― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted

 ゲームキャラクターの代表的存在といえば,今なお「トゥームレイダー」のララ・クロフトを最初に思い浮かべる人も,決して少なくないことだろう。開発元Core Designの凋落とともに元気を失っていた我らがアイドルも,2006年前半にリリースされる「Tomb Raider:Legend」で復活しそうな気配。今回は,シリーズとララ・クロフトの遍歴や,彼女をめぐる社会的文脈についてお伝えしよう。

 

ララ・クロフト 〜 3Dゲーム世代のアイドル

 

■3Dゲームの勃興とともに生まれたララ・クロフト

 

不敵な笑みを浮かべる旧ララ(Tomb Raider 2)と,2006年リリース予定の「Tomb Raider:Legend」でリフレッシュした新ララの比較

 アクションゲームに登場する女性キャラクターといえば,日本では「ストリートファイター」の春麗や「バイオハザード」のジル,クレアなど,結構な人数を挙げられるだろう。しかし欧米産PCゲームに限定して,そのゲームでプレイヤーが操作できる唯一の主人公となれば,頭を捻ってもなかなか浮かんでこない。
 「No One Lives Forever」のケイト・アーチャー,「Syberia」のケイト・ウォーカー,「The Longest Journey」のエイプリル,「BloodRayne」のブラッドレイン……このあたりは,比較的有名どころといえるだろう。しかし"スーパースター"と呼べるほどの存在感を持っているのは,今のところ「トゥームレイダー」シリーズのララ・クロフトだけである。
 ララ・クロフトがデビューしたのは,1996年11月のことである。今ではPCやプレイステーションのプラットフォームで絶大な人気を誇るものの,当時選ばれたのは,今は懐かしいセガサターンだった。

 

 開発元のCore Designは,Jeremy Smith(ジェレミー・スミス),Adrean Smith(エイドリアン・スミス)兄弟ら,8人によって1988年に設立されたイギリスの会社。1991年には映画「インディー・ジョーンズ」にヒントを得た「Rick Dangerous」というアクションゲームをAmiga用に開発し,イギリスのトップチャート入りを果たしている。1994年にはCentreGoldの傘下に入り,さらに1996年3月にEidos Interactiveに吸収合併される形で,"イギリス最大の販売会社"の一翼を担うことになった。

 

 新生Eidos Interactiveの誕生と同じ年に生まれたトゥームレイダーの第1作は,「アトランティスのシオン」と呼ばれる秘宝を探して,ララがペルーやエジプトの地下遺跡を駆け回るというものだ。簡単にいえば,「Prince of Persia」の旧シリーズのような2Dグラフィックス時代のアクションゲームを,3Dの環境に置き換えたようなゲームプレイ。さらにアイテムを集めて回ったり,パズルを解きながらゲームを進めたりするアドベンチャーゲームの要素もあり,この作品をもって"アクションアドベンチャー"というジャンルが確立したといえる。

■目の前に現れたフルポリゴンの女性


 1996年は,PCゲーム市場にとって革命的な1年だった。前年のWindows 95に合わせてリリースされた「Windows Games SDK」,つまりDirectXの登場により,本格的な3Dゲームの素地が築かれていたのだ。
 5月には,当時はハイエンドなAPI(Application Programming Interface)だったOpenGLをフルに生かした「Quake」がリリースされている。さらに10月になると,「Glide API」を擁した3dfx社のグラフィックスアクセラレータ「Voodoo」が初公開され,コアなゲーマーを中心に爆発的な広がりを見せていた。
 トゥームレイダーは,当初こそNEC/Imagination Technologiesの「PowerVR」をサポートしていたものの,1997年2月にはGlide対応のデモを公開している。このときの最低動作環境は,Pentium/60MHzと8MBのメモリだったが,あの岩肌のゴツゴツ感だけでなく,ララのムチムチ感が鮮烈な記憶として残る古参のゲーマーも多いはず。実際トゥームレイダーは,テクノロジーを"見せる"ゲームとしてよりも,主人公や世界観で"魅せる"キャラゲーとして,圧倒的な人気を誇っていたのである。

 

シリーズ合計では2500万本という大ヒットとなっているトゥームレイダーシリーズ。毎年のようにリアル版のモデルも選定されていたが,中でも2代目ララ・クロフトのRhona Mitra(ロナ・ミトラ)は,テレビや映画でも徐々に出演を増やしている成長株

 この後Core Designsは,1997年に「Tomb Raider 2」,1998年に「Tomb Raider III:Adventure of Lara Croft」,さらに1999年になって「Tomb Raider:The Last Revelation」と,シリーズの新作を立て続けにリリースしていく。ララ・クロフト旋風は,絶頂の真っ只中にあったと言ってよい。
 ゲーム雑誌ばかりか,大衆誌や新聞までのカバーを飾ること実に80誌(紙)。ロックバンドU2のツアーコンサートのマスコットキャラクターとして利用されたり,Time誌から「20世紀で最も影響力のあるエリート」にノミネートされたりしたかと思えば,PLAYBOY誌にはララのコスプレをしたヌードモデルが登場し,許可を得ていないと苦情を受けたイギリス版が発禁処分になるほどだった。
 Core Designは1997年の時点でParamount Picturesとの契約を結んでおり,当連載の第47回「"ゲーム映画"最新事情」でも書いたように,2001年にアンジェリーナ・ジョリー主演による映画「Lara Croft:Tomb Raider」として結実している。
 このほかにも,フィギュア,小説,コミック,カードゲームなど,次々と"ララ・クロフトもの"が市場に送り込まれた。日本で感じ取るのは難しかったかもしれないが,欧米,とくにイギリスにおいては,20世紀末のポップカルチャーの象徴的な存在へと確実にのし上がっていた。

■ララ・クロフト旋風は再来するか?


