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印刷2009/09/02 21:25

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[CEDEC 2009]「ガンダムの父」富野 由悠季氏が若いクリエイター達を挑発する基調講演,「慣れたら死ぬぞ」の中身とは?

富野 由悠季氏

 CEDEC 2日目の基調講演は,「慣れたら死ぬぞ」と題された富野 由悠季氏によるものだ。富野氏といえば,言わずと知れたアニメ「機動戦士ガンダム」の生みの親の一人であり,そして知る人ぞ知るゲーム嫌いでもある。
 その富野氏が,いったいどのような心境の変化でCEDECの基調講演を引き受け,そこで何が語られるのだろうか? そうした関心の高さをうかがわせるように,パシフィコ横浜のメインホール(1000名収容可能)はあっという間に満員となった。
 以下,富野氏の講演をドキュメントしていこう。あらかじめお断りしておきたいが,文中に筆者の意見や見識は含まれておらず,すべて今回の富野氏の講演によっている。


「慣れたら死んじゃうよ,それだけだよ」


[CEDEC 2009]「ガンダムの父」富野 由悠季氏が若いクリエイター達を挑発する基調講演,「慣れたら死ぬぞ」の中身とは?
 まず富野氏は,期待にたがわず「僕はゲームを白眼視している。それは,自分がゲームの世界に参入できなかったことを悔しく思うからだ」とバッサリ言い切ったうえで,なぜここで話をすることにしたかを語り始めた。

 富野氏がアニメーションの仕事を始めた頃,映画はまさに凋落の道を辿りつつあった。映像作品を制作する仕事に就こうとしていた人達は映画を希望していたが,そもそも求人がないという事態に陥っていたのだ。その結果,富野氏を含め,そういった人々の多くがテレビや広告,CM制作の仕事に向かっていった。
 だが,凋落は明らかであったとはいえ,映像の王様は映画であるという意識は根強く,「CMなんてまともな仕事ではない」と思われていた時代でもあった。

 そんな状況だったから,テレビマンガ(現在でいう「アニメ」。本稿では,あえて富野氏のいう「テレビマンガ」および「マンガ映画」,さらにのちほど出てくる「電子ゲーム」などを以降も使用する)は最下等の仕事であり,前の世代からは馬鹿にされ,それゆえ,かつて隆盛を極めた産業としての映画が蓄積した技術は,テレビマンガやマンガ映画には継承されなかった。映画の側に,それを教えようとする人がいなかったためだ。マンガ映画の制作者達は,そもそも自分達が作ろうとしているマンガ映画とは何かを独学で学ぶしかなかった。

 今ではテレビマンガの仕事はメインストリームの一つとなったが,映画界に対する劣等感は拭えていないし,実際問題としてどれほど「アニメだって映画だ」と叫んでも,映画界は今なおそれを認めはしない。

 富野氏は,この講演の依頼を2回断ったという。3回目のオファーでやむなく引き受けたのは,「そこに矛盾があるからだ」と語る。
 マンガ映画を制作していく過程において,前の世代の人達が自分達に何も教えてくれなかったのは問題だった。先輩として,それはやるべき仕事ではなかったのか?

 富野氏が“電子ゲーム”の存在を知ったのは,20年ほど前にさかのぼる。そのとき,氏はこれが次世代のメディア,表現手段になりうることを感じ,そのビジネスに参入したいと思ったという。けれど,それは氏にとって叶わない夢となった。いわく「大手メーカーが呼んでくれなかった」(会場爆笑)。
 そして,「だから僕はゲームを白眼視している。優しくしてくれなかったし,仲間に入れてくれなかったから(笑)。人間なんだもん,いいじゃない!」と会場を笑わせつつ,氏が最終的に講演を決意した一言を明かす――それは,CEDEC側がぽつりともらした「ゲーム業界も,30年経ってしまったんです」だった。
 
 30年経てば,業態が固まってくる。それは安定と呼べる反面,動脈硬化でもあり,明日が見えなくなってくることでもある。これはおそらく,映画やテレビに限ったことではないだろう。

 ゲームにとって,テレビマンガは「その前」の業種に相当する。そしてまた,現在のゲームと映像の関係はより密になっている。ここにおいて,テレビマンガが映画から学ぼうとしたように,ゲームがテレビマンガの世界から学べること,仕事としての共通点があるのではないだろうか?

