今回取り上げるのは,ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども 学校への反抗 労働への順応』である。1970年代に行われた,イギリスの工業地区にある新制中等学校(日本でいう中学校。11歳〜15歳)でのフィールドワークに基づいて,ブルーカラーの子弟が,同じくブルーカラーになっていくのはなぜか,また,そこに介在する文化がどういった役割を果たすかを解明した本だ。
著者は仮称「ハマータウン校」の「野郎ども」(the lads),いわゆる不良グループに密着し,その卒業までの間しばしば同じ授業を受け,卒業後はときにいっしょに働きながら追跡調査を行いつつ,折に触れて集団インタビューを続ける。共同体の一員として暮らし,内側から調査を進める文化人類学の手法を,学校の生徒に応用したわけだ。
そこで描き出される彼らの文化は,権威を体現した教師をおちょくり,学校の文化に従順な優等生/一般生徒を,子供っぽいものとして下に見るという,我々から見てもお馴染みのものなのだが,著者はそれを取りも直さず,一人前の労働者の生き方を模範とする文化と位置づける。
いっぱしにパブで酒を飲み,たばこを吸い,カッコいい服を着,女の子を口説き,気の利いた冗談の一つも言えて初めて,野郎どもの仲間になれる。学校の言うとおりに生活するような,子供っぽくてカッコ悪い生き方を,彼らは選ばないのだ。
そんな彼らを最終的に待っているのは,専門技術がいらず,雇用は不安定で低賃金な職場である。彼らの外側に身を置いて物事を捉えると,単純に学業からドロップアウトしたがゆえの,仕方なしの結末と映りがちだが,彼らは自らの選択で学校秩序に背を向けたのであって,表面的な学業成績や“頭の良し悪し”ゆえではない。実際,主として本書の前半に収められている,野郎どもの学校観や社会観は,学校に順応的な生徒達のそれよりも,ずっとうがった,深い洞察に基づいている(もちろん,多分に大人達の受け売りもあるだろうが)。
つまり,必ずしも学業の能力に劣った者がドロップアウトするのではなく,学校のまじめくさった(?),嘘くさい(?)文化になじめなかった者こそがドロップアウトするのであって,その根底にはブルーカラーの学校観・人生観があるというわけだ。
最終学年最後の午後,人生の記念日とばかりに抜け出してパブで酒を飲み,そのまま学校に戻ってきた野郎どもを,校長は警察と協力して捕まえ,保護者に卒業延期の恫喝すら繰り出す。だが,そうした校長の措置は保護者達によって「なにを大げさな(笑)」とばかりに無視されてしまう。周辺のブルーカラー社会も,学校をそう見ているのだ。かくして,ブルーカラーの文化ゆえに学校に背を向けた野郎どもは,ブルーカラーの列に加わっていく。
そう考えたとき,そもそも学校とはホワイトカラーの,ホワイトカラーによる,ホワイトカラーのためのシステムじゃないのかという疑問が,首をもたげざるを得ない。ブルーカラー的価値観の持ち主ゆえに学校文化に重きを置かず,それゆえホワイトカラーおよび技術系労働者という選択肢が消えて,ブルーカラーに落ち着いていく。彼らは終始,学校文化からは無縁でい続けているのである。
都市開発シム「シティーライフ」でルール化されているのは,そうした階級間の文化対立だったりする。ゲーム内で強調されるのは所得格差よりもむしろ,保守/革新といった価値観の相違のほうだが,これは単純に所得階層で分類するのではなく,そこで機能している文化の役割,文化集団に着目した結果だろう。
その違いはもちろん,好きな音楽や週末の娯楽,お金の使い方全般,食べるもの,着るものにまで及ぶ。ちょうど,野郎どもが「耳穴っ子」(ear'oles。学校文化に順応した生徒達を「人の言うことを聞くばかりで主体的意思を持たない」イメージで捉えた蔑称)と違った服を着,違った言葉を使い,一緒に学校をさぼって遊び歩くグループを形成するように。ホワイトカラーとブルーカラーが歩む道は,すでにして学校時代に分かれているのだ。
また,学校が果たす社会的役割については,国家の機能を再現した箱庭シム,社会シムなどで広く気になるポイントだろう。学校が,家族を貧困から救うためにはほとんど役立たない「3rd World Farmer」という描写の例もあるし,「高等教育の恩恵を受けるのは,えてして高等教育を受けた階層の子弟だけ」といった現象は,なにも「トロピコ」の中でだけ起きていることではないだろう。
在来社会のあり方をザクッと切断し,近代3点セット(軍隊・刑務所・学校)を極めて人工的に導入した日本では,多かれ少なかれ社会の学校化が進展していて,この本に描かれているほどに明確な階級文化は表れにくい。
とはいえ,実体社会との間で学校になし得ることとなし得ないことという,昨今忘れられがちな論点を思い出す意味でも,構造社会学の名著として名高いこの本の認識を,押さえておきたい。随所に入る野郎どものインタビューだけでも,なかなか楽しく読める。