻き込みながら成長する「Web 2.0」の概念をモチーフにして,訴えられ始めたのが“MMORPG 2.0”である。
 この流れの旗手として挙げられるのが,本連載でも何度か話題にしたことのある「Second Life」というMMOGである。プレイヤーがゲーム内で制作したコンテンツ(Player-Created Contents)の帰属をプレイヤー自身に認めることで,新しい形のゲームとして評判になった。その高い自由度からゲームだけでなく,教育などの分野でも利用されている。とはいえ,確かに開発者が強い自信をのぞかせるほどWeb 2.0的なサービス形態ではあるものの,Second Lifeはまだまだ一部のコミュニティに特化したものでしかなく,“MMORPG 2.0”としてブレイクするにはさらなる発展が要求されるだろう。

 

 

 プロシージャル・アニメーション,キャラクター技術,カジュアルゲーム,MMORPG 2.0……。GDCで語られていた議題はまだまだ多いが,次世代ゲーム開発環境の急進歩で蜂の巣を突いたような業界では,この4点が今後のキーワードになっていくはず。さて,読者の皆さんは,ここからどんなゲームの未来像を想像できるだろうか?

 

 


次回は,「日本と欧米産PCゲーム」についてレポートしよう。お楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。先週末は風邪をこじらせていた奥谷氏は,ベッドで汗をかきながら妙な夢を見たという。そこでふと「汗をかくなど不快な状態で睡眠すれば,妙な夢を見やすいのではないか?」と思いつき,すでに熱は下がっていたにもかかわらず,厚着をしたままヒーターまでつけて寝てみたらしい。結果,「やはり不快な夢を見た」ということで奥谷氏は実験成功を自負しているが,えーと,そんな余力があるなら原稿を間に合わせてほしいものだ。


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