 だからこそ,これを突破するために次の世代に向けた話をしよう。それが,この講演を引き受けた動機であると,富野氏は語った。


「原理原則をもって考える」


 一方,富野氏はまたしてもバッサリと「僕はモノを作る人間だけど,ゲームの作り方なんて知らないし,ゲームの話はできない」と断言する。けれど,次の30年,50年をどうするかということを考えねばならないという点で一致しているのだ,と。
 とはいえ,氏はそこで「そのためのハウツーは存在しない」といい切る。「あるんだったら,誰にも喋らず,自分でやっている」「自分にも分からないから,自分でも考えているから,ここでしゃべるのだ」。

 ガンダムもまた,今年で30年を迎える。ガンダムのこれからについて富野氏は考え,その結論として「もう終わっているのだ」と判定した。そして,その判定をもとに,これから30年,50年に向けてのガイドラインを示さねばならないのでは,と考えたという。
「でも,それは無理なんです」。そう,まさに「具体的なハウツーがあるなら,誰にもしゃべらず自分でやっている」のである。
 では,どうするのか? そこで富野氏は,考え方の手順として一つの方式を提案した。
 それは,

「原理原則をもって考える」

 ということだ。

 これは,原理原則にべったりよりそう,原理主義者になれという意味ではない。本当に考えるべきは,つねに「次,ネクスト」である,と富野氏は主張する。ただし,その思索をめぐらせるにあたって,原理原則をもって考えよ,ということだ。

 これをゲームに適用するのであれば,まずゲームは「ゲームの根底はどこにあるのか」を考えねばならないだろう。


「ゲームは悪です」


 ここで,またしても富野氏の言葉が炸裂する。
 「ゲームは,悪です。まず,ゲームは日常生活を支えるものではなく,エネルギーは消費される一方です。無駄な機械を何億台と販売するというのは,明らかにエコロジーに反します」
 だが氏は同時に「もちろんガンダムに戻っていえば,ガンプラだって明らかにエコではない」とし,とくに今後の世界においてはこの「明らかな悪」を「悪ではない」ところに持っていく必要があると語った。

 その上で,ゲームの根底を考えるのであれば,そこには二つの要素がある,と氏は分析する。それは

(1)図上演習に代表される,戦術論を開発するツール
(2)遊びごと,慰みごと


 この二つが融合したものが,これまでのゲームであった。
 電子ゲームは,ここにおいて

(1)遊びごととして独立したゲームをスタートさせた
(2)一人遊びを完結させるツールとなった


という特徴を持っている。

 もちろん,この特徴はネットへの接続や,バーチャルなコミュニケーション環境の構築といった形で,さまざまな方向へと拡大している。したがって,一見すれば,そういった新しい方法論を見つければ,人間が体験できるゲームの種類は増えていくはずだ。

 そしてここでゲームの原理原則である,

・何をもってプレイヤーは楽しむか
・何をもってプレイヤーはゲーム時間を「もったいない」と思わないか


 この二点を突き詰めていけば,その方法論は自ずから新たに生まれていく。
「――はずですが,それはほとんど無理です。だってテトリスは何十年も現役だろ?」

 このあたりの富野氏の言葉は,大変に容赦がない。

「ゲームは,新しいハードウェアに対応するだけで,新しいものを作ったような気分になっている」
「そしてそれが売れているような気分になっている」
「新しいスペックに対応した,まったく新しいゲームはあるか? ない!」
「身体を使ったアクション性だとか,脳を活性化させるとか,そういった部分を指して『これによって顧客を開発できます』という人がいる。けれどそれは,『人を楽しませる』という行為か?」


 富野氏の「ゲームは悪」論はさらに舌鋒を増す。
 氏は,電子ゲームの一つの弱点は,ゲームを一般化しすぎたことであるとする。

 昭和30年代,日本人がテレビを見すぎることを「一億総白痴化」と論じた識者がいたが,ゲームは30億人,あるいは地球の人類全体にそうした影響を及ぼす力を持っている。ゲームをしている間は生産活動が停止するのだから,この調子で生産性が縮退していけば地球を滅ぼしかねない。
 「この言葉に対して,それは違う! といえるゲームを作ってください。100億人によるマスターベーションではない,そうきっぱりといい切れるゲームを作ってください。人間には知恵があります。その知恵を使って,時間を浪費するだけではないゲームを作ってみせろ!」と富野氏は続けた。


「あのジジイを黙らせてやる」


 ここで富野氏はやや口調を柔らかくし,「――と言い放つ老人がいたら,腹が立ちますよね。だから,『あの老人を黙らせるようなものを,俺が作ってやる!』。それがほしいのです。
 そうやって乗り越えていく/乗り越えられていくことが,人類の歴史ではないでしょうか」

 富野氏は,テレビマンガの仕事を続けることでここまで来た。そのテレビマンガという「最低な仕事」の中で,「いつかこうやって壇上で講演する自分」というものをずっとイメージしてきたという。そこには,「あのジジイを黙らせてやる!」という意識が常にあった。
 だから,目標は常に高みに置かねばならない。そうすることで,たとえその目標の百分の一しか達成できなくても,10年後にはトップに立っているかもしれない。実現できそうな低い目標は,達成したとしても,何ほどにもなっていない可能性があるのだ。
 そうした高い目標を持つのは,現在の自分に満足しないという態度にもつながる。そう,富野氏は語った。