 なぜララが,多くのゲーマーに支持されたのかはよく分からない。ララ・クロフト旋風についてはいくつかの書物も出ているが,一般的には,デジタル世代の偶像の熱望と,マーケティング戦略がうまくかみ合った例として考えられることが多いようだ。つまり,映画のような古いメディアを脅かす存在になっていたゲームやデジタルアートのイメージを代表するモノとして,重宝されたというところだろうか。ポップアートにおけるウォーホールのキャンベル缶スープ画とか,ファーストフード界におけるマクドナルドのように,ゲームカルチャーがメインストリームに受け入れられるための"顔役"になっていたのかもしれない。
 もちろん,トゥームレイダーが女性を主人公にしたアクションゲームとして初めて大ヒットしたことから,「タフで知的な理想像として,女性ゲーマーにも受け入れられた」と考えることもできる。しかし,実際に同シリーズで遊んでいたのは,ほとんどが男性である。もっと単純に,「筋骨隆々のマッチョ男が主人公なのは見飽きた」「女性のほうが見ていて楽しい」くらいの理由なのだろう。
 しかし,1996年当時にはショッキングだったポリゴンの女性キャラの生々しい動きも,ゲーマー達にとって徐々に新鮮味が失われていったはずだ。事実,ゲームとしての評価はTomb Raider IIIでの難解なパズル以降下がり続けており,5作目となった2000年の「Tomb Raider:Chronicles」でのレスポンスの悪さ(キャラクターの反応の遅さ)や,延期続きで中途半端なままリリースされた2003年の「Tomb Raider:Angel of Darkness」の悪評は,シリーズに大きな傷痕を残すことになった。

 

スピード感のある操作性に加えて,女性らしさも帰ってきたTomb Raider:Legend。美しいグラフィックスは魅力的だが,コンテナ箱の「木百夫海」なる文字が少し気になる……

 さて,そのララ・クロフトの第7作「Tomb Raider:Legend」が,2006年第2四半期にリリースされる。Core Designを退いたスミス兄弟に代わって新作の開発にあたるのは,「Blood Omen」や「Legacy of Kain」など手堅いゲーム作りを行うことで知られる,アメリカのCrystal Dynamics(Eidos Interactive傘下)である。さらに,チームの指揮官として,第1作でゲームデザインのリードを務めていたToby Gard(トビー・ガード)氏が協力しており,ララ・クロフトとトゥームレイダー・シリーズの"出直し"が図られているのが分かる。
 この出直し作をプレイするにあたって,我々が過去6作にわたって蓄積したララ・クロフトの情報は,ほとんど捨て去ったほうがよさそうだ。幼年期の体験も,人間なのかなんなのか分からない状態で蘇ったことも忘れちゃって構わないし,何度も何度もトライしたパズルや,意味のなかったベニスの町の散策も,なかったことに。
 新作のゲームプレイは,「Prince of Persia:Sands of Time」に似たスムースで洗練されたものとなり,かなり遊びやすく作られた印象がある。しかも,旧ララ・クロフトのちょっと滑稽にも思えたモデリングに大きな修正が入り,人間らしさも漂うゲームキャラクターになっている。

 

 トビー・ガード氏に関しては,当サイトでもずいぶんと昔に独占インタビューを行ったことがある。当時は,イギリスのブリストルという田舎町に移って「Galleon」というソフトを制作していたガード氏だが,その折に「自分の手がけた作品(トゥームレイダー)の権利がすべて会社(Core Design)に持っていかれて,自分の意思以外のところで動いていくのは面白くなかった」と話していたのが,今となってはなんとも言われぬ因縁を感じる。
 そんな彼が,自分が生んだララ・クロフトというキャラクターを新しく描き直し,アクションアドベンチャーというジャンルを作り上げたトゥームレイダーを再生しようとしているのである。これまで,キャラクターの動くことの楽しさを追求してきた彼が手がける作品だけに,Tomb Raider:Legendにも期待せずにはいられない。

 


次回は,とあるゲーム企業に関するトピックをお伝えしよう。乞うご期待。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。ある日,奥谷氏が就寝しようとベッドに入ったとき,外で物音がしたという。最初は野良猫だと思っていたらしいが,「クルルル,クルルル」という奇妙な鳴き声が聞こえてきたため,カーテン越しに外を覗いたところ,なんとそこにはアライグマの親子計4匹がいたそうだ。前日にゴミ出ししたばかりだったので,漁るようなものはなかったと奥谷氏は話すが,それ以前に,本当に街中にアライグマが出没するものだろうか。奥谷氏は「あれは夢じゃない。東京だってニシキヘビが出るじゃないか」と,不思議な反論をしている。


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