 なお,もう一つ大きな論題として掲げられたのが,「習い性でものを考えていくと失敗する」という点である。
 氏は「週刊少年ジャンプ」の例を引き,これが1994年に600万部という最大値を達成して以降,着実に部数を減少させているという事実を挙げた。そして,「ワンピースやナルトで若干の盛り返しはあるものの,『夢をもう一度』ということはありえない」と断言する。

 状況は変わり,時間も経過した。出版は業界自体が不況に陥っている。ここにおいて「かつてのような栄光をもう一度」というのは文字どおり夢に過ぎない。同じことは,映画産業にもいえる。かように,「かつてこうだったから,これでいける」という発想は危険なのだ。
 よって,必要になってくるのはもとに戻ることではなく,10年/20年後のハードウェアやライフスタイルを推測したうえで,それに合わせたゲームを考えることである。それはまさにプロの仕事であり,この講演を聞いている人々がその技術と知識をもって遂行しなくてはならないし,それ以外にはできない。


「君達と一緒に仕事がしたいから」


 ここでやや話題は動き,富野氏は「個性」にまつわる問題を切り出す。
 そしてこれまたのっけからバッサリと,「小さい頃は,あなたらしく,君らしく,その個性を育てれば良いことがあるといわれますが,これは皆さんご存知のとおり嘘です」といい切った。嘘と知りつつ嘘をいい続けているのは,誉めることによって育つという傾向が認められるため,嘘をついてでも誉めるしかないからである,と。


 そして氏は,「17世紀までの人類は,そのほとんどが,自分で判断して何かを決定することができなかった」「判断するのではなく,信じることで文化を創ってきたのである」とするハンナ・アーレントの説を引用した。
 個性という問題は,これに通じるところがある。
 氏は何度も「原理原則に戻って考えよ」と語るが,宗教的原理主義によって「次」が創造されることがないのは自明であるともいう。原理原則を「信じる」のではなく,それにしたがって「考える」ことが重要なのだ。

 一方,個性とは,まさに「信じる」ものに過ぎない。だが,これを信じていると,自分の方法や手順でプロジェクトが達成できると思い込んでしまう。そして大人数が必要となるプロジェクトでは,その参加者に向かって「これでうまくいくと信じさせる」必要が出てくる。

 「器用貧乏型の人間は使い物にならないが,自己陶酔型の人間も同じようにダメだ」。そう氏は断じる。作品がヒットするかどうかは確率論だが,ヒットさせる確率を高めるためには他人のもの(=自分の好みでないもの)も取り入れていかねばならない。そこにおいて,自己陶酔型の人間ではうまくいかなくなる。「俺の個性」だけを振り回す人には,大きなプロジェクトは無理なのだ。

 だから,自分がどういう位置にいるのかを,客観的に観察し,判断しなくてはならない。そのためには,例えば先人の言葉を聞いたり,スポンサーの意見に耳を傾けてみたりする必要がある。

「それでも,実際のハウツーは,分かりません」
 氏はあらためて問題の難しさを語る。

「今,富野は,この会場にどういう年齢層の,どういう人間が,なぜ集まってきて,今の自分の話をどのように聞いているのか,それをまさに勉強中なのです。僕はここに出てきているけど,そんなに偉くないし,偉ぶれない。なぜなら,君達と一緒に仕事がしたいもの!」



「CGで,ゴッホを超える作画をしてみてよ」


 さて,デジタル機材が出現するはるか以前からテレビマンガの世界にいただけあり,富野氏はいわゆる「CG」に対しても思うところが大きいようだ。

「昨年の今頃,ついにCGも技術屋の仕事から,デザイナーの仕事になっちゃった(溜息)という言葉を聞くことがあって,それで少し何かが分かった」
 逆にいうと,それまでCGというのは理科系の仕事であり,デザインの世界にはいなかったということだ。だから,「CGは妙だった。CGで絵を描かせると下手で,まるで絵にならない。つまらない絵にしかならない」「その割に,レンダリングができませんとかなんとか,よく分からないことをいわれる」というバッサリトークが飛び出す。

 また,CGというのはツールであって,それをどのように使うかは作り手の能力なのだという言説も,「嘘だ」と切って落とす。例えば筆やペン,鉛筆といった道具を使って描かれたものには上手下手があり,違いがある。けれどCGの作画にはそういった差がなく,「CGで描かれた美女100人」は,そこに100人の別々の人間がいるようは見えない。
 現場で実際に色を扱う人間には,例えばキヤノンとエプソンのプリンタで発色が違うことが問題になる(実際,この3日ほど,その問題で非常に腹立たしい思いをしていたらしい)。
 日本画の世界であれば,自分が欲しい色を求めて石を削りにいく人も多いわけで,本当に求められている「色」とはそのレベルでの違いがあるのだけれど,デジタル機材を扱う人達はそこに違いがあることをなかなか自覚してくれない。

 むしろ,自分達は道具によってさまざまな規制を受けているにも関わらず,その範囲の中で何かをすることを「クリエイティブだ」と思っている。結局はインタフェースに振り回されているだけであり,「これで何をするのか」「これでどうするのか」という部分に届いていないにも関わらず。
 これは,戦艦大和を作ってしまった日本海軍に近い。大和という超巨大戦艦を,今のお金で20兆円くらいかけて建造することはやってのけた。でも,それをどうやって使っていいのかは,分からなかった。
 同じように,「ツールを使う」ことでいっぱいいっぱいになっていて,例えば「10年後のゲームはどうなるか?」ということを考えていないのではないだろうか?
 「複雑な道具は,道具を使うことがメインになってしまう。道具で何をするかを中心にしなくてはいけない」

 もっとも,「作画に関しては,先にいったように,CGは絵描きの仕事になってきた」とも語る。そのため最近はだいぶ良くなってきたし,今後はさらに変わっていくだろう。また,新しい才能も現れて来ている。
 けれど,会社の名前でいえばピクサーのような絵は理工系の範囲にあって,これはまだまだ変化の余地がある。そしてその変化の幅はゲームにも適用できるだろう――ただし,そこでゲームの根底に戻るという作業を忘れてはならないが。

 CGについては思うことが多いらしく,質疑応答でも長い時間を割いて質問に答えていた。実際に「ピクサーのCGのどこがつまらないのか?」という質問に対しては,「それが説明できたら簡単だ」といって会場を沸かせつつ,仔細に解説が続く。
 まず,輪郭線というのは,3次元空間には存在しない。これは絵を描くという行為における発明であって,実在する線ではないのだ。こういった発明を,人間は長い時間をかけて蓄積してきた。
 一方,CGは「グラデーションでしか表現できない」。だから,「3DCGで,影なしで作画できるならやってみろ,と僕はいう」。輪郭線にしても,デジタルな計算結果として出てくる線と,絵としての輪郭線は異なっており,現状ではアナログで描いた線をスキャンして使うしかないのだ。
 ただ,氏は「問題は,そこをなんとかすればうまくいくのかどうか分からないことだ」と釘を刺す。そして「CGで,ゴッホを超える作画をしてみてよ」と,会場を挑発してみせた。


「若い人の才能の芽を潰さないこと」


 質疑応答では,CG関係以外にもさまざまな質問が寄せられていた。一部の質問については割と自由奔放なトークとなったが,その内容もまた聴衆を魅了したようだ。


 「何かが降りてくる」という言葉については,「そういう経験はある」と肯定しつつ,それは何の準備もなく発生する瞬間ではないとする。そこに至るまでには,大量に抱え込んできたものがあるのだ。
 ただこの抱え込み方にも問題があって,いわゆる博識/百科全書派的な抱え込み方では,クリエイターにはなれない。それでは次のステップを踏めないのだ。知恵を持ちすぎると,その知恵の維持やメンテナンスに縛られ,「ネクスト」を生めないのである。
 溜め込むための学習は不可欠だ。でも,それをなんとかして伝えたい,残したいと考え続け,思い続けることによって「降りてくる」タイミングが発生する,そう富野氏は語った。

 また,「ハウツーはない」と繰り返しながらも,「大人の仕事にもしハウツーがあるとすれば,それは若い人の才能の芽を潰さないことだ」と語った。
 そして現実には,「後進の才能を潰すのが大人だ。なぜなら,自分が売れていたい,自分が有名であり続けたいから」と批判する。
「才能ある若者に場を与え,それに従う。それに屈服する年寄りでありたい。そして,そういう特別な才能を見抜ける目を持ちたい。なにしろ『才能アリ』という名札はこの世に存在しないのだから」

 同様に,「人格と能力はかなり別のものであって,分けて考えるべき」「20代,30代の人達は,若くて才能のある人を見つけたら,積極的に彼らを育て,パートナーにすべき」「嫌いであったとしても,才能に対して敬意を払えば問題はない」といった言葉は,氏の経験にも深く根ざしている――「感情論で嫌われているうちはいい。仕事にそれが響き始めると地獄だ。嫌いな人,嫌いな才能に対しても,ゴマをすって世を渡る,それもまた必要になるだろう」

 だが,当然ながらそんな穏当な処世訓でこの講演は終わるはずはない。「そうやって世を渡っていくだけで,うまくいくはずはない!」と,先の話をまたひっくり返して,公演の締めとなる言葉が続くのだ。

 「だから,最後の責任は自分でとれよ!」
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